Blue Lord   作:アインズ・ウール・ゴウン魔導王

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第9話

トブの大森林の側に位置する開拓村、カルネ村。

 

その村の中でも最も大きい建物─────作物の貯蔵庫では、避難してきた多数の村人達が肩を寄せあい、迫りくる新たな危機に震えていた。

 

彼らにとってバハルス帝国の騎士達に偽装したスレイン法国の工作部隊による襲撃は、村に訪れる災禍の前触れでしかなかった。そして弱者は強者に奪われるのが当たり前のこの世界では、普通の開拓民でしかないカルネ村の人間に抵抗する術など無かった。

 

 

 

 

だが、そんな抵抗する術を持たず怯える村人に混じり、抗える力を持つ者達が村を救うべく行動を起こそうとしていた。

 

 

 

 

 

「法国の秘密部隊か……よもやスレイン法国にまで狙われていようとはな……」

 

 

王国戦士長ガゼフの苦笑混じりのボヤきにアインズは相槌を打ちながら、村を包囲しているスレイン法国の部隊員が傍らに控えさせている天使型のモンスターに注目していた。

 

 

(あれはやはり、ユグドラシルの炎の上位天使《アーク・エンジェル・フレイム》……だとすれば、勝ち目が薄いどころかヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》だけで勝てる相手だ……もしや、こちらの油断を誘おうとワザと低レベルモンスターを召喚しているのか?それともあれが最大戦力なのか?)

 

 

炎の上位天使《アーク・エンジェル・フレイム》は近距離攻撃主体の天使型モンスターであり、遠距離攻撃手段を持たない。

 

また魔法耐性を持つ代わりに物理耐性が低く通常物理攻撃が通じやすいため、物理攻撃及び遠距離攻撃を主体としたヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》にとっては格好の獲物でしかない。

 

 

「あの部隊は知っております、戦士長様。彼らは陽光聖典……亜人殲滅を主な任務としている法国の秘密部隊です」

 

 

スレイン法国の部隊を詳しくガゼフに説明したのは、村に居たラキュースである。彼女は法国の部隊来襲の報を受けたアインズとガゼフが村へと戻ってきた際に、村を包囲する者達の姿を見て敵の正体に気付いたのだ。

 

それがラキュースの口にした陽光聖典であった。

 

 

「……ゴウン殿、貴殿には既に村を救って頂いた恩がある。この上重ねて頼みをするのは申し訳ないのだが、今の我々では奴等を引き付けるのが精一杯だ。そこで、我々が囮となって法国の部隊を村から引き離す。貴殿にはラキュース殿と共に我々が村から完全に離れるまで、この村を守って頂きたい」

 

 

ガゼフの口から出たのは、自らを囮とした陽動作戦であった。

 

それは連日の追跡任務で疲弊した部隊では、法国が誇る秘密部隊を相手取るには不足であること。

また村を危険に晒さないようにするには、自分らが村を離れるのが最善であること。

 

アインズとしても、その陽光聖典が実力を隠すためにワザと低レベルモンスターを召喚している可能性を考えれば、敵の実力を図るべくガゼフをカナリアとして敵に突っ込ませたほうが安全かつ確実である。

 

村が襲われていた時は咄嗟に助けようと短絡的に行動を起こしてしまったが、本来アインズ───モモンガはかなり慎重な性格の持ち主である。

 

ユグドラシル時代、強さよりもロマンで構成した死の支配者《オーバーロード》を使いながら、彼は勝率5割をキープしていた。それは単純な強さではなく、相手の弱点や欠点等を入念に考慮しての頭脳戦によるものである。

 

そんな彼にとって本来短絡的な突発的行動は避けるものであり、冷静になった今のアインズは自身を越える強者が居る可能性を憂慮していた。

 

蒼の薔薇メンバーであるイビルアイから聞いた六大神や八欲王、十三英雄などのユグドラシルプレイヤーとおぼしき存在。そして自分がゲーム時代のアバターの姿と力を持ってこの世界に居るという状況から、もし自分と同じようにアバターの力を持ってこの世界に来たプレイヤーが居た場合、友好的なら良いが敵対的なプレイヤーであったら迂闊な行動は致命的だ。

 

故にアインズは好感を抱いてはいるが、より大事であるラキュースを守るべくガゼフには敵の実力を図るためのカナリアになって貰うことにした。

 

 

───最もカナリアとは言っても、"保険付き"で突っ込んでもらう予定だが……。

 

 

 

 

 

「しかし、それでは戦士長様が……」

 

『分かりました。戦士長が村から奴等を引き離す間、私とラキュースがここを守りましょう』

 

「アインズさん!?」

 

「感謝する」

 

 

ガゼフが囮となることに反対しようとしたラキュースはアインズがあっさりとガゼフの提案を受け入れたことに声を上げるが、アインズは構わずに話を進めていく。

 

 

『では、こちらをお持ち下さい。大した物ではありませんが、御守り代わりと思って頂ければ幸いです』

 

 

そう言ってアインズがガゼフに手渡したのは、騎士を模したと思われる白塗りの小さな彫像。

 

一見何の価値も無いような彫像だが、ガゼフは「貴殿からの贈り物なら有り難く頂こう」と彫像を懐にしまう。

 

その後、短い別れを告げたガゼフは部下と共に馬に騎乗し、村を包囲するスレイン法国の部隊へと向かっていった。

 

ラキュースは何故反対しなかったのか、何故加勢しないのかと言いたげにアインズに視線を向けてくるが、アインズとしては確実に村とラキュースを守るために、スレイン法国の部隊の実力を見極める必要があった。

 

だからといって、戦士長に本当に只のカナリアとして突っ込んでもらうつもりは毛頭無い。その為にわざわざあの彫像を手渡したのだ。

 

 

『さて、戦士長のあの装備とレベルなら、10分といったところかな……』

 

「?」

 

 

戦士長が見事包囲を突破すれば敵の実力はその程度だと分かるので良し。仮に戦士長が突破出来ず苦戦すれば10分後に渡した仕掛けが発動し、反撃が始まる。

 

出来ることなら戦士長が苦戦し、仕掛けが発動して反撃開始となる10分後が楽しみだと疑問符を浮かべるラキュースをよそに、不謹慎ながらアインズは思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルネ村を出て陽光聖典へと突撃するガゼフ率いる王国戦士団は、騎馬の突破力によって包囲を食い破るべくガゼフを鏃として駆け抜ける。

 

 

「突撃!奴等の腸を喰い千切ってやれぇ!」

 

"おおおおおお!!!!"

 

 

ガゼフの声に王国戦士団は掛け声で応えると、それぞれが武器を抜き放ち、敵へまっしぐらに駆けていく。

 

「来たぞ、やれ!」

 

「はっ!<恐怖《スケアー》>!」

 

「ぬぅ!?」

 

 

だがそれを見越していたのか、陽光聖典の1人が放った魔法により、ガゼフの馬がいななきを上げながら錯乱状態に陥ってしまい、騎乗するガゼフを振り落とそうと暴れ出してしまう。

 

 

「戦士長!」

 

「構うな!止まらずに走れ!行けぇ!」

 

 

何とか手綱を引いて馬を落ち着かせようとするガゼフだが、そこ目掛けて敵から別の魔法攻撃が襲いかかる。このままでは不味いと咄嗟の判断で馬から飛び降り、こちらを気に掛ける部下に行けと命令した。

 

そこへ襲いくる天使に対し、ガゼフは腰からバスタード・ソードを抜き放ち、天使の胴体目掛けて真一文字に斬り抜いた。

 

天使は胴体を両断され塵になるが、すぐ背後から新たな天使が襲いくる。再びバスタード・ソードを振るい天使に斬りつけるが、今度は直ぐに両断とは行かず天使の胴体の途中で刃の動きが止まる。

 

 

「うぉらあぁぁ!!」

 

 

だがガゼフはそこへ無理矢理に力を込めると、半ば押し込むように天使を両断した。

 

ガゼフは素晴らしい剣の技術を持つ英雄級の人物だ。しかし今ガゼフが使うのは何の魔化も施されていない普通のバスタードソードであり、天使の身体は生半可な鎧を越える硬さを持っている。当然ながら刃は刃零れする以上、どうやっても剣は切れ味が鈍っていくのだ。

