比企谷、P辞めるってよ   作:緑茶P

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後日譚

 

 

 

 ふわり、ふわりと花びらが舞うように散って行き、ソレを眺める自分の心も同じようにフワフワと現実感がない。さっきから目を通している台本だって文字を撫でるだけでちっとも頭に入ってきやしないのだからこのままではトップアイドル”塩見 周子”の涸権にだって関わるような浮つきっぷりだ。これではいかんと何度も気を引き締めようと頬を軽く張ってみたりはするものの、浮つく心と耳に纏わりついたこそばゆい言葉がすぐさまソレを解いてしまうのだから如何ともしがたい。

 

「ほんま、”デート”一つでココまで浮つく歳でもないやろ…」

 

 深い溜息と共に、台本を脇に放りだして小さく悪態を吐いてみる。ただそれすらも若干口角が上がってしまっているのが分かるのでいよいよ苦笑するしかなくなってしまう。だが、まあ、数年ぶりに再会を果たした想い人。ようやく叶った長年の恋心。そんな相手から誘われたソレに心躍らせぬ女などいるものだろうか?

 誰が聞いている訳でもないだろうが、ちょっとだけ情状酌量の余地を呟くのは微かな抵抗だ。

 

 考えてみれば長い付き合いで二人だけで出かけた事は結構な回数があるのだ。それこそ、買い出しや休暇の暇つぶしに遊びに行った事だってある。世間一般の基準で言えばソレだってデートにカウントしても良さそうな物であるのだが、どう振り返っても親戚の従妹の面倒を見ていたような扱いだった。だが、今回ばかりはちょっと毛色が違う。

 

 あの自分が知る限り最も偏屈な男が、あの”比企谷 八幡”が自分を照れながらも誘ってくれたのだ。

 

 手のかかる妹分としてでなく、”惚れた女”として何処かに行こう、と。

 

―――にやけるなというのは、ちょっと無理な相談だ。

 

 男っ気のない人生に悔いは無かったが、もうちょっと勉強くらいはしておくべきだったと今さらな後悔が沸いてくる。”男女のデート”というからには遊んで終わりでは、きっと無く。聞きかじった程度の知識しかないが、その先だって当然あるのだろう。

 

 数年前に重ねる事の叶わなかったあの熱が生々しく脳裏によみがえり、頬が焼ける様に熱くなった。

 

「今度は、―――」

 

 その熱に浮かされる様にそっと唇に指を添え、小さく呟いた言葉。緩く吹いた風にかき消されなんと呟いたかは自分でも定かではない。だが、きっと―――。

 

 

 

凛・まゆ(ハイライトなし)「「随分と、ご機嫌ですねー?」」

 

周子「うっひゃあ!!」

 

 後ろから掛けられた幽鬼の様な声(二重奏)に全ての熱を奪われ、思わず飛びのいてしまった。慌てて振り向けば目の光を失ったヤバ気な雰囲気を醸し出す二人組に息を呑む。

 

周子「ど、どど、どないしたん、二人とも?もう、二人の撮影は終わったん?」

 

まゆ「うふふ、無事に終わりましたよー。所でさっき、面白い話を小耳に挟みましてー」

 

周子「おもしろい、噂?(ゴクリ」

 

凛「なんでも、どっかのトップアイドルが、どっかの出演者にいきなり熱烈に抱き合ってー、お付き合いする事になったらしいんだー。しかも…」

 

まゆ「その事を、仲間に伏せたままにしていたなんて…。周子さん、信じられます?」

 

 二人は満面の笑みで問いかけてくるが、目は笑っていないし、問いかける声は確信に満ちている。そのうえ、背に隠し持っているナニカ、、、。まあ、端的に言えば、殺る気マンマンなヤベ―女がそこに二人もいた。

 

 あっれ―、おかしいなー。結構厳重にばれない様に頑張ったんだけど、よりにもよって一番ヤバい所に真っ先にばれてんじゃーん。などと、現実逃避していると、二人がじっくりと距離を詰めてくる。

 

まゆ「信じられませんよね。苦楽を共にした仲間にそんな仕打ちをするなんて。私は、周子ちゃんを信じてますよ?」

 

凛「そうそう。私たちは信じてるからね。でも、信頼って確かめる事でより強度を強める事が出来るからさ。チョーっとだけ、確かめさせて欲しいんだ?具体的に言えば、明日のデートとやらが終わる頃までウチでゆっくりしていて欲しいだけなんだよ?後はアイツとの待ち合わせ場所を教えてくれたらいいんだ。そうしたら……ね?」

