Blue Lord   作:アインズ・ウール・ゴウン魔導王

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第8話

ガゼフ・ストロノーフはリ・エスティーゼ王国に仕える戦士であり、王国戦士団と呼ばれる部隊を国王より任されている男である。

 

元は王国領に住まう一介の農民であり、彼も他の農民同様に畑を耕し家畜を育て、いつかは年頃の村娘と結婚し子供をもうけて後継者とし、人生を生きていく筈だった。

 

しかし彼には、剣の才が秘められていた。村を訪れた吟遊詩人の謳う英雄譚を観て、両親が知る勇者の話を寝物語に聞き続けた彼はある日、剣を手にした。

 

農業の合間に木の枝をナイフで削って作った、不恰好な形の安っぽい木刀。

 

だが彼は嬉々として木刀を振り回し、物語の英雄になった気分で想像のモンスターと斬り結んだ。いつしか子供の英雄ごっこは、青年になる頃には国を守りたいという理想に、そして青年から男へと成長する頃には、理想は強靭な意志と剣の才に裏付けされた目的へと成長していた。それからは両親の許しを得て、村を出て武者修行の日々だ。

 

モンスターとの戦いで命を落としかけたことなどザラであり、油断から叩きのめされた経験だってある。

 

いつだったか白銀の鎧と兜ですっぽりと身体を纏った、赤いマントが目を引く騎士に慢心を指摘され、敗北した。

 

その凄まじいでは到底収まらない技術と不動の山の如き鋼のような胆力を垣間見せられた。

 

彼に弟子入りを懇願したが余裕が無いと断られた。代わりに「一度限りだが稽古を付けよう」と言われ、たった一度、たった一回の稽古だが、恐らく自分は愚か名を馳せた英雄ですら体験したことが無いような稽古を味わった。

 

だがそのお陰で、あの日から慢心を捨てられた。油断もなく、虚栄心も持とうとは思わなくなり、白銀の騎士が去り際に言った「誰かの為に振るう力は、時に自分の為だけに振るう力を凌駕する」という言葉を日々実感した。

 

技術の鋭さが増す中、遂には人々から英雄の領域に踏み込んだ数少ない人間だと言われるようになった。

 

 

 

しかし、光があれば影が差す。

 

 

 

このリ・エスティーゼ王国においては、貴族達はほとんどが揃ってガゼフという男を敵視していた。

 

貴族達は特権階級意識の高さ故に農民や平民を見下しており、そこからのし上がり国王の信頼する側近にまで至った英雄ガゼフという存在は彼らに敵意を抱かせるに十分であった。

 

しかもその英雄級の剣技や、ひたすらに実直で謙虚な性格ゆえガゼフは王国民や他国の人間からも尊敬されており、彼を貶す貴族達の評価は低いものになっていた。

 

そんな貴族達がガゼフを放置する筈もなく、彼らはついにとある裏取引によってガゼフを売り渡すことにした。

 

そして今、ガゼフは自らが率いる王国戦士団と共に馬を飛ばして村という村を駆け回っていた。

目的は最近王国の村を次々と襲っているというバハルス帝国の部隊の捕縛ないし排除である。

 

しかし野盗のような武装集団を相手にするならともかく、厳しい訓練を重ね魔法付加が施された装備を揃えているバハルス帝国の部隊を相手にするという任務において、陰謀を企てた貴族達はガゼフが王より託された"五宝物"と呼ばれる装備の持ち出しを禁じたのである。

 

曰く「帝国兵とはいえ、たかが村を襲う集団程度に王国の至宝を用いるなど侮辱である。しかも至宝を使わなければ勝てない程度の技量しかない人間が王の側近など不釣り合い」だとのこと。

 

そういった横槍もあり、ガゼフは通常の装備でこの任務に当たっていた。

ガゼフは内心で薄々、貴族派閥が何らかの策謀を張り巡らせて至宝の持ち出しを禁じたのだと気付いていた。

 

だからこそ、死地に踏み込むことになるかもしれない任務に部下を連れて行かなければならないのが、彼の良心を責める。

 

しかもここに辿り着くまでに既に襲われた幾つかの村の生き残りである人々を部下に命じて護送させて自分らは敵を追撃すべく先行していたために、初めは100人以上居た人員も減り続け、今は僅かに30人弱しか残っていない。

 

熟練した兵士がこれだけ減った状況で仮に敵が大部隊であった場合任務達成が不可能になり、救う者達を救えないかもしれないという予感に気が重くなる。

 

 

「戦士長、見えました!カルネ村です!」

 

 

そんな事を悶々と思考していたガゼフに副官が次の村が見えてきたと伝えてくれたため、直ぐに頭を切り替える。

 

前を見れば、うっすらと建物や櫓の輪郭が視界に入り込んでくる。見たところ、まだ村は襲われていないようである。

 

 

「戦士長、村は無事なようですが如何しますか?まだ他にも村はありますが……」

 

 

副官は無事であるカルネ村は通過して、他に襲われそうな村を目指すかと聞いてきている。

 

 

「副長!万が一の敵襲を考慮し、まずはカルネ村に向かう!全隊、駆け足!」

 

 

だがガゼフはカルネ村へ向かうと断言すると、他の兵に指示を出す。

 

それがガゼフ・ストロノーフという男だった。

 

彼は自分の手が届く限り救える者を救いたいと考え、困る者が居れば命を掛けてでも助けようとする───そんな人間であった。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

その頃、カルネ村では亡くなった村人の葬儀を終え、アインズが村長やラキュースを交えて報酬や村の今後の対策について話し合いを始めようとしていた。

 