 

そして天使モンスターは倒した端から召喚主が新たに喚びだすために徐々に体力を削られていく。その隙をつかれ、腕を斬られてしまった。

 

 

「がぁっ!?ぐ…うぅぅ!」

 

「どうした、ガゼフ・ストロノーフ?その程度で終わりか?」

 

「…まだまだぁ!武技<断ち切り>!」

 

 

そう叫び、武技を発動させるとバスタード・ソードを振るって天使の頭に叩きつける。武技により切れ味が増した剣は天使を頭から股まで縦に切断した。だが再び天使が召喚されて、戦列に加わったことで振り出しに戻ってしまう。

 

 

「まったく…魔法ってのはつくづく厄介なものだ」

 

 

そうボヤくが、現状は実に厳しいものだ。しかし部下を逃がせたのは幸運だ。敵は自分を目標としているためか、包囲網を抜けた戦士団の追撃はしなかった。

 

ならばここで自分が倒れても、彼らが王国の未来のために戦い続けてくれるだろう。それだけが進退に窮したガゼフに勇気を震い起こさせてくれた。

 

 

「哀れだなガゼフ。貴様はここで死ぬのだ。人類という種の存続の為の礎としてな」

 

「私は、リ・エスティーゼ王国戦士長!ガゼフ・ストロノーフ!貴様ら無頼の輩に負けてたまるかぁ!」

 

「無駄な足掻きだ。やれ」

 

 

男の命令とともに、天使が一塊になって向かってくる。しかし、そこへ掛け声と共に無数の矢が振り注いだ。

 

顔を向ければ、敵の包囲網を喰い破って脱出した筈の王国戦士団が馬上から口々に声を張り上げながらこちらへと疾走する光景があった。

 

 

 

"突撃ぃ!"

"我らは最期まで戦士長と共に!"

"槍折れ、刃失い、矢尽きるまでぇ!"

"王国戦士団万歳!"

 

 

 

「包囲網を抜けて脱出だと言ったというのに…まったく、自慢の馬鹿共だ!!」

 

 

 

こうまでされては、もう一働きせねばならないではないか!

 

そう心で叫び、バスタード・ソードを握りしめて未だに襲いくる天使の群れへと飛び込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

だが現実は非情である。

 

 

 

 

 

 

村を無事抜け出した部下達が救援に駆け付けてくれはしたが、多勢に無勢───10分と経たぬうちに無数に召喚される天使モンスターを前に自分を残して、部下はほとんどが戦闘不能になってしまった。

 

スレイン法国の狙いが自分であるからか戦闘不能になった部下はトドメを刺されることなく放置され、負傷のみで死んではいない。しかし今のままでは遅かれ早かれ助からないだろう。

 

そして今、自身もまた包囲を縮めてきたスレイン法国の部隊と真正面から向かい合い、彼らの隊長らしき男から「大人しく命を差し出せ」と言われた。

 

だがガゼフにとって、男を含めたスレイン法国の上層部は卑劣な手で無関係な民を巻き込むような悪漢共である。

そんな連中にくれてやる命は無いと再び剣を振るうが、疲労がピークに達していた上に、深くはないが浅くもない傷を幾つも負わされていた。そうした一瞬の隙を突かれ、天使の手にする光剣で脚を貫かれ、今まさに無様に地面に転がっている。

 

 

「貴様ら、このままでは私は終わらぬぞ…」

 

「ほざけ。羽根をもがれた虫に何が出来る」

 

「クッ!」

 

「ああ、安心しろ。貴様が死んだ後は貴様の部下も村の人間も後を追わせてやる。ああ、恨むなら愚かな自分を恨め。村を襲う連中など捨て置いて、安全な王城に籠っていれば死なずに済んだものをな」

 

「ふっ……愚かはどちらかな……?あの村を襲えば、地獄に逝くよりも後悔するぞ……」

 

「はっ!言うに欠いて、苦し紛れの戯れ言か!良いだろう、貴様を殺した後、村を潰しながらじっくりとその"地獄よりも後悔する相手"というのを探してやろう!天使を突撃させよ、ガゼフを殺せ!」

 

 

陽光聖典の隊長の命令の下、天使型モンスター2体が光剣を構え、猛スピードで突っ込んでくる。

 

ガゼフは、もはやここまでと剣を握る手から力を抜く。しかし最後の抵抗として、自身が死ぬその瞬間まで人類の守護者を称する者を睨む。

 

ここで朽ちるのは無念だが、ゴウン殿さえいれば例え陽光聖典が総掛かりで村に攻め込んだとしても、瞬く間に返り討ちだろう。

 

そしてついに天使型モンスターが目前に迫り、光剣が自身を貫く─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、自身を貫こうとしていた天使型モンスターが、自分の背後から突き出された2本の槍にそれぞれ貫かれた。

 

その向こう側では陽光聖典の隊長以下隊員達が驚愕の表情でこちらを見ている。見れば天使型モンスターの腹に刺さるのは、先端が鋭く尖るシンプルな───しかし奇妙な筒の先に取り付けられた槍。

 

そこからゆっくりと背後を振り返ったガゼフの目に映ったのは黒衣の服と三角帽を身に着け、標的を射抜かんが如く鋭く睨み付ける眼を持った、死を運ぶ者であった。

 

よく見渡せば同じ黒衣を纏う30人程の者達がガゼフの周りを防御するように、ある者は槍を取り付けた奇妙な筒を油断なく陽光聖典へ向けており、ある者は腰からサーベルよりも湾曲した刀身の剣を構え、ある者は黒い手のひらサイズの球形物体を手に握っている。

 

 

 

ガゼフはふと、村を出る時にアインズから"御守り"と言われて渡された騎士が彫られた彫像を腰のポーチから取り出した。

彫像にはうっすらとヒビが走っており、ガゼフが手にしたと同時に役目を終えたかのように硝子細工のように微細な欠片となって砕けて消える。

 

 

「なるほど……そういうことだったか」

 

 

ガゼフはあの彫像を御守りと渡してきたアインズを思い浮かべ、彼に感謝した。危険と知りながら囮の提案を反対することなく受け入れたのは、村々が襲われた原因が自分にあると気負っていた自分を気遣ってだ。

 

だが全く関わりの無い初対面の自分を見捨てることをせず、万が一に備えてわざわざ希少であろう転移系マジックアイテムの彫像を渡してくれた。

その効果によって、彼が引き連れていた従者の者達がこうして救援に駆け付けてくれたのだ。

 

あのとき見たのはゴウン殿の側に控えていた1人だけだったが、これだけの人数が駆けつけてきたことを考えるならば、恐らくは初めから村に潜んでいたに違いない。

 

潜んでいた理由は我々が敵対勢力だった場合に備えての伏兵。もし自分達が村を攻めようとする敵であった場合、村に潜んでいた彼らの待ち構える罠へと愚かにも飛び込む獲物となっていただろう。

 

 

「ハハッ……何とも恐ろしい御仁だ。一体何者なのやら」

 

 

実力も頭脳も従える配下すら底知れぬアインズ・ウール・ゴウンという魔法詠唱者《マジックキャスター》には脱帽しかない。

 

しかし、ここまでしてもらいながら残る敵を彼ら任せにしてしまっては、民を守るべく任された王国戦士長として名が廃る。

何より少しでも良いから恩義を返さねばならない。

 

貫かれた脚に鞭を打って立ち上がり、剣をしっかりと握りながら未だに驚愕から抜けきっていない陽光聖典の隊員らを見据える。

 

それと同時に腹を槍で串刺しにされ弱っていた天使は、筒を握る黒衣の兵によって槍に貫かれたまま元々浮遊していた所より高く持ち上げられ、勢いよく一撃の下に地面に叩きつけられ消滅した。

 

それを見ていた陽光聖典の隊長は未だ混乱と驚愕から抜け出せずにいるも、突如として現れた黒衣の集団を敵勢を判断し部下に新たな命令を発する。

 

 

「前方集団を新たな敵と認識!動きに警戒しつつ、天使を倒された者は新たな天使を召喚せよ!掛かれ!」

 

