比企谷、P辞めるってよ   作:緑茶P

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幕間 その2

 朦朧とした意識に、唄が聞こえた。それは、誰もが耳にした事のある有名な童謡で。

 

 祈る様に、願うように。ただただ健やかにあれ、と望むその声に思わず息をするのを忘れてしまう位に耳を奪われる。

 

 紡がれた歌に合わせるように頭を撫でられ、思わず息をそっと吐いて身体の力を抜く。柔らかな感触と温もり、そして、包み込むようなまどろみがゆったりと自分を包み込む。

 

 この安らぎを自分は二つ、知っている。

 

 

 遠い記憶にしかいない懐かしき母と呼ぶべきあの人と、

 

 

 決して、手を伸ばすべきでなかった、

 

 

 最愛の人の

 

      温もりだ。

 

 

「あら、お目覚めですか?こんな所で寝ちゃうなんて…三下の私が言うのもなんですが、”お疲れさんした”。ふふ、悪くない出来です」

 

 深い悔恨を胸に、抗いがたい誘惑を振り切って目を開けてみれば、さっきまでの神秘的な歌声はどこへやら。別の意味で深く息を吐かされる。それでも起き上がろうとする身体をそっと押しとどめて離さないのに抵抗出来ないのは惚れた弱みか、思っているよりも自分が弱っているからか。後者である事を願いつつ、せめてもの反撃を口にする。

 

「ええ、楓さんに虚を”つかれたので”、疲れました」

 

「あら!トップアイドルの膝枕に酷い言い草ですね、武内君?」

 

 言葉とは裏腹に楽しげに笑いながらほっぺを抓ってくるこの美女が語るその肩書に、今度こそ自分の深くまでに根付く職業倫理がメッタ刺しにされている事を解かっているのかいないのか。ただ、その笑顔になんだかんだと絆されて笑ってしまう自分の甘さがこの胃痛の原因であるのだから彼女ばかりも責めれない。

 

 

 彼女の名は”高垣 楓”。

 

 最近は日本に留まらず世界に名を知らしめたトップアイドルで、

 

 私の恋人だ。

 

 

―――――――――――――――――

 

 多くの人にいまだからかわれるが、色んな意味で”一目ぼれ”と言う言葉を自分が体験する事になるとは思わなかった。

 

 当時、若輩の自分に丸投げ渡された巨大プロジェクトの企画。失敗して元々。そんな大企業ならではの様々な事情の絡み合った末での人選だったと今西さんから聞いたのはかなり後の事であった。

 

 それでも、生来の融通の利かなさか自分は真剣に人選を考え、あらゆるデータとシュチュエーションを予想して取り組み、一年近くかけて準備した段取りを――――――全て、ゴミ箱へ投げ捨てた。

 

 高尚な目的や、理由があった訳ではない。

 

 廊下ですれ違っただけの、たった一目見たその瞬間に思ってしまったのだ。

 

 ”彼女”が輝くステージを、見てみたいと。

 

 いったい何人に『気が狂った』と言われたのかなど覚えてもいない。自分でもそう思っていたのだから否定のしようだってなかった。

 

 アイドルの消費期限は15‐18歳と呼ばれるその業界で最も最初に口説きに掛かったのが無名のモデルで、23歳だと言うのだから。そもそも口説かれた本人が無表情で”…当て馬、という役柄でしょうか?”と言って首を傾げるのだから救いがない。それでも、各所を強引に黙らせ、彼女を何度も説得し、舞台へ引っ張り出した。

 

 そして、彼女が謳うたびに、舞うたびに、

 

 

 ――――――世界が揺れた。

 

 

 正直、一気に変った世間の評判や自分の実績なんてどうでもよかった。

 

 ただ、凍ったような彼女の表情がステージが終わるたびに解けていき、輝いていくのが、嬉しかった。

 

 その、輝きが何より、尊かったのだ。

 

 そして、その輝きが増すほどにそれだけに目を向ける事は許されなくなった。多くの人が、企画が、夢を抱いた少女たちが自分の元へと雪崩れこんで来たのだ。

 

 彼女が評価されるのが誇らしかった。

 

 新しい輝きに出会え、それを押し上げていくのが堪らなく嬉しかった。

 

 自分の裁量で出来る事が増えていくことが、気楽であった。

 

 そんな順風満帆の流れの中で―――当然のように、彼女の担当を外された。

 

 ”プロデューサ―”として、”アイドル”として、当たり前の事を二人揃って忘れて有頂天になっていた事を、思い知らされた。どんなに固い絆で結ばれた二人も、結ばれてはならないという、そんな当然の事を言われるまですっかり忘れていたのだ。

 

 

――――

 そんな事を語っている自分がこうして彼女に膝枕をしてもらっているのだから、世の中、どうしようもない人間で溢れているのをどうしたって咎められない。

 

「んん~?どうかしました~?」

 

 上機嫌で自分の髪を梳いてくれる彼女に大きくため息をついて”貴方のせいで頭が痛くて”と八つ当たり気味に返せば”あらあら殊勝な心がけですね―。お詫びにもっと撫でてあげましょ~”等と言ってわしゃわしゃしてくる彼女にまた大きくため息を着いてされるがままにする。

 

 

 まあ、結果的に言えば、

 

     超ごねたのだ。

 

        二人揃って。

 

 

 会社のあらゆる極秘を暴露する準備と、軌道に乗ったアイドル部門の丸ごと余所に移籍する段取りを完璧に整えて、自分の先輩が所属する765プロに受け入れ準備もバッチシの状態でハリウッド出演まで達成している”高垣 楓”と大層に魔法使いと呼ばれ始めた”武内 駿輔”が『やだ』と、呟くのだ。

 

 だれが止められるだろうか?

