比企谷、P辞めるってよ   作:緑茶P

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秋の夜長に物語はひっそりと、始まりの終わりを告げます。


最終話 前

「消灯、火の元、施錠確認…良し」

 

 手早く現場内の戸締り確認をしていき、最後の申し送りに跳ねるようにサインをしてグッと身体を伸ばして息を吐き出す。

 

 伸ばした先に映るちょっと傾いた満月がそこそこに遅い時間である事を知らしめ、吹き付ける木枯らしと共に小さくため息を漏らす。

 

 改めて時計を覗きこんでみれば、もはや走った所で終電は絶望的でどうしたものかと考えを巡らす。コレが明日も出勤というならば現場近くの仮設事務所に泊まり込むのも止むなしだが、幸いにも自分は非番であったはず。朝起きたら同僚たちが忙しなく図面を持って駆け回っている中での起床はご遠慮願いたい。

 

 というか、どさくさに紛れてそのまま出勤扱いにされかねないので絶対に嫌だ。

 

 そう考えると帰宅一択でさっさと動き出すべきなのだが、踏み出した一歩を情けなく声を上げた腹の虫が踏みとどめた。

 

 忙しくて取り忘れていた晩飯の催促にもう一度頭を悩ませる。

 

 どうせ帰宅手段はタクシーしかないならば、ちょっと小腹を満たしてからでもいいのでは?

 そんな甘い囁きをしてくる腹の虫君の囁きにこの周辺の飯所を思い返してみる。

 

 寒い秋の夜にあったまり、丁度よく胃袋を満たしてくれて、なおかつこんな時間でも営業してくれている場所を検索していき、当然の様に一つの結論に行きついた。

 

「…ラーメンか」

 

 いい。実にいい感じだ。

 

 冷え切って、飢え切ったこの身体を癒してくれる最強の食事じゃないか。

 

 そう考えれば思考はそれに特化していき、大学生時代に作りあげたラーメンMAPを脳内で引っ張り出してみればすぐ近くにおあつらえ向きな店があった事を思い出す。

 

 そこには学生時代にはしょっちゅうお世話になっていたのに就職してからまったく足を延ばしていない。

 

 懐かしさもひと押しに胸の高鳴りは際限なくメキトキしていき、重かった足取りは上機嫌にスキップまで踏んで鼻歌までうたってしまう。

 

 ラーメンを深夜に啜り、明日は昼まで惰眠をむさぼると言うダメ人間まっしぐらな予定に有頂天な俺を、真ん丸なお月さまが呆れたように照らし、木枯らしは溜息の様に紅葉を散らした。

 

――――――――――

「ヘイラシャシャーイ!!!」

 

 世知辛い世の中にも、秋の底冷えにも負けず煌々と輝く店舗の扉を開ければ威勢の良い声が俺を迎えてくれた。そのうえ、掛けていた眼鏡が一瞬で結露してしまう程の熱気が今は何よりもありがたい。

 

 人も暖房も低めの温度設定のこの世の中でその温もりのなんと有難い事か…っ!!

 思わず感動にうち震えていると、店主が機嫌悪そうにこっちを睨んで来たので慌てて扉を閉めてガラガラの席に座る。

 

 いかんいかん、久しぶりに感じる”楽園”の空気に酔いしれてしまったがこんな事では先が思いやられる。今日の俺はココから更に先を味わいに来たのだからうかうかなどしていられない。

 

 そう気を引き締め直してメニューを開いて吟味する。とはいえ、古き良きこの店には迷うほどの品数は無い。あっさり豚骨とどっしり味噌。それと餃子やトッピング程度。新鋭のチェーン系の様々な種類のラーメンも好奇心をくすぐられるが、こういう古風でシンプルな佇まいは男としてカッコいいと思わざるを得ない。

 

 味噌に豚骨、トッピング、量。様々な事を検討を重ねに重ねていると、新たな客が入店して来たのかひやりとした空気が流れ込んでくる。なるほど、いつまでも入り口で開けっぱなしでつっ立っていた自分を睨む店主の気持ちも良く分かる。しかし、自分とは違いさっさと店内に入店したらしく店主の掛け声も若干機嫌がいい。

 

