IFのマガツヒ   作:早起き三文

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第4話 「非日常の始まり(後編)」

「坊ちゃま」

 

 それなりの距離を走ったというのに、五森という女の息には全く乱れが無い。

 

「それが本気モゥドとかいう世俗の言葉か?」

 

 駆け寄ってきた女の姿格好を見て、ルイ少年は僅かにだけ彼女へ向けて、その口の端を歪めてみせた。

 

「私にもわかりませぬ」

 

 とは言っても、PTA風のコーデよりは上下共にジャージの方が走るのに向いているのは確かであろう。

 

「ここのようだな」

 

 少年達の目の前には、鬱蒼と生い茂る木々、林が夕陽に照らされ紅く輝いている光景が広がっている。

 

「またまた、面白いものが見れそうだ」

「このマグネタイト波動、微弱な空間の乱れがございますね」

「マグネタイト、か……」

 

 その守役の女、五森の言葉に何が気に入らなかったのか、少年はその面差しへ微かに不満そうな色を浮かべて見せた。

 

「マグネタイトと言えば、さ」

 

 唇を尖らせながら不満を口にする少年のその小さい握り拳、そこにはなにやら鳩だか何だかを思わせる白い羽根、豊かな質量の翼を伴った人形が握られている。

 

「まさか、最初の遊びがいきなりフイになるとは、思わなかったな」

「あの少年、黒井慎二へ吸わせたマグネタイトでございますね」

「あのまま、大月先生とやらの謎の機械に吸われなければ、ある程度の時間を経た後に」

 

 ピィ……

 

 少年の手の内へ握られる、中央へ銀十字の刺繍をされた白布でその両目を隠し、白い翼をルイの拳の間から覗かせる女の人形。それが鳥のさえずるような声と同時にその頭へと生やした金色の長い髪を軽く振り乱す。

 

「禍魂(マガタマ)へと変性したというのにね」

 

 小さな身体をした女、その彼女を掴む少年の手に力が入り込まれる。

 

「新しくマガタマをお造りに?」

「うん」

 

 キュアァ……!!

 

 断末魔の声を放ちながら潰された女の身体から滲み出る赤い血、それが少年の立つアスファルトの上へと滴り落ちた。

 

「いきなりマガタマを呑み込ませるのは、本当なら危険を伴わせてしまう事になるけど」

「大丈夫でございましょう、坊ちゃま」

「そうかな?」

 

 地面へ作られた血溜まり、いやよく見るとそれは血液ではない。

 

 チッ、チィイ……

 

 その血を錯覚させる謎の光、紅い粒子の塊がジワリと凝縮を始める。

 

「あの男は坊ちゃまからのマグネタイトを飲み込んでも、それほど身体へ不調が出たようにはみえませぬゆえ」

「まあ、確かに」

 

 その「血溜まり」の中央から這い出た、白色の外骨格を纏った地虫のような生き物を少年は無造作に掴み取った後、再び夕焼けに照らされる林の中へとその視線を向けた。

 

「いきなりでも大丈夫かな……」

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「大月センセ……」

「何だ、黒井君」

「別にあんたの教師魂とやらは悪かぁないと思うけどよ」

 

 近所の薬局、妙に個性的なテーマソングを店内へと流していると近隣では有名な店の店主から少年達の目撃情報を得た慎二達は、薄暗くなってきた道を公園、一つ頭公園へとその脚をせかさせた。

 

「その格好はどうよ?」

 

 先程すれ違った二人のおばさま方が、今の大月の姿を見てヒソヒソと声を交わしあっていた事に、慎二はガラにもなく羞恥心というものを感じてしまっている。

 

「対プラズマ用の武装だよ」

「武装って、先生……」

 

 どちらにしろ、大月が着ている白衣へ覆い被せるかのように背負っている物々しい機械だかポリタンクのような品々、それらの重さが慎二達の歩くスピードを落としているのは確かである。

 

「悪性プラズマとは、本当に危険な物なのだよ、黒井慎二君」

「そりゃ、最近の変質者は危険だけどさ」

 

 ようやく慎二達の目の前に見えてきた多くの木々が生い茂る一つ頭公園。その林は未だ完全には陽が沈んでいないにも関わらず、深い闇が沈み込み、不気味な雰囲気を放ち散らす。

 

「どっから、あいつらを探すかな……」

 

 やっかいな事をしてくれた少年達を頭の中で軽く罵りながら、慎二は理化学室から持ってきた護身用のモップを握るその手へ軽く力を込めた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「データ上のマグネタイトを、電子的な報酬物質……」

 

 暗い木々に囲まれた中での僅かな広間、木製のベンチに一人の青年が座りながら大型携帯端末、いわゆる「タブレット」と呼ばれている物へとその細い指を走らせている。

 

「生け贄であるとして代入をし、マグネタイト収束物質を悪魔の誘引器として使用」

 

 昼間であれば、青年の目の前の池の周囲にあるこの草地は子供達の良い遊び場所であろうが、夜の闇が迫ってきた今となっては普通の人間には恐怖の感情しか与えないであろう。

 

「僕の体内へ寄生をしている魔界蟲には及ばないとしても」

 

 草地の真ん中には人の手により草が刈り取られた地面、それの茶色の地肌の上に、幾何学的な線や円が描かれている。

 

「召喚の役には立つだろう、大月先生が造った人造マグネタイト達は」

 

 その線と円の集合、神秘学やオカルトの知識がある者が見れば、一目で魔方陣と解るその紋様の中心には、赤い色をした複数の宝石と共に透明の小瓶へと入れられた一匹の奇怪な外見をした虫が置かれ、それぞれが淡く光を放ち地面を照らす。

 

「さて……」

 

 青年はベンチから立ち上がり、タブレットを手にしたまま魔方陣へとゆっくりと近付く。

 

「マグネタイト経絡、召喚経路への進路はクリア」

 

 タブレットから放たれる光に照らされる青年の顔は、黒井慎二の元へと訪れた金髪の少年「ルイ」に勝るとも劣らぬほど秀麗。

 

「悪魔、堕天属シトリーの召喚成功確率九十七バーセント」

 

 青年が自身のタブレットへ映し出されている、黒と金で縁取りをされたテキスト・ボタンへその細い指を置くと共に、魔方陣から湯気のような物が立ち登り、それと同時に周囲へジャコウのような薫りが膨らむ。

 

「始めるか……」

 

 ジィ……

 

 大型携帯端末タブレットへ付属をされた部品を自らの唇で軽く挟み込んだ彼の身体が、淡く輝く紅い粒子を放ち始めた。

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