「チャーリー」
「あん?」
「あんたの子供なの、この子?」
「アホ言うな、白川」
一躍に、美少年の連れさり男として軽子坂高校の内部、そこで別の意味での人気者となってしまった黒井慎二は、二年生の教室の入り口が並ぶ廊下を一歩一歩歩くにつれ、周りの生徒から声をかけられている。
「じゃあ、やっぱりシャレになんないタイプの事件の犯人?」
「違う、空から落ちて来たんだ」
「そんなゲーム、昔あったわね」
「ハァ……」
この同級生の白川由美、慎二にとってはあまり相手にしたくないタイプの女である。彼の得意な言い逃れ、のらりくらりが効かない女なのだ。
「チャーリーの次、ついに軽子坂高校の二年生男子生徒の称号かな?」
「その名前に、何の意味があるんだよ、オイ」
由美と共にいた、短髪をした快活そうな女生徒からも慎二を冷やかす声がかけられる。
「テレビの暗ぁい哀しい事件の放送時に載るテロップ」
「うるせぇな、全く……」
そう呻くような声を上げている慎二の目の先で、少年が生徒達へ愛想を振り撒き、菓子や何やらを貰っている光景。それも彼の神経を苛立たせ、頭へと軽く痛みを浮かばせた。
「おい、チャーリー」
「んだよ……」
再度、自分にとっては嫌なアダ名「チャーリー」と呼ばれ、イライラとしながら声をかけた男子生徒の方へ振り返る慎二。その生徒の顔を見た途端、苛立ちをあらわにしていた彼の顔色が変わる。
「み、宮本……」
「あのガキ達は何だ?」
そう慎二へ声をかけてきた生徒、鋭い眼差しが印象的なその男子生徒の顔を見た当の慎二、そして周囲の白川達の顔が微かに強ばり始めた。
「あいつらは何だって聞いているんだよ、俺は」
「さ、最近知り合ったダチだよ」
「ヘエ……」
そう呟いた後、その両の瞳を細く狭めた宮本という生徒は、再度にチャーリー、慎二へとその面を向ける。
「あいつらに何か用があるのか、宮本?」
「いや、別に」
手に負えない不良として、生徒どころか教師達にも恐れられている男子生徒である宮本明、彼は少年達へチラリとその視線を投げつけた後、その場から立ち去ろうとその脚を廊下へと滑らす。
「異国、中東かエジプト、イスラエル辺りの人間のような気がしたから、な」
慎二とすれ違う時に、少年達の事を訊ねた理由らしき事をポソリと彼の耳へ聴こえるように呟いた後。
トゥ……
彼、不良生徒宮本明はゆっくりと廊下を歩いていく。
「変な奴……」
階段を降りていく彼の後ろ姿を見つめながら、不愉快そうに白川由美がそう唇から呟きを漏らす。
「変なヤツは他にもいるだろうに」
「そうね」
ショートカットの少女が、何か宮本明が運んできた妙な雰囲気を吹き飛ばそうとするかのように、明るく声を張り上げた。
「自転車に続いて、親子を誘拐したスーパー・チャーリー」
「俺の事をいってんじゃねえし、それによ……」
一つ息を肺の奥から吐き出して見せてから、続けて慎二はその口を開く。
「笑えねぇんだよ、その冗談は」
「でも、本当にどこのどなたなの、黒井?」
再度、生徒達が作っている輪の中へ慎二が視線を向けたその先では、少年が美味しそうにチョコレートを頬張っている姿が見える。彼の笑顔を見て、再びため息を漏らす黒井慎二。
「俺が知りてぇよ……」
――――――
「どこに僕たちを連れていくの、お兄ちゃん?」
「その言い方はやめろ、ガキ」
先程、眼鏡を掛けた一年生の女生徒から貰った、雪だるまをかたどったようなキーホルダーを握り締めながら、少年は脅えたような声を慎二へと向ける。
「天にましますパパァ、助けてェ……」
「誤解を招くんだよ、そういう言い方は」
「ゴカイって何ぃ、お兄ちゃぁん?」
明らかに慎二をからかっている心積もり、そしてその言葉の意味が解っている風が見え透いている少年が浮かべる笑顔に、もうすでに何回目かも解らないため息を慎二はその口から吐く。
カツゥ……
「何それ、お兄さん?」
慎二が自分のスマホから取り出したメモリーカードを、少年はもの珍しげにそのつぶらな瞳を向けた。
「これからあんた達が出てきたんだ」
「へえ……」
コッツ……
その黒い記録用の媒体、慎二の指の先へと摘ままれている小型メモリー。それを階段を降りながら、少年達は飽きずにその一、二センチ前後のカードへじっと視線を向け続ける。
「足元にお気を付けを、坊ちゃま」
「便利な物が出来たんだねぇ……」
守役の女がそう言った矢先に、少年はその脚を踏み外して、階段から落ちそうになってしまう。
「おっとっと……」
「実体化に必要なマグネタイトがギリギリでございましたゆえ、馴れぬ身体なのでありましょう」
「無理に経絡の流れに割り込んで、ここへ遊びに来たからね……」
慎二には意味が解らない、謎の単語を含んだ言葉を少年へかけながらその小さな身体を支える女。彼女達の姿の方へチラリとその目を向けた後、再び慎二はメモリーカードへと自身の視線を落とした。
「大月の奴に落とし前をつけてもらわなくちゃな……」
――――――
「黒井慎二君、君が原因か!?」
「な、何だよ、大月!?」
慎二が理化学室のドアを開くと同時に、生徒たちから「プラズマ」とあだ名をされている名物教師である大月が飛び出し、慎二のその両肩を強く掴む。
「君が隠している物を出したまえ!!」
「こいつ、こいつか!?」
ガクガクゥ……!!
