帝国の騎士達は容赦なく村人らを追い立て、無慈悲に斬り殺していく。
彼らは男も女も、老いも若きも関係無しに騎士達は剣を振るい、死神の如く村人らの命を刈り取ってゆくのだ。
その阿鼻叫喚の地獄の中を、エンリは必死に自宅まで走っていた。目的は家族の安否である。
父親と母親はまだ農作業に出ていなければ自宅に居る。妹のネムも一緒に居る筈である。
エンリはこの行動を愚行だとは思いつつも、足を止めることはしない。
本当なら生き延びる可能性の高い行動は、家族を探さず自分だけで逃げることだ。今ならばトブの大森林に逃げ込んで騎士らをやり過ごすことも出来るのだ。
だがエンリは、家族を見捨てられなかった。
産まれた時からずっと一緒に過ごしてきた家族を見捨てるのは、エンリにとっては死ぬよりも辛いことだったからだ。
だから帝国の騎士らが迫っていても、必死に自宅を目指して走り続ける。
何時もの慣れた筈の自宅までの距離が、今は非常に遠くに感じられてしまう。何故こんなに遠くに思えるのだろうか…。
そしてようやく自宅へと辿り着いたエンリは、まだ自宅が襲われていなかったことに、安堵の息を吐いてその場でへたり込みそうになった。
だがまだ危険は去っていないと気力で持ち直すと、ドアを開けて家の中に飛び込んだ。
「お父さん!お母さん!ネム!みんな無事!?」
そう叫ぶと、奥から父親が後ろに母親とネムを連れて出てきた。
「エンリ、どうした?」
父親の姿を見ると、無事だったことに安心した。だがエンリは、直ぐ様父親に今村に起きている事態を説明する。
それを聞いた父親はすぐに暖炉側にあった手斧を持ち出すと、エンリとネム、妻と共に自宅を出ることを決意した。
騎士が相手では、どれだけ村人が抵抗しようが無意味。ならば妻と娘らを安全な場所に逃がすのが最善だと考えたからだ。
だがいざ扉を開けて家の外に出た彼らを待っていたのは、鎧を着た下卑た顔の男と周りを囲む騎士達であった。
「お前ら、その小娘を捕まえろ!」
男の叫びに、エンリの父親は怒声と共に男に手斧を振りかぶりながら飛び掛かった。
目の前の男がエンリをどうしようとしているのかを理解したからだ。普通の父親が娘をそんな風に扱われると知れば、当然の行動である。
急に飛び掛かられたことと振りかぶられた手斧に驚いき、男はバランスを崩して倒れ込む。
エンリの父親はその状況を好機と見て、エンリに叫んだ。
「エンリ!母さんとネムと一緒に逃げろ!」
そう叫ばれたエンリはどうすべきか迷った。
自分達だけで逃げるということは、父を見捨てるということだ。
そうなれば、父は間違いなく騎士達に殺されてしまうだろう。
しかし、仮に自分や母がここに残ったとしても出来ることはないのが現実だ。抵抗する暇もなく斬り殺されてしまうだろう。
エンリは父を見捨てるという罪を恐れる心を必死に抑え、母とネムの手を強く握ると、森林へと駆け出していった。
離れていくエンリ達の姿を見ながら、彼は「それで良いんだ……」と呟く。
家族を守るのが父親の務めである。
ならば今ここで騎士に斬り殺されてしまうとしても、エンリ達を逃がせるならば安いものだ。
自分が持っていた手斧は他の騎士に奪われてしまい、最後の意地を振り絞って目の前の男が娘を追えないようにと腰回りに力の限りにしがみついていたが、そろそろ限界だ。
「邪魔なんだよ!くたばれ、農民風情が!」
「貴様がくたばれ、下衆め!」
自分と揉み合う男が、腰から剣を抜いて振り上げながら叫ぶが、負けじと罵声を返す。
自分は死ぬ。唯一の心残りは家内と娘達だ。
家族は目の前の男のようなクズに慰みものにされて良いような人間ではない。だからこそ最期の瞬間まで家族が無事に逃げ切れるようにと祈った。
「死ぃ…ぶっへあぁぁ!?」
覚悟を決めた自分に、男の剣は振り下ろされなかった。代わりに目の前の男が、黒い服に身を包んだ謎の人物に奇妙な槍のような武器の柄でおもいきり殴り飛ばされていた。
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王都の宿屋から<転移門(ゲート)>をくぐって村へと降り立ったアインズは、用意していたアイテムをすぐさま使用した。
