…カルネ村が遠いな〜…。
朝だ…。
ラキュースは寝不足でダルい身体を引き摺るようにベッドから起き上がる。
寝間着は無い(というか無くなってしまった)ので、シーツを身体に巻き付けてズリズリとベッドから這い出す。
身体が"まだ寝てたい"と我が儘をグズるが、今日は冒険者組合に顔を出さなければならない用事があるため、これ以上寝ている訳にはいかない。
……それもこれも、全て昨日の…というか時間は深夜を回ってたから日にち的には今日かしら…とにかくその時の諸々の騒動のせいである。
………………………
………………
………
「……という訳なの。決して私は男日照りを拗らせてでアンデッドに恋したとか、死体を愛でる性癖に目覚めた訳でもないのよ」
ラキュースは、部屋に突入してきて自分とアインズが抱き合う形で床に倒れ込んでいた場面を見て「ラキュースがアンデッドと結ばれた。おめでた(*゜▽゜)_□」な誤解をしたメンバーらに必死に事の経緯を説明していた。
「ラキュース。つまりお前はガガーランと話してから就寝後、深夜を回った辺りに起きたらそのアンデッドと一体化していて、寝間着もそいつのローブや装飾品に変わっていたと…」
「で、真っ裸なのに驚いてそのアンデッド…アインズさんとワタワタしていたら、アインズさんは自分が持ってきた布団踏んでコケて、たまたまローブを掴んでいたリーダーも一緒に床に倒れ…」
「鬼ボスがアンデッドとくんずほぐれつ愛を交わしていた濡れ場に…」
「私達が突入して絶頂直前の鬼リーダーの情事を発見したと…」
「ありがとうイビルアイ、ガガーラン。で、ティアとティナはどうしても私とアインズさんが愛し合ってたという事実にしたいみたいね…」
「鬼ボスがアンデッドと恋したという弱みをネタにすれば…」
「鬼リーダーに咎められた時に脅し…交渉の材料に出来る」
「「つまり我が世の春がくる!」」
「あんたたち双子揃って本当に最低ね…」
ラキュースは未だに自分をからかい続ける双子姉妹に頭痛を覚えながらどうしたものかと頭を抱える。
だがそんな空気を破ったのは、ラキュースの事情説明から今のところまで若干空気のような扱いを受けていたアインズであった。
『すまないが、良いだろうか?そろそろ私も君らに聞きたい事があるのだが』
「ふむ…確かにそのほうが我々にも有意義だな。おいティア・ティナ、そろそろラキュース弄りは終わりにしておけ」
「良いとこだったのに…」
「右に同じ…」
イビルアイの言葉に双子は頬を膨らませながら名残惜しそうに呟く。
少なくともイビルアイが止めなければ、ロクな発言をしなかったであろうことは想像するに難くない。
『……では、まず名乗りから始めよう。私はアインズ・ウール・ゴウン。ユグドラシルという世界で、とあるギルドを纏めて…』
「……っ!待ってくれ、ゴウンとやら!お前の…貴方の出身は"ユグドラシル"…そう言ったか…言いましたか…?」
『ああ、そうだが…』
アインズが情報交換の手始めとして名前を名乗り出したところ、その中で彼の出身だという"ユグドラシル"という単語に反応したのは、イビルアイであった。
メンバーは普段の冷静な彼女の態度の豹変と慣れない敬語で喋ろうとする姿勢、勢いよく椅子から立ち上がってしまうその驚きようから、アインズを含め一同は早速手掛かりが見つかったと理解した。
イビルアイはアインズの出身地を知っている。
アインズ自身、イビルアイが知っているのならばどのような手を用いても情報を聞き出すつもりである。
そうアインズが考えていると、ようやく驚きが収まったのか、椅子に座り直したイビルアイは息を吐いてからゆっくりと自分が知る部分を話し始めた。
「私は"ユグドラシル"に行ったことはありません。ですが、私が知るとある者達がそのユグドラシル出身だったのです」
「イビルアイ、それは…」
「いや、大丈夫だガガーラン。むしろこいつ…この方には包み隠さず話したほうが良いんだ」
「…分かった」
『その話、本当か?』
「そうだ…です。この世界には幾つもの逸話や伝説が残るのですが、その中の1つに<13英雄の伝説>という話があります。13英雄と言われてはいますが実際には異形種なども居て13人以上が居ました。私はその彼らと旅をしていた…ました。"魔神"と呼ばれる者らを倒すために。そして、その中にユグドラシルという世界出身の者が居ました」
イビルアイは時折出てしまう普段の口調を敬語に直しつつも自身が知る話をかい摘まみながら話していく。本来イビルアイはそういった知識をここまで正確に話そうとはしない。
理由は彼女の正体によるものだ。
何せ13英雄が実在したのは今から200年も前のこと。ならば何故見た目20歳にも満たないイビルアイが彼らを知っており、その内実まで語れるのか?
