変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第八話 星空の下で、交わした約束」

 あっという間に9歳になった。

 もう小学4年生である。言っておくが決して端折ったわけではない。本当だ。

 

 この3年間何かあったわけではない。

 特に目立つような事件があったわけでもない。平和で退屈だった。

 

 俺は言いつけ通り肌身離さず指輪をつけていたし、園子とはベタベタしていた。

 毎日綾香の料理の手伝いをし、宗一朗と格闘技の鍛錬をし、学校生活を過ごしていた。

 この3年、園子とは誰よりも仲良く楽しく過ごしていたと思う。

 

 夏には一緒にスイカを食べたし水浴びをした。

 秋には紅葉狩りに行った。単純に景色を見て遊んだりした。

 冬には園子曰く、コタツが欲しいなぁと言っていたら翌日にはあったらしい。

 乃木家すげーと思いながらカマクラを作って餅を食べて、心と体を温めていた。

 

 そうして一年が巡り、再び訪れた春には二人、俺と園子は一緒に桜を見に行った。

 「また一緒に来ようね、かっきー」と園子はニコニコと笑顔で毎年約束を交わした。

 園子は本当に可愛いなと思いながら、俺も毎年彼女との約束を果たしてきた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 そして、その年の夏のある日。

 

「花火大会?」

 

「そう」

 

 学校で小説の構想を考えている園子を誘う。

 最近、園子はなんと小説に目覚めたらしく時折せっせと何かを書いている。

 そんな将来有望な作家希望者に対して、俺は家に届いていたチラシを見せる。

 俺は行った事は無いが、毎年地元で開かれるらしくそれなりに賑わう花火大会。

 

「お祭り~〜ワッショイ!!」

 

「でしょ? いこうぜ」

 

「かっきーとエンジョイ!」

 

 ぐふふ、花火デートとランデブーとしゃれこもうじゃないか。

 そう俺は思いながら、園子と今日も学校生活をエンジョイしていた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 当日。

 

 ザァーっと雨が降りしきる。雨が降って分かる独特の土の香りが鼻腔をくすぐる。

 俺は天から注ぐ冷たい雨滴が窓ガラスを伝っていくのを無言で見ていた。

 雨は見ている分には嫌いではないが、出かける日に限っては止めて欲しいものだ。

 

(今日の花火大会は中止か……)

 

 先ほど連絡があった。非常に残念だ。

 隣にはばっちりと可憐に浴衣で彩った美しい金髪の少女が悲しげに窓から外を見上げる。

 

「雨、止まないね~」

 

「今日はダメだって」

 

「ええ~」

 

 膨れ上がった頬は饅頭のようだ。そっと頬を突くと、萎んでいく。

 ちなみに園子が着ているのはアサガオの柄の浴衣だ。非常に似合っている。

 

「花火、見たかったなぁ~……」

 

「――――」

 

 その一言がやけに脳裏にこびりついた。

 

 

 

 ---

 

 

 後日。

 園子の言葉が、どこか寂し気な表情が忘れられなかった俺は、訪れた乃木家でどこにでもあるようなバケツを用意していた。

 

「園ちゃん園ちゃん」

 

「うん~?」

 

「花火しない?」

 

 そう聞くと、パンッと鼻提灯を割り園子が目を覚ます。

 瞼を擦り首を傾げながら、園子は俺に琥珀色の瞳を向けた。

 

「……うん、でもどうやって~……?」

 

「買ってきた、とは言っても殆ど売り切れで線香花火しかなかったけどね」

 

 この時期はやはり花火に人気が集中するのか、なかなか買えなかった。

 これまでの経験上、園子に頼めば容易に用意してくれる(駄洒落ではない)と思うが、

 それは何か言葉に出来ないが『何か』が違うと思い、自分でひっそりと用意した。

 

 いつものように園子の家で御飯を御馳走になる。この味はなかなか真似できない。

 園子の両親に庭で花火をする許可を申請すると二つ返事であった。

 即座にオーケーと了承される。俺も信頼されたものだ。

 

 

 

 ---

 

 

 

 そうして夜になった。

 ミーンミンミンと、減りつつある蝉が人生を懸けたのど自慢をしている中。

 俺はバケツを地面に置きながら、廊下に腰を掛けて此方を見る園子に言った。

 

「園ちゃん、よ~く見てなよ?」

 

「うん?」

 

 そう言うと、一体どうしたのかと俺を見てくる園子。

 何をするのかとその琥珀色の瞳に興味を抱く。期待には応えるのが俺クオリティ。

 適当に見えてある程度の計算に基づいた動きで、緩慢と両手を動かす。

 

「―――っ、……はい!」

 

「? ……ぉ……おお!!」

 

 園子のテンションを上げるのはもはやお手のものだ。

 俺は手から水を出し、バケツに水を注いでいくと、

 

「かっきーすごいすごい!!」

 

「ハッハッハ。そうだろう、そうだろう」

 

 無邪気に喜ぶ園子。

 ここまで喜ばれると俺もやりがいがある。

 

「じゃあ、はい」

 

 園子に花火を渡す。七色の細い形状をした花火。

 

「これは~?」

 

「線香花火と言ってね……まぁ見てな」

 

 パチンッ、と指を鳴らして指先に火を点ける。

 どうやっているかって? 野暮なことを聞くなよ……。

 

 そして線香花火の先端、火種部分に火を点ける。

 シューっという音と共に、小さくパチパチと音を鳴らし線香花火が目を覚ます。

 

