―――八本指
その運営する娼館にペロロンチーノは案内されていた。歓迎するのは八本指の奴隷部門の幹部コッコドール、警備部門の幹部ゼロ、麻薬部門の幹部ヒルマもいる。
「まさかあの青の薔薇を返り討ちにしちゃうなんてねぇ・・・・・・でもそれ本当なの?」
「青の薔薇ってなんですか?」
「え?あんたたち知らないで戦ったの?」
「はっはははは、そうかそうかあいつら程度眼中にねえか。いいじゃねえかコッコドール。気に入ったぜ」
「私の部下が目撃してるから本当よ。二人であっさり撃退したらしいわ」
「だから言ったじゃねえか、ヒルマ。こいつらは使えるってな。どうだ?冒険者なんぞ辞めて六腕に入らねえか?」
「ちょっと抜け駆けはなしよ。この子たちはあたしが狙ってるんだから」
「いや、おカマは勘弁してください」
「いやぁね、分かってるわよ。ちゃーんと女の子用意しているから。じゃあねゼロ、ヒルマ。あたしはこの子たち案内してくるから」
そう言ってコッコドールが床のボタンを操作すると隠し階段が現れた。
「うふふ、ここではどんなプレイでも自由だから。楽しんでいってね」
歩きながらある部屋に通される。
「この部屋は?」
「ここはね、マジックミラーになってて客の様子が見られるの。ほら」
スイッチを操作すると、壁のガラスが透ける。ユグドラシルにはなかったが魔法なのだろう。だが、そこには目も覆うような光景が広がっていた。男が女に馬乗りになり、殴っている。刃物を切りつけている者もいる。相手の生死など気にしていないのは明白だ。殺しを楽しんでいるのだろう。
「こ、これは・・・・・・」
「ここはどんなことをしてもいい娼館なの。でも何でもできるからこんな風に商品を簡単に壊されちゃうのが困るのよねぇ」
「あの女の子たちは?」
「ああ、大丈夫よ。麻薬で言うこと聞かせてるから。殺されたって夢の中で逝ってるんじゃないかしら」
「麻薬は治療のためといってませんでしたか?」
「ええ、治療よ?あの子たちが長持ちするようにね」
「人殺しを楽しむ施設か・・・・・・。クラシック映画であったな、女が旅行客の男を誘い込んで人殺しサークルに連れて行き殺人サークルの会員に殺されるっていう映画が。あれ最初はエロかったのに後半スプラッタになってトラウマだったっけ」
何気なく語り掛けているがそこにあるのは怒りだ。怒りが後から後から湧いてくる。理由はよくわからないがペロロンチーノは怒っている。ペロロンチーノは権力者、特にそれを理不尽に振るう者が嫌いである。これは権力者と一般市民に明確な差があるリアルが原因だ。また、ペロロンチーノは基本善人である。少なくとも女の子を殺すようなことはしない。人が傷つけられていると不快だし、理由もなしに殺すなんてもってのほかだ。殺されるほどの悪事を働き罰を受けると言うのであれば同情はしないが。だが、彼らはそうではない、人として当然というべきルールを破り快楽に耽っている。
「くぅ・・・・・・クズがあああああ。人殺しで性的快楽を楽しむクズがよくも俺の・・・・・・俺とシャルティアの心を持て遊んでくれたななあああああああああ!」
ペロロンチーノが地面を蹴りつけると建物全体がビリビリと揺れる。
「ひぃ!ちょ、ちょっと!」
「やっと、やっと楽しめるって。道具もいろいろ準備してきたのに人殺しサークルとかないだろうがああああ」
「ふん、やっぱりそうなったか」
扉に背中を預けゼロが立っている。後ろにはヒルマも控えていた。
「ゼロ!」
「もしかしたらと思ってな。まぁ仲間にならなきゃ殺すつもりで誘ったんだがな。ついてきておいてよかったぜ。おい、変態」