 だが、そんな事はどうでもいい。そう思って再びメニューに没頭しようとすると隣にさっきの客が座るのを感じる。こんなにガラガラなのに何で隣なのか…。まあ、いい。別に何処に座ろうが関係ない。

 

 再び意識をメニューに戻そうとして隣で上着を脱ぐ気配に合わせて薫ってくるふんわりとした白檀の様な香りにまた意識を逸らされる。キツイ香水だったなら舌打ちの一つもかましてやろうと思っていたのだがどうにも隣の人自身の自然な匂いらしい。いい柔軟剤使ってますね…。

 

 なんだか隣に座った客のせいで思考がぶれがちではあったが、熟考の末にどっしり味噌のフルトッピング大盛りへと無事に結論が出た。更に、明日は休日で帰りはタクシーである。少々、邪道ではあるが餃子にビールもつけてしまう。ふふふ、深夜に頼むこんな注文などマトモな神経では無い。その背徳感が俺を更に高揚させていく。

 

 さあ、いざ――――!!

「なあ、お兄さん。ちょっとウチにラーメン奢ってくれへん?」

 

「は?」

 

 勢いよく注文をしようと呑みこんだ言葉は横からの無粋な一言によって間抜けな吐息へと変ってしまった。

 

 呆気にとられたのは数秒。そこから怒りの炎がメラメラと沸き立つまでもう数秒。

 

 ―――そういうことか。こんなガラガラで横に座るなんて妙だと思ったのだ。

 

 しかも、ちょっとハスキーだがしなやかで高い声は若く、匂いや雰囲気からちょっとした美人であるのは想像がつく。そんな女が態々横に座ってこちらに視線を送っていた時点で気がつき警戒するべきだったのだ。久々のラーメンにちょっと浮つき過ぎていた反省と、それに水を差したこの女への怒り。それが俺を支配する。

 

 壷か、援助の申し込みか。深夜に一人寂しくラーメンを啜る男をターゲットにした悪どいやり口。そんな無粋なモノを神聖なラーメン屋で行うとは最低最悪の下劣である。許し難い。

 

 何よりそんな手口はもうすでに経験済みだ。

 

 家出した京都のバカ娘が全く同じ手口で近づき、それを保護した経験が無ければ危うかったかもしれないが、あの時とその後の苦労を知った俺には死角はない。

 

 深い溜息を吐きだし怒りを納め、クールダウンする。冷静にこの愚か者を宥める為の言葉をまとめつつ――――何かが、引っかかった。

 

 白檀の香り。

 

 ハスキーで掴み所のない関西弁。

 

 そして、あの馬鹿が同じ様に声を掛けて来たのも――――この店では、無かっただろうか?

 脳内にフラッシュバックする様々な情報に従い、ゆっくりと隣に視線を向ける。

 

 あの頃より短くなった透き通る様な銀糸から覗く、狐の様につり上がった細い眦。ちょっとだけ皮肉気に釣り上げた口元。

 

 見間違える事など絶対に無い、その女。

 

 

「―――久しぶりやんな。おにーさん?」

 

 

「―――周子」

 

 

――――――――――

 

 

 

「味噌のフルトッピング大盛り。あと、餃子とビール」

 

「って、反応せんのかーーい!!」

 

 一瞬だけシリアスな空気になりかけたけれど、ここ一年のアイドル遭遇率を考えれば珍しい事でもないかと思いなおして普通に注文する事にした。むしろ、楽しみにしていたラーメンに一拍入れられて腹立たしいまである。

 

「もー、なんなん。凛ちゃんや夏樹はんとはもっと劇的な再会しとったやん。もっと周子ちゃんにも構えよ―。あ、私にも同じもの一つ」

 

「うっせ。俺とお前の間にそんなもん生まれるか。どのアイドル拾った事よりもお前をココで保護した事が一番の俺の失敗だ。ついでに言うとアイドルが夜中にラーメン餃子なんか食ってんじゃねーよ」

 

「勝手にP辞めた人がえらそーに指図しないでくださーい、ほいコレ」

 

 俺のすげない一言に分かりやすく拗ねた周子が嫌味と共にビール瓶の蓋を開けてグラスに開けていき、差し出してくる。

 

「お前は未成年…じゃねえな、そういえばもう」

 