 

周子「いや、もう完璧に信頼してないし、ぶち壊す気満々じゃん…。ていうか、どっからその情報を手に入れたん?」

 

凛・まゆ「ちひろさんにリアルマネー(スリーピース!!」

 

周子「あんのクソアマッ!!!て、言うか馬鹿じゃないの!!二人とも馬鹿じゃないの!!!」

 

凛「何とでも呼べばいい!!需要と供給が成り立った先にある”神の見えざる手”!!それが、いまこうして役に立ったそれだけでいい!!」

 

まゆ「つまり、ソレに従った私たちは”天使”とすら言えます!!ちなみに、待ち合わせ場所・時間にはファイブフィンガーまで出す用意があります!!」

 

周子「さっきから生々しい数字ださんといてくれる!?あと、やっぱり馬鹿やろ、アンタら!!!」

 

 力の限りに罵倒を飛ばした後に、深くため息を吐いてしまう。一体、どこでこの二人の心はこんなに歪んでしまったのか。恋の罪深さに煩悶としていると二人が嘘のように静まりかえっている事に気がつき、視線を向けてみる。

 

まゆ「ふう、仕方ないですね。”天使”の方で手を打って頂けないなら”悪魔”の方を実践させて頂きましょう」

 

凛「大丈夫、あんま痛くない様にする―――「「「確保―!!!」」」

 

 二人が後ろ手に隠していた何かを出そうとした瞬間に複数の影が彼女達に殺到して一瞬で取り押さえる。あまりに一瞬の事にこちらは馬鹿みたいに口を空ける事しか出来ない。

 

茜「隊長!確保完了です!ボンバー!!」

 

涼「ハンカチ、結束バンド、ガムテープ…目薬。ちっ、ついにココまでガチな装備と技術を身につけてきやがったか!!」

 

早苗「みんな、良い動きよ。訓練がよく生きてるわ。…この二人が安静になるまで保護します。いくわよ!!」

 

凛・まゆ「「んんんんんんーーーーー!!!!」」

 

 あっという間に現れ、颯爽と去って行く彼女達に引きずられるまゆちゃん達。あまりに華麗な手際に賞賛と安堵しか出てこないが、彼女達は一体どこを目指しているのだろうか?多分、アイドルが持っている必要はない技能の行く末を不安に思いつつも首を傾げる。

 

周子「……あの道具で何するつもりやったんやろ、あの二人?」

 

 どうにも分からないそのラインナップに首をかしげつつ、小さく溜息が零れる。

 

 あまりに熱に浮かされて忘れかけていたが、そういえば自分と彼が出かけるとなってトラブルが無かった事など一度だって無かったではないか。時には迷子を拾い、時には警察に追われ、時には見知らぬ他人の為に駆け回った。その一つ一つを思い出してつい笑ってしまう。

 

 確かに緊張も、胸の高鳴りも、初めてに対する不安も期待もあるが、それらを小さく吐きだして今度は大きく息を吸って空を見上げてみる。きっと、自分が想像したあまやかな展開なんて無いのかも知れない。また、騒々しく奔走して終わるのかも知れない。だが、ソレでもいいと思えた。

 

 彼と一緒なら、色気のないそんな日々でもきっと笑っていられるから。

 

 いまは、明日もこんな良い天気である事を祈るくらいがちょうどいい。

 

――――――――――

 

 

 

 朗らかな春の陽気に小さな子供達のはしゃぐ声。公園に植えられたコブシの花がそよ風にその大きな花弁をふるりと揺らす。あまりに穏やかな空気に小さく笑いを洩らしてしまう。在り難い事に仕事は途切れることなくやってきて、ソレを忙しなくこなして行く日々が続いている。こうして昼下がりからのんびりとベンチに腰掛ける様な日常は随分と久しぶりに味わう。そのせいか、夜通し服装を考えていた寝不足な頭がうつらうつらと眠気を誘う。

 

 時計を見てみれば約束の時間まではまだ結構ある。我慢できずに早く家を出てしまうなんて我ながら子供っぽくて笑ってしまうが今は都合がいい。彼が迎えに来るまでちょっと時間がある。ほんのちょっとくらい、10分だけ目をつぶろう。そう、ちょっとだけ、目を、瞑るだ―――――け。

 

 そんな思考からどれだけ立っただろうか、気がつけば日差しとは違う温もりに身を寄せていた事に気がつく。身体もいつの間にか横になっていたが寝ぼけた頭はその温もりと柔らかさを離したくないとぐずって身を寄せる様に要求してくる。抗う必要性などまったく感じず、求められるままにその温もりを更に求めようとしたところで、ハタと気がつく。

 

 自分は、待ち合わせをしていたのではなかったのでは無かったか?

