変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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後日談「時が和やかに過ぎていく」

「――めでたしめでたし!」

 

 快活な少女の言葉と共に騒音の如き歓声が響く。

 子供特有の高い声音に眉を顰めたくもなるが、子供たちの手前我慢する。

 代わりに小さく息を吐き、勇者部主催での紙芝居が成功で終わったことを喜ぶ。

 

 紙芝居というが、馬鹿には出来ない。

 声の強弱、展開と話のテンポ、聞き手を飽きさせない工夫が必要だ。

 今回の脚本を担当した風による『這い寄れ蕎麦屋のうどん』が好評だったのは、目の前にいる無垢な、それこそ友奈のような無邪気さに溢れたロリとショタの歓声と笑顔が証明している。

 

「まさか、蕎麦屋が―――だったなんて……」

 

 感慨深く呟く先生たちの小さな声には多少の困惑も見られたが些細な事だ。

 今回、裏方ではなく何故か部長より任された読み聞かせの大役だったが、楽しかった。

 声でのお仕事とはこんな気分なのかと、そんな事を思いながら劇は終了、恒例の時間が訪れた。

 

「それじゃあ、みんな~! はしゃぎすぎないようにね!」

 

「「「は~い!!!」」」

 

 ――即ち、子供たちとの触れ合いだ。

 加減など知らない数年程度の人生しか送っていない少年少女達。

 彼らの無垢な瞳と遠慮のないタックルと触れ合いは、終わる頃にはすっかり疲れてしまう。

 

 ならば身体を鍛えれば良いという話ではない。

 単純に生命力の塊のような存在が、それこそ波の如く押し寄せるのだ。

 まさしく少年少女の触れ合いに精神的な物を吸われるような気分を味わうことになる。

 

「ねえねえ、手品のお兄ちゃん! 今日は何見せるのー?」

 

「水だしてー」

 

「あの物を小さくするやつー!」

 

「あんちゃん、声マネしてよー!」

 

「騒ぐなロリショタ、もとい子供達よ。……はい、キミたちが静かになるのに10秒かかりました」

 

「先生か!」

 

 チラリと声の方向に目を向けると、少し離れた所にいる少女にもチラホラと幼女たちが集っている。

 ツインテールの少女、三好夏凜というやや子供達にとっては近寄りがたいオーラを放っていた少女だが、最近は随分と丸くなった為か集ってきた幼女たちに懐かれ始めている。

 

 こちらに律儀にツッコミをする程度には順応したらしい。

 他にも少年少女たちは思い思いの勇者部の下へと遊びに行っている。

 

 樹と風は少女の割合が多く、折り紙教室を開催している。

 東郷も似たような感じで少年少女と遊びながら、国防思想をひっそりと説いている。

 そして勇者部で人気なのは、陽だまりのような笑みを浮かべた友奈に、一応は俺と自負する。

 

「ほら、ちびっ子たち。よーく見てなよ」

 

「………………」

 

 驚くほどに真面目に見る子供達。

 肩に圧し掛かり、全方位から見逃さないとばかりにジッと手元を見られる。

 俺の手元にあるのは一枚のカード。この幼稚園にも置いてある普通のトランプカードだ。

 

 ハートの3が描かれたカード。

 それが、それだけが、俺の左手の手のひらにある。

 右手には何も持ってはおらず、しきりに幼女たちが何か無いかと手のひらに触れる。

 

「これをどうするのー?」

 

「うん、じゃあ幼……じゃなくて、えっと、手のひらをカードに乗せて念じてみて」

 

「……、はー!」

 

「そう……、もう離していいよ」

 

「……? ぇ……! あっ……!」

 

「かわってる!」

 

「さらに……、こう、こう、こう!」

 

「すっごーい! えっ!? おうさま、きえちゃった!!」

 

 手のひらでパン、パン、とトランプを叩く度に、11、12、13……と数字が変わる。

 簡単な手品とは言えども、こうして目の前で目を輝かして見られるのは楽しく感じる。

 ハートのキングをカードの中から姿を消すと、驚きの歓声を上げる子供達に小さく笑う。

 

「王様はほら、……12の妃の下へ引っ越しちゃったよ」

 

「えぇー!?」

 

 無垢故に変に捻くれた人もいない。

 ただあるがままの現実を受け入れ、驚きに声を上げるばかりだ。

 

 その後も幾らかの奇術を披露し、手品ショーも終わった頃。

 ――ふと一人の少年が俺に声を掛けてきた。

 

