Blue Lord   作:アインズ・ウール・ゴウン魔導王

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第7話

平穏な開拓村であったカルネ村はこの日、村を襲撃してきた騎士によって阿鼻叫喚の地獄と化した。

 

畑を耕し、狩猟を行い、慎ましく日々を過ごしていた村人らの日常は、国家というしがらみが生み出した陰謀の犠牲者となる運命。

 

しかし陰謀に関わった者は口を揃えて「これも運命。大の為の小」と宣い、村人らの運命を仕方無き事と歯牙にも掛けないのだ。

 

だが……運命とは非常に気紛れな物だということを彼等は忘れていた。いや、自らの生い立ちと与えられた役目の重大性を前に、彼等は増長していたのだ。

 

人間という枠組みの中で頂点に立つ力を有していた彼等は、いつしか自らを"人類の守護者"と呼び、人類で無い者を弾圧し始め、<正義>の名の下に自らを正当化したのだ。

そうして積み重ねてきた歴史と偉業が、彼等を肥えさせ、より増長させた。そしてそれは、肥え太っていたが故の驕りから来る失態であった。

 

 

故に運命は"彼"を呼び寄せた───いや、"神"にすがるしかなく、喚び寄せたのかもしれない。

 

もっとも、"人類の守護者"がその事実と重大さに気付いた時には、既に遅かったのだが……。

 

 

 

 

その手始めに、"神"の降臨はカルネ村を襲撃した騎士達にとって地獄をもたらすものとなった。

 

突如としてバハルス帝国の鎧を着た騎士達によって襲われたカルネ村は、少し前までは逃げ行く村人達が騎士の振るう剣で斬り殺される光景が繰り広げられていた。

 

だが今村人達の目の前で繰り広げられる光景は、森から現れた謎の武装集団による騎士達への逆襲であった。

 

 

狩るものが狩られる側になったのである。

 

 

突如として森から現れた彼らは、服装は黒を基調として袖や肩口に白や赤のラインが入っており、金のボタンが縦に一列に並ぶ上着を着た集団。

逆に下は両脇に黒いラインが縦に走る白地のズボンを着用し、黒革の高級そうなブーツを履いている。

 

口元は威圧の為なのか防塵の為なのか黒布で覆っており、頭には同じく黒地で作られた端々に白くラインが走る広角の三角帽を被り、肩には見たことの無い鉄の筒と木で作られた武器のような物を手にしている。

 

そして右の腰には、貴族でもまず手に入れられないような価値を感じさせる、威圧感を放つ黒鞘に納められたサーベルやレイピア、シャムシール等の片手剣を提げていた。

 

まるで物語の世界から抜け出してきたかのようなその集団は、現れるやいなや謎の新手に困惑した騎士達に手にした筒を構え、襲い掛かったのである。

 

彼らが手にした筒は金属同士が打ち付け合うような鈍い音を立てると、火と煙が筒先から破裂音とともに噴き出し、筒先が向けられていた騎士は胴体や頭を鎧兜ごと穿たれ、その命を散らしていく。

 

村人達は初めこそ得体の知れない武装集団に怯えていたが、その集団が村人には目もくれず騎士達を打ち倒していくのを見ていて、ようやく事態を理解すると喜びの声を上げた。

 

理由は分からないが、少なくとも彼ら──村人達は彼らの名前を知らないため暫定的に"黒服"と呼んだ──は自分達を救ってくれている。

 

勿論この手の集団は後から「村を助けた報酬を」と言うだろうが、村人達は命の恩人ならばと出来る限りの礼をするつもりであった。

 

 

そんな中、"黒服"の遠距離武器相手では守勢に回っても埒が開かないと判断した騎士達は、筒が弾ける合間を縫うように手にした剣を振りかざして彼らに向かって行く。

 

しかし"黒服"達は数人づつで固まり、彼らも騎士を近付けまいと筒先に取り付けられた細く鋭い槍を次々と騎士に向かって突き出すので、剣や盾しか持たない騎士は簡単に阻まれてしまう。

