比企谷、P辞めるってよ   作:緑茶P

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比企谷、P辞めるってよ 最終話 後

「いつまでそうやって呆けているつもりだ」

 

「っつ!!?」

 

 そんな憮然とした声を専務に掛けられてようやく自分が呆然自失に陥っていた事に気がつく。

 

 戻って来た意識をステージに向ければ既に周子の姿はそこに無く、ライブはいつの間にか佳境に差し掛かっているのか凄まじいまでの盛り上がりを見せている。

 

 アイツらの最後の晴れ舞台をこんなにも長く見過ごしていた事に焦りつつ、ライブに集中しようと試みるがその大歓声も、彼女達の歌声もどこか遠くに聞こえて、別世界の事のように感じてしまう。

 

 どんなに目を逸らそうとしても瞼と耳の奥に焼きついた圧倒的な熱量が、ソレを許してくれない。

 

―――――全てを呑みこんでしまうような決意を秘めた瞳が。

 

―――――心の底から絞り出された後悔を振り払う力強い声が。

 

 今なお、自分の心を掴んで離さない。

 

 何度も振り払おうとしても離れぬその熱量に小さくため息をついて天井を力なく仰ぎ、情けなくも八当たりの様に悪態をもらしてみる。

 

「…看板アイドルが二人揃ってこんなスキャンダル起こしてんのは経営者としてはどうなんすか?」

 

「ふん、ようやく口を聞いたと思えばそんな事か。それに関しては私の答えはさっきと変らん。ビジネスさえしっかりこなすならばプライベートは勝手にすればいい。彼女達はソレを叶えるだけの実力を持っているからな。

 それに、魔法が解けたシンデレラは王子様に迎えられて幸せになるのが鉄板だ。…まあ、迎えに来る前に乗り込んでいったじゃじゃ馬なシンデレラも一興。そうだろう、王子様?」

 

 悪態を投げかけられた専務はソレを一笑に伏して、楽しげにそう語る。普段は鉄面皮を通しているくせに変な所でロマンチストなのだからどうにも敵わないが、今日だけはそれが恨めしい。

 

「…比企谷さんが辞めてから、多くの人間がこのプロジェクトに入ってきて本当に多くの問題が起こりました」

 

 にまにまと”やり込めてやった”と言わんばかりの嫌らしい目線を向けてくる専務に辟易としていると呟くような低い声が俺の耳に届く。その声に釣られて声の主であろう武内さんへ視線を向ければ、彼はステージから目を離さないまま訥々と思い出すように語って行く。

 

「急激な変化でしたので当然の事でもあったのですが、戸惑いや遠慮、逆に踏み込み過ぎるが故の軋轢。どうしても起きてしまう摩擦を率先して調整してくれたのは、楓さんと…塩見さんでした」

 

 その一言に驚いた、と言えば少々失礼だろうか。楓さんは最初期メンバーの頃から雰囲気を柔らかくしてくれていたのでわかるのだが、周子のこの前の話では彼女も変化に戸惑っていた側のはずだった。その彼女が他のメンバーの調整にも尽力していたというのは意外だった。

 

 そんな俺の内心を読み取ったのか武内さんは口元を緩ませて、おもしろげに語る。

 

「まあ、少々強引なやり方ではありましたがね。絶妙な加減で我儘に振る舞って嫌われ役を買ってでるやり口は何処の誰から学んだのかはさておくとしても、それが新しく入ったスタッフとアイドル達の距離感の尺度になったのは確かです」

 

 武内さんにしては珍しい直接的なからかいと、周子の取った手法に顔をしかめてしまったのは仕方のない事だ。

 

 この胸に走る苦味は、いつぞや掛け替えのない友人達の感じた後味の悪さなのだろう。思わず”気にくわない”そう口走ってしまったその気持ちが聞く側になって実感できるとは少々、皮肉が効き過ぎている。

 