森でエンリという村娘を助けたあと、アインズは村を救いに行く前にアンデッドであることを隠すため普段のローブに加えてガントレットとイベントで入手した"ガイ・フォークスの仮面《マスク・オブ・ガイ・フォークス》"という物を身に付けた。

(初めはクリスマスの日に一定時間ログインし続けることで強制的に入手させられる、モテない連中の血涙を代弁する"嫉妬マスク"で顔を隠そうとしたのだが、何故か何度やっても装備出来なかったため、別の仮面にしたのだ)。

 

それからヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》、死の騎士《デス・ナイト》と共に村を襲うバハルス帝国騎士を追い詰め、最終的に降伏に追い込むことが出来た。

 

そこで捕らえた生き残りの騎士の中で部隊の副官を務めているという男が居たので、彼から情報を得るべく尋問すると、アインズは「よりによってスレイン法国か……」となった。

 

彼らはバハルス帝国の騎士等ではなく、南のスレイン法国の偽装工作員だと身分を明かしたのだ。

 

目的はリ・エスティーゼ王国の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺。

 

彼ら偽装工作員が王国の村を襲い被害を増やし、王国戦士長たるガゼフを誘き出す。

誘き出した後は村を次々と襲って回ることで彼らを休む間もなく追うガゼフらを疲弊させ、最終的に偽装工作員に追い付く頃合いに、待機している法国の特殊部隊が強襲しガゼフを殺害して王国の力を削ぐ。

 

だがそれ以上の情報をロンデスは持ち合わせてはいなかった。彼は作戦に関わるもののあくまでも末端の工作員として、必要以上の情報を与えられていなかったからだ。

 

アインズは結局王国戦士長暗殺によるスレイン法国が望むメリットや、具体的な陰謀に加担した者、自身に脅威になりそうなスレイン法国の人物といった一番欲しかった情報は得られず、今後の敵の出方を掴めないまま不安を残しつつも、村の進退も急務と捉えて村長らと話し合いに臨んでいた。

 

なおエンリを含めたアインズの正体を既に知る彼女達には、事前に<記憶操作《コントロール・アムネジア》>を掛けることで、アンデッドの姿の記憶を仮面で正体を隠したアインズの姿に入れ換える事で事なきを得た。

 

もっとも<記憶操作《コントロール・アムネジア》>は記憶の微細な調整が難しい上に膨大な魔力を消費してしまうという欠点が浮き彫りになったので、アインズはこの魔法の練習と魔力消費の対策を心の"重要課題項目"一覧に載せたのであった。

 

 

『さて、では始めましょうか』

 

「はい、ですがその前にまず、お礼を申し上げさせてください。本当にありがとうございます。あなた様が来てくださらなければ、村は破壊され、皆殺しにされていたことでしょう」

 

 

村長と村長の妻は深々と頭を下げながら丁寧にお礼をアインズに述べる。

 

 

『いえいえ、礼は大丈夫です。頭を上げて下さい』

 

「いえ!本当に感謝しております!その恩人への礼を蔑ろにしては、我々は自分が許せません!」

 

『あ……はい。んん!さて、村長もお忙しいでしょうから、話を進めていきましょう』

 

 

しかしそれを大丈夫だと言うアインズに、村長夫妻は更に頭を下げるという繰り返しになってしまい、このままでは話が始まらないと思ったアインズが少し強引に区切りをつけた。

 

 

『では報酬についてですが……』

 

 

アインズは村を救うにあたり、報酬を受け取るつもりはなかった。だがその旨をラキュースに伝えると、彼女から僅かでも報酬か報酬に当たる物を要求したほうが良いと言われたのだ。

 

アインズは日本人としての性か、自分の都合で助けた───しかも災難に巻き込まれたばかりの相手に報酬を要求するのは気が引けたが、ラキュース曰く「何も求めないと逆に信用されくなってしまう」らしい。

 

 

「ゴウン様と配下の方々様には皆感謝しております。ですので、村から集められる最大限のお支払いとして、銅貨3000枚程になると思われます」

 

(それって高いのか、低いのか?)

 

 

アインズは村長の言う銅貨3000枚という数が価値にして高いか低いかが分からず、沈黙してしまう。ユグドラシルでは資金管理のシンプル化の為に金貨しか実装されていなかったし、アインズは貨幣価値に詳しい専門家でもなかった。

 

だがアインズの沈黙を不満と捉えたのか、村長が慌てて弁明を始める。

 

 

「も、申し訳ございません!ゴウン様や配下様程の方となれば報酬としては微々たる額だということは承知しております!かの蒼の薔薇のお知り合いともなれば破格の報酬が必要とも理解しております!しかし今の村にはこれが精一杯の額でして、これ以上を一度にお支払いするとなれば村を維持するのが困難なのです!」

 

 

アインズが止める間もなく、村長は村を救ってくれた恩人の機嫌を損ねないよう、しかし村の維持が出来なくなるような事態を避けようと必死に頭を下げる。

 

 

「救われた身ながら勝手なお願いではありますが、これから先もゴウン様に報酬をお支払いして行きますので、分割という形でお願い致したいのです!」

 

 

トントン拍子に話がおかしな方向に進んでいることにアインズはどうしようかと必死に頭を捻る。

 

もともと報酬をせびる気はなかったので、適度な安い報酬で話を終わらせてそのまま村の復興や今後についての話に移るつもりだったのだが、この世界の通貨の具体的な価値を知らずラキュース達にも聞いていなかったアインズは村長から提示された額に沈黙してしまった。