 

そして逆にその槍で突き伏せられるか、筒の後ろの柄で思い切り殴られ、倒れたところを倒されていく。

 

そして特定の集団への攻撃に固執してしまうと、別の"黒服"達によって背後から攻撃を受けてしまう。

 

今や騎士達は"黒服"を倒すどころか逆に次々と蹂躙され、その数は既に半数に減っいた。

 

 

 

 

「クソ!」

 

 

 

ロンデス・ディ・グランプは、この騎士達を率いる部隊の副官としてこの村の破壊に同行していた。

 

初めは順調に村人を追い立て、部下らに命じて今自分らがいる村の中央の広場へと集めさせた。

 

後は集めさせた村人を数人残して殺し、村を破壊して撤退する……それだけの任務の筈だったのが、突然現れた災難が自分らに降りかかったのだ。

 

トブの大森林と呼ばれる強大な魔獣が住まうと言われる森から現れたのは、黒い服を着た奇妙な武装集団であった。

 

初めは敵かどうかを見分けようと声を掛けたロンデスに、その集団の先頭の人間(他の人間と違い、勲章や金モールがあしらわれた装飾で身を飾っているため、恐らくはリーダー)は手にしていたものを投げてきたのだ。

 

幾度かバウンドして何かの飛沫を飛ばしながらロンデスの足元まできて止まったのは、人の頭───ロンデスの命で村人を追い回していた仲間のエリオンの頭部であった。

 

両目を抉られ、顔に細々とした切り傷がつけられ、鼻は折られている無残な死体……そしてよくよく見れば、エリオンはまるで絶叫したように大きく口を開けて表情を酷く歪めている。

 

それは、彼が"生きたまま"目を抉られ、顔を刻まれ、首を落とされたのだとロンデスが気付くのにそう時間は掛からなかった。

 

エリオンの首を放り投げてきたのが相手による宣戦布告だと分かると同時に、冷や汗がドッと押し寄せ、血の気が引いた。

 

すると武装集団のリーダーはロンデスの辿り着いた結論に満足したのか、腰からサーベルを抜き放つと高々と切っ先を天に掲げ、それをロンデス達に向けて振り下ろした。

 

 

それは殺戮の合図。

 

 

リーダーの合図を受けた者達が手にしていた筒を統制された動きで構えると、ロンデスらに向ける。

 

そして響く破裂音と共に、戦闘が始まった。

 

敵の攻撃は飛び道具が主流らしく、一様に手にした筒をリーダーの命令で次々とこちらに撃ってきた。

 

始めこそ自分達はかなりの訓練を積んだ部隊だという自負があり、飛び道具を扱う兵種は総じて近接に難があるという常識に従って、敵の遠距離攻撃に怯まず味方が突撃し互いに近距離でぶつかり合った。

 

しかし敵の槍が付けられた筒と自分の剣を交えた瞬間に、まるで歴戦の戦士と新米の戦士が戦うように簡単にあしらわれてしまったのだ。

 

最初は敵の攻撃が飛び道具によるものと戦術の常識から気付くのが遅れたが、一度剣を交えた今だからこそロンデスは断言出来た。

 

今自分らと対峙している敵は、戦闘技術は1人1人が歴戦の戦士を越えた先───英雄の領域に踏み込めるような実力の持ち主だと。

 

何故そのような天性の才能を持った集団が存在し、何故この村に現れたのかという疑問は残るが、まずは生き残るために村人を盾に敵との距離を置いて離脱の算段を立てようとした。

 

だがいざ命令を下そうとした時、あの"馬鹿"がやらかしてくれた。

 

ベーリュース……自分と同じく法国の上流の家柄の出身で、ベーリュース家長男である。しかし血筋は受け継いでも、両親の持つ徳の高さまで受け継ぐのは失敗したらしい。

 