「…その結果に甘え切ってしまう自分が何とも情けないのですが、そのおかげで私も彼女達も欠けることなくココに居られます。その事に、報いるべきだと、自分は思うのです」

 

 声の雰囲気は昔からは考えられない柔らかさを含みながらも、揺るがぬ芯が通るのを感じさせるものへと変化した。

 

 人の意識を引きつけるその声は多くのシンデレラを輝く星へと押し上げた”魔法使い”と呼ばれた伝説の男のものである事を否応が無く俺に理解させる。

 

「アナタ達がどんな結論を出そうと、私が有像無像の事情の全てを請け負いましょう。だから、貴方はただ心の赴くままに答えを出してください。それで、あなたの貴重な四年間を使い潰してしまった償いになるとも、彼女の抱え込んだ悲しみの代償にもなるとなど思ってもいませんが、それだけは――――確約します」

 

 万雷の拍手と地鳴りのような歓声。そんな中で最高のフィナーレを飾り、笑顔でファン達に手を振るアイドル達が舞台裏に下がって行くのを最後まで見送ってようやく彼はこちらに視線を向けてそう言い切った。

 

 その瞳と言葉は真っすぐに俺を貫き、息を詰まらせる。

 

「…専務もですけど、武内さんも随分変わりましたね。凄い自信だ」

 

「たった今、彼女達に恥じぬプロデューサーであろうと心を新たにしたところですし、人生における恥は先日かき切った所ですからね。そのせいかも知れません」

 

 苦笑しつつ笑う彼は恥ずかしそうに首元を抑える。そんな何気ない仕草をみて、この人も随分と自然に笑う様になった事に小さく感嘆を吐いた。

 

 人は、そう簡単に変わる事などありはしない。

 

 変ったと感じるのならば、ソレは痛みを重ねた先にある条件反射なのだと頑なに信じて来た。

 

 それでも、最近はそれだけではないのかと思う。

 

 痛みは怖い。誰だって避けたくなってしまう。でも、その先にある甘やかな感情を求めて何度だって人はその痛みに手を伸ばす。

 

 痛いと知りつつも、その痛みを胸に掻き抱いて離したくないと願う。

 

 その異常な情動の動きが俺には今だけはちょっとだけ分かる。分かりたいと願ってしまう。

 

 その痛みの受け止め方もまた、人を変えるのだろう。

 

 いまだ冷めやらぬ会場の誰もいないステージ。そこで輝いていた彼女達を、かつての騒がしくも輝ける日々を、そして――――――――あの銀糸の少女を想う。

 

 無性に、彼女達に、もう一度会いたくなった。

 

―――――――

 

 さてはて、勢い促されるまま席を立ち、のこのこと”関係者以外立ち入り禁止”の看板をくぐってやって来た控え室。中からは耳に馴染んだ彼女達の声がライブの成功を喜ぶ歓声を上げているのが聞こえる。

 

 扉に伸ばした手は所在なさげに空を彷徨い、長い戸惑いの末に取っ手へと手を伸ばす。が、開こうとする踏ん切りがどうにもついてくれない。今さら、どんな顔をして彼女達の前に現れればいいのかなんて見当もつかなかった。大体、いまさr―――――「長い。さっさと入れ」

 

「ぐえっ!!!」

 

 様々な葛藤と言い訳を重ねようとしている自分の背中に鋭いピンヒールが叩きこまれ、カエルを潰したような変な声を上げながら転げるように控え室へと送りだされた。

 

 

「「「「「「「!!!?」」」」」」」」

 

 

 突然の闖入者に大いに盛り上がっていた歓声が一瞬で静まり、背中を抑えて悶える男が誰なのかに気付いた彼女達が小さく息を呑んだのが分かった。

 