 おそるおそると目を開ければ、自分の頭はちょっとだけ硬くも柔らかい膝に乗せられ、身体には男性用と思われるコートがかけられている。頭に添えられた優しげな手からはほんのちょっとだけ薫る落ち着いた香水の薫り。その手の奥から覗くその顔は、遠くの子供にやさしげな目線を送る”比企谷 八幡”その人だった。

 

 本来なら、飛びあがって謝るべきだったろう。今からだって、そうするべきだったと頭では分かっている。でも、その優しげな表情にどうしようもないくらい目を奪われた。その、見た事もない表情に、心奪われていた。

 

「もうちょっと寝ててもいいぞ、疲れてんだろ?」

 

「っ!?ご、ごめん!!ウチ!!」

 

 どれくらい見つめていたのか、彼が目線だけをこちらに向けて静かにそういった事でようやく意識が戻り、慌てて起き上がろうとするがそっと肩を抑えられる。決して、強い力でもないのに何故か反発する気も起こせずにまた彼の膝に上に頭を下ろしてしまう。だが、申し訳なさだけはどうしたって拭えない。

 

「ごめん、結構時間が押しちゃったやろ。気にせんで、起こしてくれたらよかったのに…」

 

「別にそんな忙しないスケジュールなんか組んでねぇよ。こんな陽気じゃ眠くなるのも分かっちまうしな」

 

 謝ろうと思いつつもイケずな事をされた恨み事を零す自分に彼は朗らかに苦笑しつつ頭を撫でてくるので、こっちとしては唇を尖らせるしかない。なんだか、こんな大人の対応をされると自分だけが子供の様でどうにも癪に障る。居心地の良い暖かさにどっぷりとはまり込みそうになるのを何とか踏み留まって、何とか彼の手を緩く払って身体を起こす。

 

「ホントにそんな急がなくても問題ないから大丈夫だぞ?なんなら、近場に変更してもいいしな」

 

「んー、気遣いはめっちゃくちゃ嬉しいんだけど今日を逃すといつになるか分かんなくなりそうだし、せっかくおにーさんが考えて来たデート、しっかり味あわせてや?」

 

「あんまり期待してて肩すかし喰らっても責任はとれねぇぞ?」

 

 起き上がって改めて彼を見れば、落ち着いた色合いのテーラードジャケットにすっきりしたブラックパンツ。昔より短く刈りあげた髪の毛に、印象的な淀んだ目が眼鏡によって中和されている。まあ、端的に言って、イケメンがいた。

 

「…なんで、俺は今ほっぺをつねられてんすかね?」

 

「対応と格好が女慣れしてそうでキショイから」

 

「いや、ちゃんとした格好して来いって言ったの君なんですけど…」

 

 心に吐き上がった謎の感情を素直に表現(暴力)していると彼は溜息を吐きつつも抓っていた手を取って、歩き出す。なんとなくソレも女慣れしている匂いを感じてなんとなくムカつく。そうやって手を引っ張られて公園の前に止まっているカッコいい車の前で入るように促され、思わず彼と車を二度見してしまう。

 

「え、これ、おにーさんの車なん?え、こんなキャラと違うやろ!!私の知ってるおにーさんは軽バンとかでデートに行くはずや!!」

 

「何かしら言われるかと思ってたけど、どんなイメージ抱いてんだ!!…昔、言ってた先生が”廃棄するのは忍びないから”てんで譲ってくれたんだよ。ほとんど乗る暇もないから車庫の肥やしになってたけどな」

 

「ほへー、なんや、おにーさんの乗る車ってハイヱースとか仕事用のイメージしかなかったからびっくりや」

 

「あー、俺も乗り慣れてるから買うならそっちかなーとかおもってたんだけどなぁ…」

 

「どうして買わんかったん?」

 

「今の仕事は車で出社は原則禁止。ついでにいえば、ボッチが個人で持ってても意味ね―わハイヱース」

 