浪費癖が強く、女好きで箔付けのためだけに今回の作戦に参加したボンボンだ。剣の腕も弓の腕も持久力すら最低。プライドの高さだけならアゼルリシア山脈並である。

 

そんな男が指揮能力に長けている筈もなく、作戦が始まってからは味方の統率はロンデスが行っており、ベーリュースは攻撃命令を下すだけが仕事だった。

 

だがこの時に限って小心者だった筈のベーリュースは、謎の武装集団が自分達を余裕で越える実力の持ち主達だと気付いた途端に要らない気概を出して逃げずに、間違った命令を下してしまう。

 

 

「逃げるな!村人など放っておけ!出来るだけ距離を取れ!」

 

 

窮地にある時ほど中途半端な命令や間違った命令は致命的だというのに、ベーリュースはわざわざ盾に出来る村人を放置して、敵から距離を取れと命令を下してしまう。

 

更には敵の圧倒的な強さにどうするべきか混乱していた味方は、咄嗟に出た命令に従ってしまう。

 

結果として一方的に押し切られようとしていたロンデスらは、更に泥沼へと嵌まった。

 

ロンデスは舌打ちしながら直ぐ様味方に命令の撤回を飛ばし村人を人質にしようとしたが、村人を集めた祭りに使われる木組みの舞台には既に敵の何人かが村人を守るように回り込んでしまい、彼らを盾にしようとしたロンデスの計画は失敗となった。

 

しかも敵の持つ武器は遠距離や中距離を想定したと思われる飛び道具だが、生半可な弓やクロスボウでは足元にも及ばない威力を秘めていたのだ。

 

味方は盾で飛び道具を防ごうとするも、その飛び道具は鉄で作られ硬度を増す魔法が付与された盾を、風化した板を射ち抜くようにいとも簡単に貫通した。

 

そして鎧にすら風穴を空け、肉体にめり込むのだ。しかし飛び道具を受けた味方で即死出来た者は幸せかもしれない。

 

ロンデスの手前付近では脚や腕、脇腹など致命傷になりにくい部位を攻撃された味方が痛みに呻いたりすすり泣きをあげている。

 

それは恐らく意図したもの。

 

敵は敢えて的確に致命傷を与えず、直ぐに命に関わらない……しかし時間が立てば命を落とし、それまでには散々に痛みに悶え苦しませる手法を選んで攻撃してきている。

 

さらに最悪なことに敵の飛び道具が撃たれる度に、味方は距離を取ろうと戦列を徐々に後退させていたために、いつの間にか怪我を負った者は倒れたままロンデスらと、徐々に接近してくる敵の間に取り残される形になっていた。

 

既に息絶えた者を除けば、負傷した味方がまだ助けを求めている。そしてその悲痛な声に、まだ健在な味方が浮き足立ってしまっていた。

 

だが苦痛に喘ぐ味方の声に助けようと近寄れば、その味方が撃たれる。そしてまた助けを求める負傷者が増え、味方は「助けたい。しかしああなりたくない」と板挟みになる悪循環に陥っている。

 

 

だが、その敵による悪辣な戦法はまだ始まりであり、騎士達の災難は終わっていなかった。

 

 

"黒服"が現れた森から3mはあろうかという、分厚い刀身のフランベルジュと身体の半分を隠せるタワーシールドを構えた巨大な騎士のアンデッドが飛び出してきたからであった。

 

 

 

"ゴアァァァァ!!!"

 

 

 

地を揺るがすようなおぞましい咆哮が響き渡り、巨大な騎士アンデッドはズシャリ!ズシャリ!と重い足音を鳴らしながら近づいてくる。

 

ロンデスはその騎士アンデッドを知らないが、もし仮に名付けるとしたら「死の騎士」だろうか……。

 

自らが所属する国家にはそのようなアンデッドに対する様々な文献が遺されており、ロンデス自身そういったアンデッドの知識を万が一に備えて蓄えていたからだ。

 