「じゃあさじゃあさ、兄ちゃん。この折り紙でなんかやってよ!」

 

「たっくん! そういうのってむちゃぶりって言うんだよ」

 

「いいじゃん。……ねぇ、できるでしょ?」

 

 気丈そうな表情で俺に話しかける幼き少年と、それを窘める少女。

 黒髪で金色の瞳と、狼のような見た目を思わせる少年は俺に正方形の紙を差し出した。

 恐らくは風や樹の鶴や兜などに使用しているピンク色の薄紙を渡されて、数秒程思考する。

 

「坊主、名前は?」

 

「たつや」

 

「いい名前だ。……たつや、お前のリクエストに応えようじゃないか」

 

「ホントか!?」

 

「ああ」

 

 そう言いながら、俺は微笑を浮かべて幼き少年の目の前で紙をぐしゃぐしゃにする。

 折る訳ではなくただ両手でぐしゃぐしゃと握り、皺の一筋すら無かった紙はただの塵と化す。

 そんな紙塵となったソレを呆然と見やる少年と少女の目の前で、片手で包むように掴みながら息を吹きかける。その行為に若干涙を滲ませる少年はしかし泣くことはなく、懸命に俺の手に注目する。

 

「見よ……まずは鶴だ」

 

「ぉ」

 

「更にもう一握りで兜……カエル……小人に……サイコロ……俺を轢いたバスに、龍だ」

 

「わっ!」

 

 ぐしゃぐしゃの紙を握り潰し、拳を開く度に変わる様々な折り紙。

 左手のみで見せる奇術に徐々に目を輝かせる少年、少し退屈そうな少女には花の折り紙を。

 薔薇や桜といった物を右手の手のひらから咲かせ、小さな手に渡すと少女は仄かな笑みを浮かべた。

 

「……そして、最後に手裏剣だ」

 

「おお……! 凄いね、兄ちゃん!」

 

「もっと褒めていいぞ」

 

「――なあ、どうしたら兄ちゃんみたいになれるんだ?」

 

「そうだな……」

 

 一瞬、少年の言葉の意味を考える。

 幼き瞳に宿る光、十中八九どうすれば奇術を扱えるかを聞いているのだろう。

 その問いに、実際に自分はどういう道を歩んできたのかと思い直すと、答えは簡潔に出た。

 

「継続、やり続けることだ。ちょっとした事で諦めずに毎日コツコツと頑張れば、お前もこれぐらいできるようになるさ」

 

「――ぼくに、なれると思う?」

 

「知らんけど」

 

「え」

 

「……全てはお前の努力次第だ。見せたい相手でもいるのか?」

 

「うん」

 

 尋ねるとコクリと頷くたつやという少年。

 彼の金の瞳が一瞬向いた先には、先程から隣に立つ一人の幼き少女。

 ほんの一瞬、だがその瞳に宿る感情とも言い難いソレが目的の為の力になるだろう。

 

 人は目的が、目標という指標があれば努力できる生き物だ。

 愚かにも死んでから初めて人生の目標という物が出来た自分。

 加賀亮之佑として生きてきた経験が、ここまでの旅路の全てが、その考えを肯定する。

 

「――なら大丈夫だ」

 

「……なあ、兄ちゃん。……ぼくを弟子にしてくれないか」

 

 そう告げる少年の金色の瞳。

 どこにでもいそうな悪ガキだが、その瞳に宿る真摯な思いに息を吐く。

 正直弟子と言われても反応に困るのだがと思いながら、ポケットから二枚の折り紙を出す。

 

「俺は割と教え方がスパルタ……厳しいらしいぞ」

 

「うん」

 

「俺に逆らわない、真面目にやらない、弱音を吐いたらその時点で教えるのを止めるからな」

 

「うん!」

 

「……言ったからな」

 

 両手でグシャグシャにして、一つの手裏剣を作り出す。

 戯れの中で見つけた出会い。目の前の金瞳の少年が本当にやる気かは不明だ。

 長年の付き合いがある訳でもなく、ただの己の直感とふとした戯れがきっかけでしかない。

 

「じゃあ……!」

 

「まあ、良いだろう」

 

「兄ちゃん、ありがとう!」

 

「暑苦しいわ。……ほら、お嬢ちゃんもおいで」

 

 胡坐を掻き、あまり重さのない二人の身体を両腿に乗せる。

 たつやの熱意が如何ほどかは不明だ。次に会ったら忘れているかもしれない。

 所詮は幼稚園児の言葉だと思いながら、先ほど浮かべていた拙くも熱い感情に否定を忘れる。

 