 最初に思ったのは”ああ、申し訳ない”という感想だった。昔からこういう場に水を差してしまう事が多かった。学習したことを活かさないからこうした事を繰り返す。ベテランぼっちたるモノこういうときには静かに姿を晦ますべきなのだ。次に思ったのは、突然の闖入者に対して咄嗟にアイドルの前に立って守ろうとした新顔のスタッフへの感動だ。素直に、掛け値なく彼女達を大切にしてくれているのだと、心底ほっとした。

 

――――本当に、何様だと自嘲してしまうくらいに心の何処かに残っていたしこりが解けていくことを感じる。

 

 痛みがようやく引いて来た背中を抑えつつ、蹲っていた身体を起こしてゆっくりと控え室を見回し、テレビ越しでは無い彼女達の顔に小さく息を吐く。さっきまでのライブでの笑顔は錯覚だったのかと思ってしまうほどその表情は辛そうにしかめられ、誰もが苦しそうにこちらを見つめてくる。

 

 今日という日に、自分がこんな顔をさせている事の気まずさに思わず顔を鬱向けてしまいそうになるが、やるべきことを。あの日、本来はやっておかねばならなかった事を済まさずに逃げ出すことは許されない。これから、夜空に輝くであろう彼女達の陰りを指してしまう原因だけは取り除いておかねばならない。

 

 そんな決意を胸に顔を上げると、目の前に小さく、華奢な影が差す。

 

「今さら、部外者が何の用ですか?ここは関係者以外立ち入り禁止の筈ですよ」

 

 小さな身体のどこから発せられているのかと思うほど冷たい声と視線。見上げたその先にいたのは人形かと見まごうほど美しい少女”橘 ありす”だった。

 

「…勝手にいなくなって……”待つ”って約束だって破って見捨てたくせに!!どんな神経をしたら私たちの前にもう一度顔なんて出せるんですか!!答えてください、比企谷さん!!!」

 

 だが、そんな冷ややかな声は言葉を重ねる度に熱を帯びて果てしない怒りを込めた業火へと成り、その細い腕が俺の胸倉を掴み上げて問い詰める。燃える瞳は真っすぐ俺を貫き、下手な虚偽は許さないと伝えてくる。向けられたこちらが思わず見惚れてしまう程の純粋過ぎる怒り。子供らしさを酷く嫌って、頑なな知性で壁を作ることで安定を保っていた彼女が、今この時ばかりは本能の赴くままに俺に感情をぶつけてくる。

 

 そんな彼女の怒りに俺が答えられる事なんて多くは、無い。

 

「ごめんな、ありす」

 

「―――ッツ!!」

 

 俺のその短い一言に、ありすは息を呑む。

 

「…求めているのは、謝罪なんかじゃありません。理由を聞いているんです」

 

 うつ向けた彼女の表情は窺う事は出来ないが、掴んだ胸倉を震わせながら彼女は言葉を紡ぐ。

 

「いつもみたいにくだらない理論で、口八丁で騙そうとして、ください。そしたら、―――そしたら、いつもみたいに私が、完璧な理論で論破して、どれだけ苦しんだかを足が痺れるくらい説教してあげて―――――アナタをずっと恨んでいられるんです!!」

 

 絞り出すようなその声が、酷く俺の中に響く。きっと、本当はそうしてやるべきなのかもしれない。

 

 恨みは時として人を進める原動力となる事がある。それが、もういない人間である場合はきっとどこまでだってその人を推し進めてくれる。思考を停止して、ただその恨みを糧に進んでいくことはきっととても楽だ。だけど、身勝手なのは百も承知で、俺はありすにそんな”呪い”のような原動力を抱えて歩いて欲しくないのだ。

 

 そんなのは、彼女の夢に混じってはいけない不純物でしかない。だから、俺は何度だって赦しを乞おう。

 

 たったそれしかできないのだから、それだけはやり切ってみせよう。

 

「ごめんな、苦しませて、ごめん」

 

「―――ッツ!!!」

 