だが知識は知識でしかなく、またロンデスは目の前に立つアンデッドのような存在を聞いた事が無かった。しかし現にその暴力の化身は目の前に存在し、いざその脅威が振るわれた時、ロンデスの手に有効な対策など存在しなかった。

 

「ひゃあぁぁぁ!!」

 

 

タガが外れたような甲高い声を響かせ、只でさえ圧倒的な戦力差を見せ付けてきた敵によって極限まで緊張していた味方の1人が、ついに「死の騎士」を前に恐怖に負けて剣を投げ捨てて逃げ出した。

 

それは許されない行為だ。こういった状況下で味方を置き去りにして逃げ出せば、他の味方も勢いに流されて逃げ出すなり浮き足立つなりして、戦線崩壊を招くからだ。

 

当然ながらロンデスは身勝手に敵前逃亡をした味方を生かしておくつもりは無かった。

 

そういった緊張の中で士気崩壊(モラル・ブレイク)を引き起こすような行為に走る輩は、後の任務でも仕出かしかねないからだ。

 

だがロンデスが動くどころか、それを他の味方が止める必要も無かった。

 

味方───逃げ出した男であるオーガスが動くことを許されたのはたった3歩だけ……「死の騎士」の動きは、その巨体からは想像出来ない程に素早く軽やかであった。

 

オーガスが逃げ出した途端に「死の騎士」はまるで霧のような素早さで彼に飛び掛かると、手にしたフランベルジュで彼の首を斬り落とし、流れる動きのまま刃の向きを切り替え、身体を縦に両断したのだ。

 

僅か一瞬の間に身体を十字に斬り裂かれ、内臓と脳をボタボタと溢しながら地面に倒れ込んだ"オーガスだったもの"に、味方は身動きを止めた。

 

 

"クウゥゥゥ……!"

 

 

「死の騎士」は、たった今殺したオーガスの血を浴びて、満足そうな唸りを上げている。人の血肉を浴びて喜悦に浸っているのだ。

 

 

「うおおお!!」

 

 

その中、仲間の1人であるリリク───気立ての良い、しかし酒癖の悪い男が勇気を振り絞って雄叫びを上げながら剣を振り上げて「死の騎士」に接近すると有らん限りの力で叩き付けた。

 

だがリリクの剣は「死の騎士」に傷を与えることなく、その強固な外皮を前に砕けた。しかし彼がそれを認識すると同時に、「死の騎士」は己に挑んだリリクをタワーシールドで殴り飛ばした。

 

リリクの身体が宙を舞い、どさりと地面に落ちる。だが、まだ彼には息があった。そこでロンデスは理解した。

 

「死の騎士」は己に挑む者を殺さずに弄ぶつもりだと……そして逃げる者には直ぐ様死を与えるのだと。

 

しかしそれも救いにはならない。すなわち答えは一つ、逃げる暇もなく死ぬまで弄ばれて朽ち果てるのが運命となるのだ。

 

そして「死の騎士」は、再びそのフランベルジュを哀れな犠牲者へと振り下ろし始めたのである。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

 

─少し前─

 

 

 

 

 

森の中でエンリは母親と妹とともに必死に帝国の騎士から逃げていたが、体力も持久力も人並みより上でしかない村人のエンリらは藪を掻き分けたり倒木を乗り越えたりする際にモタついてしまい、ついに騎士に追い付かれてしまった。

 

咄嗟に妹に手を伸ばそうと近付いてきた騎士の顔目掛けて拳を叩き込んだが、硬い兜に阻まれ手を怪我してしまい、血がポタポタ滴り落ちる。

 

しかし殴られた騎士は村人でしかないエンリに不意を突かれたとはいえ、顔に一撃を貰ったことにプライドを傷付けられたためか、エンリを刀の柄で力任せに殴り倒した。

 

頬に衝撃を受けて倒れたエンリは痛む頬を押さえながら頭を起こすと、騎士の1人が自分の母親を押し倒して服を破り捨てていた。

 

 

「止めて!お母さんに酷いことをしないで!」

 

 