 

陽光聖典の隊長の命令を皮切りに隊員らが動き出すと、合わせたようにガゼフの周りを防御していた黒衣の集団のリーダー───あの時のガゼフの非礼を咎め、抜刀しようとした男が部下に命令する。

 

 

「小隊、円周防御態勢を維持。別命あるまで攻撃は待機」

 

 

指示を受けた黒衣の集団が周りの防御を固める中、彼がこちらへと近付いてきた。

 

 

「御無事で何よりです、王国戦士長殿。アインズ様の御下命を受けて参りました。こちらは我が主《マイ・ロード》より託された下級治癒薬《マイナー・ヒーリング・ポーション》です。なお、我々は王国戦士長に加勢し戦うよう命ぜられております」

 

 

彼はそう言うと、腰のポーチから小瓶に入った赤いポーションを取り出して差し出してきた。

 

長いこと治癒のポーションには世話になってきたが、赤いポーションというのは初めて見る品である。本来治癒のポーションはその製造過程でどうしても青く変色してしまうと聞いた事があったが、小瓶の中にたゆたうポーションは鮮血とも比喩出来る赤い輝きを持っている。

 

偽物や毒ということは無いだろうが、未知のものを飲むのはやはり覚悟がいる。しかしいつまでも時間を掛ける訳にはいかないため、小瓶の蓋を開けて一気に飲み干した。

 

意外にも赤いポーションはこれまで飲んできた青いポーションやその他のポーションとは違って、あの苦く喉に絡み付くような薬草独特の不味さは全く無く、むしろ高級果実酒のような豊潤な香りと奥深い味であった。

 

そしてポーションを飲み干すと同時に急激に身体中に熱が行き渡る感覚が広がり、先ほどまで身体を蝕んでいた痛みや疲労が瞬く間に消えていくを感じる。

 

 

「かたじけない。ゴウン殿には必ずや、この礼をさせて頂く」

 

「その話は後に致しましょう。それよりも……」

 

 

彼はそこで言葉を区切り私の持つ剣を一瞥すると、自らの背中に背負っていた両刃の両手剣を外して私に対して手渡してきたのだ。

 

 

"その剣ではまともに戦えないだろうから、使え"

 

 

そういうことなのだろう。今一度礼を述べて彼から両刃の剣を受け取ると、まずその軽さに驚いた。まるで薄っぺらい板で作った子供向けの玩具のように軽いのだ。

 

 

クレイモア────そう呼ばれる両刃の両手剣。

 

 

ガゼフの知るクレイモアは時折東方から来る亜人の傭兵などが携えているものであり、大概は歩兵を生業としている者が用いる武器だ。通常両手剣は剣の自重でもって敵を斬るが、このクレイモアは王国や帝国で使われる両手剣とは違ってその鋭い刃で撫で斬ることに特化している。

 

だが今ガゼフがその手に持つクレイモアは例え軽量化の魔法を込めたとしてもこうは行かないだろうと思われるほどの軽さを誇りながらも刀身と刃は本物であり、試しに振ってみれば軽くとも凄まじい切れ味を持つ剣だと感じ取れる。長いこと剣を振って生きてきたが、これ程の剣を握ったのは王から与えられている五宝物の1つである剃刀の刃《レイザー・エッジ》を除けば、初めてである。

 

 

「そろそろ頃合いですな。では始めると致しましょうか、戦士長殿」

 

「うむ」

 

 

再び戦うための態勢が整ったところで、陽光聖典が召喚した天使型モンスターが列を為して次々と突撃を開始してきた。

 

第2ラウンドの始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総員、天使を順次突撃させよ!敵に反撃の隙を与えてはならん!」

 

 

陽光聖典の隊長、ニグン・グリッド・ルーインは部下に攻撃指示を出しつつも突如として現れた黒衣の集団を前に混乱していた。

 

自分が率いる陽光聖典の任務は、リ・エスティーゼ王国の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺であった。その為に法国上層部は王国の腐敗した貴族連中に接触し、多額の賄賂を餌にガゼフが王から託されている至宝の全てを持ち出せないように工作した。

 

そして帝国の騎士に扮した工作部隊に村を次々と襲わせ、こうしてガゼフを誘き出し後は聖典の全戦力を以てガゼフを暗殺すれば任務は終わる筈だった。

 

しかしいざガゼフを追い詰めたという矢先に、突然何も居なかったガゼフの背後に謎の集団が出現したかと思えば、突撃させた天使2体がいとも簡単に動きを抑えられ消滅させられた。

 

ガゼフの配下の王国戦士団ではない。そして王国の特殊部隊という線もあり得ない。あのような部隊の存在など今まで確認されたことはなく、では情報秘匿かと言えば、王国に情報を厳重に秘匿するといった器用な真似は出来ない。

 

だがいくら考えても敵の正体は不明だ。当然ながら情報が少なさ過ぎる。

 

とにかく今は新たな敵を打ち倒し、ガゼフ暗殺を達成することである。仮に万が一、ガゼフ暗殺を達成出来ない場合は、部下を囮にしてでも脱出し法国上層部に彼らの情報を伝えるという目的だけでも成さねばならないだろう。

 

そう考えながらも、30人を優に越える部下が次々と突撃させていく天使達の勇姿を前にその選択肢が正に万が一でしか無いだろうと思える。

 

彼等は皆等しく第3位階魔法を扱える領域にまで達したエリートである。そして陽光聖典という組織そのものが、その第3位階魔法到達を入隊条件に指定するほど門戸は狭く、しかし故に強力な部隊編成を可能にしているのだ。

 

自分もまた第3位階を越える第4位階に到達した人間であり、その実力もあって陽光聖典の部隊を率いる隊長に任命されているのである。

そんな自分達にとって、この任務は達成困難ではない筈だ。

 

そう自負しながら改めて亀のように丸まって固まる敵に視線を移したところで、目の前で起こった光景に絶句した。

 

 

 

 

敵が構える木と鉄を合わせたような奇妙な武器が一斉に乾いた音を無数に響かせ、閃光と白い煙が両者の視界を遮ったのだ。

 

 

 

 

そして一拍遅れて、敵目掛けて突撃していた天使達が鋼鉄鎧にすら勝るその硬質かつ頑丈な頭や身体を砕かれて消滅した。

 

時間にして1分と経ってはいない……あまりにあっさりと行われた、あまりに衝撃的な初撃。

 

いくら装備を持ち出せなかったとはいえ、あの王国戦士長ガゼフが武技を用いなければ数体を斬り伏せるのにも苦労する召喚天使達が、謎の部隊のたった一撃で壊滅したのである。

 

部下が動揺しながらこちらに視線を向けてくるが、この状況で取れる手段など限られてくる。

 

 

「怯むな!天使を再度召喚せよ!手の空いている者は敵の攻撃に備えよ!急げ!」

 

 

脱出という手段は最期にと考え、任務を達成するべく部下に新たな天使を召喚しての再攻撃を命じる。

 

本来この天使を召喚する間というのは召喚主が無防備になる瞬間だ。そのために天使を召喚し終えた部下にはいつ敵が接近してきても問題無いように攻撃魔法の用意をさせていた。

 

しかし敵は接近するどころかこちらが天使を召喚する間、全く動こうとはしない。

 

 

"焦って動かずとも簡単に勝てる"

 

 

そう相手が言った訳ではないが、30体を越える天使を一撃で壊滅させるような力を持つ連中が、こちらが無防備になる瞬間だというのに行動しようとしない。

 

それは自分の自尊心や精鋭部隊たる陽光聖典を率いる自分という魔法詠唱者《マジックキャスター》に対しての侮辱であり、悪意に満ちた挑発でしかない。

 

 

(こ、虚仮にしやがって!)

 

 

必ずやあの余裕綽々な敵を粉砕して、ガゼフ暗殺の任務を成してやる!

