キーワード:ロボット
アイドル:高峯のあ
現代社会はものに溢れかえっている。物欲を持っていても、溢れかえるものから簡単にものを手に入れることができる。しかし、逆に言うと簡単にものを捨てることができるということ。この社会では毎日のように物が大量に生産されると同時に、大量に廃棄されていた。大量のものとごみが紙一重に存在していた。
そんな社会や人間に対して批判的な考えを持つ者がいた、P博士だ。彼は毎日のようには大型のごみ処理所へと足を運んでは、処分されていくごみとなったものたちの末路をその目で見ていた。
彼はこう考えていた――ものにだって、心はあるのだ。声が聞こえないからといって、人間が好き勝手にしていいはずがない。
そこで彼はある研究を始めた。それはものの心、つまりは声を汲み取る機械を作り出すという研究だった。周りからは、当然のように批判的な言葉や冷ややかな視線が土砂降りの雨のように浴びせられた。しかし、P博士は研究をやめなかった。研究をしている間にも、ものは毎日のように処分されていく。他の者たちには聞こえない、ものの悲痛な声を聞いているような気がしていたP博士は、その機械を作り出すことが己の役目……天命とも捉えていた。
そして、研究を始めて数年――ようやく、P博士はその機械を完成させることができた。とはいえ、溢れかえっているもの一つ一つの声を拾うのはあまりにも効率が悪すぎる。ならどうするのか――そこで博士は、今度はロボットを作ることにした。人間のように動き、考え、喋る……そんな人間のようなロボットだ。
それからしばらくして、ようやくそのロボットが完成した。完成したロボットは、完璧だった。誰がどう見ても一人の人間にしか見えない。女型のロボットだった。どうせ作るのなら異性のほうがいい、それもとびっきりな美女が――そんなP博士の考えからあらゆる美女の要素が取り入れられていた。ミステリアスでサイバネティックな雰囲気を持っていた。だが、その雰囲気こそ彼女を美女たらしめる条件なのだと、P博士は思っていた。
完成したはいいものの、P博士自身は心身ともに疲れきっていた。研究や開発への没頭だけでなく、それらへ費やしてきた時間に比例してものが多く生産され、廃棄されていることが原因だった。そのロボット、彼女を稼動させるにあたって、博士はある機能を追加することにした。それは歌と踊りだった。美女である彼女の歌と踊りで、疲れきった心を癒し、気を紛らわせてくれることを期待したからだった。
そして、ついに彼女を稼動させるときがきた。
「やあ、気分はどうだい」
気さくに話しかけるP博士に対し、彼女のルビーのような双眸からの視線は、色とは逆に、冷ややかなものだった。
「そうね……突然起こされたから、いい気分とは言えないわね」
「それは悪かった」
「ええ、大いに反省しなさい。まったく……なんのために私を起こしたのかしら?」
上から目線の物言い。どうやら彼女を構成する素材は、生前総じてそういう性格をしていたのだろう。作り物の言葉ではなく、彼女自身の持つ心からの言葉を聞くことができ、P博士は成功の喜びを一人噛み締めていた。
「僕が君を作ったからね。名前を教えてほしいんだよ」
「名前、ね……あなたが作ったのなら、あなたがつけるんじゃないかしら?」
「君には心があるだろう?」
「ええ……私には心があるわ」
「なら、自分で名前をつけてみてくれないか」
「ずいぶんと勝手なことを言ってくれるわね……まあ、いいわ」そう言って一瞬目をつむってから「なら……私の名前は“のあ”、よ」
「“のあ”か。いい名前だな」
それからP博士は、のあと名づけられた彼女を他の者たちに紹介した。ものの心や言葉を汲み取る機械を搭載したロボットである、と。大量生産、大量廃棄に対する批判的な言葉を彼女の口から聞かせることで、身近なものたちから考え方が変わっていくことを期待していた。しかし、彼らからの反応は、P博士が期待していたものとは違うものだった。
「馬鹿馬鹿しい」
その一言で、P博士の考えや期待というものを一蹴した。さらに、
「どうせここまで絶世の美女の姿をしたロボットを作れるのなら、いっそのこと従順にすればよかったのに」
と、残念がる言葉もあった。なまじ心など持たせると、面倒なことになると思っているからだった。
研究や開発は大成功だったが、思惑は大失敗に終わった。P博士は――なぜだ、なぜ彼らは理解してくれない、考えを改めてくれない、と不満を抱いた。苛立つ気持ちを抑えようと、研究所の外に出ることにした。
のあを連れて、公園に足を運んだP博士は、ベンチに腰を下ろした。
「そうだ、ちょっと踊りと歌を披露してくれないかな?」
P博士はこんなときのために機能を追加したことを思い出し、お願いした。仕方ないわね、としぶしぶという様子で、のあは公園広場の中央に移動した。青々とした芝生の舞台に立つ。海から潮の匂いを運んでくる風が、草花や枝葉を揺らしバックミュージックを奏で始める。それに合わせて、のあは舞台の上をゆっくりと自由に踊り、歌う。歌に誘われるかのように小鳥たちは木の枝にとまる。聞き惚れているかのように羽休みをしているようだった。
それは、P博士も同じだった。先ほどまであった不満や苛立ちといった負の感情を、このときばかりは忘れていた。疲れを知らない彼女は空が青色から茜色へと変わり、すっかり黒一色に染まってしまっても踊り、歌い続けた。
「すばらしかったよ」
「……当然よ、私にとってはね」
「そうだね。でも、期待通り……いや、期待以上だった。気持ちがすっと楽になったような気がするよ。君の踊りと歌があれば、僕はやっていけそうだ」