「もう、後半の理由が全てやん…」

 

 切なげなよもや話をしている内に乗り込み終わった車が見た目に似合わない優しげなエンジンを震わせ、ゆるりと景色を後ろへと運んでいく。流れていく景色に、横でハンドルを握る彼につい昔を思い出してしまう。管理人をやってるときは買い出しで、アイドルだった時は現場までの道のりを、こうして彼の隣で多くの時間を過ごした。いまじゃもう覚えていないようなどうでもいい内容ばっかだったが楽しかった事だけは覚えている。

 

「なあ、この前の取材なかなかええ感じに編集してくれてるみたいやで?」

 

「もう、次に依頼が来ても絶対断るからな。サンプル見たけど事あるごとに昔の映像との比較出しやがって、ぜっ許」

 

「なはは、二人の超長文クレーム見たで!!もうみんなで大爆笑!!」

 

「いや、クレームの意味まったくねえじゃねえか…」

 

 また、どうでもいいような話を二人で次々と交わして行く。笑って、怒って、呆れて、愚痴って、尽きることなく会話は続いていく。けど、その内容は二人揃ってお互いの仕事の比重が大きくて、昔とは違った感触がちょっと新しい。

 

 

 結局、彼はプロデューサーとして業界に戻る事は無かった。

 

 

 彼の仕事を取材して、彼の周りの人を見て、何よりも頭を抱えながらも全力で仕事を取り組む彼を見て、そんな我儘な感情はすっかり萎んでしまった。きっと、彼が自分たちと並び立ちたいと言った誇れるモノは彼の今の職場で得た物で、自分たちの元に戻っては意味のないものなのだろう。本心を言えばちょっとだけ残念な気持ちが無いわけではないが、この時間をこれからは一人占めできると喜んでしまう自分の現金さに苦笑してしまう。

 

”こら、あの二人に恨まれるんも止むなしやな”

 

 心の中で二人に謝りつつも意識を車窓に向ければ、どれだけの時間が立ったのか柔らかく注いでいた陽はゆっくりと傾き夕暮れが密やかに近づいていた。いつの間にか首都高もおり、都内には無い広い空が広がる道路には星々もきらめき始めている。

 

「ん、すっかり遅くなってもうた。ごめんな、おにーさん?」

 

「いや、いまの時期だったら夜でも楽しめるから気にすんな。それより、そろそろ着くからちょっと目を瞑っててくれ」

 

「んー、まあええけど、何で?」

 

「サプライズって奴だよ」

 

「なんやそれ似合わへんなぁ」

 

 意地悪げに笑う彼に苦笑しつつも言われた通りに目を瞑って、座席に身を預ける。ちょっとだけ開けた窓から流れ込んでくる虫の音と、草露の匂いが一層近くなったように感じて深く息を吸い込む。たったそれだけで肩の力が抜けていく気がするのだから不思議なものだ。

 

 そうして、しばらく揺られていると車が緩やかに止まるのを感じる。

 

「もう、目開けてもいいん?」

 

「もうちょっと待ってくれ」

 

 そういった彼が車を降りて、自分の方のドアを開けてゆっくりと手を引く。真っ暗な空間にでも気遣う様に引かれるその手と声が不安を打ち消して、引かれるままにゆっくり歩く。そうしていると、目を瞑っていても分かるほど明るい何かが現れた事に気がついた。

 

「開いても、大丈夫?」

 

「ああ、いいぞ」

 

 

 その声に導かれ、目に映ったのは――――

 

 

 夜空に咲き誇った満開の桜と、月光の優しい光に照らされた一面の菜の花だった。

 

 

――――――――

 

 

 どこまでも続いていくかのような桜の並木を仄かに照らして連なる提灯。その脇には地平の果てまで染め抜くような艶やかな黄色が今は月光によって柔らかな光をともしている。そんな幻想的とすら言えるこの光景を目の前にして、俺はたった一人の女から目が離す事が出来なかった。

 

 月も、花も、風も、音も、全てが彼女を引きたてるための脇役だ。腰まで伸びた輝く銀糸は風に踊り、白いブラウスは月光を受けて輝き、散って行く桜と提灯の頼りない光は彼女の儚げな雰囲気を際立たせた。

 

 今にも消えて行ってしまいそうな彼女にこちらも息をつめていると、彼女は小さく息を吐きこちらに問いかけてくる。

 

「何でココに連れて来てくれたのかって、聞いても良い?」

 