見た目は小さなトランペットだが、普通のトランペットに付いているような部品は無く、非常にシンプルな作り───一般的にはビューグルと呼ばれる軍隊で使用されるラッパである。
アインズが口をつけて吹くと"プァーン"と単調なラッパ音が響き渡る。
同時に森の奥からガサガサと草木を掻き分ける音がして、数十人は優にいる黒い服に身を包んだ者達がアインズの前へと飛び出してきた。
<ヘッセン銃士隊の軍用ラッパ(ヘシアンズ・ビューグル)>
これはユグドラシルの大型アップデート『ヴァルキュリエの失墜』で追加された新たな職種(クラス)である銃士(ガンナー)を所持した傭兵部隊を召喚する楽器アイテムである。
使用すると、本来は街やフィールドにランダムに登場し、金貨を支払わなければ雇えない傭兵NPCであるヘッセン銃士隊(ヘシアンズ)指揮官NPC1名+歩兵NPC30名が召喚され、倒されるまで召喚したプレイヤーに従うのだ。
この傭兵NPCは世界トップクラスの大国であった国が遥か昔に独立戦争を起こした際に、欧州のとある国から送り込まれた傭兵をモデルにした人間種NPCであり、銃士(ガンナー)と戦士(ファイター)の職種(クラス)を所持したキャラクターである。
召喚時の基本装備は威力の代わりに発射速度が低い前装式小銃(マスケット・ライフル)と銃剣(バヨネット)、ランダムな片手剣を所持しているが、プレイヤーが持つ武装を所持させることも可能な召喚NPCとなっている(ただし糞運営のお陰で、彼らが倒されると彼らに所持させていた武器やアイテムは消失するという最悪仕様)。
現状では既に村人らが襲われていて周囲に散らばっているため、アインズは広範囲をカバーするために、多数のNPCを時間無制限で召喚出来るアイテムとしてこのヘッセン傭兵隊の軍用ラッパ(ヘシアンズ・ビューグル)を選んだのである。
そして今、アインズの目の前にはそのヘッセン銃士隊のNPC達が森の奥から現れ、整列してアインズの命令を待っている。
50lv.の指揮官NPCと30lv.の歩兵NPC30人だが、アインズとしては最悪でも騎士らを足止めして村人達が逃げる時間を稼ぐ盾になってくれさえすれば良いと考えていた。
「我が領主(マイ・ロード)、ヘッセン銃士隊(ヘシアンズ)、御身の前に……」
『ヘッセン銃士隊(ヘシアンズ)よ、この村を襲う騎士達を倒せ。また出来る限り村人らを救え』
「はっ、承知致しました」
指揮官NPCはアインズの命令を受けると、配下のNPCに命じて直ぐ様村へと向かっていく。
(ひとまずはこれで安心だ。よし、俺もそろそろ村を守りに行かなくちゃ……あれ、何だ?急に身体が引っ張られて……!あれは一体何だ!?)
命令を下したアインズも、さぁいざ村を守りにと動きだそうとした途端、突然自身の身体の自由が効かなくなり、慌てる。
更には身体がまるで強力な磁石にでも引き寄せられるかのような感覚になり、何事かと背後を見れば、そこにあったのは先ほど自分が使った<転移門(ゲート)>によく似た円形状の揺らめくものだった。
だが<転移門(ゲート)>とは違い、円形状のそれは蒼い色であり、まるで波紋が広がる水面のように揺らめている。
『ぬおぉぉぉ!!?』
必死に引き摺り込まれまいと耐えるアインズだったが、円形状のそれは徐々にアインズを引き寄せ、ついにアインズは円形状のそれに飲み込まれてしまった。
そして円形状のそれはアインズを飲み込み終わると、ひときわ大きな波紋を広がらせて、消失したのだった。
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王都にある冒険者組合。
その待合室にいたラキュースはアインズからの伝言を受け、村を救うべきか悩んでいた。
良識ある人間としてならば、当然村を襲う騎士を倒し、村人を救うのが当たり前の行動である。
だが、そこで問題になってくるのは、冒険者という立場であった。
ラキュース達が就いている冒険者という職には<国家間の争いに関わらない>という規約があった。
これは、「冒険者はあくまでモンスター退治の専門職であり、例えどのような主義主張を用いられようとも国の争いや戦いには関与せず、徴兵も受け付けない。同時に冒険者は自分の都合で戦や争いに加わったりもしない」というものであり、すなわち冒険者の身を守る規約でもあった。
