変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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後日談「みのわぎん」

 その日は、普段の暑さを忘れたようなそれなりに涼しい日であった。

 それでも半袖でなくては耐えられない気候である事には変わりないのだが。

 

「――二人とも、また来たよ」

 

 滑らかな墓石、時々ふらりと訪れる度に掃除をしているからか小奇麗である。

 宗一朗には透明な酒を小さな酒器に注ぎ、綾香には生前好んだ美しい花々を供える。

 ときおり草木を揺らす風に冷たさは少なく、仄かな暖かさをシャツ越しに肌で感じる。

 

「久しぶりだね……。ああ、まだそっちに行く気はないよ」

 

 クツクツと小さく含み笑いをしながら少年は一人黒光りする石と、二人と話をする。

 それは酷く一方的なもので、目を閉じると思い出す様々な感情を酒と共に胃へと流し込む。

 暑さが少ないと思えば、今日はやや曇り空で日差しが少ない事も原因になるのだろうか。

 

「まだ一年……。それとも、『もう』なのかな」

 

 墓石が返事を返すことはない。

 

「あれからも、随分と濃密な日々だったよ。……最低限の領土を取り返すことは出来たけども、神器もまだ二つしか奉納出来ていないし。人は死ぬし、怪我も絶えないし、記憶を失くしたこともあって、散々な事が多かったよ」

 

 墓石が返事を返すことはない。

 だがそれで良いと、独り言はきっと届いていると俺は思う。

 

「だけど、俺は一人じゃないから。それに大切な人は欠けていない。……うん、今は次の奪還戦の準備中だよ。まあ死なないように頑張るさ」

 

 残った酒を飲み込み、小さく息を吐き再度空気を吸い込む。

 それからも少し話を続け、やがてそれも無くなった頃、少年はゆるりと立ち上がって、

 

「また来るよ」

 

 墓石に背を向けて、砂利の音を聞きながら歩き出した。

 この世界にラスボスという物は存在しない。巨悪を撤退させても未だに敵は多い。

 それは神の悪戯のように、サイコロの目が出違えた結果であるのかもしれない。

 

 どこで、間違えたのかなど分かるはずもない。

 何故、こんなことになってしまったかだけは知っている。

 

 砂利の音が、硬い感触が靴裏に感じられる。

 どの世界であっても、やはり人間は罪深い生き物であるのだろう。

 最近は真実を知り、何の因果か天の神を崇拝しようという輩が見え隠れしている。

 

「――関係ないさ」

 

 後悔はしないという生き方を選んだのだ。

 亮之佑が生きている限り、戦うという選択を選んだ以上、それ以外の分岐路は存在しない。

 

「芽は摘み、枝は切り落とす」

 

 最低限、勇者の敵を減らすための行動は惜しまない。

 人類にとって、否、亮之佑の大切なものを虐げる者があるのならば、容赦はしない。

 それが、それこそが、天の神と戦い、生き延びた中で亮之佑が貫き通した道なのだから。

 

 

 

 ---

 

 

 

 

 その帰り道のことであった。 

 夕御飯の事をぼんやりと考えながら別宅への道のりを進んでいると、

 

「ん……?」

 

 歩道からわずかに外れた公園、一本の木に何となしに俺は目を向けた。

 何故目を向けたかという理由は特になく、視界の端で何かを察知した程度のもの。

 

 ――木登りをしている子供がいた。

 頂上付近には青色の風船が絡まり、根元には泣いている子供が一人。

 その光景で、何となく何が起きているのかを察した俺は無言で公園内に入り込む。

 

「……」

 

 地面の確かな感触を靴裏に感じながら静かに歩いていく。

 きっとあの風船を取ろうとしているんだろうなと思いながら自販機に向かう。

 余興に見てやろうと考えつつ、硬貨を入れて適当な飲料水を購入し、木へ向かう。

 

 ここは助けてやるべきなのか。

 下手に介入してお節介を焼くべきなのか。

 

