缶詰め   作:ユッケライス

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乙倉悠貴は隣を歩きたい

 

 同級生の女の子と目線が合わなくなった。同級生の男の子ともほとんど目線が合わなくなった。いつからだろう。小学校の高学年になって少し経った辺りからかな。私の身長が急に伸び、日に日に大きくなる自分に戸惑った事はよく覚えている。何もしていなくても目立ってしまい、何だか周りから見られている気がした。その感覚が頭から離れなくて、友達と教室で話す時はなるべく自分の席に座って話すことにしたっけ。

 

 周りからジュニアモデルを薦められた。自分がやっていいのだろうか、という思いがあったけど、無下にも出来ないという思いと、少しばかりの興味があったのでやってみることにした。結果として私がモデルとして着た衣装は、所謂、ボーイッシュなもの。私がなりたいと思う女の子とは、違った。

 

 カメラマンさんから、友達の女の子達から、"悠貴ちゃんは背が高くてかっこいいね"と言われたことが何度もある。褒めてくれているんだろうなとは思った。でも私は、かっこよくなんてなりたくなかった。私は、可愛くなりたいんだ。可愛いと言われたかった。可愛いと思われたかった。可愛い服を着たい。可愛いスカートを履きたい。でも、かっこいいと言われ続けた私には、そんな勇気は無かった。

 

 

 

 中学生になり、少しずつではあるけど、まだ身長が伸びる。我が家のリビングの壁の端のほうを見ると、一部分だけ、短い線が縦に疎らに並んでいる。まだ私が幼稚園の頃から、毎年両親が私の身長を測ってくれていた跡だ。あの頃は身長が伸びていたことが分かると喜んでいたっけ。今ではそれが嫌で仕方ない。あの跡も数年前から変わっていない。私は測ることをやめた。

 懐かしさ半分、好奇心半分。久しぶりに壁の前に立ったが、やっぱり今の自分に自信を持つことが出来なかった。駄目だ。ネガティブな感情をかき消そうと、ランニングをするため外へ出た。私は小さい頃から走る事が好きだった。何故かは分からないけれど、嬉しい事があっても、悲しい事、悔しい事があってもその後は走っていた。今の自分がどんな感情なのかはよく分からない。でも、夜風がいつもより冷たかった。

 

 帰ってきた私は水分補給を終え、ストレッチの最中だった。テレビに目をやるとニュースを報道していたが、子供の私には内容が上手く頭に入ってきてくれなかったのでチャンネルを変えた。適当に変えていったが、リモコンのボタンを押そうとする指が止まった。音楽番組。画面の向こうには一人の女の子が立っていた。その人の周りにいるゲストの女の子達とは明らかに違う。私よりも遥かに身長が高いと、画面越しであるが一目で分かる。

 私はその女の子から目が離せなかった。

 その子はアイドルらしい。とても可愛かったから、驚きはしなかった。とても明るくて、私も次第に顔を綻ばせていた。

 そして、彼女のパフォーマンスが始まった。とても楽しそうに歌って、踊って。

 

 「わあぁ……」

 

 気付いたら私は瞳を輝かせながら画面の目の前でその子を見ていた。パフォーマンスが終わり、会場から拍手が起き、私も一緒に拍手をする。両拳を握り、胸に押し当てる。……まだドキドキしてる。

 私もあんな風に可愛くなりたい……。たくさんの人を笑顔に出来るような、可愛い女の子に。

 

 私はその瞬間、アイドルになる事を決めた。

 

 

---------------

 

 

 

 私はアイドル事務所のオーディションを受け、念願のアイドルになることが出来た。合格だと告げられた時のあの喜びは一生忘れないと思う。

 

 

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 私を担当してくれるプロデューサーさんと対面した。

 

 「あのっ、乙倉悠貴ですっ。よろしくお願いしますっ!」

 

 プロデューサーさんは笑顔でよろしくね、頑張ろうねと言ってくれた。優しそうな人で安心した。

 

 

 