 ただ、一生に一度の我儘は冷静になった自身の良心を容赦なく締め上げ、その他の業務への滞りなど一切許さぬ姿勢へと駆り立てて度々こんなざまをさらしている。

 

 そんなとき、散々まきこんだ周囲は気を利かしているのか周りに誰もおらず、彼女だけがこうしてくれている事がある。それを嬉しいと思うか、恥ずべきかは微妙な所だ。

 

 そんな微妙な心境のせいか、余計な言葉が、こぼれ出た。

 

「ちょっとだけ、比企谷君を、羨ましく思ってしまいました」

 

「ん?どうしてです?」

 

 零してしまったあとに慌てて口を噤むが、どうにも聞き逃してはくれないらしく微かに色身の違うオッドアイが覗きこんでくる。

 

「…最高の状態で見送って、綺麗なまま思い出として去って行った…からでしょうか?」

 

 この目に、自分は弱い。自分以外には決して開かないその冷たげな視線が、自分にだけは無邪気に問うてくるのが嘘を許さないのだ。たった一つの嘘がこの輝きを奪ってしまいそうで、本音だけを引きずり出す。

 

「彼の辞めた理由が、羨ましいんだと思います。努力や能力が足りずに辞めていく人はたくさん、たくさん見てきました。でも、彼はそんなことはなかった。同年代の自分が同じ事をやれと言われても絶対に無理なくらい彼は優秀だった」

 

「ええ、そうですね」

 

「そんな彼が辞めた理由は”見届けたから”でした。自分にとっての最高のアイドルが、最高に輝くのを見届けて”彼女達”以外には尽くしたくない。そういって彼は去って行きました」

 

 それは”仕事”として彼女達に携わる自分たちにとってはあまりに眩し過ぎ、妬ましい去り際だ。

 

 誰だって何十年と時間を費やして”最高のアイドル”を探し求める。そして、それを最後に引退を夢見る。そして、夢見るだけであって実際は自分の様にその後は続いていかねばならない。

 

 彼は彼女達を”夢”だったと語った。

 

 そして、その在り様を残酷なくらい理解して、去って行った。

 

 どうしたらあの年齢でそこまで割り切れるのか、不思議なくらいにその先の惨めな結末を理解していた。

 

 そう、語った自分の言葉を聞いた彼女は、ほんのちょっとだけ嬉しそうにほほ笑んだ。

 

「ふふ、そんな話を聞いちゃうと自惚れちゃいそうです」

 

「…何がですか?」

 

「だって、そんな事を言われたら、自分が貴方にとっての一番星だったと勘違いしちゃいそうで」

 

「………自惚れではないと、思って、頂いても、その、大丈夫…です」

 

「ふふ、そんな事いいつつも別の女の子にトキメキだって感じているのでしょう?浮気者ですね~?」

 

「うっ!?」

 

 悪戯気に言われた言葉に返す言葉がみつからず、目線を逸らしていつもの癖で首筋を擦ろうとするとそれも遮られ、正面から顔を合わせられ、囁かれる。

 

「うふふ、そういって貰えるのは嬉しいですけどね?でも、貴方は何度だって何処でだってちょっとの輝きに手を差し出さずにいられないんです。それが貴方の、”プロデューサー”の在り方なんです。比企谷君は”家族”として接していたんでしょう。だから、身内の為ならなんだって頑張れる彼は身内以外にそうする自分が許せない。たったそれだけの違いなんです」

 

 それは、在り方の違いだと。

 

 魂の在り様の違いだと彼女は言う。

 

 納得出来る生き方の形でなく。納得できる後悔の終わり方の違いなのだと。

 

「…そう、なのかもしれませんね」

 

「でなければ、ここまでボロボロになって尽くさないでしょう?」

 

 呆れたように微笑む彼女の瞳と撫でてくれるその手の労わりに、ちょっとだけ胸が痛む。だが、頭の片隅で自分が新しく担当する子達のプロデュースを考えるのはどうしたって止まってくれない。

 

 あぁ、まったくもって彼女の言うとおりである。

 

 自分の惚れた女を傍らにこんな事を絶えず考える自分のなんと浮気性な事か。

 

 だが、ココだけは、ちょっと訂正が必要だ。

 

「楓さん」

 

「はい?」

 

 

 

――――自分だけのものにしたいと思ったのは、貴女だけですよ?

 

 そう伝えた彼女の真っ赤に染まるその顔にちょっとだけ気分が良くなった。

 

 

 

―――――

 

 

 

 高垣 楓   女  25歳

 

 346グループどころか日本全体で見ても類を見ない程の著名を誇るアイドルである。業界内で後に伝説とされる”シンデレラプロジェクト”の由来が彼女と武内Pの馴れ初めへの祝いを込めた皮肉である事を知る人間は少ない。

 元はモデル部門で働いていたが、あまりの無表情に評判は良くなかった中での引っこ抜きだったため意外と交渉は簡単だった。なお無表情の理由はダジャレに誰もツッコミをくれなかった事が原因であったらしい。

 

 346を潰そうとしたりなんやかんや在ったが、グループの纏め役としてしっかり働き、恋も勝ち取った英雄としての地位を順調に固めている。

 

 

 

 

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