「吉野の桜には叶わないだろうけど、俺が知っている限りで一番きれいな桜はココだったからな」

 

「そっか…」

 

 そういって彼女は再び桜へ視線を向ける。

 

 

―――ずっと、昔の話だ。

 

 

 彼女が誰もいない寮の談話室で流されていた京都の桜を、ずっと眺めていた事があった。

 

 その時に彼女が何かを言った訳でもないし、何かを求めた訳でもない。でも、きっとその時の彼女の心境は身勝手にもなんとなく分かる様な気がしたのだ。すぐ近くに実家がある俺ですら、千葉のあの家がどうしようもなく恋しくなってしまう時がある。ならば、18という若さで故郷を離れて、今まで碌に帰る事の出来なかった彼女の郷愁は如何ばかりだったろうか。

 

 彼女は、決してそんなそぶりは見せない。だから、ここから先は俺の自己満足だ。押しつけがましい、理想だ。

 

 だから、笑ってくれても、怒ってくれてもいい。泣いたって誰も責めやしない。全部、俺のせいなのだから、

 

 その押し付けられた痛みを、どうか、一人で抱えないで、分けて欲しい。

 

――――それを受け止められるだけの強さが欲しくてお前の元を離れたのだから。

 

 

 

「桜が咲いてるうちに、お前の両親に挨拶に行っていいか?」

 

 

「――ッ!!…うちの親父、めっちゃおっかないよ?」

 

 

「ああ、まあ愛娘を貰いに行くわけだからな。気持ちは分かる」

 

 

「…オカンだって五月蠅いし」

 

 

「気に入られるように努力するよ」

 

 

「一人っ子だから婿に入れとか言われるかも」

 

 

「まあ、その辺は要相談だな。別に俺はどっちでもいいけど」

 

 

「私、言っておくけど、相当にめんどくさい女やで?」

 

 

「知ってるよ。世界中の誰より厄介な女だよ、お前は」

 

 

「ははっ、酷い、いわれよう、やん」

 

 

 

 

「周子、結婚してくれ」

 

 

「――――!!」

 

 

 一世一代の告白。

 

 返答は大粒の涙と、かみ殺すように上げられたしゃくり。

 

 だが、まあ、自分に似てどこまでも捻くれたこの女が泣きつくのに二回も選んでくれた事を素直に喜ぼう。

 

 さて、コイツを連れて吉野の桜を見に行く計画と、おっかない親父さんの対策。俺はどっちを先に考えるべきだろうか?

 幼子の様に泣き続ける彼女の頭を撫でながら、俺は呑気にそんな事を考えた。

 

 

――――――

 

 

 東京を発ってから三時間と少し。流れる景色はあっという間に見慣れたものに変わって行ってそのあっけなさに少々、鼻白んでしまう。あれだけ遠く思えていた故郷は実際に足を向けてみればこんなにも簡単にこれてしまうような距離だったのだ。まあ、それだって今回の様な事が無ければ踏み出す踏ん切りはつかなかったのだろうから大きな一歩には違いない。

 

 そんな事をぼんやりと考えて、その勇気をくれた隣の誰かさんに視線をやって小さくため息を着く。

 

「ふふ、今からそんなんで大丈夫なん?これからが本番やで」

 

「…いま考えて来た挨拶全部飛びそうだから、声かけないでくれ」

 

 外の朗らかな陽気など目もくれずに蹲って頭を抱えているおにーさん。あの初めてのデートの時の凛々しさは一体どこに行ったのかと思う滅入りっぷりに思わず苦笑してしまう。

 

「大体、この前うちに挨拶行く前のお前だって似た様なもんだったろうが」

 

「あはは、そういやそやったねぇ。何万人が揃うおっきなライブでもあそこまで緊張はしなかったかも?」

 

 男親に挨拶にいく自分だってあの様だったならば、況や、女親に挨拶に行く彼の緊張はいかばかりか。そう考えてまた笑ってしまう。

 

 あの後からは本当にあっという間に物事が決まって行き、あれよあれよという間に彼の両親へご挨拶と相成った。噛み噛みでぎこちない動きをしていたのは最初のうちだけで、お祭り騒ぎの小町ちゃんとお義父さんのはしゃぎっぷりがお義母さんに一喝される頃にはいつものように笑って、ちょっとだけ泣いた。なんとか受け入れて貰えたのだと言う安堵と、思っていたよりも気さくだった彼のご家族と、隣の恥ずかしそうに頭を抱える彼の家族に成る事を許してもらえた嬉しさ。色んな感情がないまぜになって自然とそんな形へと落ち着いたのだ。