 しばらくはレッスンが続いた。歌もダンスも、初めてのことで戸惑う事が多かったけど、とても楽しかった。レッスンを終え、事務所に戻るとプロデューサーさんがいつも「お疲れ様」と言葉をかけてくれた。その後、今日のレッスンはこうだった、ダンスが上手くいった、ここが難しい、と話すことが日課になっていった。ほとんど私が一人で話していても、プロデューサーさんは笑顔で聞いてくれた。親元を離れた私にとっては、それがとても嬉しい。

 

 

 

 

 レッスンを続けていたある日、プロデューサーさんがレッスンルームに入って来て、私のデビューが決まったことを告げた。嬉しかったけど、それ以上にビックリして一瞬固まってしまった。そんな私を見てプロデューサーさんは不安そうにオロオロしていた。それを見て笑ってしまった。プロデューサーさん、絶対に成功してみせますっ!

 

 

 

 

 デビュー当日、緊張はしていなかった。この日のためにたくさん練習してきたから。

 でも、打ち合わせやリハーサルでは中々上手くいかない。スタッフさんの指示も頭に入ってこなかった。

 控え室に戻ると、プロデューサーさんが大丈夫かと声をかけてくれた。何で出来ないんだろう……。昨日は早く寝たし、朝はスムージーも飲んだのに……。いつも通りなはずなのに。このままじゃイベントは成功しないかもしれない……

 

 するとプロデューサーさんは私をランニングに誘ってきた。

 

 「えっ!?た、たしかに、開場まではまだまだ時間がありますけど、だって、え、そんなっ、いいんですか?」

 

 焦る私をプロデューサーが笑いながら急かす。私は着替えて、プロデューサーさんはスーツのまま、外へ飛び出した。

 

 

 それから私達は走った。プロデューサーさんは私の後ろでヒイヒイ言いながら走っている。もう、自分から言ったのに。私はその姿を見てたくさん笑った。

 

 

 上手くいかない理由が分かった。日課のランニングを昨日の夜と今朝控えていたからペースが狂ったんだ。でも本番前に走れたことで、ううん、プロデューサーさんと一緒に走れたことで、頭のモヤモヤが取れた気がした。

 

 

 「でも、変じゃないですかね……。本番前に走るアイドルなんて……」

 

 身長が高くなった時から、私は少しネガティブになった気がする。この時もその私が出た。

 でもプロデューサーさんは、それが悠貴だよ、と言ってくれた。私はそれがとても嬉しくてたまらなかった。

 

 

 本番一分前、私はもう大丈夫。

 私の出番になる。プロデューサーさんが背中を押してくれた。プロデューサーさん、ありがとうございます。絶対成功してみせますっ!

 

 

 「はじめましてっ!乙倉悠貴ですっ!今日がデビューで、初めてのライブですけど、頑張りますっ!聞いてくださいっ!追い風Running!」

 

 

 

 

---------------

 

 

 

 デビューイベントは成功に終わった。あれ以来私は少しずつだけどお仕事を貰えるようになった。プロデューサーさんが褒めてくれる。この人の笑顔を見るととても安心する。

 ……顔が熱い。最近はプロデューサーさんと一緒にいるとずっとドキドキする。何だか胸が苦しいけど、それでも一日のうちプロデューサーさんと少しでも長く居たいから、色々な理由をつけてプロデューサーさんの傍にいた。使う理由で一番多いのは、やっぱりランニング。プロデューサーさんは健康でいて欲しい、や、お昼ご飯をたくさん食べてしまった、など、いろいろ思いついた。

 プロデューサーさんが喫煙者だと知って、ランニングの量を増やした。ふんっ、どうりで体力が無いと思いました。それでも、プロデューサーさんは相変わらずヒイヒイ言いながらも一緒に走ってくれた。

 

 

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 「あ、あのっ、プロデューサーさん。その、えっと……気になる服があるので、今度のお休み、一緒にお出掛けしませんか?」

 