 

銅貨3000枚という額が村にとって大金ならもっと少なくて良いと言えばいいし、村にとって大した支出でないならそれを受け取って終わりにする───だがいざそう言おうとした時、村長はアインズの沈黙を悪い意味に捉えてしまい、矢継ぎ早に弁解を始めてしまったのだ。

 

このままでは自分は義心ゆえに村を救った者から、村を救った事実を盾に金をむしり取る悪漢になってしまう。

 

だがそこで、ラキュースが困るアインズに助け船を出してくれた。

 

 

「村長、落ち着いて下さい。実は彼は報酬を必ず求めているという訳ではないのです」

 

「そ……それは一体?」

 

 

ラキュースの言葉に村長は落ち着きを取り戻し、"報酬を求めていない"という意味を問う。

 

するとラキュースがアインズに一瞬だがアイコンタクトを送ってきた。

それを見てアインズはラキュースの「落ち着かせたから、後はアインズさんがよろしく」という目配せだと気付く。

 

『村長、この際だから明かしますが、私はあくまでもこの村を救おうと来ただけなのです。報酬を求めたのはこの国の一般的なやり取りであると旅の途中で聞き及んだだけでして、法外な報酬を提示して村を苦しめたりするつもりはありません。私の配下に関しても報酬を無理にお支払いして頂く必要はありません』

 

「な……なんと、そのような……」

 

 

村長はアインズの真摯な言葉に嘘が含まれていないと理解すると同時に、驚愕する。

 

これだけの力と、国家に匹敵するだけの武力を備えた配下を引き連れている者が義心から村を救い、対価を求めて救った訳ではないという。

 

村長はリ・エスティーゼ王国という国に住まい、王に忠を誓っていた。

 

しかし忠を誓うのははっきりいって形式的なもの───残念ながら村長のみならず、リ・エスティーゼ王国の民の中には王という存在に過大な期待をしていなかった。

 

当然だ。かたや隣国の指導者は自分に逆らう貴族や商人に血生臭い粛清を行ったものの、それらは民の生活を向上させるきっかけでもあった。事実隣国は民を徴兵せずとも精強な騎士団を多く備え、税や義務も民の許容範囲に抑えている。

 

村長は村を纏める長として、常々王国の徴兵を快く思ってなかった。

 

徴兵されるのは働き盛りの男や青年だ。彼らが居なければ畑仕事も薬草採取も牧畜ですらままならない。

 

しかも徴兵されるのは決まって隣国───バハルス帝国と毎年戦を行う時だけだ。

 

すなわち死ぬか負傷が決まった徴兵。今までも多くの男や青年が駆り出されたが、無傷で生きて戻ってきた者より、二度と農業に従事出来ないような身体になって戻ってきた者が多い。

 

一番多いのは僅かばかりの見舞金が包まれた死亡通知書だ。死体はおろか遺品すら戻ることは希だ。

 

そんな長年の積み重なった不満や憤りもあったかもしれないが、少なくとも村長には、目の前のアインズという魔法詠唱者《マジックキャスター》に誠の王の風格というものを見たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、報酬に関するやり取りを終えた後の村長との話し合いはとりあえずのところ、村では資産や食糧の備蓄は問題無いが、一番の問題は労働力だと言われた。

 

先の襲撃でカルネ村の人間の約半数が殺されてしまったのだ。しかも運の悪いことに働き盛りの若者や年頃の女性が多く含まれており、村長はこれから来る収穫時期や兵役期間に酷く不安を感じていた。

 

 

『ではこのまま村を維持するのは難しいと?』

 

「はい……労働に携わる人間を半分も失っては、例え凌いだとしても数年が限界です……」

 

 

アインズは村長の言葉に考え込む。確かに騎士から村を救いはしたが、やはり失った人間の穴というのは簡単に埋められる物ではないのだ。

 

鈴木悟として企業に勤めていた頃も、同僚が命を落としたりして人員不足になった時、彼らの穴を自分らが必死に残業や作業効率上昇に試行錯誤して埋めていた記憶がある。

 

そして穴埋めの人間を確保出来たとしても馴染むには時間が掛かるし、仮に犯罪者が流入して村でやらかしたなんてことになったら目も当てられない。

 

そこでアインズは、ふと自分が持つ蘇生アイテムを思い出した。

 

蘇生の短杖《ワンド・オブ・リザレクション》等を使えば死んだ村人を生き返らせる事が出来る。それにこれはユグドラシルではかなりの低価値のアイテムであったため、無限の背負い袋《インフィニティ・ハバサック》にもかなりの量が収納されている。

 

だが村長にそれを言おうとしたところで、アインズはとある考えが頭に浮かび、口を閉じた。

 

隣のラキュースはアインズのその行動に何か違和感を感じたらしく、アインズを見つめている。

 

アインズは蘇生の短杖《ワンド・オブ・リザレクション》を使わない代わりに、代替案を村長に提示した。

 

 

『村長、労働力に関してですが、私の配下であるヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》をこの村に常駐させようと思います。必要であればお使い頂ければと……』

 

「よろしいのですか!?あ、いえ、ゴウン様のご厚意を疑ってはいませんが……」

 

『構いません。ですが彼らは農家《ファーマー》のスキル……経験といった物が無いため作物の育成等は不得手ですので、畑を耕したり狩りや村の防衛といった仕事が主になると思われますが……』

 

「いえいえ!それだけでも大変有難い!ありがとうございますゴウン様!これで当分は村を維持することが出来ます!」

 