 他人事である以上、亮之佑にとってはどちらに転がってもいい。

 我ながら薄情であるかもしれないが、生まれながらの性根とは中々治らない物だ。

 せめて、木登りをしている子供が風船を取るかどうかだけを確認しておこうと見上げ、

 

 ――上から子供が落ちてきた。

 

「おっと」

 

「わわ……ッ!?」

 

 背中を地面に向けて落ちてくる瞬間に両手を広げる。

 猫でもない限り、間違いなくどこかを痛めそうな落ち方に身体が先に動いた。

 ずしりとした重みと衝撃が手、肘、肩と伝う中、衝撃を和らげる為に後ろに転がる。

 

 受け身を取りながら空を見上げると、青い風船が空を舞うのが見えた。

 決して下に落ちることはなく、何者にも触れられないように上へ上へと昇っていく。

 衝撃を受け流しながら、青色が点となって見えなくなるまで静かに見上げていると、

 

「い、てて……、ぁ、あの、大丈夫ですか?」

 

「ああ、平気平気。トラックよりは大したことはないよ」

 

「いやいや、比較対象が凄いっすね。轢かれたことあるんですか?」

 

「あるんだな~、これが。痛いとかじゃ済まないんだよ」

 

「……よく生きてますね」

 

 腹の上に覆いかぶさる子供、見下ろして初めて少女であるのが分かった。

 小柄な体躯で、わずかに日焼けした姿は、正しく快活そうな運動系少女というところだろう。

 俺の胸板を支えに上半身を上げた少女は、灰色の後ろ髪をゴムで束ね、花柄のヘアピンを付けている。

 

「というか、そろそろどいてくれないか?」

 

「ああ、すいません」

 

 快活そうな姿、友奈ともまた異なる明るい笑顔を浮かべた少女は呆然とする子供に近づく。

 何も出来ず、オロオロとする子供――恐らくは少年に空から落ちた少女が笑い掛ける。

 

「あー、ごめんな! さっき取ってくるって言ったのに、飛んでっちゃった」

 

「……ううん、お姉ちゃんは怪我とか無い?」

 

「アタシ? 全然、ヘッチャラさ!」

 

 証明するようにその場でジャンプする少女に、幼い顔の少年はようやく笑みを浮かべた。

 立ち上がり、服に付着した砂埃を払いながら、少年少女の下へと俺はゆらりと近づいていく。

 そうして近づく部外者の存在に二人の目線が向けられながらも、俺はポケットに手を入れた。

 

「……」

 

「ああ、お兄さん! さっきは助けてくれてありがとうございました!」

 

「気にするな。それよりも少年、風船が欲しいのか?」

 

「……ぇ、うん。でも……」

 

 わずかに俯いた少年に、困ったように頬を掻く少女。

 上着のパーカーと青色の短パンという服装の彼女は、何をするつもりなのかと目線を向けてくる。

 訝し気な目を向ける少女ではなく、俺は少年の方に屈み込みポケットからある物を出した。

 

「……!」

 

「ポケットを叩くと風船が一つだ」

 

 萎みきった赤色の風船は、俺も何故入れていたのか忘れていた代物である。

 未使用だったはずだとゴムを伸び縮みさせながら、数回程風船を叩くと一瞬で膨らんだ。

 流石にヘリウムガスは所持していなかったが、既に泣き止みこちらを見上げる少年に小さく笑う。

 

「そして数回叩いて出来上がりっと。これをやるよ、これなら飛ばないだろうし……」

 

「……ォ、おお! 良かったな!」

 

「……うん! ありがとう、お姉ちゃん! お兄ちゃん!」

 

 膨らんだ風船を受け取り、新しい玩具に少年は目を輝かせ、お礼の言葉を告げる。

 そのまま自宅に帰るのだろう。クルリと背を向けて走り出した姿を少女と二人で見送る。

 何度か瞬きをする頃にはその姿は薄く消え去り、それからようやく俺は隣に立つ少女と向き合う。

 