 馬鹿の一つ覚えの様に繰り返される言葉にありすは更に大きく息をのみ、締め上げる様に握られていた手は最早縋るかのように弱々しくなって震える声を絞り出す。

 

「…ズルイです。最低です。何で、そんな酷い事するんですか」

 

 悪態をつきながらも、握っていた手を引き寄せてその小さな頭を俺の胸板に当ててくる彼女の頭をそっと抱き寄せる。

 

「…ようやく立ち直れた支えを奪って、また歩き出せなんて言われてるのに。そんなに真っ直ぐに謝られたら、許さないと私が悪者に、なってしまいます」

 

 グシグシ、ヒクヒクとしゃっくりや嗚咽を漏らしながらの彼女のそんな一言に俺は苦笑いを返すしかない。まったくもってその通りで、最低最悪なやり口。本当にどうしようもない自分に辟易もするが、この少女のお許しを勝ち取れたのなら自己嫌悪くらい安い買い物だろう。

 

 抱き寄せて泣き続ける彼女の頭を撫でていると、袖を微かな力で引かれ、そちらに目を向けると小梅がいつの間にかすぐそばにしゃがみ込んでいた。

 

「…あったかい。やっぱり触れる本物が、私はいいな」

 

「久々にあった判別方法が触れるかどうかって言うのも斬新だな、小梅」

 

「えへへ、久しぶりだね」

 

 そういって彼女もより精密な判別を行うためなのか抱きついてくる。いや、逆に触れない偽物って何だよ。相変わらずコエ―よ。

 

 そんな二人を見ていたせいか張り詰めていた空気も緩み、他の少女達も緩やかに苦笑を洩らす。これで、全ての贖罪が終わったとも思わないが、まあ、後は個別に頭を下げさせてもらうしかないだろう。ご勘弁願いたい。

 

 小さくため息を吐いて目に涙を溜めた彼女達の頭を撫でていると、こつり、こつりと足音が聞こえてくる。顔を上げなくたってそれが誰かなんて分かっている。自分の中に止むことなく熱をくべていた何かが、更にざわめくのを感じるのだから。

 

「ウチの娘達を泣かせるなんてええ度胸やね、おにーさん?」

 

「いてっ」

 

 聞きなれたその呼び名。鼻を擽る白檀の香り。

 

 小突くように頭を叩かれた俺は、目の前にしゃがみこんだその少女の存在に苦笑いしか返せない。

 

「どうやった?宣言通り、サイコーのライブだったでしょ?」

 

「ああ、本当に最高のライブだった」

 

「ココまで来るのにめっちゃ頑張ったんやから感謝しーや」

 

「武内さんから色々聞いたよ、お疲れさん。あんま無茶はすんなよ?」

 

「これが最後なんて自分だって信じられへんけど、まあだからこそええんかもしれんね」

 

「ファンとしては、なんともいえねえなぁ。続いて欲しくもあるし、これからが楽しみでもある」

 

 重ねられる言葉はお互いにどこまでも穏やかで、澄んでいた。決して空虚なんかでは無い万感の思いを込めた言葉たちの筈なのにこれから迎える結末をきっとどこかで俺も彼女も分かっている。

 

 だから、彼女は最後に”あの歌”を選んだのだろう。

 

 だから、自分は目の前の彼女の顔を真っ直ぐ見る事が出来ないのだろう。

 

 ポツリ、ポツリと交わされる言葉も遂には途切れ、小さくお互い息を吸い、終わりの問いが投げられた。

 

「ねぇ、一緒に行こう?」

 

「――――――ごめんな、周子」

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 その短い返答に、私は小さく息を吐く。

 

 分かっては、いた。この男の頑固さと、不器用さは。でも、ここまで筋金入りだと一周回って笑えてきてしまうのだから大概だ。なにより、振られた自分よりも――――泣きそうな顔をしている男をどうして責められるだろう。

 

「理由、聞いても良い?」

 