騎士が母親を凌辱しようとしているのを見てエンリは叫ぶが、先ほどの騎士と別の騎士に2人がかりで地面に押し倒され、スカートと下着を破られてしまう。

 

騎士達は母親と自分を凌辱してから殺す気なのだとエンリは悟り必死に暴れるが、力自慢の男相手では無力さをまざまざと実感させられるだけであった。

 

 

(……何でこうなっちゃったんだろう……私達、何もしてないのに……お父さんもお母さんも、悪くないのに……)

 

 

エンリは己の不幸を嘆きながらも、もし神が居るならせめてネムだけは生き延びさせてほしいと思った。

 

そして騎士の凌辱が早く終わって、死ねることを祈りがなら瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

しかし、いつまで経ってもこの年まで守り通した貞操を奪われる痛みも、自身の身体をグチャグチャに凌辱される不快感も襲ってこない。

 

もはや抗うのは無意味と諦めていたエンリが騎士達は何をしているのかと目を開ければ、そこにはエンリから離れていくように後ずさる騎士の姿があった。

 

 

「なんだ、あれ……」

 

「し、知るか……!」

 

 

騎士はエンリ……ではなく、その背後を見て怯えているようだ。目の前の騎士を怯えさせる程の存在とは一体何か?

 

この状況下において、エンリは騎士に襲われ凌辱されそうになった悪夢のような状況に、諦観から来る一種の鎮静した精神状態に陥っていた。

 

簡単に言えば死を間近に感じて恐怖諸々一切合切を感じなくなっていたのだ。

 

ゆえに普段のエンリならば騎士が恐れるものが自分の背後に居ると理解した時点で、振り返ることなく妹と母親を連れて逃げ出していた筈だ。

 

ゆっくりと背後を振り返るエンリ。

 

そしてエンリの視線が向けられた先……そこには大きさが数mはあるだろう黒い何かが、まるでキャンバスに描かれた風景の真ん中だけを塗り潰したような形で蠢いていた。

 

そこからズルリと音を立てて抜け出してきたのは────

 

 

 

 

 

豪奢な漆黒のローブをまとい、左手には幾つもの蛇の彫刻がルビー・サファイア・エメラルド等といった色合いの磨き抜かれた宝玉をくわえた金色に輝く大きな杖。

 

そして惜し気もなく開かれたローブの胸元からは、エンリから見ても美術品と見紛うほどに均整の取れた豊かな乳白色の果実が2つ、"タユン"と揺れた。

 

そしてフードに包まれた顔は、無駄な肉が一切付いていない引き締まった出で立ちであり、幼い頃から農作業で日に焼かれてくすんだエンリの髪とは天と地ほどの差があるフワリとした金髪。

 

そしてそこから覗くエメラルドグリーンの宝石を彷彿とさせるパッチリと開いた2つの瞳は、凛然とした力強さを秘めた眼差しでエンリを犯そうとした騎士を睨み付けている。

 

(……よくよく見れば顔は羞恥のあまり火災でも起こしそうなくらい朱が指しており、それに耐えるように目元の端に雫を浮かべつつプルプルと震えているのだが、エンリにはそう見えていた)

 

 

『離れていなさい』

 

 

少女の口からはおおよそ少女のものとは思えない威厳に満ちた重厚な声が紡がれる。

 

すると騎士達は最初こそ得体の知れない黒い空間に怯えたものの、中から現れたその少女を見ると落ち着きを取り戻した。

 

 

「驚かせやがって、女かよ。おい、魔法詠唱者(マジックキャスター)みたいだが、俺達は作戦行動中なんだ。さっさと……」

 

「馬鹿かお前、あんな上玉の女を逃がす気かよ!どうせベーリュースの野郎がお楽しみの間、俺らに回される女なんてねぇんだ!だったらこの女で楽しまなきゃ損だろ!」

 

「……確かにな。女、悪いがさっきのは取り消しだ。俺らの作戦行動が終わるまで、付き合って貰うぜ。なに、抵抗しなけりゃ命は助けてやるよ」

 