 棟色の火花は次第に丸くなり、どこからか流れる風がほんのりと火薬の香りを漂わせる。

 小さな棟色のそれは、小さく輝きを放つ。

 

「―――――」

 

 そっと園子の方を窺い見る。

 いつの間にか俺の隣に来て膝を屈んでいた園子は、

 口をポカンと見開いて、じーーっと花火を見つめていた。

 

 その瞳には花火の光が反射し、彼女を金色の光が照らしていた。

 夜を切り裂いて現れたその幻影とも呼べるこの光景を、妖精のようだと思った。

 

「…………」

 

 パチパチと線香花火が満天にひらく名花を思わせ、蝉たちも静まり返る中、

 

「―――ぁ」

 

 ふと俺は思い出した。

 去年も、その前の年も俺たちは花火大会には行けなかったっけ。

 まさか実質初めて花火を見たのか? いや流石にそれはお嬢様すぎるだろう。

 

「……あっ」

 

 と園子が声を上げる。火種が力尽き地に落ちる。

 ぼんやりと、俺たちはそれを見ていた。

 

「…………」

 

 何も言わず、俺はもう一本の花火に着火させる。

 再びシュワシュワと独特の音を立てて、今度は色とりどりの火花が地面に降り注いだ。

 たっぷりとふくらんだ線香花火の玉の光に、俺と園子の二人の顔がぼうっと照らされた。

 

「…………」

 

 静かにじっと光を見る園子に、俺は失敗したかなと思っていた。

 やっぱり花火大会のようなド派手な花火をすべきだっただろうか。

 だが、予算がないと俺は小さくため息を吐いた。

 

「かっきー」

 

「うん?」

 

「……綺麗だね」

 

 言葉少なに園子はポツリと呟いた。

 いつもはテンションの激しい彼女が、線香花火の発する雰囲気に当てられ随分とおとなしく静かだった。

 だがそれでも、園子は間違いなく喜んでいた。

 

「その、ごめんな。花火大会に連れていけなくて」

 

「ううん。そんなことないよ~」

 

 くっ、俺が雨を止められれば………そんな事を一瞬だけ真面目に思った。

 少しだけいつもの調子を取り返したのか、ほわほわとした笑みを園子は浮かべる。

 そんな彼女に俺はそっと呟く。

 

「――、今はこれが精一杯」

 

「う~ん?」

 

「ほら」

 

「……わっ!」

 

 線香花火を園子に手渡す。

 わっと声を上げ、ちょっともたついたがすぐに慣れて自分で花火を持つ。

 それを横目に、俺は更に花火に着火する。

 

「園子」

 

「……う~ん?」

 

 光の加減で眠そうにも、はしゃいでいるようにも見える園子に話しかける。

 

「競争しない?」

 

「競争~?」

 

「そっ。この先の火種が先に落ちた方の負け」

 

 生前俺が小さい頃、親戚の子供たちとそんなことをして遊んだ。

 それを思い出し、園子の了承を得てちょっとした勝負をすることにした。

 

「――――――」

 

「――――――」

 

 線香花火は俺たちの想いを反映したかのようにパチパチと火花を放つ。

 やがて、モノ言わぬ火の玉となる。

 火の玉はフルフルと震えて、涙のように零れそうに、落ちそうになって、

 

「あっ」

 

 と俺たちの声が被った。

 二つの光が絡み合い1つの火の玉に溶け合った。

 

「…………」

 

 それをじっと俺たちは見続けて、火の玉は地に落ちた。

 

「…………ん?」

 

 何も言わず、黙って線香花火に火を着ける俺を園子が見ていた。

 どうしたのか、目線で問う俺に園子はふんわりと首を傾げて、

 

「えへへ~」

 

 と、よく分からない笑みを浮かべた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「ねぇ、かっきー」

 

「……どうした?」

 

 そろそろ本数も尽きて、次で終わりとなった頃、園子が話しかけてきた。

 

「来年は花火大会、一緒に行こうね」

 

「ん……おお」

 

「また一緒に、線香花火しようね」

 

「分かりました。お姫様」

 

 ビシッと敬礼をする。それを見てフフッと園子が笑った。

 それから、園子が指を出してきた。

 その行為の真意を数秒読み取れず首を傾げるが、出した小さな小指を振っている姿に、何をするつもりか理解して指を出した。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます~」

 

「……指切った」

 

 勝手に約束をされたのだが。

 きっと来年も、園子と共にこうやって一緒にいるのだろう。そう思う。

 

 そっと星空を見上げる。

 今日は新月で、いつかのように満月は見えないけれど。

 それでも、数千の星々が俺たちを見下ろしていた。

 

「約束だよ~」

 

「ああ、約束だ」

 

 交わした手をそっと下げる。

 流星が流れた訳ではないが、俺は他力本願に祈った。

 

 ――どうか、こんな日々がいつまでも続いてくれますようにと。

 

 俺の願いを反映した線香花火は、最後の瞬間まで輝きを放つ。

 パチパチと色とりどりの火花を出し尽くしたそれは、やがて丸く火の玉となった。

 最後の一本となった火の玉は緩やかにその光を無くし、再び空間に闇夜が舞い戻る。

 だが、決して暗闇ではなかった。

 

 その日は、星が綺麗な夜だった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 結局、――この約束は果たせなかった。

 他力本願の祈りなど、叶うはずもない。

 少年が少女との約束を果たす日は、来ることはなかった。

 

 

 


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