「黙れ、俺を変態と呼んでいいのは女の子だけだ」
「・・・・・・まだ今なら考え直してもいいぞ。八本指に入れ」
「断る。あんたもそうなのか?」
「は?」
「あんたもあんな趣味を持っているのか?」
「まさか、あんな糞貴族どもと一緒にしてくれるな。俺には弱者を弄ぶ趣味はねえよ。ま、あいつらはお前の言う通り正真正銘のクズだ」
「んもぅ、失礼ね。だからこそ役に立つのよ彼らは」
オカマがくねくねと身をよじる。
「あんたカルマ値はあまり高くないようだな。どうだ?今後悪事をやめるならあんたは見逃してやってもいいぞ」
「ふっ・・・・・・ふはははははは。この闘鬼ゼロに対して見逃してやってもいいぞ、だと」
「ちょっと、なに笑ってるのよん」
「舐めるなよ小僧。だが、ますます気に入った。もう一度チャンスをやる。俺たちの仲間になれ」
仲間・・・・・・その言葉にかつての友人たちを思い出す。漆黒の豪華なローブを纏ったマジックキャスター、白銀の鎧騎士、世界を汚す悪魔の魔法詠唱者、女冒険者の鎧を溶かすスライム、ゴーレムクラフターの糞野郎、懐かしくも濃かった面子の顔が浮かんでは消えてゆく。
「断る。お前じゃ俺の仲間には物足りない」
「後悔するなよ!行くぞ」
「シャルティア、こいつらを捕えろ。殺したりするなよ」
「あの女どもはどうするでありんすか?」
「そうだな、治癒魔法で治してやれ」
「御意に。行動を開始しんす」
《
シャルティアの魔法が発動し、コッコドールとヒルマが転がる。ゼロは一瞬体が硬直するが耐えきったようだ。
「あら、この程度の魔法とは言え人間が抵抗するでありんすか」
「ここは俺がやるからシャルティアはこの館を制圧してこい」
シャルティアは優雅に一礼をした後、扉から出ていく。
「ふん、女は見逃してやる、だがこの俺を相手に一対一だと?なめてんのか」
「あんた相手に二人がかりとか俺そこまで鬼畜じゃないからな」
「なめるなぁ!」
ゼロの前身の入れ墨が光る。足の豹、背中の隼、胸の野牛、頭の獅子、すべてを発動させる。シャーマニック・アデプトによる肉体強化だ。常人ではありえない速さ、そして重さの拳がペロロンチーノの顔面を襲った。
「一発だけ殴らせてやる・・・・・・だがなるほど、この程度か」
ゼロは信じられないものを目にする。今あるべき光景は男の頭が吹き飛ばされ、壁に染みを作っているところのはずだ。いや、ゼロと同じくらいの強者であれば傷つきつつも耐えられるかもしれない。だが、目の前の男はなんの痛痒も感じていないようであった。
「じゃ、一発は一発ってことで」
男が手のひらを振り上げる。それが雲水の速さでもってゼロの顔面を直撃した。
「へぶっ!」
ゼロの意識がそこで途切れる。味わったことのないような敗北感と屈辱の中で。自分がただビンタ一発で沈むという情けない状態を認めたくなくて。
◆
「さて、全員捕獲したしお巡りさんに突き出すか」
「ほんと弱かったでありんすね」
「まぁお百姓さんと商人の集まりだからそんなに強さに期待してもなぁ」
「そういえばそうでありんしたね、ところでこいつらはどうするでありんすか?」
目の前には捕縛された八本指と治癒により傷を治された女たちがいた。女たちは精神的に疲弊しているようで一人では歩けないような状態である。そこへ入り口から騒ぎを聞きつけたのであろう男が入ってくる。
「バタバタうるせえな!何やってんだ!」
顔に傷があり、太い両腕を持った暴力を振るうために生まれてきたような容姿の男だ。門番か何かが騒ぎを聞きつけて入ってきたのだろう。そして中で縛られている仲間を見て仰天する。