 

騎士の片割れは目の前に現れたのが少女だと分かった瞬間から、己の欲望を満たす道具にすると決めていたらしく、仲間の言葉を遮って捲し立てる。

 

その言葉を受けて最初は少女を見逃そうとした騎士も考えを変えたらしい。

 

そして騎士は少女に警告をしながら剣を握っていないほうの手で少女に触れようとした。

 

だが最初に行動を起こしていたのは目の前のローブの少女であった。

 

突如として少女はビクン!と震えたかと思うと、僅かに恍惚とした表情を浮かべながら胸元を前に突き出す───そして次の瞬間、少女の身体から黒と蒼が入り交じったおぞましいオーラがその少女から吹き荒れる。

 

そしてズルリと音を立てて少女の身体から、先ほど少女が着ていたローブと杖で身を固めた、2mはあろうかというアンデッドが抜け出してきた。

 

 

「なっ!?」

 

 

騎士は慌てて少女から抜け出してきたアンデッドと距離を取ろうとしたが、それよりも早くアンデッドの皮膚も筋肉も無い骨の手が騎士の頭をわし掴み、持ち上げる。

 

そのまま、騎士が何かを言う前にアンデッドはわし掴みにした手をゆっくりと握り込んでいく。

 

メキメキと音を立てて騎士の被るバレル・ヘルムが握り潰されていき、中からくぐもった声で騎士が絶叫を響かせるが、アンデッドは容赦なく最期まで手を握りしめた。

 

バレル・ヘルムのスリットや首もとから血が噴き出すと、アンデッドは手を離した。ドシャリと音を立てて騎士は地面に落ちるが、もはや原型を留めないほどに握り潰されたバレル・ヘルムを見れば、騎士が死んだのは明白だ。

 

先ほど少女を逃がさず楽しもうと仲間に言っていた騎士は悲鳴を上げて尻餅を着くが、アンデッドは彼には見向きもせず今度はエンリの母親に覆い被さっていた騎士に歩みを進める。

 

その騎士はエンリの母親の髪を掴んで無理矢理起こすと、腰から剣を抜いてその首に押し付けた。

 

 

「く、来るなアンデッド!来たらこの女を……!」

 

 

しかし騎士の脅しを受けてもアンデッドは躊躇うことなく歩みを進め、片手を持ち上げると、一言だけ唱える。

 

 

『<心臓掌握(グラスプ・ハート)>』

 

 

アンデッドの呪文に呼応してその手に現れたのは、赤々とした脈打つ心臓。それを見ていた騎士の目の前でアンデッドはまるでトマトを握り締めるように心臓を潰した。

騎士は剣を取り落とすと、潰されたカエルのような鈍い呻き声を出して、後ろへと倒れ込んだ。

 

エンリはそこまで来て、自分らが助けられたのだと気付いた。そして騎士に殺されそうになっていた母親へと駆け寄る。

 

 

「お母さん!大丈夫?」

 

「大丈夫よエンリ、私は無事よ」

 

「お母さん、お姉ちゃん!」

 

 

そこに妹のネムも泣きながら寄ってきた。少なくとも母親も妹も無事だと分かると、諦めから感情が消えていたエンリに、ドっと涙と恐怖が押し寄せてきた。

 

 

だから泣いた。

 

 

母親とネムを抱き締めて、あらんかぎりの声で恐怖に泣き、そして家族の無事を喜んだ。

 

『ふむ……母子ともに助かったようで何よりだ。さて、母親と君は怪我をしているな。これを飲みたまえ、治癒の薬だ』

 

 

 

ひとしきり泣いて落ち着いたエンリ達に、先ほど自分達を救ってくれたアンデッドがそう言いながら近寄ってくる。

 

手には赤い液体が入った見事な細工の小瓶を2つ持っており、『さあ、飲みたまえ』と言って自分達に渡してきた。

 

