変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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最近東郷さんの配信系の小説が完結しました。興味がある人はどうぞ。
それより読者の方々は是非、アンケートに一票をくださいな。



【番外】 「この空はあと何回見れるのか」

 ――寒さが己の意識に呼び掛ける。

 

「――――」

 

 睡魔の指先に抗い目を開き、何度か瞬きをして意識を浮上させる。

 習慣とは恐ろしい物で、すぐに意識は眠気から乖離し、肉体に活動力をもたらす。

 

「ふぁ」

 

 欠伸をして毛布から脚を出し、寝台から床に下ろす。

 途端、剥き出しのフローリングの冷たさを感じるが、数秒程でその冷たさにも慣れた。

 

 僅かに寝台が軋む音を背後に聞きながら亮之佑がぼんやりとした頭で周囲を見渡すと、見慣れた自室――小奇麗に整理された棚、折り紙や謎の装置が無造作に置かれた机といった生活感の感じられる自室の内装が目に入りこんでくる。

 

「――――」

 

 ぺたぺたと素足で窓辺に向かう亮之佑は、隙間から光射すカーテンを引っ張る。

 シャッ、とカーテンレールの滑る音と共に、朝の和らいだ日差しが亮之佑の目を細めさせた。

 夜が終われば朝が来る。当然の摂理であるがそれは絶対ではない事を亮之佑は知っていた。

 

 しばらく何も考える事なく、窓から映る面白味に欠ける住宅街を見る。

 向かいの家、その隣の家、その奥の家、雲の無い澄んだ青空は寒々しくも美しい。

 

 ――この空も、あと何回見れるのだろうか。

 

「ふぁ……」

 

 弛緩した身体に活を入れようとする意識に欠伸が水を差す。

 「寒いしもう一眠りしようぜと」いう悪魔の如き甘言と、「いやいや煮干しは今頃走ってるしお前もジョギングしろよ」という神樹の如き小言。普段ならば品行方正、真面目、誠実、紳士の看板が身体に張り付く亮之佑だったが、ある理由により既に意識は悪魔の手の中にあった。

 

「そういえばもう、休みに入ったんだな」

 

 壁に貼られた何てことはないカレンダーに目を向ける。

 中身はともかく身体は学生の亮之佑にとって、早起きは朝の習慣だ。

 勤勉な亮之佑は普段の休日も大体朝早くに起きて掃除なり朝食を作るのが常だ。

 

 たまに亮之佑の事を誤解する輩に遭遇するが、基本的には健康的に生きている。

 家でこっそり飲酒したり、可愛い子にちょっかいを出すのは勇者だからだ。

 ――単純な話、バレなければ何も問題は無いのだ。

 

「そう、バレなければ良い」

 

 勇者どころか犯罪者、魔王寄りの思考だが、それを止める者はいない。

 二桁になり久しいカレンダーの数字から目を逸らし、亮之佑は寝台に脚を戻す。

 

 無理して早起きをする理由は無くなった。

 誰かが朝早く来るという可能性もあるが、基本的に身近な人間以外は居留守だ。

 首元に掛けた指輪を無意識に弄る亮之佑は二度寝の為に寝台に戻るが、ふと脚を止めた。

 

「ぁー……」

 

 吐息と共に漏れた声には理解と安堵が込められている。

 忘れていた訳ではない。ただそこにいるのが自然過ぎて認識が遅れていただけ。

 

「んにゅ……」

 

「友奈」

 

 寝台の布団に包まる少女、赤い髪の毛が無造作に枕に広がっている。

 起きた時に彼女の姿が目につかなかったのも、純粋に見えなかったからだろう。

 そう誤魔化す自らを許すように寝顔を晒す友奈を見下ろし、ふと携帯端末を手に取る。

 

 多少傷が表面に残る端末だ。

 それなりに生まれた愛着の度合いは、年数に比例する。

 

「……」

 

 手のひらに収まる程度の大きさの端末を片手で弄び、そっと少女の前で構える。

 布団を捲ると、長い睫毛を震わせる少女は何かを呟くように薄い唇を小さく開いた。

 

 ――控えめに言って可愛らしい。

 

 だからこそ、つい無音カメラを起動し写真を撮っても仕方がないだろう。

 可愛いは正義であり、悪であり、同時にあらゆる事象に対する免罪符となりえるからだ。

 