 改めて近くで見ると、小学生程度の少女であった。

 小柄な体躯で快活そうな表情を浮かべる少女はジッと俺の顔を見てくる。

 

「…………、じゃあ、キミも気を付けて帰りなよ」

 

「えっ!? 待ってくださいよお兄さん! さっきのなんスか!? こう……いきなり風船をぶわって!! 魔法使いですか!!?」

 

 先ほどの芸を見たからか、年齢的にも食い付きそうな少女は目を輝かせて言う。

 確かに生前は魔法使いになりそうな人生だったと思いながら、初対面のはずの少女に口を開く。

 

「……ふふ、まずはキミから名乗ってはどうだい?」

 

 陽気というか、底抜けたような明るさを少女から感じる。

 相手からすれば初対面で年上であろうに、壁を作ることはなく積極的に話し掛けてくる。

 とはいえ、このまま帰るのもどうなのかと思い、やや中二風な感じで自己紹介を促した。

 

「ふぇ? ぁ、アタシっすか? ……ああ、そっか、うん」

 

「……?」

 

 明朗快活な少女は苦笑を浮かべ静かに首を振る。

 その笑みは、喜びと悲しみと、嬉しさと切なさといった感情を含んだ物であった。

 一瞬、もしかして覚えていないだけでどこかで会ったのかと焦る俺に、少女は頬を掻きながら、

 

「ああ、なんでもないです。アタシの名前は三ノ輪銀って言います。好きな物はうどんとしょうゆ豆ジェラート! ……銀って呼んでください!」

 

「――――」

 

 知らない。

 覚えていないという訳でもない。

 少なくとも俺の記憶の中で目の前の少女と会うのは初めてだ。

 

「銀か、いい名前だ」

 

「いえいえ、そんなテレますよ! よっ、褒め上手!」

 

「俺の名前は加賀亮之佑だ。好きな物はうどんと骨付鳥。俺のことは好きに呼んでいいよ、銀」

 

「じゃあ、亮さんって呼ばせてもらいますね! ……駄目っスか?」

 

 無邪気そうな笑みの裏を無意識に探ろうとする自分がいる事に気付いた。

 そんな俺を、丸く大きな瞳に映し込む銀という名前の少女はニシシと笑った。

 

「ああ、大丈夫よ。……友好の記念にうどんでも食べてく? 奢るぜ~?」

 

「マジっすか!? じゃあ遠慮なく行きましょう、亮さん!」

 

 その笑顔に釣られるように俺は笑みを浮かべた。

 ――首に下げた指輪が熱を発したように酷く、熱く、感じられた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 昼のピークを既に過ぎ去り、銀と二人で入ったうどん屋は席がそれなりに空いていた。

 考えている事は一緒だったのか、それとも単純に昼ご飯が遅かったのか中学生が多く感じる。

 骨付鳥の事を議論している仲の良さそうな少女達には、ここはうどん屋だと言ってあげたい。

 

 適当な所に腰を掛け、向かい合う少女にメニューを渡すと目を輝かせて睨めっこをする。

 ムムム……、と眉間に皺を寄せながら、どれを選ぼうかと考え込む少女に俺は思わず笑った。

 

「……、全部選んだら?」

 

「いやいや、しませんよ流石に。アタシはこの大盛り冷やし梅干しうどんをお願いします」

 

「あいよ、トッピングは?」

 

「じゃあネギで!」

 

 そんな風に俺と銀はうどんを食べることにした。

 ちなみに俺が頼んだのは肉ぶっかけうどんであり、友情の印に肉を三切れ上げると喜ばれた。

 うどんの器を片手にしばらく話をすると、俺と銀はまるで旧知の仲のように仲良くなった。

 

「くーっ! やっぱり美味しいなぁ……」

 

「安いし、美味いよな」

 

 ほろほろと柔らかい牛肉は程良い脂と肉が舌の上で溶けるようだ。

 夏だが、うどんは――と言うよりも麺類は基本熱い物しか頼まない俺はうどんに七味を掛ける。

 決して冷たい麺類が嫌いという訳ではないのだが、何となく生前から熱い方が好みであった。

 