「俺は、ただお前らに手を引かれるだけになんて絶対に御免だ」

 

「…行き先の分からない夜空では握ってくれるだけでも救われる、って言っても?」

 

「そんなのは、欺瞞で、いつかは終わっちまう。俺は、痛くても苦しくてもいつまでも続く本物でなくちゃ、我慢できない」

 

「……ほんに、面倒な人やなぁ」

 

 青臭い、馬鹿な理想だと人は笑うのだろう。並び立たねば共に歩く資格を持てないなど、きっと幻想でしかない。支え合って生きて行けばいいと世間では言われる筈だ。でも、この男は”比企谷 八幡”という男はこういう男なのだ。臆病で、卑屈で、やる気だっていつも出さない癖に、根っこの部分では誰よりもおとぎ話の様な理想を抱えて、ソレを頑なに守り続ける大馬鹿者だ。

 

――――そして、私が惚れたのもそんな大馬鹿者の頑固者なのだ。だから、付き合ってやろう。惚れた弱みという奴なのかは分からないが、頑固さも意地っ張りも負けないくらいには自信がある。

 

「また、何度だって迎えに行くよ。アンタが仰天するくらいのスーパースターになったるさかい、首洗ってまっとき?」

 

「ああ、俺がちょっとはマシになったら、今度こそ、その手をとるよ」

 

 彼のくしゃりと泣いてるのか笑っているのか分からないようなその表情に笑いそうになるが、きっと自分だって似た様な顔をしているのだろう。その証拠にちょっとだけ頬が湿気っている。だけど、不細工でも今は笑っていよう。その約束を聞けただけで自分の心は、こんなにも熱く燃え上がり、浮かれ切ってしまっているのだから。今だけは、その感情に嘘なんかつきたくなかった。

 

 だから、その心の赴くままに驚いた顔をした彼の頬にそっと手を添え、唇を彼へと寄せていく。

 

 お互いの香りが、息が分かるほど近づき、頬から伝わる熱がこれから触れる部分の熱さを予想させて身体の奥底が震えるが身体は止まってくれない。これが自分にとっても、彼にとっても初めてだったらいいな、なんて似合わない事を考えてソレを重ね―――――「はい、そこまで!!」られなかった。

 

 くっつく寸前に挟まれた白魚の様に滑らかなその御手。先を辿って行けば般若の様な形相を浮かべた凛ちゃん。

 

「ぺろ」

 

「うひゃあ!!なんで舐めんの!!」

 

 しばしの黙考の末に舐めてみると驚いて彼女は大幅に飛び跳ねて怒鳴ってくる。しかし、文句を言いたいのはこっちである。舐めた御手と同じくらいにあまりにしょっぱなオチ。これではオーディエンスだって納得すまい。

 

 そんな意見を目に載せて訴えかけてみると彼女は若干顔を赤くしつつも声を上げる。

 

「こ、子供を挟んでなにやってんのさ!!教育に良くない!!」

 

「む」

 

 言われてみればその通りである。コレはこちらの配慮が足りなかったと言わざる得ない。なので早速、ありすちゃんや小梅ちゃんをどかそうと思ってもう一度そっちに向き直れば、小梅ちゃんがおにーさんの口を両袖で塞ぎ、ありすちゃんが手を広げて立ちふさがる。まさに徹底抗戦の構えである。

 

「んー。一応、聞いとくけど。どいてくれへん?」

 

「は、破廉恥なのはダメです!!」

 

「やだー」

 

 笑顔で問いかければ清々しい程の拒否。さてはてどうしたもんかと頭を悩ませて居れば、影はまた増えて。

 

まゆ「うふふ、ずっと会えなくて寂しかったですよー、あ・な・た、、、」

 

涼「あ!いつの間にすり抜けてやがった!茜、確保だ!!」

 

茜「お任せください!!ファイアー!!」

 

八「ちょっ、ま!!」

 