 しばらく息を殺し被写体の画像を秘蔵フォルダに送る作業に勤しんだ亮之佑は、今度こそ二度寝の為に寝台に身体を横たわらせる。添い寝の相手としては極上の相手の存在に頬を緩めざるを得ない亮之佑は、友奈の頭にそっと手を乗せた。

 

「――――」

 

 少女の髪の毛を指で梳き、ふわりとした赤い髪の毛の感触を楽しむ。

 静かな朝、新聞すら届いていないような時間帯に彼女に触れるこの時間が愛おしい。

 自らの身体を彼女の身体が休息を取る寝台に横たえ、ぼんやりと指先で友奈に触れる。

 

 目の前に、手を伸ばせば届く距離に、彼女がいる。

 柔らかな頬も、薄い唇も、寝癖のついてしまった髪の毛にも手が届く。

 

 ガラス細工よりも繊細に少女に触れていると気づく事がある。

 どれだけ静かに触れていても、決して眠りの浅くはない彼女でも目覚める時がある。

 布団を被った薄暗い空間の中で、ふにゅんと彼女の唇を指でなぞっていると、ひくひくと小鼻を動かす少女は僅かに瞼を震わせ、ルビーと見間違える程に美しい薄紅色の瞳を緩慢に開いた。

 

「ぉ」

 

「あむ」

 

 同時に何を思ったのか、上唇と下唇が僅かに開き亮之佑の指を口内に招き入れる。

 ぼんやりとした眼差しで、赤子のように友奈の熱を持った舌が亮之佑の指を丁寧になぞっていくのが分かった。その独特の感覚に、ぬめる口内の温かさに、ぞわぞわと背筋に身震いが奔る。

 

「いあじゅらひちゃやめやよ」

 

「う、うん」

 

 起こし方に抗議を上げる為の行為だと知る亮之佑に友奈は半眼を向ける。

 そっと少女の口内から脱出を果たした指には唾液が付着しており、その処理方法について亮之佑は考えることになった。

 

「流石に目の前で舐めるのはどうなんだ……、いや後悔はしないっていう誓いが……」

 

「あ、ごめんね」

 

「あー!」

 

 判断が遅い。

 その結果、慌てて友奈は自らのパジャマの袖で亮之佑の指の唾液を拭いとる。

 わななく亮之佑に「パジャマは今日洗濯するからね」と告げる友奈は微笑を浮かべている。

 

「今何時?」

 

「そろそろ6時かな」

 

「わー、早いね」

 

 布団の中、二人だけの秘密基地にいるような気分で友奈と朝のトークを始める。

 鼻先が触れるような距離で、寝台の柔らかさを感じながら彼女の瞳を見つめる。

 

「起こして悪かったな」

 

「ううん」

 

「でも、起こし方は普通だったろ?」

 

「普通……? あっ、でも亮ちゃんの手、冷たかったよ!」

 

 そう告げる友奈は先程まで自らが咥えていた指、手全体を自らの手で包み込む。

 じんわりとした少女の熱が冷えた手に伝わってくる事に、亮之佑は小さく吐息した。

 

「あったかい……?」

 

「ああ」

 

「そっか……、じゃあもっとぎゅーってしてあげる」

 

「――――」

 

「ぎゅー」

 

「――――」

 

「これで悪戯できないね!」

 

「……悪戯してほしかったの?」

 

 ころころと笑う少女に亮之佑は嗤い掛ける。

 何てことない日常会話、友奈と話をすることに生きる意味すら感じた。 

 自らの手に感じる少女の温もりに、消えたはずの微睡みが優しく迫り始める。

 

「そんなこと言って無いよ〜」

 

「冗談だ」

 

「ほっ」

 

「次は過激な起こし方でいこうか」

 

「ラッパとか鳴らさないでね?」

 

「さあ?」

 

「むぅ……」

 

 友奈を揶揄うとズシリと腹部に重みを感じ、亮之佑は一瞬息を止める。

 何かが転がってきたように、否、生きた少女が布団の中で器用に亮之佑の身体に圧し掛かってきたのだ。仰ぐと此方を見下ろす友奈の顔を一望することが出来る。

 はらりと少女の赤い髪の毛が重力に従い垂れ下がり、彼女の身体の柔らかさと温かさがじわりじわりと亮之佑にもたらされる。

 

「そういえば亮ちゃん」

 

「なんだよ」

 

 少し重くなっただろうか。

 身長も少し伸びた気がする。

 口には出さず、しかし手が少女の臀部にそっと触れることを気にせず友奈はジッと亮之佑を見下ろすだけだ。その反応に思わず眉を顰めるが、

 