「じゃあたつや。お前に一つ指令を与えよう」

 

「……はやいね、兄ちゃん……ししょー?」

 

「師匠にしよう」

 

「あの……私も呼んでいいですか?」

 

「……あ、ああ」

 

 便乗する茶髪の少女におざなりに頷く。

 澄んだ瞳をジッと向けられながらニヤリと笑い、俺は『弟子』に指示を下す。

 指を差した方向、そちらに目を向ける無垢で幼き少年少女に笑みを浮かべながら、

 

「あそこで護国思想を説いているやべー奴。もとい長い黒髪のお姉ちゃんいるだろ?」

 

「うん。そのやべー奴が、にい……ししょーの恋人?」

 

「あいじんー?」

 

「……どこでそんな言葉を……、まあ、そんな感じだ」

 

 一瞬本当に幼稚園児かと耳を疑ったが、話の進行を優先するために適当に頷く。

 視界に映り込む制服と黒いタイツ、長い黒髪を青いリボンで纏めた美麗な少女。

 他の勇者部員(夏凜ですら)たちもそれぞれ子供達への対応にせわしなく追われている。

 

 東郷の奇行、着々と進んでいる愛国心の布教は、先程から気になっていた。

 そろそろ誰かがツッコミか何かで止めなければと思い、腿に腰を下ろす子供達を見下ろす。

 バーテックスと対峙する時のような顔を作ると、二人は何かを読み取ったのかゴクリと喉を鳴らす。

 

 ――俺は言う。

 

「――いいか、東郷さんを止めるため、つまりは彼女のために……スカートを捲ってきてくれ」

 

「……! スカート、を?」

 

「それって……」

 

「遠慮はいらない。全力でやって、その覚悟を……俺に見せてくれ。いいか、これが全ての第一歩だ。この一歩は小さいが全ては奇術へと繋がる大きな一歩になるだろう。さっ、二人とも……やっておしまい!」

 

「わかった!」

 

「うん!」

 

 なんて素直で良い子たちなのだと思う。

 腿から立ち上がり、二人は決意を瞳に宿し、実に真面目な顔で俺に頷く。

 そうして背中を向けて立ち去る中で、ふと幼き少年がこちらを振り向き俺に言った。

 

「そういえば、ししょーの名前ってなんだっけ?」

 

「俺か? 俺の名は加賀亮之佑。奇術師で勇者だ」

 

 そんな出会いがあった。

 直後に、少女のスカートは重力に抗うようにひらひらと上に舞い上がった。

 黒いタイツに覆われた少女の曲線美と下着は、完全な無防備故に子供に容易く晒される。 

 その全ての光景を俺の眼球は焼き付け、直後にギュルッと此方を向く東郷と目が合った。

 

「……水色」

 

 徐々に頬を赤らめる深緑の瞳をした少女に、俺は穏やかな微笑みを浮かべた。

 何故だか速攻で気づかれながらも既に後悔などはなく、ただ静かに笑うだけだった。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「そんな事があったんだ~」

 

「ちょうど園ちゃんが来る少し前だったね」

 

「かっきーは相変わらずやんちゃだったんだね~。私の時にもね―――」

 

「―――ええ、そんな事が!?」

 

 その後の記憶はどうにもあやふやだ。

 何か怖いものに追われるように、走って走って最後には追いつかれたような気がする。

 あまり気にする事ではないなと頭を振り、悪寒を追い出しながら座布団を丸め頭を乗せた。

 

 ちなみにたつや――竜也とはその後も交流を続けている。

 意外と真面目な彼は、時々教える手品を傍にいる少女と必死に学び吸収していった。

 調子に乗らず、更に研鑽を続ければ、いずれ俺をも超える手品師になるかもしれない。

 

「……って亮ちゃん、こたつで寝たら駄目だよ。風邪ひくよー」

 

「寝てはいないさ、園子じゃあるまいし」

 

「私だって寝ないよ~」

 

 現在加賀邸(別宅)のリビングには、俺と友奈、そして園子の三人がいた。

 三人でコタツ布団に脚を、または身体ごと突っ込み、こたつの暖かさに酔いしれる。

 外は寒いが、それもまたこうしてこたつから外に出ようという考えを無くしてしまう。

 

 俺の向かいに座るのが友奈。

 俺の右隣に座り、蜜柑の皮を剥いているのが園子。

 こたつ布団の中では三人の脚が動く度に触れ合い、若干くすぐったく感じる。

 

