ついでに何時もより短め。
この名前ならば問題ない。偽名としては良い部類に入るものだ。
そんな感じに自信満々に同意を求めるアインズに、アインズと共に朝食を摂っていた蒼の薔薇メンバーは先ほどの和気あいあいとした雰囲気から一転、酷く残念なものを見る目に変わっていた。
『…な…何か不味かったか…?』
当のアインズもその雰囲気の変わりように、自身の発言に何か不備があったかと慌てたようにラキュースらに呼び掛ける。
するとアインズの隣でエールを片手にしていたガガーランがアインズの機嫌を損ねないよう、どうにかオブラートに包んでアインズが提案した偽名に問題があると口を開く。
「なぁ、アインズよぉ…確かに偽名ってのは本名を隠すためのモノだから、別に特定の名前や自然な名前じゃなきゃいけないってことはねぇよ。だが少しばかり、ちょいとな…」
「アインズ、センスが壊滅的」
「アインズ、ジョークとしても壊滅的」
ついでにティアとティナは全くオブラートに包む気がないのか、剥き出しの刃でアインズの心を抉りに掛かっていった。
周りの者らのオブラートに包もうが包むまいが、アインズの精神をガリガリと削るネーミングセンスへの駄目出しに、アインズは堪らずに無言で顔を覆うと机に突っ伏す。
(…あれか…やっぱり俺のネーミングセンスって壊滅的なのか…?)
なおアインズが打ちのめされて、さめざめと己のセンスを悔やむ中、ラキュースはというと…
(ダーク・ウォリアー……最初は少し大げさな気がしたけれど、確かにアインズさんの衣装や黒髪ともマッチした良い名前の気がするわ…はっ!?もしかしてアインズさんはわざとそういった偽名を…?確か昔読んだ物語でも名誉欲にまみれた将軍に故郷を滅ぼされた騎士がわざとらしい大げさな偽名と功績で注目を集めて、将軍の自尊心を唆して誘きだすという話が…)
内心の思いというか妄想にまみれ出した予測でどんどん自分だけの世界を広げていた。
…………………………
………………
………
約数分後、ようやく心を持ち直したアインズを前に、ラキュースは先ほどのアインズを見ていて沸いた疑問をぶつけることにした。
要は、何故骨だけのアンデッド(そう言ったら、アインズから種族は"死の支配者(オーバーロード)"だと訂正された)なのに、食事が出来るのか…である。
するとアインズは、右手の親指に填めている指輪をラキュースに見せながら説明してくれた。
『ガガーランやイビルアイにはもう説明したのだが、この指輪は"人化の指輪(リング・オブ・ヒューマン)"というマジックアイテムで、かなり昔に手に入れた物なのだが特に使い道が無かったので肥やしになっていたのだ。だが今回は私の正体を隠す必要が出たため、引っ張り出したのだよ。効果はその名の通り異形種や亜人種の肉体そのものを人間に変化させるものだ。変化すれば私のようなアンデッドでも食事が出来るし、睡眠も取れる。もっともそれ以外は何の効果も持たないのだがな』
え?なにそれ…。
アインズの口から語られた国宝クラスのアイテムに、ラキュースは言葉を失ってしまう。
アインズの口振りから彼にとっては大した物では無いのだろうが、異形種や亜人種を人間に変化させられるアイテムなど、自分らからすれば神話に出てくるような品だ。
ラキュースは、改めてアインズの凄さに感嘆させられた。
「本当に貴方には驚かされるばかりね、アインズさん。私も蒼の薔薇のリーダーになる前から色々な人やアイテムを見てきたし、リーダーになってからはより貴重な品も見てきたつもりだったけれど、井の中の蛙だったようね」
『そ…そうか、アインドラ嬢(イベントでレアアイテム狙いの周回マラソンやってたらポンポン出た低アイテムなんだよな…)』
ラキュースはアインズの指輪をそう褒める。しかしアインズはラキュースの言葉に頷きつつも、レア度の低いアイテムをベタ褒めされて内心複雑であった。
「ところでアインズさん、私達は今日冒険者組合に顔を出さなければいけないのだけれど、貴方はどうする?」
そこまで来てから、ラキュースは話を切り替えた。今日は以前受けた仕事の依頼人から、新たな仕事の依頼を持ち掛けられているため、冒険者組合に行かなければならないのだ。
するとラキュースの問いに、アインズはパン籠から新しい白パンを取りながら返答を返してくる。
『私はこれといって用事は無いからな…今日は少しばかり辺りを散策しようかと思う』
「分かったわ、じゃあ私達とは別行動ね。そうね…夕方にまたこの宿屋で落ち合いましょう」
ラキュースとの予定のすり合わせが終わると、アインズは手に取っていた白パンを再び千切って口に放り込みながら、言葉を溢す。
『了解した。しかし、このパンは本当に美味しいな…こんな美味しい食事は生まれて初めてだ…フワフワで柔らかくて…そうだ、昔母さんが誕生日に作ってくれたっけ…』
と…そこでアインズの目から一滴の水が垂れたのにラキュースは気付いた。
「え?アインズさん…?」