凄まじい勢いで慎二の肩を揺らしている大月に対し、口を濡らす唾が喉へ飛び込みそうになりながら、彼は自分の制服の上ポケットからメモリーカード、目の前の大月が落としたと思しき記録媒体を取り出した。
「君ィ!!」
そのカードを見た大月の眼鏡の奥の双眸がギラリと光る。
「やはり、そいつも君が盗んだのか!!」
「人聞きが悪ぃな!!」
「しかし、私は模範的な教師だからね!!」
ダァン!!
慎二のその肩へ掴む両の手を離さずに、大月はその右脚を地面、理化学室の床へと叩きつけた。
「チャリンコチャーリーのアダ名が付いた前科生徒、だからやってしまったとは口が裂けても言わんよ!!」
「言ってんじゃねえかよ、センセ!!」
「だが、それはともかく!!」
パリィイ……!!
ようやくその手を慎二の肩から離した大月は、今度は何やら件のアームターミナル、一部から謎の発光をさせているそれを天高く掲げる。
「黒井慎二チャーリー君!!」
その彼の腕へと備え付けられたその珍妙な「携帯」コンピュータ、子供用の変身ヒーローグッズかと見間違うようなその器具を、今度は慎二の目の前の高さまで近づけた大月。
「君が隠しているプラズマを見せたまえと言っている!!」
「何だよ、それは!?」
チィ……
その機械部品の一部が妙な帯電をし、不気味な音を立てている事に、慎二は反射的に大月のその身体を自分から引き剥がす。
「このターミナルに、こいつに内蔵をされたプラズマ測定器が君に強く反応しているのだよ!!」
「そんなインチキ、生徒へ向けて良いと思っているのかよ、大月!?」
「何だと、黒井君!?」
シャシイ……
その慎二の言葉に、大月はそのターミナルに付属をされているキーボードへ反対側の手、左の手をひらを素早く疾らせ、謎のコンピュータの機能を起動させた。
「うわっ!?」
リィ……!!
大月のキーボード操作と同時に、慎二の身体から紅い光が立ち登る。
「これがプラズマの証明だ!!」
「ヘェ……」
先程から慎二達のやり取りを面白そうに眺めていた少年が、立ち登った光をじっと見つめ、感心をしたような声をその薔薇色の唇から滑らせた。
「この時代に、マグネタイト吸引器を作れる技術者がいたとはね」
「ほんに……」
中年の女の声にも、僅かに驚きの色がこもっている。
「面白い世界だ」
顔を見合せながら微笑み合う二人をよそに、慎二の身体からの光はそのまま大月の腕のコンピュータ、アームターミナルへと吸収をされていく。
「何のトリック、ディズニーの盗作だよ、おい……」
やや掠れた声で悪態をつく慎二の顔色は微かに青ざめている。何か悪体調の身体から無理な献血をしたような、妙な脱力感が彼を襲う。
「過剰なプラズマは人体に対して有害、ゆえに没収させてもらう」
「だから何だよ、そのプラズマって……」
「高校の学力レベルに合わせて言えば」
もったいつけながらその口を重々しく開く大月。彼が掛けている眼鏡レンズが、窓から入り込む真夏の陽の光にキラリと輝く。
「この赤や青を始めとした様々な色、それに変幻をする光、粒子群の事だよ。黒井慎二君」
チャリ……
真面目な顔でそう呟きながら、大月はその身へと纏う白衣のポケットから、小さな宝石のような物を取り出した。
「これがプラズマ、私の作ったプラズマ結晶体だ、黒井くん」
「金目のもんを持って、学校へ来んなよ、先生……」
「これが偽物、単なる宝石だと思うのならば、科学的根拠を示したまえ」
「ハイハイ……」
そのような大月の似非科学なぞ、慎二ははなからハッタリだと決めつけるのを止めない。
「魔石」
「ん?」
ポツリとしたその少年の言葉と同時に、彼の美しく切り揃えられた金髪、慎二にはそれが微かに光を帯びたように見えた。
「何だよ小僧?」
「魔石、マグネタイト凝縮物質だ」