 

「あれだけ盛大にお祝いしてもらったら緊張してるのが馬鹿らしくなっちゃった。だから、きっとこっちだって大丈夫やって」

 

「あの馬鹿騒ぎっぷりは比企谷家末代の恥だよ」

 

「きっと、ウチの家だって似た様なもんだよ。家出していた看板娘が男を引きつれて帰ってくるんだから、お店の人たちも一緒になって蜂の巣をつついたような騒ぎになっていると思うし、人数が多いぶんおにーさん家よりも大変な事になっとるかも?」

 

「勘弁してくれ…」

 

 茶化すように言った一言に、深いため息をついて更にげんなりとした顔をする彼の手を苦笑しつつもゆっくり引っ張る。きっと、頑固な親父に、年甲斐もなく騒ぐ母親。噂好きな騒がしいお店の人たちが今か今かと待ち構える今回の挨拶もハチャメチャになる。彼と、自分が揃ってそうならなかった事なんて一回もないのだ。でも、そうやっていつもの騒がしい日常を彼とずっと繰り返して行く。その一歩だと考えれば足は知らずに弾んでいく。

 

 こんな日々を重ねて、彼と一緒に歩んでいこう。

 

 ソレはきっと、優しい陽光が差し込む今日みたいに暖かい道のりだろうから。

 

 

 

「きっと大丈夫やって。なにせ、ウチが惚れた旦那様やもん。みんな気にいってくれるよ」

 

「ああ、―――そうなるといいな」

 

 

 

 弾む心にしたがって彼に微笑めば、彼は小さく笑って答えてくれる。

 

 これ以上に求めるモノなんて、私にはちょっと見当たらない。

 

 

 

 

 

 

 

fin

 

 




プロフという名のその後




比企谷 周子   性別:女  年齢:28歳


 ドラマ、コメディ、ニュース、ラジオ、ステージと彼女の活躍をみない日は無いほどの名声を誇る人妻アイドル。当時、あまりに気さくに行われた一般人との結婚発表は日本の経済がひっくり返ったとすら言われている。相手については特に公表もされていないが、”伝説のクリスマス”に歌を捧げた意中の相手だとは明言され今でもマニアの間では議論がなされている(ブロントさん説まで囁かれているとか…。そんな押しも押されぬミステリアスなトップアイドルの彼女は二児の母でもある。激務にも関わらず子育てに手を抜いた事はなく、その姿勢に多くの女性の共感を呼んだ。ママ友の高垣 楓 氏とはよくプライベートで会っている事が確認されている。

 また、芸能界において絶対的な地位と実力を誇る彼女だが、同期の”デレプロ”内での共演NG(蒼い人など)が最も多い事も有名である。当人たちは否定しており、実際にテレビ局などで談笑している姿も確認されているのだが、何故か共演する現場には事故や不備が多くなり、強行した勇気ある司会者は無事に収録を成功させたのに何故か”二度とやらない”と泣きわめいた(芸能界3大怪奇。

 今日も彼女はトップアイドルの道を駆け抜けていき、世界を照らす。
 


比企谷 八幡   性別:男  年齢:29歳

 噂の旦那さんである。専業主婦に夢を抱いたのは今は昔、大手建設業にお勤めのそこそこ順調な社会人。某番組に取材された事によって相方の社長令嬢との親密さを勘繰られたりしたが、無事に別の人間と結婚した事が本人から発表され社内が凍ったのは語り草(社長令嬢は砂となった。だいたいの現場を上手くこなす器用さからか、お抱えの設計事務所”spring fiel”からの指名が多く、大体そこの専属になりつつある。そこの所長とも一時期噂が絶えなかったが、本人の愛妻っぷりを知っている一部からのフォローによって最近は沈静化しているらしい。

 また、”定時の比企谷”とも呼ばれ、愛する我が家への帰宅を邪魔されると物凄く嫌そうな顔をする事でも有名(部下が超気を使っちゃう系上司。

 謎の交友関係の広さが疑問視されるが、本人いわく”古い馴染み”とのこと。謎のままである。

 雪ノ下建設が誇る愛妻家・親バカである彼は、今日も定時を目指して業務に勤しむ。
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