 茜ちゃんのタックルで軒並みなぎ倒された所に更に続々と人は寄って行き。

 

楓「あらあら、情熱的なハグではぐらかすなんて、ふふ、悪くありません」

 

川島「…楓ちゃん?」

 

夏樹「相変わらずロックな人生送ってんな~」

 

美嘉「いや、目が無いのは分かってんだけどさー。目の前でそんな露骨にされるとさー。私の乙女心がさー」

 

莉嘉「あ、おねーちゃんが拗ねてる!!あははははイデ!!」

 

 際限なくその輪は大きくなっていき。彼を囲んでいく。

 

新人A「こ、この人があの分刻みスケジュールと極限予算案を残してった諸悪の根源か…」

 

ベテランA「ていうか、トップアイドル二人がスキャンダルってどうすんのよ…。今日絶対に事務所に帰りたくないわ…」

 

 古い知り合いも、初対面も、関係無くその輪は大きくなって。彼の周りはいつだって騒がしく、賑やかだ。

 

「こんな結末では不服かね?」

 

 賑やかな喧騒に思わず苦笑いをしていると後ろから問いかけられる。目線だけで振り向けば、腕を組んだ専務と武内Pが同じような表情で立っていた。

 

「いや、ちょっと残念やけど、きっとこれで良いんやと思います」

 

「ふん、随分余裕だな。取られた後に泣いたって私は知らんぞ?」

 

 口調の割に楽しげな彼女の顔に笑ってしまう。前々から思ってはいたがこの人も随分と茶目っ気が溢れているし、なかなか憎めない。そんな彼女に軽く微笑んで小さく息を吐く。

 

「ええんです。きっとこの胸の火はもっとずっと持ってないといけへんもんやと思うし。―――あんな風に皆が笑えてるんなら、ちょっとくらい我慢しますわ」

 

 もう戻る事は無いと思っていたこの風景はきっとかけがえのない宝で、灯だ。個人的な事の本番は、彼を迎えに行けるくらいになってからのお楽しみにとっておこう。そう呟く私に彼女は小さく微笑んで視線を切り、がやがやワイワイと騒がしい輪に向かって声を張り上げた。

 

「さあ、いつまで駄弁っているつもりだ馬鹿共!会場代の延長代金もタダでは無い。つもる話も、喜び合うのも、泣くのも全部打ち上げ会場に回ってからにしろ!!今日は年少組以外に誰ひとり帰れると思うなよ!!」

 

 その激に控え室は大きく湧き、年少組からは大きく不満の声が上がり、でも、誰も俯いているモノは誰もいなかった。

 

 これからきっと色んな事が起こる。それでも、今日という日が自分達を支えてくれる。

 

 

 

―――――そう自然に思える聖夜に、そうであるようにと心の中で祈りを捧げた。

 

 

  

――――――――――

 

 

 ~エピローグ~

 

 

八「俺と雪ノ下に密着取材、ですか?」

 

D(ディレクター)「はい。3年前ににご協力頂いた”20代トゥエンテイ-全力疾走-”の御二人の回が大変好評でしてね。今回は特別版としてあの頃から成長して主任になった御二人に密着させて頂き、その成長を視聴者に届けたいと思っています」

 

 笑顔でなされた端的なその説明に、俺と雪ノ下は思わず渋面を浮かべてしまう。好評とはいわれても、こっちには苦い思い出しかないのが実情だ。会社で一番厳しいとされる所長(現上司)に着き朝から晩まで揃って怒鳴られ続け、過密スケジュールで疲労困憊の修羅場状態でやらかしてしまったミスを職人や関係各所に頭を下げ回ったのを全国放送で流されたのだ。こんな顔だって浮かべてしまう。他人の不幸は蜜の味なのはいつの時代だって変わらない。チクショウ。

 

八「いや、好評ったってもうあそこまで怒鳴られる事もないから面白い絵図らなんか取れませんよ?」

 