 一方的に渡され、勝手に合わされたグラスの軽やかな音に思わず言い慣れた言葉が出かかるが、それをすんでで呑みこむ。

 

 そんな俺を楽しげに見やった周子はグラスに口をつけて、アルコールを嚥下して小さく息を吐く。

 

「家を追い出されて拾われたのが18歳で、もうそれが3年も前の話。結局、おにーさんが346にいた時は一回も呑ませてくれなかったけどね」

 

「寮の管理人時代と駆け出しの頃にラーメンならたまに食わせてやったろうが。文句いうな」

 

 タダでさえ酔っぱらうとめんどくさいメンバーの中にコイツやフレデリカが混ざると更に面倒な事になりそうなので出来る限り近づかせない様にしていた。当時は酒気よりも食い気が勝っていたコイツラを誘導するためにレッスン後にラーメンを食わせた事を思い出して微かに笑う。

 

「ふふーん。周子ちゃんは掃除婦からトップアイドルに駆け上がったリアルシンデレラだからね。今じゃ、哀れな新卒君の財布に気を使う事無くラーメンもビールも飲めてしまうのさ」

 

「お前が俺の財布に気を使った事がある方に驚きだよ…」 

 

 ちょっとだけ得意げに胸を張る彼女に思わず苦笑が漏れ出る。ホントに無一文で東京をふらついていたコイツは346女子寮に住み込みで働かせても極貧生活が続いていたのだからあながち表現的にはまちがっちゃいない。追い出された理由が自業自得過ぎるのはさておいても、懐に余裕が出来ているのはホントらしい。その事にちょっとだけ出来の悪い妹の成長を見た様で素直に嬉しく思う。

 

「そうだよなぁ、歳はほっといても取るもんな。…中身が伴わなくても」

 

「…言いたい事は色々あるけど、礼子さんの前でソレ言ったら殺されんで?」

 

 まあ、それを伝えると調子に乗るだろうから適当な皮肉を口ずさむと半眼で睨まれた。

 

「ヘイオマチ!!」

 

「「おお!!」」

 

 そんな実の無い馬鹿話をしていると威勢の良い掛け声と共に、カウンターへ待望のラーメンと餃子が置かれた。

 

 山の様な野菜の山に彩られたぷるっぷるなチャーシューに、見ただけで濃厚な事が分かってしまうそのスープ。その大海の中から微かに顔を覗かせる金色の麺が悩ましい。

 

 俺と周子が、辛抱たまらずすぐさま割り箸を手に、手を合掌させる。

 

「「頂きます」」

 

 完全なシンクロを店主に見せつけた俺たちはひたすらに無言で麺を啜る。

 

 野菜、麺、スープ。それぞれを味わっているウチにスープで温めなおしたチャーシューに齧りつき、その肉汁と共に今度は全部を同時にくらいつく。噛みしめる度に深みを出すハーモニーの間に餃子を挟み、口直しと共にニンニクの風味を足した麺にもう一度口を運ぶ。

 

 もう一度。もう一度。そう何度も繰り返す間、俺と周子の間に一切の会話はない。

 

 当たり前だ。この繊細な芸術の寿命は驚くほど短い。よもや話に費やしているウチに店主が見極めた最高のタイミングを逃す事など到底許される事ではない犯罪だ。

 

 アッと言う間に残り一口になったラーメンに、最後まで取っておいた燻製半熟卵を割り黄身を絡めて啜る。

 

 今までのどっしりしたみその風味が和らぎ、一気に優しい味わいになった事を確認し、最後に残ったスープを一気に飲み干す!!