「ふーん、大橋から友達に会いにね……」

 

「そうなんですよ! ついでにイネスにも行ってみたんですけど」

 

「しょうゆ豆ジェラートが無かったと。あんまり人気無かったのかもね。ところで小学生?」

 

「はい、永遠の小学六年生ですよ! 二ヒヒ」

 

 ただし、目の前の相手が時折小さな嘘を交えているのも分かっていた。

 悪質な嘘という訳でもなく、わずかに目を泳がせることからも見逃すことにした。

 キチンと汁まで飲み干し、「ご馳走様でした」と告げた後、俺は会計をするべく席を立った。

 

「ゴチになりました! 美味しかったです」

 

「うい」

 

 そそくさと会計を済ませて、店から出た俺と銀は当てもなく道を歩いていく。

 小腹を満たし、日差しの和らいだ外の景色、地元と呼べる讃州市を俺は案内していた。

 

「いや、こっちには久しぶりに来たんですけど、少し変わったんですかね?」

 

「まあ……どうだろうな」

 

 大橋市の方向から来たらしい銀だが、あまり世情や物事には関心が無いらしい。

 あるいは今まで知る機会が無かったか、得られる情報が少なかったのだろうか。

 そう問い詰めるか悩んで、何故かこの少女に深入りしようとしている自分に気付いた。

 

「大橋、あるじゃないか」

 

「はい」

 

「あれ、バーテックスとの戦闘で壊れたけど色々あってさ、再建計画が進んでいるんだ。あとは神樹が四国を囲んでいる結界が薄れて、最近では船が旧中国地方に行けるようになってきたかな」

 

「はー、時間の流れっていうのは早いっすね。――から聞いてたけど随分と変わったんだな……」

 

「とはいっても、この内側自体は比較的平和なのは変わらないけどな」

 

 そうして二人で歩いていると、今度は銀がアイスを奢ると言い出した。

 唐突に感じながらも、アイスの屋台に向かう俺が先頭を行く小さな背中に目を向けると、

 

「同じテーブルで食事もしたし、もうアタシ達、完璧にダチコーですよね」

 

「ああ、そうだな。……キミ、根性とか気合いって言葉好きでしょ?」

 

「よく分かりましたね!」

 

 と言う彼女の理論は何となく理解でき、俺の中で知り合いからダチコーに認識が変わる。

 ――要するに奢られたから奢り返したいという彼女の意思を尊重するべく、俺も脚を速める。

 

 そうして徒歩十分程歩いて、穴場とも言える場所にひっそりとアイスの屋台を見つけた。

 銀が友人たちを探すついでにふらりと立ち寄ったという屋台には、様々な味のメニューがあった。

 

 チョコレートや抹茶、苺などの大衆向けの物や、おでん味や、味噌味等の独特な種類。

 良く言えば豊富なメニュー、悪く言えば誰得だと思わせるそれらを楽しそうに銀は見る。

 

「あれ、しょうゆ味が出てる! ラッキー!」

 

「いや、それは止めた方がいいだろ。塩分が凄まじいって」

 

「そんな事ありませんって。アタシ、しょうゆ味大好きですし。亮さんは何にしますか?」

 

「うーん、じゃあね……」

 

 改めて屋台のメニューを見下ろす。

 自然と普通の味に目を向け、頭を働かせるまでも無いと、直感で浮かんだ物を口にした。

 

「宇治金時で」

 

「ああ、亮さんはそういう方向なんですね」

 

「え?」

 

「いえいえ。じゃあここはアタシが持ちますね!」

 

「ああ、ご馳走さん」

 

 なんというか、人の懐に近づいてくるのが上手いなと感じる少女だと思う。

 人懐っこく向日葵の如き笑顔で接してくる姿は、心地良いと思わせる物であった。

 生前では考えられなかったが、こんな風にぐいぐいと来られるのは少し嬉しかった。

 