 

 

 

こうして村長との対談を終えたアインズはまだ村長と話す事があるというラキュースを残し、村長宅を後にする。まずは自身が召喚したヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》に、この村に駐屯して村人らの生活や安全を守って欲しいという指示を伝えなければならない。

 

そして今のアインズにとって、最も重要な案件に対する決も出さなければならない。

 

新たな守りたい者と出会い、その者達もアインズという異形の者を受け入れてくれた。

だがこの世界には、そんな優しい者達を呑み込みかねない策略と陰謀が渦巻いている。

 

 

 

彼女達─────

 

 

 

"蒼の薔薇"をアインズは守りたい。己の愛したギルドの名前にかけて、どんな手段を用いようとも……。

 

しかしアインズは、鈴木悟として誓った筈だ……「決してただ人の人生を踏みにじるアンデッドにだけはならない」と……。

 

例え策略や陰謀を張り巡らし、他者を陥れる悪党であっても、彼らにも人生があり家族が居て、大切な物がある。

 

それを守りたい者が居るからと、片端から害虫を駆除するように始末してしまうのは許されないのでは無いだろうか?

 

中々出ない結論に思考を続けるアインズだったが、そこに遠くから声が聞こえてきた。

 

 

「……ィンズ様!アインズ様!」

 

 

声の主は、アインズが森で救った姉妹の姉であるエンリ・エモットであった。何事かとアインズは新たなトラブルかと予測したが、彼女は額に汗を浮かべながらアインズの前まで走ってくると、トラブルの報告ではなく、頭を下げて家族を救ってくれたことへのお礼を言い始めた。

 

彼女と妹、母親はアインズに森で救われ、父親もまたアインズが村に送り込んだヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》にギリギリの所で命を救われたとの事である。

 

おかげで家族を失うことなく、こうして一緒に居られるのはアインズのおかげだと彼女は何度も頭を下げてお礼を続ける。

 

そんなエンリに大丈夫だと言うアインズの堂々巡りが少し続いた後、アインズは自分の心では出せない問題を、少しばかりエンリに聞いてみた。

 

 

「……私は人を踏みにじりたいと思ったことはありません。ですが、もし私に力があって、もし家族に害を為そうとする人が居るなら、多分私は躊躇いながらもその人を殺します。今までは人殺しなんて許されないと思ってました。でも今回の一件でそう思ったんです……妹───ネムは今まで我が儘だけど自由奔放で活発な妹でした。でも襲撃を受けて、すっかり大人しくなっちゃったんです。さっきも無くなった人のお墓を掘っていましたけど、昔のネムなら親しい人が亡くなった時はワンワン泣いてました。でも、今は泣くことなく口をきつく結んで掘っていたんです……」

 

 

家族を守るためなら人殺しもするだろうと最初に述べたエンリの口からは、あの襲撃で昔と変わってしまった妹のことが次々と出てくる。

 

 

「あれは決して襲撃直後だから自分を抑えてるとかではありません。ネムはきっと、自分が我が儘だったから罰を受けたのだと考えてしまったんです。だからこれからは我が儘を言わず、大人しく暮らさなきゃと妹は考えているんです。私は例え家族が助かっても、妹をそんな風にしてしまったあの騎士を許せません……だから私は、私に力があるなら、私が守りたい者に手を出そうとする人を殺すでしょう……」

 

「ありがとう、エンリ。君のおかげで私も心を決めたよ」

「はい。私でお役に立てたのなら嬉しいです。ではこれで失礼します、アインズ様」

 

「ああ、それでは」

 

 

そうしてアインズがエンリと言葉を交わし終えたところで、丁度村長との話を終えたラキュースが村長宅から出て来ると、アインズを見つけて寄ってくる。

 

それを見ながらアインズは今一度、己の選んだ道に進むための覚悟を決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

…………………

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズさん、さっき何かを村長に言おうとしてなかったかしら?」

 

 

村長との対話が終わり、瓦礫のひとつに腰掛けて村人とヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》が村の復興をしているのを眺めるアインズに、ラキュースがそう言う。

 

服はアインズと一体化したことでいつぞやの寝間着のように消失したため、助けた村娘のエンリから借りた農民の普段着を着ているが、胸元の布地がきつく張って自己主張している。

 

ラキュースの問いに、アインズは先ほど村長との対談の際の内心を明かした。

 

そして何故そうしないのかといぶかしむラキュースに、少し冷徹ではあるが必要な事だと告げた。

 

 

『アインドラ嬢、私はパン1つで万人の腹を満たす奇跡を行える聖人ではない。そして私が持つ蘇生アイテムも有限だ。使い所は選びたい』

 

「アインズさん、それって……」

 

『そうだ。有限故に救える人数には限りがあり、仮に全てを使い救ったとしても、その後も死ぬ人間は出てくる。その時、救いを享受出来なかった人間の家族や親しい者は"何故"と言うだろう……私にその矛先が向くだけならば良いが、間違いなく救いを享受した人間にも向く……後は言わずもがなだ(まぁ、一番はこういったアイテムは基本的に蒼の薔薇のために温存したいからだが……)』

 

「そうね……全てを救うなんて驕りだったわ」

 

『そうだな……私とて凄まじい力を持つだけの存在だ。私の仲間が居たならば違うだろうが、私だけではまず無理だ。だからこそ私は人を救いはするつもりだが、矢鱈滅多に生き返らせるつもりはない……彼らは生きて死んでいった……それで終わりだ』