 

そう怒りと決意を渦巻かせながら、天使を召喚し終えた部下に命じる。

 

 

「行け!全天使を突撃させよ!我らに刃向かう愚かな愚物共を神の名の下に殲滅しろ!!」

 

 

そうして再度敵目掛けて天使を突撃させていく。だが────

 

 

 

 

再びあの乾いた音とともに閃光が瞬き、白い煙が両者の視界を遮った。そして同じように天使達もまた、身体を打ち砕かれて消滅していく。

 

 

「あ……有り得ん!天使30体の一斉突撃だぞ!一体どんなカラクリだ!?」

 

 

理不尽な光景を前にしてそう叫ぶ。

 

そしてその時を待っていたとでも言うように、丸く固まっていた敵が左右に割れて、中央から暗殺の標的であるガゼフ・ストロノーフが姿を表す。

 

「ガゼフ……ストロノーフ……」

 

「今こそ好機!ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》、突撃!奴等の腸を───いや、奴等の全てを食い散らかしてやれ!」

 

「着剣!小隊、突撃《チャージ》!!」

 

 

ガゼフの号令に合わせて、奴の側に控えていた他の敵よりも装飾が付いた服を着る男の命令が下されると、敵の集団が木と鉄を合わせたような奇妙な武器に細い槍先を取り付けると、丸まった陣形を解いて次々とこちら目掛けて突撃を敢行してきた。

 

 

「な、何をしている!?総員天使を召喚せよ!敵の攻撃備えろ!急げぇ!!」

 

 

先ほどまでガゼフを守るように動かずに守勢に回っていた黒衣の敵部隊は、命令を受けた途端にガゼフと共に動きだし、"我こそが一番槍を"とばかりに先を争うように武器を構えて突撃してくるのだ。

 

 

たった30人の人間が突撃してくるだけだというのにその威圧感と勢いを前に、まるで彼らの背後から数百・数千の兵が続いて突撃してくるかのような錯覚をすら覚えさせられていた。

 

直ぐに敵の目的である接近しての近接戦闘、すなわち乱戦に持ち込ませまいと部下に命令を飛ばすが、その光景に部下達は未だ圧倒されていて、命令を聞いていない。

 

 

「何をしている!早く行動せんかぁ!」

 

 

怒声を発すると、ようやく部下達は目の前の敵の攻撃に思考を取り戻し、天使を召喚する者と攻撃魔法で敵の進撃を阻止せんとする者に分かれる。

 

 

<酸の槍《アシッド・アロー》!>、<炎の雨《ファイヤーレイン》!>、<衝撃波《ショック・ウェーブ》!>、<傷開き《オープン・ウーンズ》!>

 

魔法攻撃組が天使召喚が終わるまでの間敵を防がんと次々と魔法を放つが、疎らに放たれる魔法は突撃の為に分散している敵に有効打を与えられずにいる。

 

また仮に直撃コースだとしても、敵はまるでアダマンタイト級冒険者が見せるような軽い動きで魔法を避けてかわしながら、突撃を止めない。

 

しかも最悪なことに召喚した炎の上位天使《アークエンジェル・フレイム》を突撃させるも、敵はそれをものともしない。

 

一撃では天使も倒されはしないものの、数人掛かりでよってたかって攻撃されれば無意味だ。

 

 

 

 

「ちぃ!監視の権天使《プリンシパリティ・オブザベイション》!かかれ!」

 

 

 

対ガゼフ戦では微動だにしなかった全身鎧に身を包む天使が動き出した。

 

炎の使天使《アークエンジェル・フレイム》より強いこの天使が今まで動かなかった理由はその特殊能力に起因する。監視の権天使は視認する自軍構成員の防御能力を若干ながら引き上げるという能力を持つのだが、これは自分が動くと効果を失うのだ。

 

だがニグンは止まらずに魔法を避けながら我こそ殊勲をとばかりに突進する敵に動揺し、どうにか止めようと本来の用途とは違う目的で動かしたのだ。

 

だが黒衣の集団はトリッキーに動きながら監視の権天使《プリンシパリティ・オブザベイション》の降り下ろすメイスをかわしつつ次々と筒から何かを撃ち出し、剣や筒先の槍で監視の権天使を攻撃していく。

 

全身鎧の天使がその鎧を砕かれ、傷だらけになって身体を傾ける。

 

そこへこの機を逃すまいと上位天使や黒衣の集団の中を駆け抜ける1人の男。

 

 

 

「武技!"六光連斬"!!!」

 

 

 

監視の権天使《プリンシパリティ・オブザベイション》目掛けて放たれた男の武技───計6つの斬撃を同時に放つことが出来るガゼフ・ストロノーフの六光連斬は、弱った天使を慈悲なく斬り裂いた。

 

監視の権天使がガゼフはおろか只の1人も倒すことなく6つに斬り裂かれ、光の塵を撒き散らしながら消滅していく様に、部下達から呻き声が漏れる。

自分としても予想外と言わざるを得ない光景と憤りに歯ぎしりしてしまう。

 

確かに監視の権天使《プリンシパリティ・オブザベイション》は戦闘を得意とする天使ではないが、上位天使よりも高位である存在だ。神の国より喚び出したその高位天使が異教徒のような連中に簡単に滅ぼされたことに、怒りを感じない訳がない。

 

人類の守護者たるスレイン法国への冒涜、神々への冒涜、なにより神聖な使命を帯びた者たる自分───ニグン・グリッド・ルーインという使徒への冒涜だ。

 

だが連中はそんな自分の憤りなどお構い無く、既に消滅寸前の監視の権天使を最早脅威ではないと言わんばかりに尻目に、再びこちらへと押し寄せてきた。

 

 

 

「不味い!総員、後退!敵との距離を……」

 

「今だ!喰らいつけ!」

 

 

このままでは敵を阻止出来ないと部下に後退命令を下そうとしたが、時遅くガゼフを先頭に据えた黒衣の集団が体当たりのように自分達の隊列目掛けて突っ込んできた。

 

最前列に位置する隊員らがあの奇妙な武器に取り付けられた槍で刺突され、乾いた音と閃光・煙が武器から吹き出される度に力が抜けたように地面に倒れ付していき、まだ息のある者も剣で首を飛ばされる。

 

先頭を走るガゼフは最初に所持していた剣とは違う両手持ちの両刃剣を手に、まるで薪を割るかのように召喚された天使を頭から股まで縦に両断し、首を簡単にはね、数体纏めて次々と胴体を切断していく。

 

もはやこうなっては魔法詠唱者《マジックキャスター》の集団である自分らに近接戦闘での勝ち目はまず無い。だが方法が何も無い訳ではない。

 

 

 

神々の秘宝──────

 

 

 

神官長から万が一にと渡されていた最高位天使を召喚する秘宝を用いれば、魔法詠唱者《マジックキャスター》しかいないこの状況下でも確実に敵を討ち滅ぼし、勝てるだろう。

 

しかし問題は召喚に僅かだが時間が掛かることだ。この乱戦では召喚しようにも敵との距離が近すぎて、一瞬の間が命取りになる。ならば勝つのではなく、一番確実に自分が生き残れる方法を選択するなら、最期にと考えていた脱出の手段を取ることだ。

 

神聖な使命を帯びた使徒として一刻も早くこの情報を本国に伝えねばならない。ガゼフ暗殺の失敗に陽光聖典部隊の壊滅という失態は残るが、スレイン法国の敵になりえる存在を伝えるという功績と秘宝を無事に持ち帰ったという事実があれば悪評やマイナスイメージの払拭にはなるだろう。

 

そう打算するニグンは、"神聖な使命"を後ろ盾に乱戦の中ジリジリと身体を後ろに下がらせていく。

 

 

(悪く思うなよお前達、私は人類守護の使徒として無駄死にする訳には行かないのでな………ん?あれは一体なんだ?)

 

 

そんなニグンの目に、黒衣の集団と部下の隊員らが乱戦を行う背後より、凄まじい土煙をあげながらこちらへ地響きを鳴らしながら疾走してくる巨大な影が見えた。

 

 

 

 

"ゴアァァァァァ!!!"