 

 

「「御馳走さまでした!!」」

 

 

 

 器のそこまで飲みきった器をカウンターに叩きつけるように戻し、二人揃って力強く完食と感謝を伝えた俺たちは自然と目があった。

 

 アイドルとしてどうなのかと思うほど額いっぱいに汗を浮かべ、油のせいか妖しく光る口元を真っ赤な舌が淫靡に舐め取った所で目があった彼女は、本当に楽しげに微笑んだ。

 

 きっと似た様なあり様の俺を見て笑っているのだろうが、”アイドルの周子”よりもずっとこっちの自然な笑い方が自分の知っている”塩見 周子”に近く、久々に見たその表情に頬を綻ばせてしまった。

 

 くすり、くすりと笑いあう俺らは店主の訝しげな視線を受けながらもしばらくの間をそうして笑いあったのだ。

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「で、結局は成長なんか欠片もしてねーじゃねーか」

 

「ぐへへ~。今をときめくトップアイドルをおぶされるなんて光栄やんな~」

 

 最高のラーメンと懐かしい旧交を温められて、実にいい雰囲気で店を出たまでは良かった。結局最初の宣言通りに奢らされてしまったことも、良しとしよう。

 

問題は―――。

 

「何でこんなに弱いくせに一瓶丸々飲むんだよ…」

 

「ねー、何で眼鏡掛け取るん?なんなん、噂の彼女?彼氏?の為にカッコつけに目覚めたん?気色悪いわ―」

 

 店を出た瞬間からご覧のあり様になったトップアイドル様のせいで気分は最悪へ直滑降である。ふらっふらの足元に真っ赤に染まった顔。どんだけ話しかけても帰ってくる見当違いの解答。コレが顔見知りで無けりゃすぐさまゴミ箱にシュートしてやっている所だ。

 

「単純に視力が落ちたんだよ。あと、何だその噂?…俺にそんなもん出来る訳無いだろうが」

 

「……へー。そーなんや。くふ、くふふふふ、モテへんで苦労しまんなー。おにーさん。ほーら、今のうちに美女の匂いと柔らかさを堪能しー」

 

「美女の匂いが餃子風味だとは知らんかった。なに?京都捨てて栃木に行くの?宇都宮の駅前に飾られてみる?」

 

「おー、嫁入りやーん。だいたーん、くふふふふへへへへ」

 

 周子が奇怪な笑い声を上げながら背中で身体をすりよせてくるが、最初に感じた白檀の香りも今や餃子と酒臭さに上書きされ、わりかし腹いっぱいの現状で身体を締め付けられるのはかなりきつい。

 

 彼女いわく、現在はココからそんなに遠くない所に住んでいるとは言うものの、酔っ払いの言を手放しに信用するのも憚られる。せめて家まで送るにしたって自力で歩けるくらいには回復してもらいたい。

 

 そんな事を考えながら周りを見渡せば、おあつらえ向きの公園が目に付いた。

 

「おい、餃子の女神。そろそろ腕がしんどいから公園で下ろすぞ」 

 

「誰が餃子の女神や!!そんな重ないやろ、この軟弱モノー!もっときばりー!!」

 

「おらよっと」

 

「ぎゃん!!お尻が割れたらどないすんの!!もっと丁寧に扱い―や!!」

 

 

 案の定、背中で暴れ始めて首っ玉にしがみつこうとするが酔いで力が入らないのか、ベンチの上で揺する様に支えていた手を離すと、デロリと落ちて行ってケツを抑えて騒ぎたててくる。うるせえ。

 

「ケツは元々割れてるもんだ。飲み物買ってきてやるから座ってろ」

 

「あっ……」

 

 ぎゃんぎゃん騒ぐ周子の頭をちょっと乱暴に撫でまわすと急に静かになった。いつもなら軽口でもっとうるさくなる筈なのに今日は酒が入ってるせいか何時もと反応が違う事に首を傾げるが…まあ、酔いが回って気持ちが悪くなって来たのかも知れん。ちょうどいい事には変わりが無いのでそんまま自販機へと向かおうとすると、離そうとした手を引き寄せられた。

 

「飲み物は、いらへん。ちょっと横になれば大丈夫やから、膝、貸して?」

 

「…そのまま寝たら容赦なく置いてぞ」

 

 何を馬鹿な、と振り向いて言いかけた言葉を噤んでしまうほど周子の瞳は、静かに澄んでいた。下手に触れれば、儚く消えて行ってしまいそうなその雰囲気は、俺が頷いた事でちょっとだけ元の朗らかさを取り戻した。

 

 引き寄せられるように腰を下ろした俺の膝の上に彼女はそっとその小さな頭を載せ、小さく息を吐いた。

 