しかし赤い薬を前にして、それを血だと思ってしまう。あとは勢いのまま、飲むから妹と母親を見逃してくれと恩人に叫んでしまった。

 

 

「貴様、我が主(マイ・ロード)に不敬な!その首叩き落とすぞ!」

 

その瞬間背後から凄まじい殺気と共に怒声が響き、首を竦めてしまう。

 

誰かと恐る恐る振り返ればいつの間に自分の背後に居たのか、装飾が幾つも着いた黒い服とズボン、磨き抜かれたブーツを履き、同じく黒い広角の三角帽を被った人が、腰に差したサーベルに手を掛けていた。

 

 

『ま、待て!物事には順序という物がある!武器を抜く必要は無い!』

 

「はっ、申し訳ございません我が主(マイ・ロード)。出過ぎた真似を致しました」

 

 

だがそれを見た目の前のアンデッドが止める。そして先ほどの小瓶を見せながら「これは毒や危険なものではない。ちゃんとした治癒の薬だ」と説明をしてくれた。

 

しかしいざ受け取ったものの、つい「もしかしたら」という不安からお母さんに眼を向けてしまった。するとお母さんが「恩人の好意を無にするのは失礼だ」と言って、薬を飲み干してしまう。するとその途端、お母さんの顔や腕にあった傷がまるで何事も無かったかのように綺麗に治ってしまったのだ。

 

自分もそれを見て覚悟を決めて薬を一気に飲み干すと、騎士に殴られた部分の痛みが嘘のように消えてしまった。何度か触ったり叩いたりするが、痛みは全くない。

 

信じられない光景にしばし唖然とするが、ようやく理性が現実に追い付くとまずは恩人である者に礼を言わねばと顔を向ける。

 

だが恩人のアンデッドと黒服の人が何かを話し合っていたので、話が終わるまでとりあえず待つことにした。

 

 

『どうした?……は無事か?ああ、なるほど……を知らせに……』

 

「はっ、その通りで御座います……は無事です。現在……このまま…現在…それでそこの騎士は……」

 

『そうだな……騎士は……しろ……必要はない』

 

 

そして一通り話し終えたのか、恩人のアンデッドはチラリと先ほど殺した2人目の騎士の死体に目を向けて何かを呟き出す。

 

その隣で黒服の人は背中に背負った物と似た、しかしそれよりも遥かに短く小さい鉄で出来た筒を取り出すと、カチカチと動かしてから生き残って放心していた騎士の頭目掛けて構えた。そして筒から何かが弾ける音と一緒に火花と煙が噴き出す。

 

騎士はその筒先から火花と煙が噴き出したと同時に兜が吹き飛んで、力が抜けたように地面にドウッと倒れて動かなくなった。

 

騎士は今の黒服の人によって殺されたのだろう。

 

その間、アンデッドはたった今死んだ騎士には目もくれず、何かを考えるように顎の骨に手を当てて呟いてから、片手を掲げる。

 

 

『<中位アンデッド作成・死の騎士(デス・ナイト)>』

 

 

アンデッドが呪文のような言葉を唱えると、2人目の騎士の死体の上に黒い靄のようなものが出現し、それがまとわりついていく。

 

すると先ほどまで死んでいた筈の騎士がまるで操り人形のようにガクガクとした動きで立ち上がり、口からドロリとした液体を吐き出した。

 

そして吐き出された液体は地面に落ちることなくジュルジュルと音を立てながら死体の身体をまんべんなく覆っていく。

 

直後、騎士の身体はメキメキと軋みを上げて膨れ上がり、体長はあっという間に2mを越える大きさへと変貌していく。手には巨大な剣と盾を構え、身体を覆う鎧の所々には血管のような赤い筋が通り絶えず脈動し、そして眼窩に覗く暗い穴には果てしない闇が広がっている。

 

余りの恐ろしさに、お礼を言おうとしていたのを忘れてしまい、とっさにお母さんの服にすがり付いてしまう。

 

 

『死の騎士(デス・ナイト)よ。村に向かい、ヘッセン銃士隊(ヘシアンズ)と共に騎士を倒せ』

 

 

"ゴアァァァァ!!"