「お、おめえら何を・・・・・・」
「シャルティア」
《
捕縛の魔法により男は一瞬で絡めらとられる。
「ペロロンチーノ様、外にも人の気配がありんす」
「外?」
ドアを開けてみるとそこにはナザリックの白髪の執事がいた。その足元には布袋に入れられた傷だらけの女性。袋の口からわずかに頭と手が覗いている。執事は何かその女性に語り掛けているようであった。
「・・・・・・天から降り注ぐ雨を浴びる植物のように、己の元に救いが来ることを祈るだけの者を助ける気はしません。ですが・・・・・・」
「シャルティア、また怪我をした被害者だ」
《
治癒の魔法が飛び、女性の傷が一瞬で治る。そこでペロロンチーノは外の人物に気づく。
「あれ?おじさん。どうしたのこんなところで?何か用?」
「点から降り注ぐ・・・・・・何でありんすか?」
「なんかそんなこと言っていたな。雨を浴びる植物がなんだって?」
「ぐっ・・・・・・」
執事は言葉に詰まる。
「ねえ、植物がなんだって?」
「救いがどうかしたんでありんすか?」
涙目で真っ赤になった白髪の執事はブルブル震えながらしばらく俯いていた。
◆
外に出ると夜も更けていた。魔法の灯りがあるとはいえ、このような裏通りはすっかり真っ暗だ。執事のおじさんに国の兵士を呼びに行かせペロロンチーノ達は家探しを始める。会員の名簿らしいものから会計簿らしいものまで集めていく。兵士が来る前に証拠をそろえておくべきだろう。
そこへ、執事のおじさんが戻ってきた。後ろには白い鎧の兵士と5人の女性がいる。
「ご苦労さん・・・・・・って・・・・・・あ、王女様のペットだ」
「な、なにを突然言ってるんですか?あなた方は」
真っ赤になって焦っている白い鎧は王女様のペットことクライムだった。不可視化をしていたためペロロンチーノ達のことは覚えてはいない。しかし、その後ろから大声が響き渡った。
「あーーーー!き、貴様らーーーーー!」
そこにいたのは先日麻薬栽培村を襲った青の薔薇の5人であった。イビルアイがいきり立つ。全員装備を奪われたばかりのため、一般的な服を着ている。イビルアイの着ているのはどう見ても子供用の黒いワンピースだ。
「クライム!こいつらか!こいつらが娼館の悪党どもか!」
「あ、えっとどうなんでしょう?」
「イビルアイ様、違います。この方達は娼館で強制的に虐待されていた女性たちを助けてくださったのです」
白髪の執事の言葉にイビルアイは疑いの目を向ける。
「こいつらが?女を助けた?とても信じられんが」
「誰かと思ったら畑荒らしロリじゃないか」
「誰が畑荒らしだ!」
「ちょっと黙って。イビルアイ。私が話をします。私は青の薔薇のリーダー。ラキュースと申します」
「あ、これはご丁寧にどうも。ペロロンチーノです」
ラキュースは薄手のカーディガンにスカート姿だ。美人に急にかしこまられると対応に困る
「それで、事情を説明していただいてもよろしいかしら」
◆
「―――なるほど、彼らの依頼を引き受けた後、八本指の悪行に気づき、娼館を制圧して女性を解放したと」
「まぁそんなところです」
「なんだ意外といいやつじゃねえか」
「うん、意外」
「ただの変態かと思ってた」
ガガーラン、ティア、ティナが見直している。
「ちょっと待てよ。こいつ闘鬼ゼロじゃねえか?」
「まだ生きてる」
「ゼロ!?六腕のトップを倒したというの!?」
「六腕を倒せるやつが
「話も終わりましたし俺たちは帰りますね。面倒ごとはごめんですので」
そういって去ろうとするペロロンチーノをラキュースが止める。