 煌々と輝く月が周子の銀の髪を照らしいっそう冷たい輝きを帯びるが、彼女が触れている部分は焼けてしまうかと思うほど

熱を持っていた。そのちぐはぐな様子に耐えきれず、俺は、なんとかいつもの彼女に戻って貰いたくて言葉を紡ぐ。

 

「…こんなんに成るくらい酒弱いなら飲むなよ」

 

 出来るかぎりいつも通りを装った、薄っぺらな言葉。最も嫌悪していたはずのその欺瞞に満ちた態度は、すぐに身を持って報いることとなった。

 

「しょうが無いやん。お酒飲んだのなんて今日が初めてやし」

 

「…は?」

 

 俺の間の抜けた返答に彼女は小さく苦笑して、俺の右肩に小さく触れる。

 

「昔、小学校ではやったんやけどな。石ころスイッチて遊び。”石ころスイッチ”って言って右肩触られたら解除されるまで動いたらダメ。今のおにーさんは、石ころやで?」

 

「急に、なに言っ「石は喋らへん」

 

 唐突に始まった謎のゲームに戸惑って動こうとした俺を、静かだが、力強い意思の籠った声が諌める。

 

 律儀に従ってやることなど無い。言われたとおりに黙っていればきっと取り返しのつかない何かが始まってしまう事が分かっているのに、動く事ができなかった。

 

 俺が動かない事を確認した周子は小さく微笑んで言葉を紡ぐ。

 

「今から言うのは独り言や。酔っぱらってどーしようもないクダまい取る酔っ払いの独り言。

 おにーさんが辞めてからな、色んな人がデレプロに入って来たわ。どっかの目つき悪いアホ垂れと違ってしゃきしゃきしたサブプロデューサーやマネージャーとかメイクさん。それこそ、今までの極貧は何だったん?て言うくらい大切にされとんの。本物のお姫様みたい」

 

 周子の口から語られるデレプロの状況は概ね自分が予想していたものと近くあるようだ。してやりたかった待遇に彼女達が恵まれている事にちょっとだけ救われる様な気分になって――。

 

「でもな、もう、誰も”塩見 周子”を見てくれる人は近くにおらんくなってもうた」

 

 続いたその言葉に頭を殴られた様な錯覚に陥る。

 

「私が馬鹿やっても誰も何も叱らないんだ。冗談を言っても合わせてくれるだけやし、ご飯だって洒落たもんしか連れってってくれない。いつだって私が中心に、気分良く居させてくれようとしてくれる。贅沢な悩みや」

 

 自重するように笑う彼女に掛けようとした言葉は、視線一つで遮られた。

 

「みんなも、そんなもんだって言うから無理やり納得してみたりな。そんなんで騙し騙しやってたらおにーさんの話が聞こえてくるんよ。昔とまったく変わらないおにーさんの話が、さ。

 みんなからソレを聞くたびに、紗枝に煽られたときに素直に走りだしとけばよかったって何度も思ったよ?

 でもね、それでも、心のどっかでおにーさんに怒ってたんだ。辞めた理由を凛ちゃんから聞いてますます憎くなった。

 ”私がこんな孤独な思いをする事を分かってたのになんでいなくなったんだー”って、泣きたいくらいに怒ってた。

 すっごい身勝手な事は百も承知だけどね」

 

 そう言って笑う彼女はゆっくりと立ちあがって満月を見上げて続ける。

 

「だから、羨ましく思ってる癖に怒ってる自分も納得させる事が出来ない周子ちゃんはあのラーメン屋にあの時と同じ時間に、同じ曜日に通うっていう謎の行動に出たのです。

 東京で一人追い詰められていた自分を拾ってくれた王子様が、また鬱屈した自分を救いに来てはくれないかと望みを掛けて何回も通ったのです。他の子の様に迎えに行く勇気のないドヘタレはアホみたいに通って、遂にその背中を見つけました」

 

「その背中を見つけた時に、自分を覚えてくれていた時に、本当に昔のままの”塩見 周子”を見つめて笑ってくれた時に全部がどうでもよくなったんや。おにーさんを憎む気持ちも、トップアイドルの誇りも、他の子達への嫉妬も全部なくなった。

 名誉も、お金も、何にもいらへん。大切にだってされなくてええ。アンタが、近くにいて、見てくれるだけ。たったそれだけ。私が欲しいもんはそれだけやったって気がついたから」