「勇者部六箇条一つ。挨拶は……?」

 

「ああ」

 

 少女の態度の意味を理解して、亮之佑は小さく苦笑する。

 何てことはない。彼女が求めている事は些細な事でありながらも大事なことだ。

 頬を膨らませる友奈に「悪い悪い」と謝りながら、亮之佑は囁くように告げた。

 

「――おはよう」

 

「おはよー!」

 

 

 

 +

 

 

 

 『猫はコタツで丸くなる』というフレーズを覚えている。

 どこで聞いたかは覚えてはいないが、猫でなくともコタツで丸くなりたくなる。

 全ての事から解き放たれて、ただ一人の人間として堕落していたくなるのは仕方がない。

 

「いや、仕方なくはないわよ!!」

 

「夏凜ちゃんもおいでよ」

 

 背中に感じる程よい温かさを感じながら、欠伸。

 抱きしめた人の柔らかさ、抵抗の無いことに頬を緩めながら亮之佑はコタツの中に潜んでいる。隠れている訳ではない。住んでいるだけだ。こたつ布団越しに聞こえる二人の少女の声音に何となしに耳を傾けてみる。

 

 片方はいつか高血圧になりそうな、日増しにツッコミのスキルを上げる少女の声音。

 もう片方は、無意識に亮之佑の腰に爪先を触れさせながら、笑顔で対応する少女の声音だ。

 

「わ、私はいいわよ」

 

「えー、夏凜ちゃん入らないの……?」

 

「あ、後でね……。それより、元凶は?」

 

「ゲンキョウ?」

 

 小さく小首を傾げたであろう友奈、しきりに誰かを探す夏凜。

 人の家で騒ぎ立てる少女に家主として対応するべく、仕方なしに床を這う。

 緩慢な匍匐前進、懸命に力を振り絞りコタツ布団から這い出ると、丁度見知らぬ両脚に遭遇。

 そうして人の家に入り込んだ少女が友奈と話す姿を、しばしローアングルで見上げる。

 

「ん……、わっ!?」

 

「……」

 

 大きな目を丸くする夏凜の姿を亮之佑は捉える。

 

「いや、いると思ったけど! 無駄に気配を隠さないでよ」

 

「何用か」

 

「その口調こそ何よ……。いや最近全然家から出てないらしいし、東郷にもそこから出すように頼まれてさ」

 

「ふーん………夏凜」

 

「何?」

 

「家主を見下ろすなよ。服、剥ぎ取るぞ?」

 

「あ、ごめん……って、そんな所にいるからでしょ!? ちょっ、這い寄るな!」

 

「ほら、夏凜ちゃんも座って。蜜柑美味しいよ?」

 

「くっ……、い、いや、私は鍛え方が違うから……っ」

 

 大声を上げる夏凜の声に手で耳を塞ぎ、怒りに顔を赤く染める少女に友奈は蜜柑を分け与える。

 礼を告げながら、しかしコタツに入ることをせずに蜜柑の皮と格闘を始める夏凜は、何とも言えない顔をしながら加賀家リビングを見渡した。

 

 勇者部随一の刀使いの少女の視線は、壁に掛かったカレンダーで止まる。

 時期としては十二月になって程々、雪が降る日もある寒々しい季節である。

 

 当然、今年の加賀家でも暖房器具がリビングに設置された。

 その名をコタツという。

 

「まあ、東郷が散々言ったんだろうけどさぁ」

 

「――――」

 

「だらけすぎじゃない?」

 

「いや、休みはゴロゴロするものだろ? なあ、友奈や?」

 

「そうだね、ご主人様!」

 

「……ご主人様?」

 

「勇者部だって休みだし良いだろぅ……、東郷さんがちょっとアレなんだよ」

 

「いや、言いつけるわよ……本人に」

 

 讃州中学校は現在冬休みに入っている。

 与えられた課題は既に終え、ただコタツで食っちゃ寝生活を続ける日々。

 それなりに大きなコタツ、丁度北の方向に亮之佑、東の方向に友奈という配置である。身体の上半身に寒さを感じ、コタツ布団内部に戻ろうとする亮之佑の肩を慌てて夏凜は掴んだ。

 

「いいから、外に出てきなさい!」

 

「――くらえ。【冷え性の手】!!」

 

「にゃわ!?」

 

 腰を屈ませ亮之佑の肩を掴み、コタツから身体を引き摺り出そうという外敵。

 抵抗する亮之佑が冷えた両手を彼女の首筋に当てると、夏凜は可愛らしい悲鳴を上げた。 

 