 

 

 

 

「デ……デス・ナイト《死の騎士》だとおおぉ!!?」

 

 

 

その巨大な影がおぞましい咆哮を響かせるのと、ニグンの驚愕の声が響くのは同時であった。

 

六色聖典の一角を成す陽光聖典を率いるニグンは、スレイン法国の重要機密とされる書物や資料に目を通す機会が幾度もあり、アンデッドに関する資料も記憶に留めていた。

 

 

 

死の騎士《デス・ナイト》──────

 

 

 

極稀にカッツェ平野に出現する伝説級の騎士アンデッドであり、その刃は敵の鎧を容易く両断し、逆にその身に纏う鎧は敵の剣を容易く弾く。

 

死の騎士《デス・ナイト》の持つ剣で殺されたあらゆる生物は直ぐ様首を落とさなければ、従者の動死体《スクワイア・ゾンビ》となって甦り、それらが他の生物を襲っては食い殺し新たな従者の動死体を生み出し、その従者の動死体がまた………という様にねずみ算式に増えて行くのだ。

 

しかも仮に増えた従者の動死体を全て倒し切ったとしても、死の騎士そのものを倒さなければまた同じ事の繰り返し───いたちごっこである。

 

 

しかしなぜ死の騎士《デス・ナイト》がこんな辺鄙な、アンデッドの温床となる墓場でも戦場でもないような場所にいるのか?

 

疑問は沸くが、伝説級のアンデッドがこちら目掛けて突進してきている現状の前には無駄な思考だ。ここにいる部下も敵対する黒衣の集団やガゼフも、あの死の騎士《デス・ナイト》相手では間違いなく全滅する。そうなればガゼフ抹殺の任務は間接的にだが達成される。

 

そう決心すると、直ぐ様踵を返して乱戦に縺れる部下を盾にしつつ、全力で走り出した。仮にガゼフが死なずに生き延びたとしても、死の騎士が暴れてくれれば自分が逃げる時間くらいは稼いでくれるだろう。

 

 

 

「隊長!?」

 

 

 

自分が逃げ出したことに部下が驚きの声を上げるが、止まる気はない。スレイン法国の理念の為に部下の命よりも、まずは己の命が重要だ。

 

全力疾走しながら背後を振り返れば、死の騎士《デス・ナイト》を含めた敵はまだ追ってきてはいない。

 

 

 

これならば逃げ切れる!

 

 

 

そう確信して前方に視線を戻したとき、いきなり何か硬質な棒状の物が足首辺りに引っ掛かかった。

 

次いで身体が宙に浮く感覚を覚え、気付けば足という支えを失い宙に浮いた身体が落下していく中、雑草と小石の混じる赤茶色の地面が視界一杯に広がった。

 

 

「ぶべぇっ!!?」

 

 

一瞬のことに受け身を取る暇もなく、無防備な顔が地面に打ち付けられた。目がチカチカと点滅し、脳が揺れるような衝撃と同時に痛みが次々と襲ってくる。

 

歯が何本か折れたのか口を深く切ったのか、溢れる血が口内に錆のような味と匂いを満たし、堪らず口を開いて血を吐き出した。

 

 

「おい、敵を前に何時まで膝をついてんだい?あ、もしかして痛い?痛かった?大丈夫!大丈夫!硝子まみれのコンクリや腐乱死体で埋まった泥水よりはマシだからさ!顔に傷が増えただけで首から下が無くなった訳でもないからさ!」

 

 

痛みと不快さに呻く中、頭上から矢継ぎ早に浴びせられる飄々とした口調の声に誰だと見上げれば、口元を布で覆ったあの黒衣の連中の1人がニタニタとした目付きで自分を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主であるアインズ・ウール・ゴウンによって召喚されたヘッセン銃士隊の小隊兵士である"6番"は、小隊の中では唯一の女性であり、また非常に性格に難がある人間だと自覚があった。

 

言ってしまえば、自分が高い域の戦闘技術を持ってるとか、後ろ楯に強力な組織が居るとかで傲慢で強気な悪人をいたぶり、弄び、嬲り殺すのが趣味の変態であった。

 

そして今、そんな自分の目の前で地面にしこたま打ち付けた口元を押さえる傷顔の男がこちらを睨み付けている。

 

この手の連中は大好きな部類に入るのだ。こういう悪人が傲慢な態度を取り、罵倒してくるのが良い。自らの力や後ろ楯を振りかざし、自分の思惑通りに事を進めようと足掻くのは見ていて小気味良い。

 

もし目の前の傷顔の男が自分を満足させられる奴なら言うこと無しだ。だが残念ながら今回は遊ぶ余裕は無い。主であるアインズ様から早々に敵を倒せと命じられたからだ。

 

元々はアインズ様が敵の強さを見るために王国戦士長様をモルモット代わりにこのなんたら聖典とやらにぶつけたのだが、結果は"王国戦士団含めなんたら聖典は全く脅威にならず"となった。

 

王国戦士団は炎の上位天使《アーク・エンジェル・フレイム》程度にあっという間に蹴散らされ、王国戦士長様も"武技"とやらを使って数体を相手取るのも儘ならなかったのだ。

 

まあ、ひとまずは自分の趣味は後回しにしてアインズ様の貴重なお時間を浪費させるだけの連中はさっさと息の根を止めるに限る。

 

 

「さて、じゃあ時間も押してるのでくたばって頂きましょうかね」

 

「黙れ、異教徒の尖兵ごときが!最高位天使の威光にひれ伏すがいい!見よ、"威光の(ドミニオン……」

 

 

そう決めて傷顔の男が罵りのために口を開きつつ懐(ふところ)から何かを取り出そうとした瞬間、剣を握る手を振るいその手を斬り落とした。

 

 

「ギャアアア!手がぁ!手があぁぁ!!」

 

 

傷顔の男は懐(ふところ)に入れた手を手首ごと切断され、激痛に喚き転げ回る。その傍らには、青く澄んだ輝きを漂わせる荒い突起が隆起する水晶が転がっている。

 

拾い上げてみるとそれはユグドラシルにおいて魔封じの水晶と呼ばれる、モンスターを封じ込め任意に開放し味方として戦わせる召喚アイテムであった。

 

 

「あっぶな……ちょっとばかし油断してた。流石に魔封じの水晶を持ってたとは思わなかったよ。まあ、これ以外にも切り札が無いとは限らないから万が一を考えてさっさと首を落とそうかね」

 

 

そう即決すると、喚き転げ回る傷顔の男の首を落とすべく剣を構え、首もと目掛け一気に振り下ろした────

 

 

 

 

だが傷顔の男の首をはねようと振るった剣は別の角度から差し込まれたクレイモアに阻まれ、硬質な音を響かせるだけに終わった。

 

この不粋な横槍は誰の仕業かと顔を向ければ、あのガゼフ・ストロノーフとかいう王国戦士長が私の剣と傷顔の男の首の間にクレイモアを捩じ込み、首をはねる筈だった一撃を止めていたのである。

 

邪魔なクレイモアを振り払おうと剣を握る手に力を籠めるが、彼のレベルが私らヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の兵士より若干上なのか、剣とクレイモアはガチガチと鍔競り合いの音を立てるのみで動かない。

 

 

 

「おうコラ、クソ……王国戦士長様、一体これは何の真似でしょうか?貴方の持つ武器が敵の命を救い、味方の手柄を奪うような所業に走っておるようですが?」

 

「理解の上だ。此度の助力にはゴウン殿にも貴方達にも大変感謝している。貴方方が殲滅の命を受けていることも隊長殿よりお聞きした」

 

「であれば……」

 

「だが誠に申し訳ないが今回の一件、裏にスレイン法国という強国が潜んでいる以上、王国の貴族達を納得させる為には証拠が必要だ。あの偽装騎士達では信用性に乏しい。それ故に法国の暗部を知る六色聖典の生き証人を連れて帰らねばならないのだ」

 

「それはアインズ様が御判断されること。貴方が決めるべきことでは……」

 

 

 

 

 

『よい、下がれ』

 

 

 

 

 

そんな一触即発の雰囲気の中、場を収める声が2人の背後から掛けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふむ……これは勝負あったな……』

 

「はっ。では如何致しますか、アインズ様?」

 

『そうだな。最初に話した通り、王国戦士長を救うとしようか。お前達ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》ならばあの程度の魔法詠唱者《マジックキャスター》集団に遅れは取るまい』

 