 

 月明かりを背に、こちらを振り向いた彼女の表情は窺い知る事が出来ない。だが、彼女の頬から、小さく地面に吸い込まれる滴が彼女の激情を表している。

 

 そして、願わくば、その先の言葉だけは、聞きたくない。

 

「何にもいらへん!アイドルだって、アンタの傍にいたくて始めた!!アンタがいてくれへんならどんなに有名になったって意味がないんや!!!」

 

 流れる滴もそのままに、彼女はいままで堪えに堪えていた激情を吐きだすように叫び、最後に―――

「――――戻って、来てよ。八幡」

 

 絞り出すようなその懇願に、思わず彼女を抱きしめた。

 

 ほっそりとしたその身体を、力の限り抱きしめる。ただ、その流れる涙だけはぬぐう資格を俺は持って居ないのだ、

 

「ありがとう、すまない。周子」

 

 噛みしめる歯の隙間から何とか出した血へドのような言葉が、自身の胸を締め付ける。

 

「――っなんでや!!なんで!!なんでっ!!!」

 

 胸の中で叫びながら、爪を立てて激怒する彼女の痛みを甘んじて受け入れる。本当に、女の子にココまで言わせておいてデッカイ傷をつける自分は、何遍だって死んだ方がいい。だけど、例えそうだとしても、彼女の願いだけには答える事が出来ない。

 

 きっと、自分が彼女の元に戻れば束の間の安楽は手に入るかも知れない。でも、それはアイドルである彼女を殺す事に他ならない。彼女がいらないと嘯いたトップアイドルの道を、誰よりも近くで見ていたのは他ならないこの自分だったのだから。

自分と変らぬ死んだ魚の様な眼をしていた彼女が、アイドルと接して、アイドルになってからの彼女の瞳の輝きと物語を俺は世界中の誰よりも、知っている。

 

 彼女が寮の廊下をステージに唄を口ずさんでいた頃からの一人目のファンとして、それだけは出来ない。

 

「俺が、お前の一番のファンだから、かなぁ」

 

「――っつ!!」

 

 呟いたその一言に彼女は大きく肩を震わせ、それでも納得はいかない様に強く俺の服を強く握る。

 

 駄々をこねる子供の様なその仕草に、何故かちょっと笑いそうになりながらも言葉を紡ぐ。

 

「お前がテレビで活躍するのが堪らなく嬉しい。街で流れるお前の曲を聞くと思わず足を止めちまう。だから、歌うのを辞めるだなんて言わないでくれ」

 

「…アンタがそばにいるんやったら幾らでも歌って上げるって言ってんじゃん」

 

「それで、あんなにお前を応援してくれていたファンの事を蔑ろにできるくらいお前は器用なのか?」

 

「……」

 

 黙りこくってしまう彼女の頭を出来るだけ優しく撫で苦笑する。掴み所がないようで、その実、結構な直情型の彼女はきっとそんな器用で不実な事は出来ない。昔はいざ知らず、今の彼女は心の芯までアイドルだ。ソレを捨ててしまう事は昔の死んだ目をした彼女になってしまう事だ。

 

 だから、たった一人の為に生きると言う彼女の願いを、俺はファンとしても、兄貴分としても聞いてやることが出来ない。

 

「はぁー、おにーさんてやっぱりズルイ男だよね…」

 

 俯く彼女は小さく溜息をついてゆっくりと握っていた手を緩めて半眼で呟き睨んでくる。 

 

 今言った言葉に何の嘘偽りは無いが、問われた内容に一つだけ明言していないのはしっかりばれていたようで少々気まずく、目を逸らしてしまう。

 

「ま、今日のところは言及するのは辞めといて上げる。それと、コレ渡しとくね」

 

 そういって溜息をついた彼女はポケットからあるチケットを取り出して俺の胸ポケットに差し込む。

 

「このライブを聞いた後にもっかい楽屋で答えを聞かせてよ」

 

「?――ッこれ!?」

 

 渡されたチケットの内容は―――今冬出展予定のシンデレラプロジェクトオールスターズの貴賓席のチケット。出す所に出せば数百万にも成る貴重な物。

 