「大げさね……でも、悪い気分じゃないわ」
「これからも、僕のために踊りや歌を見せてくれないかな」
「気分が乗ったなら……考えてあげなくてもいいわよ」
ちょうど話のきりがよくなったところで、突然後ろから、拍手をしながら誰かが歩み寄ってくるのに気づいた。
「いやあ、すばらしい。偶には遠回りをして帰るものだ」
そこには、ビシッとしたスーツ姿の中年男性がいた。妙に興奮した様子を隠しきれていない。そんな様子のまま、馴れ馴れしく話しかけてきた。
「彼女にはトップアイドルになれるだけの素質がある――いや、すでにトップアイドルになっていてもおかしくはない。それだけの実力があると思う」
のあを褒める言葉を、一気に捲くし立てるように言う。P博士は困惑するばかりで、のあに限っては関心すら抱いていない様子だった。そんなこともお構いなしに、勢いが衰えぬまま男性が言葉を続ける。
「彼女を育てたのは君かね?」
「あ、え……まあ、作ったのは僕ですが」
「そうか、ふむ……」
ジィーッと覗き込むような視線を向けてくる。せっかくいい気分になっていたのに、すっかり萎えてしまう。男性は一人値踏みするようにして、ぶつぶつとなにかを呟いている。
「彼女をここまで育て上げるとは、君は自分の腕に自信はあるかい?」
「まあ、誇れるほどではないですが……」
「そうか――」と、ここで一度言葉を切る。そして、スッと人差し指を立てながら「ティンときた」と、意味不明な声をあげた。
なんでも、彼はアイドル事務所の社長だという。独立し、自分の事務所を始めたのはいいものの、まだ事務員のみで肝心のアイドルとプロデューサーが見つかっていないらしい。偶然歌い、踊っているのあを見かけ、今に至るという。
まったく興味もなかったことを持ちかけられ、断ろうと思っていたP博士だったが、ふと名案を思いつく。トップアイドルとなったのあが、ファンたちに大量生産、大量廃棄の反対を呼びかければ、効果は大きいのではないかと考えた。それに、あらゆる美女に必要な要素と歌、踊りの機能を持つ彼女であれば、トップアイドルになれないはずはない。すぐに多くのファンを獲得し、トップへと駆け上がることだろう。近くの者たちから変えるなどちまちまとしたやり方では、いつまで経っても全体の考えを変えることは不可能だ。総じて、P博士はのあをアイドルとし、自身もプロデューサーになることを引き受けた。
当然のように、のあは数段抜かしで階段を上るかのように、トップアイドルへと近づいていった。彼女の歌や踊りは、デビュー当初から次々とファンの視線を釘付けにした。Liveバトルだけでなく、雑誌やドラマでも彼女の人気は鰻上りだった。彼女の収入は、P博士が研究をしていた頃よりも何倍もあった。彼女が心や声を汲み取る機械によって物欲や食欲などを持ったとしても、所詮ロボット、機械であるからP博士のスイッチ一つで機能を停止させることができ、それが叶うことはなかった。
段々、P博士の生活は――豪邸がほしい、かっこいい車がほしい、新しくコーディネートとした服がほしい、高級料理が食べたい、外国を旅してみたい――派手になっていった。
そして、一年後――とうとうのあはトップアイドルへと上りつめた。そして、今日はそんな彼女にとって初めてのドームでの大型ライブ。当然のように席はファンで満席となっており、収入額は相当なものだった。
ライブ開始前、P博士は何度も腕時計をそわそわしながら確認していた。未だに主役であるのあの姿が見当たらないのだ。現在スタッフの一人が、控え室にいるのあを呼びに向かっているところだった。バタバタと足音を立てながら慌てた様子で走ってくるスタッフの姿があった。しかし、一緒にいるはずののあの姿はどこにも見当たらない。いったいどうしたのかと尋ねると、スタッフは一枚のメモ用紙を差し出してきた。それを受け取り、書かれている文章に視線を落とし――愕然とした。
そこには『私の歌を聴いてくれる、本当の居場所に帰るわ』と書かれていた。
***
『トップアイドル・高峯のあ 突然の失踪』と大々的に書かれた号外が、嵐のように飛び交ったのはもうどれくらい前のことだろうか。
プロデューサーとしての資質をもともと持ち合わせていなかったP博士は事務所から解雇され、一人寒空の下表通りを歩いていた。今さら研究所にも戻ることもできないP博士は、文字通り無一文となってしまった。
ハアッと小さくため息をつくと、白い息が虚空を漂ってすぐに消えた。ふと、壁に張り出されている失踪したのあのライブポスターに気づく。業者が剥がすのを忘れているのかどうか、今のP博士にとってはどうでもいい、否、むしろ彼女は彼にとって自分の人生をめちゃくちゃにした大罪人であった。忘れかけていた怒りが、フツフツと湧き上がるのを胸の奥に感じていた。ツカツカと壁のポスターに近づいて、それを破り取ってメチャクチャに丸めた。
ちょうどそのとき、ごみ捨て場にガラガラと粗大ごみが捨てられるのを見た。山のように積み上げられている楽器たち。どれも使い古されている。新しいものに買い換えられ、用済みとなったのだろう。そういえば、のあを開発する際の材料として、誰かが捨てようとした楽器を使ったような気がする。だが、今となってはどうでもいいことだった。
「あいつ・・・・・・恩を仇で返しやがって」
大きく振りかぶり、思い切り丸めたポスターをごみ捨て場に投げた。こうしてまた一人、ごみのような人間が増える。投げ捨てられたポスターが楽器に当たり、コンッと悲しい音を鳴らした。