「かしこまりました。ではこれより王国戦士長様の救援に向かいます。して、敵の陽光聖典なる部隊ですが、殲滅という形でよろしいでしょうか?」

『そうだな……陽光聖典に関してはガゼフから特段要請が無い限りは殲滅で構わない』

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフとスレイン法国特殊部隊陽光聖典の戦いの行方は決した。勝者は陽光聖典であったが、アインズにとっては勝者・敗者という結果だけに留まらず実に有意義な事実を確認出来た。

 

まずガゼフ・ストロノーフは非常に高い域の強さと技術を持つ戦士であり、炎の上位天使《アーク・エンジェル・フレイム》相手に使用した"武技"と呼ばれる特殊なスキルを用いれば、彼の従来のレベルを越えた強さを発揮する。

 

 

これはガゼフを遠隔視の鏡《ミラー・オブ・リモート・ビューイング》で観察していた時、ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の中に居た暗殺者《アサシン》Lv.1のスキルを持つ兵士からガゼフが武技を用いた時に彼のレベルが僅かにだが上昇したという報告を受けて知った新事実だった(傭兵NPCであるヘッセン銃士隊の兵士は30レベルのうちガンナーLv.15とファイターLv.5、モンクLv.3のスキルを確定で所持しているが、残りの7レベルはランダムで様々なスキルを個別に取得している。なお召喚して雇うまではどんなスキルを取得しているかは分からないため、スキルによっては有用なNPCになる場合もあれば無用になる場合もあるので、ユグドラシルプレイヤーの不満の1つであった)

 

そして当のガゼフはこの世界にてLv.30を越える王国最強と周囲から呼ばれる強者に位置する人間ではあるが、ユグドラシルのカンストプレイヤーからすれば脅威にはならないという事実。

 

それはすなわち、ガゼフに肉薄すると言われる強者も含め、基本的にこの世界でアインズを害せる存在はさほど多くないと考えられる。勿論ユグドラシルプレイヤーへの警戒は未だするべきであり、害せる存在がさほど多くないという結論はすなわち一定数は居るという事でもある。

 

そして"武技"に関しても、調査や研究は重要事項だ。武技は使用者のレベルが日頃の鍛練や実戦を経て一定数割り当てられることで発動可能になる物なのか、それともレベルではなくスキルによるものか、もしくは単純にレベルが上がるごとに使える武技が増えるという事なのか?

それはアインズのようなカンストプレイヤーやユグドラシルNPCにも使用可能なのか?

 

もしそうだとすれば、アインズ自身を含めた味方をより効率的に強化でき、蒼の薔薇を外敵より守ることも簡単になるだろう。

 

 

(この辺りはラキュースやイビルアイにも協力して貰えれば捗るだろうな………おっ!ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》が陽光聖典と当たったな………うん、やっぱりガゼフ相手には天使と召喚主の数で勝ったけどレベルが20くらいの魔法詠唱者《マジックキャスター》じゃあ前衛タイプのヘッセン銃士隊の小隊相手じゃ弱すぎるな。魔法も第3位階程度じゃ仮に当たっても微々たるダメージだぞ)

 

 

いくらヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》がトリッキーに動きながら陽光聖典目掛けて突進しているとしても、余りに当たらない魔法攻撃に、アインズはゲンナリしてしまう。

 

 

(あーあ、突っ込まれて陣形が崩れた。ん?あの隊長っぽい男、部下を見捨てて逃げ出したな………あっ、足引っ掛けられた……)

 

 

声は拾えないが、何やらヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の兵士に足を引っ掛けられて顔面から転けた隊長らしき男は、その兵士と幾度かやり取りした後、懐から水晶を取り出したが、手を斬り落とされて水晶を奪われてしまう。

 

 

(あれは魔封じの水晶………やはりイビルアイから聞いた通りユグドラシルのアイテムをプレイヤーが遺しているのか………ん?)

 

 

丁度その辺りで、陽光聖典の隊長らしき男の首をはねようとした兵士の剣をガゼフが止め、互いに何かを話し出す。

 

声は聞こえずとも、殲滅という命令で動くヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》が敵を殺そうとするのをガゼフが止めたということは、アインズにもその理由は何となくだが察しが付く。

 

 

(やっぱりガゼフは陽光聖典の捕虜を取ろうとするか………うん、あの兵士も退く気は無さそうだし、止めた方が良さそうだな)

 

 

『<転移門《ゲート》>』

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

『よい、下がれ』

 

 

 

「あっ、アインズ様!?」

「ゴウン殿?」

 

 

アインズの制止にヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の兵士は驚きながらも膝をついて礼を示す。

 

 

『事前に隊長から通達されていた通り、王国戦士長殿の要請により陽光聖典の生き残りは捕虜として彼らに引き渡す。以上だ』

 

 

アインズの言葉に、その兵士は途端に驚愕の表情と共にダラダラと冷や汗を垂らし始めた。

 

 

「あ、あ〜………は、はい!そうですね、通達通りですね!はい、大変失礼致しました、アインズ様!」

 

『う………うむ、ではそのようにな(もしかして、この兵士、話を聞いてなかったのか?)』

 

 

アインズの予想は当たりである。ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》隊員"6番"は、隊長の通達を聞き流して作戦に入っていた。当人は早く戦いに入りたかったために、ウキウキ気分で上の空だったのである。

 

 

「く、そおおぉぉぉ!!」

 

 

だがそんな雰囲気の中、先ほどまで手を斬り落とされて呻いていた傷顔の男が、怒声を上げた。

 

アインズとガゼフ、隊員6番が目をやればその男が怒声と共に隊員6番目掛けて突っ込んで来たのである。これがアインズであったならば、男の体当たりを受けてもパッシブスキルの"上位物理無効化Ⅲ"によって1ミリも動くことなく、男の方が鉄壁に体当たりしたが如く弾かれて終わりだっただろう。

 

だがヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の一般兵士はレベルが30を基礎としているため、使い続けてレベリングさせない限りはこの世界でもユグドラシルと同じように強さは変わらない。

 

そして傷顔の男───ニグンはその一般兵士と1レベル程度くらいしか変わらない実力者であったため、隊員6番はニグンの体当たりを受けて共に倒れ込んでしまった。

 

突然の事にアインズの思考が遅れ、ガゼフも慌ててニグンを拘束しようとするが、それよりいち早くニグンは隊員6番に奪われ、彼女が未だ手に持っていたアイテムを奪い返していた。

 

 

「フハハハッ、油断したな!貴様らは強いが、神の至宝の前では無力よ!見よ、最高位天使の威光と力を!!威光の使天使《ドミニオン・オーソリティー》!!!」

 

 

(なん……だと!?)

 

 

アインズは男の言葉と、叫ばれた名前に驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガゼフは目の前の光景に、身動きが取れなかった。

 

光に包まれた水晶が砕けると同時に、首の無い、大きな体躯を持つ天使が夕焼けの広がる空を青く塗り潰すように降臨し、神々しさすら感じさせる光で地上を照らしながら翼を広げて自分らを見下ろす。

 

ガゼフはその天使の姿に、決して人が敵わぬ存在が居るのだと改めて思わされた。あの天使が手に持つ錫杖を振るだけで、自分らは木っ端のように吹き飛ぶだろうと理解させられる。

 

背後で黒衣の集団に負け、捕らえられようとしていた陽光聖典の隊員らが狂喜の歓声を上げて、天使を讃える賛美が聞こえる。

 

こうなっては勝ち目は無い。せめてゴウン殿と彼の部下の者達に村人と共に逃げ延びて貰わなければと、隣に佇む仮面の魔法詠唱者《マジックキャスター》に声を掛けようとした。

 

 

『これが、最高位天使だと………下らん………』

 

「なに!?」

 

 

だが仮面の魔法詠唱者《マジックキャスター》は神々しさを放つ天使を前に、非常にうんざりとした言葉を放った。

 

 

『これが最高位天使?あまりに自信に満ちた発言をするものだから熾天使《セラフィム》クラスかと思えば………これが切り札だと?馬鹿らしい、一瞬でも脅威を感じたのが非常に馬鹿馬鹿しい』

 

「き…貴様………最高位天使を前に下らん戯れ言をほざくな!ならばその身を以て受けよ!人類が決して到達し得ない第7位階魔法の力の前に、消し炭と化すがいい!!」

 