このお陰で冒険者は国家に属しながらも貴族や王族の横槍を受けることなく、独立した立場を維持していた。
また、冒険者組合自体もこの決まりごとにより冒険者という武力になり得る人材を持ちながらも、国家に干渉されることの無い独立した組織として今日までやってこれているのだ。
だがいま村を襲っているのは野盗やモンスターではなく、"騎士"だと言う。
たまに盗賊なんかが良い防具や装備を持ってたりはするが、只の盗賊が全て統一された鎧兜を揃えるのは不可能だ。
何より普通盗賊は人通りの少ない街道や森林が近くにある道で獲物を待ち伏せ、商人率いるキャラバンや市民の馬車を狙い、少ない労力とリスクで略奪をすることを選ぶ。
そんな盗賊が日々の生活にも困窮する小さな農村───しかも開拓村を襲うのはまず有り得ない話だ。
国の締め付けや貴族による討伐を受け続けていて盗賊が手段を選んでいられる状況に無いなら話は変わるかもしれないが、現在のリ・エスティーゼ王国には盗賊退治に国力を割くような余裕は無い。貴族による討伐云々に至っては全体のうち1割もあれば良いくらいに有り得ないと断言出来る(というか自分で言ってて、王国の窮状に涙が出そうになった)。
そして王国には常備軍は存在しない。
つまり騎士ともなれば貴族お抱えの兵士しかいない。しかし、エ・ランテル及び近隣は貴族も口出し出来ない王家直轄の土地だ。
それに当代の王ランポッサⅢ世はかなりの穏健派であり、例え農民が粗相を起こしたとしても彼が村に騎士を差し向けて誅するとは考えられない。それも理由なき虐殺ならば尚更だ。
またいかに貴族派が王家の力を削ぎ落とそうと考えていても、王家直轄の地で騎士を使って村を破壊し村人を虐殺するのは極端すぎる。流石にそんな事をすればランポッサⅢ世も黙りはしないというのは理解出来る筈だ。
そこから導き出される答え───恐らくアインズの言う"騎士"とは、王国の隣に位置するバハルス帝国の兵士だと思われる。
つまり……村を襲うのがバハルス帝国騎士だとした場合、それを相手に冒険者たる自分が戦うのは、冒険者の「国家間の争いに関わらない」という規約を破る行為なのだ。
"冒険者は国の争いに関わらない"というこれまで続いてきた決めごとの中、自分が帝国騎士に刃を向ければアダマンタイト級冒険者がその決めごとを破ったことになる。
そうなれば、蒼の薔薇のメンバーのみならずあらゆる冒険者組合や冒険者仲間達にも迷惑が掛かる。
救いたいのに救えない。
そんな現実を前にしてやり場の無い思いがグルグルと頭と心に渦巻くが、どちらにせよ選ぶ選択肢は初めから1つしか……
「!!?」
そのとき突然、ラキュースは自分の身体に何かが入り込んでくるような感覚に襲われた。
何者かの魔法攻撃か呪いの類いかは分からないが、ラキュースは冒険者としての経験から咄嗟に対呪術用の抵抗魔法を発動させようとする。
だが身体に満ちていく感覚に、抵抗魔法を唱えようとした口を止める。
それは言い様の無い充足感であり、安心感であり、今ならば成せぬ事など無いと思えるほどの"力"が満ちていく感覚だ。
そして先ほどまで身に付けていた自身の装備である鎧の無垢な白雪(ヴァージン・スノー)の代わりに、先日の夜間に体験した、あの滑らかという言葉だけでは言い表せない感触が自らの身体を包み込む。
ラキュースは一応確認のためにと視線を下に向ければ、胸元がガバッと開いた漆黒のローブ。
傍らには例の黄金の杖"スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン"が倒れることなくフヨフヨと滞空しながら、その姿を威風堂々と見せている。
「もしかして、アインズさん……?」
この現象は2度目だが、現象が起こる原因はラキュースには1つしか思い浮かばない。
なので確認のために体内に憑いてるだろう人物に呼び掛けてみる。
『……む?ここは……俺は確かあの村で傭兵を召喚してから……急にあの蒼い門に……』
やはり、エ・ランテルを見に行くと言って今朝別行動を取り、先ほどそのエ・ランテルの側にある村を救いに行くと一方的に伝えてきたアインズであった。
「アインズさん?確か、村が襲われているから助けに行くとか言って……」
そのアインズがなぜ今この王都に戻ってきているのか?
というよりは何故自分の身体にまた入っているのか?