 

 

命令を受けた騎士のアンデッドは凄まじい唸りを上げると、土煙を上げながら私達が暮らしている村の方角へと突き進んでいった。

 

 

『えー……盾になるモンスターが……いや、命令したの……だけどさ……まあ良いか……』

 

 

しかし何かが不満だったのか、召喚主であるアンデッドは村へと疾走していった騎士のアンデッドに対して何かぼやく。

 

そして目の前に居る恩人のアンデッド───私達親子を助けてくれた御方が私達の方へと改めて向き直ってくれた。

あの騎士のアンデッドを見てしまった恐怖がまだ残るが、震えを押さえながらまずお礼を述べた。

 

 

「わたくし達を助けて頂き、まことにありがとうございます。母と妹も、お陰で生き延びることが出来ました」

 

『気にするな。村が襲われていたから助けにきたまでだ。ところで、お前達は騎士に襲われた理由に心当たりはあるか?それともいきなり襲撃を受けたのか?』

 

「いえ……騎士に襲われる理由は全く心当たりはありません……強いて上げるとしたら、私達が王国民だからということぐらいですが、少なくとも私が知る限りでは今までこの付近まで帝国の騎士が侵攻してきた事はありませんでした」

 

『ふむ……話しに聞いたバハルス帝国か……だが確実とは言えないな……鎧兜を偽装で装備していた別の第3者という線も有り得る……ふむ、ひとまずそれは置いておこう』

 

 

その御方はそう言って話を一区切りすると、また幾つかの私達への質問の後、複数の呪文を唱えて飛び道具や攻撃魔法から身を守ってくれるという防御魔法を掛けてくれる。

 

また護身用だと言ってゴブリンを召喚出来るという角笛を私に渡して、更には先ほどの黒服の人を万が一に備えてと護衛につけてくれた。

 

一介の村人でしかない私達にわざわざこの御方は凄い価値を持つアイテムをくれ、身を守る術を与えてくれたことに、私は感動していた。

 

そして私とお母さん、妹で再度お礼を述べるとアインズ・ウール・ゴウン様は「問題無い。では私は村の様子を見に行く」と非常に謙虚になされていた。

 

改めて私はお母さんとネムを抱き締め、助かったことに安堵し、あの御方が居れば村もお父さんも救って下さると喜び合うのだった。

 

 

 

「ふふ……良いわよどうせ私なんか……いきなり連れてこられたと思ったら森の中で素っ裸で放置されて蚊帳の外……きっと私はそのうち<蒼の薔薇のリーダー>から<蒼の薔薇の痴女>って周りから認識されるのよ……」

 

 

 

とそこで、私はようやく一糸纏わぬ状態で地面に座り込み、ブツブツと壊れたように呟く女性に気付いた。

 

私は慌てて自分の上着を脱ぐと、その女性に掛けてあげる。

 

人目があるかもしれない所で上着を脱ぐなど少し女性としてみっともないかもしれないが、目の前の女性は裸だし、下に麻布のシャツを着ているから問題は無い。

そうして私は女性が落ち着くまでの間、お母さんとネムと一緒に代わる代わる事情を聞きながら励ますのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸いだったのは、カルネ村のエモット夫婦の娘であり長女であるエンリ・エモットは、機転が効く逞しい村娘であったことだろう。

 

少なくともアインズによってほぼ無理矢理に連れてこられたラキュースが森の中、裸体を晒しながら若干壊れかけていた原因は、間違いなくあのアインズ・ウール・ゴウンその人であった……。

 




次回でカルネ村を終わらせて次の話に移りたいです。早くアインズ様とラキュースのイチャコラや百合話交えながら進めたい……(じゃないと百合タグが詐欺になってしまう(-_-;))。


ちなみに皆さんがもし森で素っ裸放置されたラキュースを見つけたらどうするのか興味があったり無かったり……
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