アインズは涙を流しているのに気付いていないらしい。ラキュースらからすれば食べ馴れた普通の白パン、それを涙と共に昔を思い出しながら、美味しそうに味わい続けている。
『材料買ってきて、本に載ってた絵の見よう見まねで母さんが作ってくれたんだよな……美味しい…こんな美味しいパン…母さんと父さんにも食べて貰いたかったな…』
アインズのその言葉は、周囲を一変させた。
アインズは、ラキュース達や周りの客の存在を忘れ、奥底に秘めていた本心を晒け出したのだろう。
それを聞いていた客達は一斉に顔を覆ってテーブルに突っ伏した。
聞こえないように小さくすすり泣く客がいれば、目もとを手のひらで覆って無言で涙を流す客。
宿屋の主人やスタッフ達は裏口から出ていき、外からくぐもった泣き声が聞こえてくる。
どうやら愛嬌を持った黒髪の青年の泣き顔は、破壊力抜群の最終兵器だったらしい。なお彼らは、そこに加えてアインズの国宝クラスの凄まじい装備もあって「酷く貧しい家の出で、幼い頃に両親と死別し、今の地位に来るまで必死に生きてきた青年」という、微妙な合ってたり間違ってたりな設定が出来ていたりする。
とてつもない力を持つ、本来ならば生者を憎み命を奪わんとするアンデッドとは到底思えない光景に、ラキュースも自然と微笑みが溢れた。
まるで、腕っぷし自慢だけれど涙脆い純真無垢な子供を見守っている気分である。
事実面倒見の良い姉御肌なガガーランはウンウンと頷きながらアインズの頭を撫でているし、イビルアイはアインズに新しいパンを手渡してあげている。
ティアとティナは何やら震える手を押さえながら、
「「あれは男…大の男…少年(美少女)ではない…だから鎮まれ私の手…」」
と、心と葛藤していた。
ラキュースはアインズを慰めようと彼に近寄ると、口元に先ほどアインズが食べていたパンクズがついているのを見つけた。
(全く、本当に子供っぽいわね…)
ラキュースはそう内心呟きながら、アインズの口についていたパンクズを取ってあげた。そのままパンクズを自分の口に入れて飲み込んだ。
そこでラキュースは、自分を「お幸せに」みたいな目で見てくるメンバーにようやく気付いた。
ラキュースは何故自分がそういう目で見られているのか疑問に思い、何か変な事でもしたかしら?と順を追って思い出していく。
・朝起きて朝食を摂るアインズと会う
・彼としばし雑談して、彼がパンを食べてたら泣き出した
・言葉の端々から、死別した両親への愛情や思いによるもの(多分彼はアンデッドになる前は普通の人間だったのだろう)
・気付いたら彼の口元にパンクズがついてたから、取ってあげた
・それを自分で食べた
で、現在蒼の薔薇メンバーの温かく見守るような目に遭遇している。
そこまで順を追って思い出したラキュースは、最後のアインズの口元のパンクズを取ってあげた辺りで「あれ?」となる。
自分はアインズがまるで子供のようだと感じて、子供がするみたいにパンクズをつけていたから母親のような気持ちでパンクズを取ってあげたのだ。
食べたのはたまたまである。べつにこれといった意味はない。
だがそれを見ていた周りの蒼の薔薇メンバーにはどう映ったか?
・ラキュースがアインズに近寄った
・ラキュースがアインズの口元についていたパンクズを取ってあげた
・ラキュースがそのパンクズを自分で食べた
・"年頃の乙女"が今の一連の流れを行った
そこまで来て、ラキュースはボッ!!と顔を赤らめさせた。
「ち、違うのみんな///わ、私はそういったつもりじゃなくてね///!」
「ラキュース、やはりか」
「隠さなくたって良いってリーダー」
「鬼ボスの恋を応援する」
「だから私達の恋路を邪魔しないで欲しい」
「お願いだから話を聞いて頂戴!!!」
ラキュースは再び襲ってきた受難に、叫びをあげた。
唯一幸いなのは、周りの客達は未だにアインズの身の上話(半分妄想)で涙していて、ラキュースらの痴話騒ぎに気付かなかったことだろうか。
『本当に美味しいな…』
なお当のアインズは騒ぎに気付かず、今は亡き母に思いを馳せながらパンを頬張っていた。
【人化の指輪<リング・オブ・ヒューマン>】
捏造アイテム。異形種・亜人種を人間種に変化させるアイテム。ユグドラシルでは姿は変化するものの、異形種では入れない街には結局入れないし、それ以外に効果も無いゴミアイテムに近い。
転移(ラキュースと同化)してからは、肉体変化のみならず精神も人間に戻る効果になった。故に食欲・睡眠欲・性欲も復活するため、アンデッドでも食事や睡眠が可能。ちなみに精神鎮静化も発動しなくなる。
【アインズの母親】
アインズこと鈴木悟の母親。作中の"誕生日に作ってくれたパン"は捏造。
もし原作で生きてたら、アインズは「現実世界に帰りたい」「未練がある」と言ったかもしれないと妄想。
※次回からようやくカルネ村編に突入します。
また、何時もながら駄文小説で申し訳ございません。