『ギャアギャア喚くな。鬱陶しいぞ』

 

「威光の主天使《ドミニオン・オーソリティー》よ!<善なる極撃《ホーリー・スマイト》>を放て!」

 

 

ゴウン殿の呆れと不快げな言葉に、激昂した陽光聖典の隊長は最高位天使と呼んだモンスターに命令を下す。

 

すると命令を受けた最高位天使が左右の手で持つ黄金の杖《ロッド》が砕け、天へと登って行く。

 

 

 

 

そして光が降り注いだ。

 

 

 

 

 

「どうだ!かの魔神をも一撃で葬った最高位天使の神聖なる一撃…は………」

 

 

だが降り注いだ光を見据えて意気揚々と叫んでいた陽光聖典の隊長の声は、目の前の光景に次第に尻すぼみになっていった。

 

 

『ふむ……これがダメージを負う感覚……痛みか』

 

 

ガゼフも仮面の魔法詠唱者《マジックキャスター》の放つその言葉に、絶句してしまう。

 

神話に語られる、法国の六大神と呼ばれた主神に付き従っていた従属神達───神の死後、その身を魔に堕とし"魔神"と呼ばれるようになった存在を一撃で葬ったという第7位階の攻撃魔法をその身に受けながら、彼は全く微動だにしていなかった。

 

 

「あ……有り得ん!有り得るか!魔神をも滅ぼした最高位天使の一撃を受けて無傷だなんて馬鹿げた事が有り得るか!クソ、威光の主天使《ドミニオン・オーソリティ》よ、もう一度<善なる極撃《ホーリー・スマイト》>を……」

 

『戯れ言は言い終わったかな?ではこちらの番といこうか、<暗黒の渦《ブラックホール》>』

 

 

有り得ないと半狂乱で必死に叫ぶ陽光聖典の隊長に対して、仮面の魔法詠唱者《マジックキャスター》は片手をかざして呪文を詠唱し──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の空間が顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もない虚空に突如現れた漆黒の渦としか形容出来ないそれは、まだ夕刻だというのにその茜色の空全てが塗り潰されたかのように辺りを暗く染め上げている。そして漆黒の渦は、その正面にいた天使を何の抵抗もさせることなく吸い込みだす。

 

渦に吸い込まれる天使の姿がグニャリと歪み、まるで竜巻に巻かれた布切れのようにあっという間に渦の中へと消えていった。

 

天使が消え、役目を終えた渦が消失すると、そこに残ったのは唖然とする陽光聖典達とガゼフ、その光景が当前の結果だとでも言うように微動だにしない仮面の魔法詠唱者《マジックキャスター》、そしてその光景を讃えて「アインズ様万歳!」と叫ぶ黒衣の集団であった。

 

その中、重い足音を響かせながら何かが歩いてくる。目を向ければ、魔法詠唱者《マジックキャスター》へと近付いていき、側に控えたのは先ほど暴れていた死の騎士《デス・ナイト》であった。

 

まさかあの狂暴そうなアンデッドをこの魔法詠唱者《マジックキャスター》は使役しているというのか?

 

その事実に気付いたのか、陽光聖典の隊長も身体を震わせている。

 

 

「…き、貴様は……一体何なのだ……?」

 

 

あらゆる常識を打ち崩され、もはや精も根も尽き果てたように項垂れる陽光聖典の隊長が呟いた。

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン───貴様はその名だけ知れば十分だ。ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》よ、こいつらを捕らえろ」

 

そんな隊長にもう興味も関心も失せたとでも言うように仮面の魔法詠唱者《マジックキャスター》は言い捨てる。

 

そして懐に手を入れて何かを取り出そうとし始めた。途中、何かを見つけたのか身体を硬直させたが、すぐに何事も無かったかのように懐から金細工が施された赤い液体入りの小瓶を取りだし、黒衣の兵の1人にいくつか伝えながら小瓶を手渡す。

 

 

(これで終わったのか……それにしても、ゴウン殿は凄まじい力の持ち主だ。もし叶うならば、共に王国のために来て貰いたいものだな。もっとも、今の王国にかの御仁を惹き付けるものがあればだか………)

 

 

黒衣の集団が陽光聖典を捕らえていく中、ガゼフは事態の決着に安堵し、またアインズに王国の側に来て貰えないものかと、思案を馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽光聖典との戦いは、ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》とアインズの参戦によりガゼフら王国側の勝利で幕を閉じた。

 

なお治療薬《ポーション》で斬り落とされた手の治療を施された陽光聖典の隊長ニグン・グリッド・ルーイン以下生き残りの隊員達は残らずヘッセン銃士隊により捕縛され、既にガゼフ達へと引き渡されている。彼らはこれから王都へと連行され、取り調べを受ける手筈だ。

 

村を襲った偽装騎士達は心が壊れてしまっているため証拠にはならないが、陽光聖典ならば有力な証言が得られれば、それを喋ったのがスレイン法国の六色聖典の1つという事実と合わせて、今回の一件に関わった貴族達を法のもと裁く事が出来るだろうとガゼフは語る。

 

 

「ではゴウン殿、此度の貴殿の活躍は必ずや王に報告させて頂く。これほどの功ならば近日中とは行かないが、そう遠くない内には王との謁見が叶うやもしれない。その際には招待を受けて頂ければ幸いだ」

 

『ええ、ではその日を楽しみにしております。戦士隊殿』

 

「では戦士長様、また王都でお会い致しましょう」

 

「うむ」

 

 

ガゼフはアインズ、ラキュースと別れを交わすと、村から借り受けた複数の荷馬車の荷台に生き残りの偽装騎士らと陽光聖典の隊員らを乗せ、カルネ村を離れていく。

 

彼らが丘の向こうへと消えていく頃まで見送っていたラキュースは、隣に佇むアインズへ呟いた。

 

 

「何とか終わりましたね……」

 

『ああ、だがこれで終わりではないだろう。村人の話に聞く限りでは、王は穏健だが決断力に欠けると聞く。その王が国を割る危険を犯してまで敵対貴族の削ぎおとしを実行するのか、何とも言えんな』

 

「私は王が正しい判断をされると思います。アインズさんが人々を救ったように、王もまた義と慈愛の心を持つ方ですから」

 

『それは盲信かもしれないぞ、アインドラ嬢。王も聖人も救世主も人は所詮人だ。過度な信頼と期待は破滅に繋がる』

 

「………かもしれません。ですが、私は王がこの国を愛する者の1人として民の為にも動くことを信じているのです」

 

『……アインドラ嬢がそう言うのであれば、私も信じてみるとするか……(リ・エスティーゼ王国の国王がどう動くかは分からないが、王を信じるとラキュースが言う以上、俺はそれを否定するような事はしたくない。ならば動けばそれで良し。動かなければその程度の人物だっただけのことで、改めて俺がラキュース達を守るだけの話だ)』

 

「ありがとうございます。アインズさん」

 

『礼には及ばない。さて、この村はヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》が防備に当たる以上、当面の危険は無いだろう。我々も帰るとしようか』

 

「はい、アインズさん」

 

 

『そうだ、アインドラ嬢。帰る前にこれを渡しておこう。君の身を守る物だ』

 

「これは?」

 

『それは上級治療薬の大瓶《ボトル・オブ・グレーター・ヒーリング・ポーション》だ。それならば腕や脚が切断されたりするような大概の外傷も治療可能だ。万が一の御守りとして持っていて貰いたい』

 

「こんな希少なポーションの瓶を私に………ありがとうございます、アインズさん。これは大事に使わせて頂きます」

 

 

そんな素晴らしいポーションを御守り代わりにとくれるアインズさんには、本当に感謝しかない。これがあればこれから万が一があっても、蒼の薔薇のメンバーを守れる筈だ。

 

そしてまだ先になるかもしれないが、いずれはアインズさんを蒼の薔薇の仲間として、未知の冒険に出てみたいものである。

 

彼と共にあれば、どんな困難をも乗り越えられるだろう。少なくとも私はそう確信している。

 

 

『ああ、ところでなんだが、アインドラ嬢……実はだかな………』

 

「どうしました、アインズさん?」

 

 

御守りとしてポーションの瓶を渡してくれたアインズは、何やら自身がやらかした悪戯を親に怯えながら伝えようとする子供のように話し出す。

 

 

『実は……実はだな。君の装備についてだが……』

 

「私の装備?無垢なる白雪《ヴァージン・スノー》のことですか?」

 

 

はて?消失した装備についてのこと……例の代わりになる装備に関する話だろうか?あれは実質互いに不可抗力によるものであり、ラキュースもそれについては許しているのだから、そこまで怯える必要は無い筈である。

 

 

『実は、君の無垢なる白雪《ヴァージン・スノー》だがな……魔剣も含めて見つかったのだよ』

 

「!ほ、本当ですか!?」

 

 

アインズさんとの融合で失われたと思われていた装備が発見された。それは非常に嬉しい報告だ。しかし、ならばそれこそ怯えながら伝えようとする理由が分からない。

 

 

一体アインズさんは何を伝えたいのか?