 

「もっと私に力があったら……ってのは駄目ね。簡単に命の生き死にを左右するなんて、人間が持つには分不相応だわ」

 

『おい、それは私への当て付けか?』

 

「あら、どうかしら?冒険者として国家の争いに関われない私を事情も聞かずに連れ出して森に裸で放置した神様にはもっと当て付けしたいのだけど」

 

『ぐむっ……』

 

「気付いてくれたのがエンリちゃん達で良かったわ。上着も貸してくれたしね。ほんと彼女達が口止めに応じてくれなかったら、危うく"蒼の薔薇のリーダーは露出狂の痴女"って噂が広まって実家からも絶縁されるところだったわ」

 

『………』

 

 

いつの間にか村人の蘇生云々からアインズの失態に話が推移しているのだが、正論を言われてぐうの音も出ないアインズは言葉に詰まってしまう。

 

確かに常識的に考えれば、他人の事情を考慮せず自分勝手に振り回し、放置して自分の目的達成に走ってしまうなど、社会人以前に一般人として許されないことだ。

 

アインズ自身村を救うために急いでいたとはいえ自分の身勝手な行動に後々気付き、反省から始まって自己嫌悪していた。

 

だが被害者の口から直々に言われるとアインズの心は更にザクザクと切り刻まれる。

 

すっかり意気消沈してしまった背中が煤けているアインズを見ていて、ラキュースは「仕返し成功」とペロリと舌を出していた。

 

ラキュースはこざっぱりした性格だ。まず基本的にこういった誰かの失態をネチネチと責めたりはしないし、当人が反省しているなら取り返しのつかない間違いでも無い限り許す。

 

だが森に裸で放置されたのは、流石のラキュースでも二言三言は意趣返ししたくなる仕打ちだった。

 

ただそろそろアインズが本格的に立ち直れなくなりそうな感じがしてきたので、ラキュースは話題を切り替える。

 

 

「ところでアインズさん、私が身に付けていた装備一式が貴方との同化で消えてしまったのだけど、どうすれば良いかしら?」

 

『あっ……』

 

 

 

ラキュースに言われて、そろそろ精神的に地に還りそうになっていたアインズは思考を取り戻す。

 

 

そうである。

 

 

アインズがこの世界に飛ばされ、ラキュースと同化してしまった際、ラキュースの着ていた寝間着が消失してしまったのである。

 

そして数時間前、アインズが突然王都に強制的に戻されて、冒険者組合に居たラキュースと同化したことで彼女が身に付けていた"無垢なる白雪《ヴァージン・スノー》"を始めとした装備一式が消失してしまったのだ。

 

勿論魔剣キリネイラムも消失済みである。

 

当然ながらこのままではラキュースは冒険者稼業に戻るのは難しい。いや、彼女の実力はこの世界の水準なら文句無しに強者に位置付けられるのだが、それでも装備を全て失逸したというのは打撃である。

 

魔剣キリネイラム以外にも、遠距離操作による浮遊する剣群《フローティング・ソーズ》や、処女のみが着用出来る純潔を顕す無垢なる白雪《ヴァージン・スノー》といった装備が英雄級の彼女の力を増させていたからだ。

 

アインズからすればスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを始めとした神器級《ゴッズ》装備を失うに等しい。

 

 

『……そうだった……すっかり忘れていた……』

 

「ちょっとアインズさん……どうするのこれ?私の持ち物が全部消えた上に、伝説の魔剣まで失ったのだけれど……」

 

 

アインズからすれば無垢なる白雪《ヴァージン・スノー》も浮遊する剣群《フローティング・ソーズ》も下位の武具であり、魔剣キリネイラムも威力はそこそこあるがこれといった特殊効果を持たない大剣だ。

 

しかしユグドラシルで重度のアイテム・コレクターであったアインズは、装備というものが性能だけで決める物ではないと理解していた。

 

そこには理想があり、ロマンがあり、夢がある。だからプレイヤーの中には見た目やロマン重視で性能や効果を二の次にした装備で固めた者もいれば、思い入れ等の装備をぶら下げ続けていた者もいた。

 

アインズ自身、そうしたロマンや夢を持って己が召喚してカルネ村に駐屯させることにしたヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の装備を初期装備のままにしていたのだ(ユグドラシルでもマスケット銃にシンプルな片手剣という装備が服装にマッチしていると感じたプレイヤーは、基本的に連射よりも威力重視のマスケット銃や手数重視の片手剣を装備させるのが普通だった)。

 

それにあれらはユグドラシルでは下位であっても、この世界では破格の性能に分類される装備であり、また命を懸けて冒険者稼業をしてきたラキュースには自分の人生を語る思い入れのある品だ。

 

それを不可抗力とはいえ彼女の手から失わせてしまったアインズは、どうせ「低い性能だから」なんて暴言は決して言わない。

 

むしろ狼狽えながらも、どうにか彼女に償おうと考えつつ、無限の背負い袋《インフィニティ・ハバサック》を漁り出していた。

 

 

『うぅむ……どうするか……しばし待ってくれアインドラ嬢。確か私の持ち物の中に伝説級《レジェンド》装備を幾つか放り込んで居た気がする。いや、君の思い入れのある品には劣るかもしれないが……』

 

 

だがアインズが何とかしようと代替品を探ろうとした時、向こうから村長が慌てて駆けよって来た。

 

慌てぶりを見るにかなり緊急の要件と見え、アインズはラキュースへの償いを込めた装備の見繕いを一旦中断して何事かと聞けば、村長曰く「武装して騎乗した集団がこの村に近付いてきている」との事だった。