 せめてもの反撃に冷えた手をコタツ下、誰かの脚に触れると小さな悲鳴が聞こえた。

 若干蹴られ、怒られながらも、冷えていた両手を少女たちに温められる。

 

 特にやる事もなく、ただ無意味に時間を削る平和な時間。

 少女たちは楽しそうに過去の思い出話を語り、こたつテーブルにある食べ物は段々と消えていく。

 ある種のパーティとも言えなくは無いが、今回は本当にただ少女二人とだらだらしているだけ。

 

「この時期はやっぱりこたつだよね~」

 

「そうだね、暖かいなー」

 

「んー……」

 

「かっきー」

 

「ん?」

 

「面白い話して」

 

「……園子さんよぉ、そういう無茶振りは東郷さん辺りにしてくれよ」

 

「ないの~?」

 

 突然園子から話題を振られる。

 渋々寝転がるのを止め、起き上がり何か話題提供のために記憶を探る。

 しばらく無言のままテーブルにある湯呑み、中にある甘酒を口に含むと思い出す。

 

「そういえば先週、風先輩が告白されたらしい」

 

「えぇ!? 風先輩が……!?」

 

「君だけが頼りなんだ! ってさ」

 

 衝撃的だったのか、驚愕の声を出す友奈。

 何気なく失礼だと思いつつも、口を出さずに淡々と話を進める。

 

「それを樹が立ち聞きしていたらしくてさ、ちょうど部室にいた俺と一緒に尾行しようって言ってきてさ。あんまりにも鬼気迫る表情だったから仕方なしに探ったらさ……、その男の母親に料理教室を依頼されただけだったとさ……っていう話」

 

「フーミン先輩らしいね~」

 

「授業参観の時に目を付けたんだとか」

 

「風先輩の作る料理は美味しいからね!」

 

 そう穏やかに告げる園子からお礼に蜜柑の実が一房俺の口へと伸ばされる。

 唇に少女の指が触れる感触と同時に小さく開いた口を閉じると、仄かな酸味が口内に広がる。

 毎年こたつと蜜柑はセットにしているが、このコンボの中毒性は凄まじいの一言に尽きる。

 

 ぼんやりと口を動かし咀嚼する。

 スルリと食道を伝い、胃へと消えていくのを感じていると、

 

「はい、ゆーゆも。あーん」

 

「あーん……、んっ! 美味しい! じゃあじゃあ、園ちゃんも」

 

「あ~ん」

 

 楽しそうに少女二人、可愛らしい薄赤と金色の花を咲かせている。

 その光景は目の保養になるなと若干頬を緩ませながら適当な菓子の袋を開ける。

 

「何となく思ったけどさ」

 

「どうしたの?」

 

「二人が作った餅は、きっと凄く柔らかそうだなって、そんな事を思った」

 

「ゆーゆと私で? そうだね~、きっと美味しいだろうね~」

 

「じゃあ、来年二人で作ろうよ」

 

 平和だからか、随分と気が緩むのを感じる。

 俺の言葉に賛同する少女たちの優しさに身体から疲れが抜けていく感覚に包まれる。

 彼女らが生み出すほんわかした空気に浸り、静かに甘酒と共に菓子を齧っていると、

 

「そうだ、餅で思い出したんだけどね、かっきー」

 

「どうした?」

 

「今日の夕ご飯はどうするの~?」

 

「そうだな……鍋とかどうだ?」

 

「闇鍋~?」

 

 その言葉に頭を振って否定する。

 以前、実際に闇鍋パーティなる物を夏凜の家で行ったが、色々と酷かった。

 

「加賀さんちではあんな食材から廃棄物を練成するような恐ろしい真似はしません。普通の鍋だけど……駄目か?」

 

「私は大丈夫だよ」

 

「私も~」

 

「それじゃあ――」

 

 平和な時間を過ごす。

 時折窓からは雨の音が小さく聞こえながらも、穏やかに過ごす時間。

 時には、こんな風な何もしない怠惰であれども穏やかで落ち着ける時間も大切なのかもしれない。

 

 

 




後半はリクエスト要素
・オチも何もない友奈と園子と亮之佑のだらだらと過ごすだけ。
……これが何気に結構難しいという。すまぬ……。

前半は車椅子という拘束具が消え機動力が上がった愛人、東郷さん。
そんな回復した彼女が嬉しくも様子が気になり、ついつい子供を仕掛けるかっきーという構図。

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