そうなると必然的に彼女の種族や彼女は何者かといった話に発展し、厄介な事態やトラブルになることは想像しやすい。
だからこそイビルアイが話す時にガガーランは止めようとしたのだが、イビルアイは語るべきだと話を続けた。
「その"魔神"とは、従属神のこと。従属神は己を創造した神に仕えていましたが、神が死ぬと従属神らは世界を滅ぼさんと暴れ始めた…ました。今から600年前、その"神"はこの世界にやってきて人類を救ったといいます。そして500年前、後に八欲王と呼ばれる神に匹敵する力をもつ者達がこの世界にやってきて、最後に残っていた"神"を殺し、あらゆる破壊と混乱を巻き起こし、世界を支配したと伝えられています」
イビルアイは更にアインズが理解しやすいよう、話を掘り下げて様々なことを語っていく。
アインズらが居るこのリ・エスティーゼ王国の下にはスレイン法国という宗教国家の領土がある。
スレイン法国は600年前、この世界に現れて生存競争に敗れ淘汰されようとしていた人類を救った"神"を崇めており、人間至上主義を掲げて異形はおろか人に害を為さない亜人すら排除の対象としていること。
そもそも人類はこの世界では底辺に位置する種族であり、この大陸の西ではリ・エスティーゼ王国やスレイン法国、リ・エスティーゼ王国の隣国であるバハルス帝国といったように人類種が国を作り生存圏を獲得しているが、逆に大陸中央では異形や亜人が国家を成しており、人類はそこでは家畜や食糧程度の価値でしかないこと。
だからこそスレイン法国はそんな人類を救った"神"を崇め、狂信的に人類を至上と掲げていること。
そしてスレイン法国が崇める六大神と呼ばれる神々───その神々は寿命が有り、1人だけを残して皆死んだ。
そして500年前、突如としてその神々に匹敵する力をもつ者達が現れた。彼らはその最後の"神"を殺し、世界を支配せんとあらゆる暴虐と破壊の限りを尽くしたが、最後にはその尽きることのない欲望によって互いの持つ宝を奪い合い、自滅したこと。
そして200年前、その六大神の従属神であった"えぬぴーしー"なる者達は唐突に世界に滅びをもたらさんと暴れ始めた。
恐らくは仕える神を失ったことによる虚無感と自暴自棄。
その"魔神"を討伐するべく、イビルアイは彼女の言う13英雄と共に旅をしたという。
イビルアイはそこで一度話を切ると、しばしの間を置いてからアインズに質問をした。
「ゴウン殿…貴方は"ぷれいやー"…なのだろうか?」
イビルアイが語った言葉に、アインズは無言になった。
ラキュースもガガーランもイビルアイの言わんとしていることに気付いたのか、神妙な顔でイビルアイの言葉に耳を傾ける。
普段ならば場の空気を読まずに茶化すのを楽しむティアとティナも、この時ばかりは話が国家を揺るがしかねないレベルのものだと理解してるのか、一切の茶々入れをしようとしない。
イビルアイはアインズをその六大神もしくは八欲王に連なる存在かと考えたのだ。
イビルアイの問いに対して、アインズは無言になっていた口をゆっくりと開いて、答えを返す。
『私は…』
………
………………
………………………
「はぁ…」
ラキュースはあの重苦しい雰囲気を思い出し、更には自分と一体化していたアインズという存在がどれだけ凄まじいものなのかを噛みしめていた。
『私は…プレイヤーだ。恐らくはその六大神や八欲王も私と同郷の出なのだろう。だが、少なくとも私はユグドラシルでは彼らの名を聞いたことはない』
アインズはそう言って骨の指のひとつに填めていた指輪を外すと、途端に部屋の中は沈黙に包まれた。
本当にそうなった訳ではないというのに、ラキュースらにはまるでその部屋だけが命を削る冷気に支配されたかの如く冷え込んだように感じ、目の前にいたアンデッドは相対するだけでその前に身を投げ出して赦しを乞うのが当たり前のように思わせるオーラを纏わせていた。