「それはどうでしょうか。あなたたちの立場はこれから悪くなる可能性もあるわ」
「立場が悪く?」
「そこに縛られている連中、客の中には貴族もいるはず。そんな彼らがこんなことをされて黙っているわけがない」
「そんなのは順番に潰していけばいいでありんす」
「ちょっとシャルティアは黙ってような」
そう言ってシャルティアの頭を撫でる。ゴロゴロと音が鳴りそうな顔をしながら目を細めその手に頭をこすりつけた。
「何あの子可愛い」
「私も撫でたい」
ティアとティナが羨ましそうにペロロンチーノを見ている。
「ではどうすれば?」
「私たちに協力してくれませんか?」
「ちょっと待てラキュース!こんなやつらの手を借りるのか!」
今まで黙って見ていたイビルアイがいきり立つ。
「だってそのほうがお互いのためでしょう?」
「こんな得体のしれない連中のことなど信用できるか!そ、それにこいつらは私の・・・・・・私の裸を見たんだ!誰にも見せたことなかったのに!」
「裸って・・・・・・下着つけてたよな。それにロリだったし」
「一言くらい謝れないのか貴様は!」
「裸くらいいいじゃねえか、減るもんじゃなし」
「うん、可愛かった」
仲間たちの追撃についにイビルアイが沈黙する。
「それで、協力って言うのは八本指のことなの。見ての通り八本指は人々をつらい目に遭わせて甘い汁を吸っている。でもこの間も言った通りちょっとくらい打撃を与えても貴族たちに揉み消されてしまう。だから決めたの。すべての施設をつぶすって。そして証拠を集める、揉み消されないくらいにね」
「それには俺たちだけじゃちっと手が足りないんだわ。本当ならガゼフのおっさんに頼もうと思ってたんだけどよ。貴族の陰謀で消されちまったしな、くそ!」
「ガゼフ戦士長様・・・・・・」
クライムが暗い顔をする。ガゼフはクライムの届かない高みにいる剣士であり、時に鍛錬を積んでくれる師でもあった。人格者でもあった彼がなぜ死ななければならなかったのか。
(そういえば王女様がそんなことを言ってたな)
ペロロンチーノは王女の言っていたことを思い出す。思えば彼女は真実を言っていたのだ。
「分かりました。協力しましょう」
ラキュースとペロロンチーノが握手を交わす。
「話は終わったか?じゃあこっちの番だ!私たちの装備を返せ!」
イビルアイはまだ怒っていた。
「えーなんでこんなに怒ってるの?この子」
「当たり前だろうが!」
「裸の付き合いをした仲じゃないか」
「は、裸の・・・・・・!?」
イビルアイの顔が真っ赤に染まる。
「き、貴様もし次に人前でそんなことを言ったら・・・・・・。ああ、もう!さっさと装備を返せ!」
「まだちょっとしか使って・・・・・・いや何でもない。はいはい、返しますよっと」
そう言って
「おい、今ちょっとしか使ってないって・・・・・・いや、何でもない。聞きたくない」
イビルアイは疲れたようにアイテムを受け取る。その時、急に昼のように王都が明るくなった。夜の闇を切り裂くように王都の一部が十数メートルはあるだろう炎の壁に囲まれていた。
「なんだありゃ」
「王都が・・・・・・火に包まれてる」
「あれは倉庫区のほうね」
「ラナー様が心配です!私はラナー様の元に戻ります」
「ちょっと待って、その前にほかの兵士を呼んでこの娼館を封鎖するのよ」
「は、はい!」
クライムが駆けていく。ふと、イビルアイはここに来た原因の二人を見た。首を傾げながら彼らはつぶやく。
「あれは・・・・・・ゲヘナの炎?」
「そうでありんすねぇ」
心底不思議そうに二人は首を捻っていた。