 

 

『分かりました。万が一に備え、村の方々を倉庫に移動させて下さい。私は配下と共にその武装集団を迎えます。もし何かあれば彼らを何人か送りますので、直ぐに村から脱出をお願いします』

 

「は、はい。ゴウン様、どうかお気をつけて」

 

 

村長がそう言い離れていくのを見てから、アインズは隣にいるラキュースに告げた。

 

 

『アインドラ嬢、相手はもしかしたら法国の工作員が言っていた特殊部隊かもしれない。今の君は丸腰だし、代わりの装備を見繕う時間も無いので、本当に済まないが今は村人と共に隠れていてくれ』

 

「分かったわアインズさん。本当は私も戦うと言いたい所だけれど、肝心の装備が無いのでは足手纏いになるわね……装備はとても残念だけれど、永久の存在とて……じゃなくて物は物だから一応覚悟はしていたわ」

 

 

だから必ず後で良い装備を見繕ってね。

 

 

ラキュースはそう言うと、村人らと共に倉庫へと向かっていく。

 

そんなラキュースに、アインズは尊敬の眼差しを送っていた。こざっぱりした性格で必要以上に相手を責めず、気持ちを切り替えて生きていく。

 

そんな真っ直ぐな生き方をするラキュースに、アインズは羨ましさを感じて、また惚れてもいた。

 

故にアインズは、必ずラキュースに良い装備を渡そうと心に決めるのだった。

 

もっともラキュースはアインズから顔を背けて倉庫へと向かう間、己が理想を詰め込んだ厨二……ロマン装備の消失に膨雫の涙を流していた。

 

実際のところ夢が溢れる彼女だからこそ、装備を性能よりもロマンと理想重視で選んだと自覚していたりする。魔剣キリネイラムにも闇の力やら秘められた悪夢なんて存在しないと理解していた。

 

ただ漆黒の刃の中に色濃く練り込まれた蒼さと闇夜に輝く星のような装飾に見惚れて、その剣を愛剣として今日まで用いて、秘技も名付けたのだ。

 

しかし意味も無く指に着けたアーマーリングや、鎧に巻き付けた蒼薔薇を飾り付けた銀の蕀の蔦、そして魔剣キリネイラムは不可抗力の末、どこかへと旅立ってしまった。

 

それだけが、ラキュースに涙を流させていた……。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

 

アインズが死の騎士《デス・ナイト》、ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》を木々の影や近場の民家に潜ませた上で出迎えたのは武装に統一性を持たない、各自なりのアレンジやカスタムを施した騎兵の集団であった。

 

良く言えば戦いを生き延びる中で自分に合った装備を纏う歴戦の戦士集団、悪く言えば統一性の見栄えや品を考えていない武装の纏まりが無い傭兵集団だ。

 

しかし鎧に刻印された紋章は、アインズがラキュースから教えられたリ・エスティーゼ王国のものであった。

 

彼らがリ・エスティーゼ王国の装備をした野盗や件の法国の特殊部隊という可能性もあるが、前者ならばさっさと襲ってきてる筈であり、後者ならば暗殺対象の王国戦士長が来ていない村に姿を表す筈が無い。

 

しかし万が一ということもある。アインズはいつでも隠れている彼らに命じて攻撃をさせられるように、合図の準備をする。

 

そんな中、騎兵集団の中から1人他の者よりも体格の良い、切り揃えた顎髭を生やした男が進み出てきた。

 

 

「私は、リ・エスティーゼ王国王国戦士団戦士長、ガゼフ・ストロノーフである!現在我々はこの一帯を荒らし回るバハルス帝国の部隊を追っているが、村の指導者はいるか?」

 

王国戦士団───ラキュースから聞かされた、リ・エスティーゼ王国の王ランポッサⅢ世の側に仕える王国戦士長が率いる精鋭部隊である。

 

しかし、まだ本人と決まった訳ではない。

 

 

『初めまして、王国戦士長殿、私はアインズ・ウール・ゴウンと申します。実はこの村が襲われているところに遭遇しまして、流石に見過ごせぬので村を襲っていた者達を制圧しました』

 

「……!それは誠か?」

 

『はい。ですが予想外に敵は抗戦の意志が強く、村の被害を抑えるために私も捕縛より撃滅を優先したため半数以上が死んだので、生き残りは10人にも満たないですがね』

 

 

 

これは嘘だ。

 

法国の工作部隊は死の騎士《デス・ナイト》が現れたあと、勝ち目無しと見て降伏しようとしていた。

 

しかしアインズはそれを銃士隊の1人からの伝言《メッセージ》で知りながらもスレイン法国の偽装騎士達がヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》と死の騎士《デス・ナイト》に包囲させ、他の騎士よりも装飾が付いた鎧の男を見せしめに死の騎士《デス・ナイト》に命じて狙わせた。

 

そして法国の工作部隊は死の騎士《デス・ナイト》にリーダーが殺されるのを見るや、完全に心が折れたために武器を捨て跪ついて許しを乞いだした。

 

後はヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》に命じて敵を捕らえ、件のロンデスという副隊長から情報を引き出したのである。

 

 

(なおリーダーことベーリュースの死に様は、死の騎士に殺されてゾンビになった味方に足を掴まれてビビって尻餅をついたところに死の騎士にフランベルジュを腹に突き立てられ、鋸を引くようにギコギコと日曜大工の木材代わり)

 