『ああ、その通りだ。私はあのあと村へと向かい、村人を救うために行こうとした。だが先ほどいきなり奇妙な蒼い門に引き寄せられて気付いたらアインドラ嬢の身体に……もしや私がアインドラ嬢の身体と同化した際に何らかのペナルティか制約が発生したのだろうか?何らかの特定条件を満たしてしまった場合、強制的に戻されるのか?』
ラキュースの疑問に答えたアインズは、途中から先日の時のように再び思考の海に浸ってブツブツと呟き出してしまう。
なおアインズが思考に入ってしまったため、置いてきぼりになったラキュースはというと……
("蒼い門に吸い込まれて"?なにそれ!?凄い格好良い!こう、神秘的な存在に課せられた抗えぬ縛りって、まさに伝説の物語に欠かせない設定よ!)
特定の患者に課せられた抗えぬ"病"により、脳内妄想を膨らませていた。
彼女の頭の中では神世の存在を身体に宿したダーク・ラキュースが世界のバランスを保つための制約に縛られながらも、神秘的な杖と魔剣キリネイラムを振り回しながら並み居る悪鬼や悪魔をバッタバッタ薙ぎ倒し、現世に復活した魔神を倒すべく人間の騎士やドワーフの戦士、エルフの王子やホビットの少年らとともに穢れた山へと旅立つ辺りまで加速していく。
なおラキュースの色々危ない妄想は、切り立った崖のような山を背に幾重にも城壁が張り巡らされた白い城塞で、兵士たちと共に数万の悪鬼の軍勢に立ち向かうシーンで一区切りがついたらしい。
(これはまた新しい物語が書けそうね。ああ……そんな凄まじい力や制約がある存在として冒険してみたいな〜……っと、そういえばアインズさんと話してる最中だったわ……)
ラキュースはこの新たな設定を自らのノートに書き込むことを決めた辺りで、アインズと話してる途中であったことを思いだし意識をそちらに戻す。
だがアインズは未だに件の自分を吸い込んだ門に関して究明に邁進していた。
もしかしたら人との会話途中でも謎の事象の解明や状況分析といったことをしてしまうのは、アインズという人物が元来持っている癖なのかもしれない。
圧倒的な力を持つ神の如き存在の予想外に人間性のあるクセにラキュースは──(先ほどまでのアインズとの会話の最中だということを忘れて思考していた己の妄想を棚に上げて)──クスッと笑う。
だがそこでラキュースはハタと気付く。
アインズは自分の身体にまた憑いてしまった原因を探ろうとしているが、確か彼はそもそも村を救おうとした辺りだった筈だ。
しかし彼はここに居る。
では村は今どうしているのか?
ラキュースは思考の海でブツブツ呟き続けるアインズに恐る恐る呼び掛けた。
「あの……アインズさん?ちょっと良いかしら?」
『もしや時間……距離的な制約による……ん?どうした、アインドラ嬢?』
「先ほど、村を救おうとした辺りで門に吸い込まれて、私の身体に憑いたのよね?つまり今村は……」
『あ……!!』
アインズは自身を吸い込んだ蒼い門に関して究明を進めんと思考に浸り切っていたために、すっかり村を救おうとしていたことを忘れていたらしい。
ラキュースと同化しているため、ラキュースからアインズの表情は見えないが(そもそも骨なので表情が見分けにくい)、それでも自分の身体の中の彼が色々と非常に焦っているという雰囲気は伝わってくる。
途中で彼はひとしきり焦ったためか急に冷静になったらしく、落ち着いた声で私に伝えてくる。
『すまなかったアインドラ嬢、少しばかり取り乱した。それで改めてだが、私は至急村を救いに向かいたい。しかし何故か分からぬが、私は昨日のように君の身体から離れる事が出来ないのだ。そこで頼みだが、このままで私と共に村を救いに行って貰いたい』
「アインズさん、すみません……そのことに関してですが……」
私はアインズさんに、冒険者としての根幹に関わる問題ゆえ、国家の争いに関わることは出来ないのだと告げようとした。
『さぁ、時間が惜しい!行くぞアインドラ嬢!<転移門(ゲート)>!』
「ちょ!?アインズさん、待って下さい!私は冒険者として国家の争いには関わることは出来な……」
しかしアインズさんの素早い行動に反論する暇も無く、私はアインズさんに強引に身体の主導権を取られてしまい、アインズさんが開いた<転移門(ゲート)>という漆黒の円形の空間に飛び込まされてしまったのだった……。
……なおラキュースは気付かなかったが、冷静になったように見えていた当のアインズ───実際にはアンデッドの鎮静化スキルと、村を直ぐに救いに行かなければというパニックが交互に発動しており、脳内が絶賛混乱中であった。