「まあ慌てんなよ、夏凜」

 

「こ、こいつ……!」

 

「だから怒るなよ。そこの戸棚に煮干しあるから、それで許して」

 

「……ふん」

 

「あ、もうすぐ御飯だから。食いすぎるなよ」

 

 久方振りに上半身をコタツの外にまで出すと、再び亮之佑は欠伸をした。

 凝り固まった身体を解し、しかしどんな時でもお腹は減る物だと実感し、一時コタツから身体を出すことを決意した。それはバーテックスと戦うよりも苦痛に満ちた決意であった。

 

 うつ伏せをやめ、コタツのテーブルに肘を置く。

 即座にころころと転がってくる蜜柑が一つ。目を向けると赤い髪の少女が一人。

 亮之佑の血紅色の視線に気づいた少女は、キメ顔で一言呟いた。

 

「――私の奢りだ」

 

「……昨日のドラマ?」

 

「似てる?」

 

「似てる似てる」

 

 暖色のセーターに身を包む少女はふりふりと後頭部の髪を揺らし笑顔を浮かべる。

 蜜柑の皮を剥く少女は、何となしに黒ニーソに包んだ脚をコタツ布団の下で絡ませてくる。亮之佑の回答に満足したのか、蜜柑を一房細い指で摘まみ、亮之佑の口元に運んだ。

 

 断る理由も無い為、雛鳥の如く小さく口を開ける。

 口内に侵入してきた蜜柑を咀嚼すると、ぷつぷつとした甘みと酸味が舌上で広がった。

 

「ふわぁ~」

 

「――――」

 

 そんな風に友奈に食べさせて貰っていると、ふわりとした声音が亮之佑の近くで聞こえた。

 先程から腰に感じる違和感、布団を捲ると金色の髪の少女が眠っているのが見えた。サンチョを抱きしめ、すや~と声を出して眠る美少女を煮干しの袋を抱える夏凜と共に見つめる。

 

「園子もか……」

 

「園ちゃん、起きろ。起きないと夏凜の前で凄い事するぞ」

 

「凄い事!?」

 

「……ん。おはよ~」

 

「はいはい、お嬢様」

 

 ふわわと小さく欠伸をする御令嬢は緩慢とした動きで上体を起こす。

 そうして彼女と友奈に夏凜の相手を任せ、寒さに震えながら亮之佑は食事の準備をするべく台所へ足早に向かった。そうして向かっている途中で、その存在に気が付いた。

 

「あっ、亮くん」

 

「東郷さん。……準備させちゃって悪いね」

 

「ふふっ、良いのよ。……お鍋運んでくれる?」

 

「勿論」

 

 エプロン姿の東郷と共にリビングに戻る。

 楽しそうに騒ぐ少女三人は、亮之佑が手に持つ鍋の存在にピタリと口を閉じた。

 既に陥落寸前の夏凜をコタツに引き摺り込もうとする友奈と園子が、ジッと鍋を見つめる。

 

「ほ~ら夏凜、鍋ですよ~」

 

「……み、見れば分かるわよ」

 

「そう? じゃあほら、コタツに入れよ。そこじゃ食えないだろ?」

 

「ま、まあ、そうね……!」

 

 自然に彼女をコタツに誘う。

 渋々とばかりにコタツ内に脚を入れる夏凜の姿を視界に捉えながら、自らも席につく。

 冷蔵庫にある物、肉や魚、野菜などを入れた鍋は、かぐわしい香りと湯気を放っている。

 

 友奈、東郷、夏凜、園子、亮之佑。

 見事に同学年の仲間がコタツの暖かさと鍋の魅力に吸い寄せられていた。

 貰い物である蜜柑の籠を寄せ、黙々と眼前の鍋で煮えた食材にジッと目を向ける。

 

「友奈ちゃん、ちゃんと葱も食べないと駄目よ?」

 

「はーい!」

 

「にぼっしー、美味しい?」

 

「まあ、美味しいわね」

 

「そっか~」

 

「さて、女性諸君」

 

「うん?」

 

 しばし無言のまま食事をする彼女達は、目線で何かと問いかけてくる。

 何気に食べ方が綺麗な少女達に、亮之佑は豆腐に息を吹きかけながら問いかけた。

 

「このあと、雑炊にするか、うどんにするか。多数決にしようと思うのだが――」

 

 ――この世界の住人ならどちらを選ぶかなど、明白だった。

 

 

 

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