只でさえ戦意が潰れていたところに、人間が生きたまま身体を徐々に切断されていく苦痛に絶叫しながら死んでいくという光景を見せられては、抵抗どころか撤退する気力は残らなかったのである。また、村を襲った連中の生き残りはアインズの述べた人数とは違い、実際には10人以上居た。

 

戦士長に対して嘘を吐いた理由……それはアインズが、雲行きが怪しくなってきた国家間の謀略に対しての"備え"の必要性を感じていたからだ。

 

それは友好を結んだ蒼の薔薇の彼女達を守るためである。

 

鈴木悟という存在は、非常に我が儘だ。物心つく前から父を失い、目の前で命を落とした母を見てしまったが為に、その我が儘は人一倍強い。

 

そしてそれは、異形の精神の具現化とも言えるアンデッドとなったことでより強く、より固い執念にも似た意志に変貌していた。蒼の薔薇の前で見せた人化の指輪《リング・オブ・ヒューマン》で肉体と人間の心を一時期に取り戻したアインズだったが、それ以上にこの異世界にてアインズの身体となった異形の持つ心がエンリとのやり取りを経て、その人間の心で誓った『決してただ人の人生を踏みにじるアンデッドにだけはならない』という意志を嘲笑うかのように上回ったのである。

 

猛執的に守りたいと思ったものを命を掛けてでも守ろうとする死の支配者アインズは、その偽装騎士達に家族が居ようがどんな人生を歩んできたかなど考えもせず、ただただ邪魔なだけの蟲けら(敵)への情けよりも味方の命と安全を優先したのだ。

 

そこでアインズは実験を兼ねて生き残りから数人を選び出し、ラキュースや村人達に気付かれぬよう秘密裏に幾つかの実験を行ったのだ。

 

エンリ達に施した記憶操作《コントロール・アムネジア》の魔法。これはどの程度まで操作出来るのか?悪夢や残酷な記憶を植え付けたらどうなるか?また元の記憶を全く別人のように書き換えたら人格はどう変化するのか?

 

召喚したヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》はアインズのどのような命令にも忠実に従うのか?

彼らは大型アップデート【ヴァルキュリアの失墜】で追加されたNPCだが、最初は傭兵として雇えない普通の敵NPCとしてイベントの特定ステージにのみ出現した。

 

それをアインズ・ウール・ゴウンが、彼らを率いるイベントボス"ヘッドレス・ホースマン《首無し騎士》"を倒したことでイベントクリアとなり

「首魁を失い方々の体で散り散りになったヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》が、傭兵として自らを売り込み始めた」

という設定で様々なワールドに傭兵NPCとして出現するようになったのだ。

 

 

その傭兵NPCとなったヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の公式設定には「命令ならば命乞いする敵を殺すこともいとわない」とあったが、この異世界に転移した今、その設定はどこまで通用するのか?

 

またアインズはイビルアイから聞いたこの世界における復活魔法を考慮しており、万が一復活させられても敵側に情報が漏れないよう記憶操作《コントロール・アムネジア》の被験者を含めた偽装騎士達をヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の実験で殺す前に記憶を根こそぎぐちゃぐちゃに壊していた。

 

もし仮にスレイン法国が情報を得るために彼らを甦らせたとしても、生き返るのは言葉はおろか善悪や倫理すら理解しない壊れた廃人である。

 

そうした実験と隠蔽工作の結果、生き残りは10人以下になったのであった(最もその生き残りも記憶が壊れた廃人だが……)。勿論アインズはその実験をばか正直に伝えたりはしない。敵は抵抗し、アインズが撃滅を優先し、彼らは10人以下しか生き残らなかった───それがアインズの言葉であり、この場において真実となったのである。

 

またアインズは生き残りの心が壊れていることに関しても、『戦いの緊張と恐怖に決壊したのだろう』で通すつもりであった。

 

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない。このような状況ゆえ褒賞になる物は何も無いが、せめて礼を尽くさせて頂きたい」

 

 

しかしアインズの思惑や言葉の裏のどす黒く暗い真実を探るどころか疑うことすらせず、目の前の王国戦士長は馬から降りてそう告げると、アインズに深々と頭を下げたのだ。

 

ガゼフ・ストロノーフという男の行動に、驚きと共に偽装騎士達への嫌悪感に淀んでいたアインズは少しばかり好感を覚える。一応ラキュースから具体的な性格こそ聞いてはいたが、それがどこまで本当かは半信半疑であった。

 

人間の本性というのは得体が知れない。ましてや歪んだ貴族意識を持つ者が大半であるリ・エスティーゼ王国。

 

その特権階級の中で生きるガゼフという男が、表向きは小綺麗な皮を被って真面目を演じているだけという可能性は大いにあった。

 

しかしアインズはこの行動に、自分の疑いが間違っていたのだと実感した。

 

彼はラキュースが言うように、貴族のつまらない意地やプライドではなく、ただ真っ直ぐに人を見据え、正しいことには率先して頭を下げることもいとわない。

 

 

そんな存在だった。

 

 

『いえ、お気になさらず。私でなくとも戦える力を持つ良識ある者なら、襲われている村を見捨てはしないでしょう』

 

「そう言って頂けると、私も心のつかえが取れる。ところでゴウン殿、貴殿は何故仮面をしておられるのか?」

 

 

ガゼフの礼が済むと、今度はアインズの被っている仮面に話が移る。

 

 

(しまった……!仮面を着けている設定を考えていなかった……敵だった場合に全力で当たれるよう魔法詠唱者《マジックキャスター》で戦士長と会ったが、こういう質問を受けるなら人化の指輪《リング・オブ・ヒューマン》で例の人間姿に化けて会えば良かった…)