 そんな訳で、食後のデザートをベンチに二人で腰掛けてしばらく食べる。

 多少涼しくとも、スプーンでアイスをすくう手の動きは止まりそうに無かった。

 しばらく無言で甘味を頭と胃袋に送り込んでいると、目の前にスプーンが映った。

 

「ん? どうした?」

 

「へへへ……。布教活動ですよ、亮さん。一口どうぞ」

 

「……あー」

 

 見た目はチョコレートに近い彩りのアイスが、スプーンが口元に近づいてくる。

 しょうゆって確か調味料じゃなかったのかと思いつつ、口を開けるとスプーンが侵入してきた。

 ワクワクしたような表情を向ける銀を余所に、しばらく舌の上で溶かすようにアイスを転がす。

 

「……うん。癖はあるけど、美味しいかな」

 

「お」

 

「ほら、お返しだ。口を開けな、お嬢さん」

 

「あーん」

 

 人間、行動する前から苦手意識を作るものでは無いことを痛感した瞬間であった。

 案外悪くない味であった事を告げると、「マジっすか!?」と何故か銀に滅茶苦茶に喜ばれた。

 そんな風に俺と銀がアイスに舌鼓を打ち、お互いの話に和やかに耳を傾けていた時であった。

 

「まあ……奇術に限界は無いって事さ」

 

「亮さんって女装が好きなんですか?」

 

「いや、好きっていうか、変装が得意なだけさ。女装は……“萌え”だよ」

 

「ほへー……、あッ!」

 

 そんな事を話していると、突然銀が走り出した。

 その挙動の意味が分からず、無言のまま彼女の走る方向に目を向けると一人の老婆がいた。

 路上に恐らくは買ったばかりのリンゴを転がしている状況を見て、俺も走り寄ることにした。

 

「婆ちゃん、手伝うよ」

 

「あら、ありがとうね。そちらのお兄ちゃんも」

 

「いえいえ、お礼はこの子に」

 

「いや、アタシはそんな」

 

 そんな事を言い合いながら手早く赤い果実を拾い集めていく。

 こんなに集めてリンゴジャムでも作るのだろうかと思いながら、十数秒程で片付いた。

 お礼にリンゴを二つ貰い、皮ごと噛り付く銀とは反対に俺はスラックスのポケットに入れた。

 

「亮さんのポケットって、四次元に繋がっているって風の噂で聞いたんですけど、本当なんですか?」

 

「その噂した人って、キミの友達?」

 

「はい。なんというか掴み所のない、雲みたいな感じです」

 

「面白そうだね。ちなみに俺のポケットは四次元には繋がっていない」

 

「なんだ……」

 

「二次元に繋がっているのだ」

 

「マジで!? って、あ!」

 

 適当な軽口を叩いていると、俺と銀の横を通り抜けようとした自転車に乗る少年が転んだ。

 純粋に下手なのか調子に乗ったのか、仕方なしに少年を助ける銀に消毒液と絆創膏を渡した。

 子供の世話をするのが上手なのか、泣き止んだ子供を見送り、少し進むと腰痛らしき老婆がいた。

 

 流石に銀が背負う訳にもいかず、俺が老婆の家まで背負って歩いた。

 幸いそこまで遠い場所ではなかったが、気が付くと夏の夕闇がにわかに迫って来ていた。

 午後の光が薄れ、空の淡い青色が、より深みのある青へとゆるやかに推移しつつあった。

 

「もしかして銀、キミってトラブルに巻き込まれやすい体質なのかな?」

 

「昔っからね……ついていない事が多いんですよ。ビンゴとか全然当たらなくて……」

 

「まあ、キチンと全員助けるのは偉いと思うよ」

 

「そういうわけじゃないですけどね、……というか亮さんだって手伝ってくれたじゃないですか」

 

「成り行きだ」

 

「もしかして、ツンデレって奴ですか?」

 

「うるさいぞ、トラブルメーカーめ。キミといると退屈だけはしなそうだな」

 

「あはは、そう言って貰えると何よりですよ」

 