 

 

『実はな……私の持つ装備に無限の背負い袋《インフィニティ・ハバサック》というのがあってな………アインドラ嬢と融合した時に無くなった装備は、消失した訳ではなくその袋へと転送されていたのだ』

 

 

それってもし私とアインズさんが再び融合したとしても、装備は消えずにその魔道具に自動的に送られるという訳よね?

 

 

「アインズさん、もしかして無くなった装備が実際には無くなってなかったことを伝えたら怒ると思ってたりします?」

 

『あ、いや……それはだな……』

 

「私をそんなに器量の狭い女性だと思いましたか?そんな小さなことで怒ったりしませんよ。それに装備が無事だったのだから、素直に"良かった"でいいじゃないですか」

 

 

全く、偉人のような雰囲気と凄い力を持っていながら、本当に子供っぽいんだから……。まぁ、彼のそんなところも嫌いではないのだけれど。

 

 

『ああ、そうだな。装備は後で王都の宿に帰ったら渡すとしようか……いや、しかし良かった。装備や森に放置した事を更に怒られたらどう宥めようかと思案して贈り物に御守りとか考えていたが……』

 

「えっ?」

 

『あっ………!』

 

 

え?それってつまり、もしかしてあの治療薬って、怒られるのを想定して少しでも怒りを和らげようと渡したから?

 

それって………。

 

 

先ほどまで普通に接していたアインズに対し、沸々と熱い何かがせり上がって来る。

 

親切心ではなく怒りを和らげようとするための贈り物?それはあんまりじゃないかしら?

そもそも神様だろうがプレイヤーだろうが、アインズさんは少し女性への扱いを改めるべきではないだろうか?

 

人前で裸のまま放置したり、怒られたくないから贈り物でご機嫌伺いって!!

 

 

ラキュースは今、冒険者としてではなく、少し行き遅れ手前だが年頃の女性として怒りのボルテージがマグマのように煮えたぎっていく。

 

 

アインズさん…!

 

 

アインズさん……!!

 

 

アインズさん………!!!

 

 

 

 

 

そしてそれは、怒りの言葉と共に行動によってアインズに降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乙女の天誅ーーー!!!」

 

 

 

 

『ぐわあぁぁぁ!!?』

 

 

 

 

 

 

ラキュースの言葉と共にアインズに降り注いだのは、先ほどアインズがラキュースに渡した上級治療薬の大瓶《ボトル・オブ・グレーター・ヒーリング・ポーション》であった。

 

ラキュースのしなやかな肢体から繰り出された素晴らしい投球フォームによって一直線に飛ぶ瓶は、本音がバレたことにより焦りと緊張から精神安定化を繰り返していたアインズへと見事に命中。

 

アンデッドにとって毒となる治療薬《ポーション》───その上級の効能を持つ大瓶から溢れた多量のポーションは、死の支配者たるアインズにすらかなりのダメージをもたらした。

 

 

 

 

 

 

「アインズさんのバカァ!!乙女の天敵ぃ!!!」

 

 

 

『骨があぁぁぁ!!骨という骨にムスコに山葵を塗りたくられたような激烈な痛みがぁ!!』

 

 

 

 

 

 

 

ラキュースの叫びと、やられたこと無い筈なのに何やら的確な痛みの比喩を悲鳴に乗せる死の支配者《オーバーロード》の狂乱は、カルネ村の人々が集まってくるまで続くのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【同時刻─城塞都市エ・ランテル、商店街─】

 

 

 

 

「Danke sch・n(ダンケシェーン)!!毎度あぁりがとうございまぁしたぁ!!。またぁのご来店をぉ、お待ちしてぇおりまぁす!!」

 

 

やたらハイテンションな店主の言葉を受けて若干引きながら店を後にする剣士と野伏、森司祭と魔法詠唱者の4人組を見送ると、店主は店の扉に掛かる看板を<開店>から<閉店>にひっくり返し、店へと戻っていった。

 

 

「お仕事お疲れ様っす。ナルさん」

 

「貴女もお疲れ様ですシェルム」

 

 

先ほどまでハイテンションな接客をしていた金髪の店主は、少しばかり口調を大人しめにして労いの言葉を口にしながら近づいてきた赤髪の美しい女性店員と話し出す。

 

この2人組の男女は5年ほど前にこのエ・ランテルへ現れた旅の放浪者であった。しかし常人はおろか専門家すら赤子扱い出来る程の魔道具に関する技術と豊富な知識を持つ彼らは、エ・ランテルの都市長に手厚く歓迎され、この都市に店を構えることとなった。

 

金髪の好青年はナル・ファーレンダー・ゼンガーという名を名乗った。役者のような大袈裟で仰々しい態度は周りの人々には少々引かれているが、その整った顔立ちと精力的な身体つきはご婦人を魅了して止まないともっぱらの噂。

 

赤髪の美しい女性は名前をシェルム・ヴォルフと言い、ナルの店の店員として働いている。普段のニコニコとした人懐っこい笑みと健康的な浅黒い肌に吸い付きそうな質感のふくよかな胸元に男達は釘付けらしい。もっともしつこく迫った挙げ句襲おうとして彼女にボールを2つとも握り潰された暴漢の前列があってか、彼女を前に強気に出る男はいない模様。

 

 

彼らが構える店はミュートゥス・トーテンシェーデルという不思議な響きの名前であり、訪れる人々は度々その意味を尋ねるが、店主は意味深な笑みを浮かべるだけで決して教えはしなかった。

 

しかしその店で売られる武器・防具や魔道具は基本的な性能からして並の物を遥かにしのぐ逸品ばかりであり、またそれらは非常に良心的な値段で販売されていた。勿論それを妬む同業者や組合は居たが、相手はいつの間にかエ・ランテルの様々な住民に信頼されており、また都市長とも懇意と噂される店であったため、ただ指をくわえるしかなかった。

 

 

「さて、シェルム。私はまた情報収集のために店を留守にします。一応閉店はしましたが、もし誰かしらが訪ねてきた場合には、くれぐれもお客様へは丁寧に対応をお願いしますよ?」

 

「了解っす。しっかし、"人間"というのは本当に面白いっすねぇ〜。こんなゴミばっかりなのに"まさに神話の武器だ"とか"家宝に相応しい"とか……まぁゴミにはゴミがお似合いっすよねぇ〜」

 

「やれやれ……では頼みましたよ」

 

「了解っす!パン…じゃなくてナルさん!」

 

 

そしてこの2人組の噂の1つが、"誰か"を探しているということ。それがどのような人物なのかは誰もが知らない。だがエ・ランテルの住民の誰もが、その噂の人物以前に、彼らとという異物の正体に気付きはしなかった。

 

空が夕暮れから夜へと姿を変える頃、音もなく屋根へと飛び乗る店主の姿がグニャリと歪むと、服は鮮やかな黄が目立つ軍服へ、金髪は黒い制帽に、そして整った青年の顔は漆黒の闇が3つだけ浮かぶ、卵のような顔に変化していく。

 

そして決心に満ちた言葉を絞り出す。

 

 

 

 

「この地に迷い込み、はや5年が経ちました。しかし例え100年掛かろうと、必ずや貴方様を探し出してみせましょう。我が主よ─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なるモモンガ様」

 


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