 

 

自分の選択ミスを後悔するが、今はどうにか仮面の意味を捻り出さなければならない。

 

 

『……この仮面は制御用のマジックアイテムです。私が召喚したアンデッドとの繋がりを強化するために着けているのです』

 

「アンデッドだと?」

 

 

戦士長の顔に僅かに警戒の色が宿る。この世界に住む生き物にとって、アンデッドとはトラブルの代名詞の1つだ。

 

アンデッドは生ける者を憎み、殺すことを目的に存在している。更にはアンデッドを使役する邪教集団すら裏で暗躍しているのだ。

 

そんなアンデッドを召喚し使役しているというアインズに、ガゼフが警戒するのも当然と言えた。

 

しかしアインズは構わず話を進める。

 

 

『はい、アンデッドです。私は召喚が特技の1つでして、時折アンデッドを喚び出して使役しています。今回も戦力強化のために喚び出して支配下に加えていました。今回は敵の正体が不明でしたので、万が一敵に特殊な技能持ちが居た場合を考慮して、この仮面を使いアンデッドとの繋がりを強化したのです』

 

 

アインズは一息の下に、仮面を着けている理由をつらつらと並べ立てた。即席で捻り出した理由としては、アインズの自己評価で80点は堅い。

 

 

「なるほど……では、仮面を取って頂けるかな?」

 

 

訂正───0点であった。

 

それはそうだ。仮面の理由に話が移れば、その下の素顔に話が派生するのはごく自然な流れだ。

 

 

 

「無礼な!アインズ様のお心の広さに付け込むなど、恥を知れ!」

 

 

 

いよいよ答えに窮したアインズだったが、仮面を取って欲しいというガゼフの要求に過敏に反応した者の乱入に、ガゼフ達の注意がそちらに向く。

 

乱入してきたのは、ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》のリーダーであった。

 

彼はアインズの指示に従い森林地帯でアインズが救った姉妹と母親の警護をしていた筈だが、いつの間にかこちらに来てアインズとガゼフの間に割って入ってきたのである。

更には腰のサーベルに手を掛けた状態で、ガゼフを威圧している。

 

アインズとしては助かったという思いと同時に、召喚したNPCの突発的な行動に慌てる。

 

いくら問い掛けが突っ込んだものだったとしても、ガゼフは国を守る者として正しいことをしているのだ。それに彼は王国の重要人物で、彼を害せば、アインズの立場は悪いものになってしまう。

 

今のところアインズにとって脅威もしくは苦戦するような敵は出てきていないが、もし仮にこの世界にアインズに並び立つか、その上を行く強者が居るのであれば、なるべく情報を漏らさずに、かつ下手に悪く目立つような行為は控えねばならない。

 

悪名を轟かすつもりがないのであれば、尚更だ。

 

アインズは、ガゼフの返答如何によっては抜刀し斬りかかるのも辞さないという雰囲気を纏うヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》のリーダーに制止を掛けた。

 

 

『よせ、私は命令を下していない。抜刀は許さん』

 

 

アインズの制止を受けたリーダーはビクリと震えると、慌ててサーベルの柄から手を離して、アインズへと向き直り謝罪する。

 

 

「も、申し訳ございません我が主《マイロード》!出過ぎた真似を……どうか、この命で償いを……!」

 

 

そして急に謝罪から変わり命での償いを申し出ると、自らのサーベルを腰から外し、アインズへと膝をつくと恭しく両手で差し出してきた。

 

この行動にアインズは(骨しか無いが)痛む頭を抱えた。

 

召喚NPCの忠誠心が高過ぎるのだ。召喚した時から思っていたが、敬語や尊敬は当たり前。

村を襲う事態を収拾し終われば、アインズが歩けば常に2人が後方に控えてくっついてくる。

 

挙げ句行動を咎めたら「命で償いを」と来た。

 

トラブルを呼び寄せないように悪目立ちに注意しても、配下がこれでは別の意味で目立ってしまう。

アインズは召喚NPCに立場を隠すための演技の練習をさせようと心に決めつつ、サーベルを差し出しているヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》のリーダーに重々しい口調で告げる。

 

 

『よい、お前の全てを赦す。此度の失敗を学び、次に生かせ』

 

「はっ!」

 

 

彼は恭しく両手で差し出していたサーベルを下げると、立ち上がり戦士長へと向き直り、謝罪と共に頭を下げた。

 

 

『さて、戦士長殿。配下が申し訳ない。しかしそれは私への忠義ゆえの行為───どうかご理解を頂きたい』

 

「いや、これに関しては私が出過ぎた。今、大事なことはゴウン殿の素顔ではなく、ゴウン殿が村を救ったという事実だ」

 

 

ガゼフの潔い性格に、アインズの中での彼の好感度が再び上昇するが、まず彼に伝えなければならないことがあった。

 

 

『大丈夫です、戦士長殿。それよりは今はもっと差し迫った危機があります』

 

「差し迫った危機だと?」

 

『はい、この村を襲った連中の正体ですが……』

 

 

「戦士長!!」

 

 

「どうした、何事だ?」

 

「村の周囲に人影を数十人ほど視認!包囲するように距離を詰めております!」

 

 

 

 

 

『やはり来たか……さて、一体どうなることか……』

 

 

アインズの呟きは、物事が自分が考えている以上に厄介な方へと転がらないでほしいという、密かな願望を込めたものであった。

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