雪「そうね、それに見られて困る仕事もしていないですが守秘義務も多く取り扱っていますので放送出来ない所が多くありますよ?」

 

 雪ノ下と目線を一瞬交錯させ、速攻で断る理由をたたみかける。数多の修羅場をくぐりぬけて来たこのコンビネーションはちょっとしたもんだと自負している。だが、そんな俺らの反論など見通していた様にディレクターはにんまりと笑顔を浮かべる。

 

D「いやー、そうだと思いましてね?今二人がやってる建築の持ち主のタレントに許可を取りに言ったら宣伝に使って良いなら、ってオッケー貰えたんですよ!!しかも、前のドキュメンタリーで話題を呼んだ”雪ノ下 陽乃”の設計でそっちにも確認とったら全面協力まで貰っちゃいまして!!もう、”ここまできたらやるしかない”てくらいの状況です!!…あ、ちなみにお二人に拒否されても会社から辞令が届くと思うっス」

 

 

雪・八「……断らせる気ないな(じゃない」

 

 深々と溜息を吐いた俺達に満面の笑みを浮かべるディレクターが思いだした様に言葉を紡ぐ。 

 

D「あ、それとですね。前回からウチの司会者が変わりましてね?前とは違う人がリポートするんで、本人の希望もあって今回、ご挨拶させて貰って良いですかね?」

 

 へえ、前来た子は緊迫した現場でもきゃっきゃ騒いで職人達の気を逆なでていたからそれはあり難い。まあ、それが前より酷くならない保証はまだないわけだが、先に顔合わせして覚悟ができるだけ大分マシだ。手の回しようといいこのDなかなか出来る。

 

雪「あら、それは朗報ね。今度はどんな方が来られるのかしら?」

 

 雪ノ下の隠す気もない言動は言外に”下手な人材連れてくんなよ”アピールなのだろうがDはソレを分かっているのかいないのか自信ありげにほくそ笑む。

 

D「ふふふ、あの時は予算ももぎ取れずあんなのでしたが今回は一味違いますよ?実を言えば今回の企画もその司会者の発案でしてな。やっぱりトップに立つ人間は金を取るだけあります」

 

八「へえ、そこまで自信あるってのは相当ですね。芸能に疎い自分達でも知っている方だと嬉しいのですが…」

 

D「その心配はありませんよ。日本でその人を知らない人などいないでしょうから。…まあ、実際合って頂いた方が早いでしょうな。入って貰いましょう。どうぞ、入室してください」

 

??「はい、失礼します」

 

 ディレクターがあげた声にゆっくり扉が開かれ、その姿に、その声に、俺は言葉を失ってしまった。

 

 きらめく銀糸は最後にあった時よりずっと伸び腰のあたりまで伸ばされ、狐の様につり上がった眦はあの頃よりもやさし気な柔らかさを称えてはいるが、意地悪げに釣りあげられた口元だけは変わらない。

 

 そして、俺は力なく笑って天井を仰いでしまう。

 

 なるほど、彼女を知らない日本人なんて、いや、海外にいたって知らない人なんてホントに未境の地に住んでいる人くらいなもんだろう。

 

 それほどまでに彼女は、強く輝く星なのだから。

 

八「あのクリスマス以来か、周子?」

 

周子「せやな。ふふ、―――約束、果たしてや?」

 

 ずっと聞いてなかったその声は妙に耳に馴染み、離れていた刻を忘れさて小さく俺を笑わせる。彼女も同じなのかくすり、くすりと笑う。

 

 どれだけ離れていたって結局、あのラーメン屋と変わらぬやり取りをしている俺たちは変わらなかった。

 

 ならば、そろそろ星に手を伸ばしたって罰は当たらないだろうか?

 そんなバカな事を考えて俺は、彼女を、この狂おしいほどの痛みを抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周子 True End  おわりん♪

 

 

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