 歩く。歩く。歩いていく。

 日差しが常闇に追われ、濃紺へと変わりつつある中で、己の両脚は向かう方向を決めていた。

 次第に無言となり、それでも銀と俺は、小さなトラブルを解決しながら歩いていく。

 

 他愛無い話をした。

 誰が好きで、普段はどんな事をしているか。

 人が減った道を、水に浮いたように出始めた星々が見下ろす中を、俺たちは進む。

 

 そうして。

 歩いて、歩いて、歩いて。

 ――やがて、俺と銀は曲がり角で立ち止まった。

 

「――――」

 

「……」

 

 左側への道は、俺が現在住まう別宅への道が続いている。

 もう一つの道は、駅へと続いているからか、見知った美少女が二人こちらに歩いてくるのが見えた。遠目に見える二人の少女、共に知っている少女の髪色は、艶のある黒色と稲穂のような金色。

 

「二人とも、すっかり見違えたなぁ……」

 

「東郷はともかく、園子はあんまり変わったとも思わないけどな」

 

「いやいや大将。ああ見えて園子も中々に立派な物に育ってるんですぜい?」

 

「知ってる」

 

「ははは……」

 

 楽しそうに、朗らかに銀は鈴音の笑い声を浮かべた。

 そんな彼女は、夕焼けの光に照らされて、薄く透けているように見えた。

 今にも溶けるように消えてしまいそうな少女を前に、俺の掛ける言葉は少なかった。

 

 ――指輪の熱は、すっかりと薄れていた。

 

「会わなくて、良いのか。キミの友達に」

 

「いいんです、あいつらの顔を最後に見れたので。……それに、アタシ達、ズッ友ですからね!」

 

「――――」

 

「今回は亮さんともダチコーになれましたしね! 大成果ですよ!」

 

「――――」

 

 安堵したような、俺を慈しむような瞳。

 何かを見て安心したような表情に、薄れていく彼女の姿は、まるで儚い夢のようで。

 咄嗟に伸ばしそうになった左手を俺は静かに握りしめ下ろし、そうして銀の瞳を見返す。

 

 灼熱の太陽の如く輝いた瞳は、事態への理解を示したように穏やかで。

 夜が迫り、この指輪の熱が消える時が、きっと彼女が消えるということで――。

 だというのに、何も出来ず、ただ無様に少女を見下ろすだけの瞼の奥が痛みを告げた。

 

「……亮さん」

 

「――銀」

 

「須美と園子のこと、これからもよろしくお願いしますね」

 

 夕焼けの光に照らされながら、銀は唇を緩めて言った。

 後悔はないと、銀鈴を思わせる声音が、俺の耳に聞こえた気がした。

 

「――またね」

 

「――――」

 

「――――」

 

 息を抜くように、下校時のような気軽さで。

 銀に別れを告げられた。なんてことないように、笑みを浮かべて告げられた。

 

 ――そして、夕刻の光に瞬きをすると同時に、彼女は消えた。

 

 あっさりとした別れであった。

 木登りから始まり、うどんを食べ、なんてことは無い日常の話をし、二人でアイスを食べて涼しみ、小さなトラブルを二人で解決していき、最後に風が連れ去るように銀は笑って消えた。

 

「――またな。ダチコー」

 

 それはきっと、運命の悪戯であったのかもしれない。

 それとも、神様が今日だけはと、何かのきまぐれで送り出したのかもしれない。

 いずれにせよ、俺は今日、新しい友人を得ることが出来たのだと、少女達の下へと歩き出した。

 

 歩き出した。

 

 

 




 ---
 お久しぶりです。
 リクエスト回となります。銀ちゃんは今作で初めて出ますね(IFは除く)
 本当は一切出すつもりは無かったのですが、まあ銀は可愛いなと思います。
 
 そして、宣伝を。
 この作品の派生、R-18版『果てなき夜で、貴方に愛を』を投稿しています。
 まあ、平和にかっきーが勇者とイチャイチャしているような作品です。良ければどうぞ。
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