自分と同化していたのが、まさかの神話や寝物語で語られてきた神と同じ世界出身の、しかも凄まじい力を秘めた存在。
少なくともラキュースはこれまで熱心な六大神信仰を抱いたことはなかったが、あれだけの力を感じさせられては神話で語られてきたのは本当だったと信じざるを得ない。
もっとも王国や帝国は火・水・土・風を司る四大神信仰なので、そこに生命を意味する光を司る神と死を意味する闇を司る神を加えて信仰する法国とは、宗教者の関係は凄まじく険悪だと聞いている。
「これ…私達の手に負えるのかしら…」
ラキュースはそう頭を抱えつつ、自らが所属する王都の冒険者組合へ行くための身支度を整え出した。
………………………
………………
………
ラキュースが身支度を終えて階下へと降りてくると、窓際のラキュース達の専用テーブル(実際には声を潜めて話すには窓際が都合良かったためラキュースらが頻繁に利用しただけで専用では無いのだが、周りの客らが自然とそう認識してそこに座らなくなり、店側もそういう形で対応するようになったため、なし崩し的に蒼の薔薇専用テーブルになった)では、既に起きていたガガーランやイビルアイ、ティアとティナに加えて細身の若い男性が朝食を摂っていた。
…若い男性?
見馴れない男は身長は180cmほど。南方系の青年の顔立ちで黒髪をオールバックに固め、服は黒を基調として大小様々な装飾や十字を象った勲章のようなものを飾った服に同じく黒を基調として両脇に赤いラインが走るズボンと磨き抜かれた黒く艶を放つブーツ。
テーブル上には見たことの無い形の、額部分に髑髏の飾りが付いた帽子が置かれ、椅子には柄がアダマンタイトで装飾された一振りのサーベルが提げられたベルトが掛けられている。
そして当の本人は、席について手元の白パンを千切りながら非常に美味しそうに口に放り込み、時折オレンジジュースを流し込んでいる。
なお本人は気付いていないのだろうが、彼は周囲から非常に浮いた存在となっていた。
周りの客らは遠巻きに見ながらも、ざわめきや小声でのやり取りを交わしている。
当然だ。
あんな1つで国宝級の装備、しかも魔法の付与までされたそれをを爪先からてっぺんまで固めた人物がいれば、誰だって思わず二度見するし、噂だってする。
そこまできて、ラキュースはあれは誰なのか直ぐに理解出来た。
実際にラキュースがテーブルに近寄れば、その男は自分に気付くなり、手を軽く振って朝の挨拶をしてきた。
『おはようアインドラ嬢。済まないが、先に朝食を頂いているよ』
やはり、アインズであった。少なくとも今居るメンバーや知り合いの中でアインドラ嬢"と呼ぶのは彼しかいない。
というか昨日あんな重苦しい雰囲気を纏いながら、国家の根底に関わるような存在だと判明したり、そのとんでもない力の一端を肌で感じさせられたりしたというのに、何故彼を含めたガガーランやイビルアイらはのどかに朝食に興じているのか。
「おはようございます、アイ…」
『ああ、済まないがアインドラ嬢、少し言っておきたいことがある…声を落としてくれ』
「…(なんでしょうか?)」
アインズがラキュースの言葉を遮って声を潜めるように指示を出すと、ラキュースはもしや何か重大な話かとすぐに声を潜めてアインズに返答する。
『…(私の名前だが、公には秘密にして貰いたい。今後は偽名を名乗ろうと思っているので、君らにもそう呼んで貰いたい。ついてはダーク・ウォリアーという名が良いと思うのだが、どうかね?)』
神話に語られるような存在で超常的な能力を秘めた、恐らくはラキュースがこれまで見た中で最強の名が相応しいアンデッド。
だがそのネーミングセンスは────
まるでそのオーラと反比例するかの如く絶望的なまでに壊滅的センスであった…。