 俺の狼狽を楽しむ様に周子は頬笑み、踵を返して歩き出す。

 

「お望み通り、そっちから頭を下げて戻ってきたくなるようなライブ、魅せたげる」

 

 さっきまでの激昂が嘘のように、自信満々の笑みを浮かべて去って行く彼女の背中に呆気に取られて動く事が出来なかった。それでも、彼女の確とした足取りを見るに送る必要もないかと思い直してベンチに腰を下ろして大きく溜息をつく。

 

 秋の夜長とはいえども、今宵ばかりはちょっと疲れた。

 

 綺麗に辞めれたもんだと思って安心していた物が蓋を開けてみたらどうした事かしっちゃかめっちゃかで、結局自分は嫌なもんに蓋をして投げ出していただけなのだと思い知らされる。

 

 年下の女の子達を傷つけ、泣かせ、慰められ、世話になっている情けないこの姿を笑っているであろう月に貰ったチケットを透かし、小さく呟く。

 

 

 

「―――これが、最後だろうな」

 

 

 

――――――――

 

 

プロフという名のあらすじ

 

 

塩見 周子  性別:女   年齢 21歳

 

 一応、本作過去編の八幡メインヒロイン枠系女子である。

 

 三年前に京都の実家を追い出されて勢いで東京まで飛び出してしまったロッキンガール。所持金がゼロになった所で禁断のたかりを行ったのが八幡でそのまま346の女子寮の管理・清掃員として住み込み条件で雇われた(保護とも言う)。デレプロ初期・中期メンバーにとっては”明るい京都弁の管理人さん”のイメージがいまだに強い。

 

 そんな彼女がアイドルになったきっかけは常務発案企画の”プロジェクトクローネ”である。武内Pと常務のグループで勝った方が傘下に収まると言う危機的状況で、常務側の最後の一人として紹介された(ラスボス感)。

 

 有名どころをかき集めていた常務のおふざけ枠かと思いきやその圧倒的な才能にデレプロを全滅寸前まで追い込み、常務に”高垣 楓”以来の逸材だといわしめた。

 

 紛争終了後は、アイドル部門のエース枠として様々なイベントやライブをこなす万能選手として活躍を見せる。

 

 

――――

 

以下、sassakin脳内放送済みアニメの『アイドルマスター@シンデレラガールズ~八幡Pと!!~』各話からの抜粋である。

なお、一般放送予定は無い。

 

――

 

第16話「出身は京都!?家出少女にご注意を!!」

 

 

周子「え、なになに?芸能事務所に連れてきちゃうってことはもしかしてスカウト!?えっへっへー、いやー見る目があるねーおにーさん!!でも、私のギャラはちょっと高めで―――」

 

八幡「はいこれ」ポイっ

 

周子「…モップとブラシ?」

 

八幡「ココが今日からお前の職場の”346アイドル女子寮”だ。三食部屋付きで雇って貰うのに苦労したんだぜ?早速だけど、ベテランのチヨ婆に挨拶してきたらそのまま掃除だな」

 

周子「……まじかよ」

 

 

――

 

 

第36話「二人は同郷!?ハートキャッチ・京娘ズ!!」

 

周子「さ、紗枝ちゃん!!」

 

紗枝「塩見屋の周子ちゃん!!どないしてこんな所に!!御両親心配しとったんどすえ!!」

 

周子「ウチの両親なんてどうでもええけど、紗枝ちゃん早く逃げて!!ココにいたらブラシと雑巾持たされて清掃員にさせられちゃった上に、ご飯まで作らされるよ!!」

 

八幡「…それがお前の仕事だし、三日に一度サボってまだ置いてもらえてる事にまず感謝しろ。馬鹿」

 

 

 

――

 

 

第123話「衝撃!クローネ最強のラストピース!!」

 

常務「紹介しよう、コレがクローネ最後の一人で、最強の、アイドルだ!!」

 

凛「…うそ、でしょ」

 

美嘉「あんまり、笑える冗談じゃないわね…」

 

八幡「おい、今なら、罰当番三日で勘弁してやる。だから、さっさと戻ってこい!!―――周子ぉぉぉぉ!!」

 

 

―――――周子「やっと、私のこと見てくれたね。おにーさん」

 

 

 

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