淡く赤色に輝く小さな宝石、それを見つめる少年が再度そう呟いた後、慎二を押し退けて大月の前へ進み出る。
「ねえ、オジサン」
「ん?」
少年へ無邪気な声をかけられた大月は、その輝く石をしまいながら、見馴れない顔の少年達へとその顔を向けた。
「その石、どうやって作ったの?」
「ええと……」
その言葉に僅かにその顔を困惑させる大月、少しその顔を辺りへ回してみせた彼は、少年の背後に立つ中年の女へと気が付く。
「保護者の方で、御婦人?」
「はい」
ニコッ……
何か彼女には人へ対する判別基準があるのか、教師大月へ向けては穏やかな笑みを見せている、少年の守役の女。
「五森と申します」
「ゴモリ、さん?」
「はい」
そう述べてから、教養を感じさせる仕草で礼儀正しく大月へ頭を下げる女。
「大月です、この高校の教師を勤めさせて頂いております」
深々と頭を下げた婦人へ対し、大月もまた背を曲げながら一礼を行う。
「君の名は、ぼうや?」
少しその腰を屈めながら、大月は金髪の少年の顔の前へと自分の顔、少年の瞳と視線を合わせるように下げる。
「類澤花」
「ルイ、いやレイ・ゼェファ?」
別に大月は現国等の文系が専門ではない。しかしその彼にしても珍しいと思われる、中華圏らしきその名前に大月は自分の首を軽く傾けた。
「わたくしにこの子の守りを命じられた主が、中国滞在の者でございまして」
「では、あなたは実の親御さんではない?」
「左様でございます」
「大変ですねぇ」
「何の……」
自分へ対する態度とはまるで違う守役の女、五森という名前であるらしい彼女の薄い笑い声に、何か慎二は胸の辺りがムカムカとしてくる。
「あのよ、大月センセ」
「何だ、黒井君」
微かに厄介者を見るような目を向ける大月の態度に、今度は二度目の何かが慎二の腹、下腹部のやや上の辺りからこみ上げてきた。
「まだプラズマの後遺症が残っているかな、君は?」
「このメモリーさ」
プラプラと例のメモリーカードを自分へ見せつけている慎二へ、大月がその顔へ掛けている眼鏡を理化学室の電光へ鈍く光らせる。
「返したまえ、黒井君」
「先生が作ったのかよ、これ?」
キィン、コォ……
もうすでに、六限目の授業が終わる時間へとなっていたようだ。大月はたまたま時間が空いていたのであろう。
「違う、ある生徒からの貰い物だ」
「何か、怪しげな宗教だか過激派と何かと付き合っているのかよ、先生は?」
「何かあったのか?」
慎二のその言葉に、大月は少し自分の頬を指で掻きつつその両目を軽く細めた。
「このカードを俺の携帯へ突っ込んだら、コイツらが出てきたんだよ」
「その妄言の科学的根拠を示せ、黒井君」
「根拠って……」
そう言いよどむ慎二へ、その人差し指を彼の顔へと軽く突き付ける大月。
「言えないのなら」
ズゥ……
大月のその指が慎二の額へ軽く触れると同時に、珍妙教師は強い口調の声を彼へと放り投げる。
「スマホンからの悪性プラズマ汚染による君の脳への影響が、相当に酷いと言う事だな」
「それを言ったら、アンタのそのオモチャだって……」
「私のスーパーコンピュータは」
慎二の額を突いた人差し指を引きながら、大月はその指で左腕のアームターミナルとやらのキーボードを撫で回すした。
「ちゃんと根拠を示せるぞ、化学と科学の公式でな」
「ハァ……」
もう今日で何回目かも数える気がしないため息、疲れの息をその口から放出しながら、慎二はその自身の染め上げた金髪へ右手を差し込む。
「ところで、センセ」
「今度は何だね、全く」
「このカードを先生へよこした生徒ってだれだ?」
そう言いながら、大月へメモリーカードを渡す慎二。彼の顔を少年達がじっと見つめる姿に、何か今度は慎二の尻の穴辺りが妙なむず痒さを覚え始める。
「ハザマ君、狭間偉出夫君だよ」
ポッポ……
部屋へ備え付けられている、古めかしい鳩時計が四時の時刻を知らせた。