 ある日私は勇気を出して、プロデューサーをお出掛けに誘った。少し考えた後、プロデューサーさんはOKをくれた。

 悠貴は人気が出てきてるから、バレるかもしれない。軽めでいいから変装してきてねと言われて、少し照れた。なんだかお忍びデートみたい。

 

 

 

 お出掛け当日、待ち合わせ場所に行くと、プロデューサーさんがもう来ていた。プロデューサーさんの私服姿を初めて見て、いつもよりもドキドキして、また胸が苦しくなる。一体私はどうしちゃったんだろう。

 プロデューサーさんが立ち止まっている私に気付いて手を振る。ハッとなり私も手を振り返しながら駆け寄る。じゃあ行こうか、とプロデューサーさんが歩き出すのを私は腕を掴み止める。プロデューサーさんが頭の上に疑問符を浮かべたような表情になった。もう……。私はその場で一回転してアピール。プロデューサーさんは「あぁ」と苦笑いを浮かべながら、

 「ごめんごめん、気が効かなくて。とっても似合ってる。可愛いよ」

 

 顔がニヤけるのを必死で我慢する。私は今どんな顔をしてるんだろう。プロデューサーさんに言われるととても嬉しい。

 

 

 色々見て回った。予定していた服を見て、一人じゃ行かないようなオシャレなカフェにも行った。それからも、プロデューサーさんは私が知らないような場所もたくさん教えてくれた。

 途中から、無意識だったと思う。プロデューサーの服の袖をちょこんと摘みながら歩いていても、何も言わず、歩幅も私に合わせてくれた。

 

 

 

 

 時間はあっという間に過ぎて、夕方。寮の門限も近付いていた。

 

 

 「プロデューサーさん、今日はありがとうございましたっ!とっても楽しかったですっ!」

 

 「そう言って貰えて嬉しいよ」

 

 「また今度一緒にどこか行きましょうね!」

 

 「御手柔らかにね」

 

 「あー、何ですか?その言い方ー」

 

 「今日はたくさん歩かされたからね」

 

 「プロデューサーさんの健康を気遣ってあげたんですっ。次はもっと歩かせますからっ。覚悟しといてくださいね」

 

 

 そう言い二人で笑う。ああ、楽しい。

 

 「……プロデューサーさん、ありがとうございます」

 

 「全然いいよ。俺も今日は楽しかった」

 

 「そうじゃなくて、いえ、それもあるんですけど、私をアイドルにしてくれて……ありがとうございました。私、アイドルになれて、毎日がとっても楽しいですっ!アイドルになる前までは、周りより身長の高い自分が嫌いだったけど、今は大好きですっ!本当にありがとうございますっ!」

 

 プロデューサーさんは少しの間ポカンとしてたけど、その後すぐに私に笑いかけてくれた。

 

 「それはこっちのセリフだよ。君がアイドルとして成長していく姿を間近で見れて嬉しいよ。悠貴がアイドルになってくれて本当に良かった。本当にありがとう。大変な事もあるかもしれないけど、これからも頑張ろうな」

 

 「っ!!はいっ!!」

 

 その言葉が嬉しくて、嬉しくて、私は我慢出来なくてプロデューサーさんに抱き着いた。プロデューサーさんはそんな私に苦笑いしつつも優しく抱きとめてくれた。

 

 私がアイドルとして挑む時、不安な時、嬉しい時は、いつだってこの人が隣に居てくれた。応援してくれた。励ましてくれた。喜んでくれた。いつだって笑ってくれていた。

 ふとプロデューサーさんの顔を見上げる。いつもの、私が見てきた、私が大好きな笑顔のプロデューサーさんだ。

 

 

 胸が苦しい正体が分かった。私はこの人のことが好きなんだ。とても、とても。

 

 でも、今はまだ子供と大人。それに何より、アイドルとプロデューサー。そんな私を、プロデューサーさんが受け入れてくれることは無いと、分かっている。

 だったら、プロデューサーさんが私に夢中になるくらいに、アイドルとして、そして女の子として、今よりもっと可愛くなってみせますっ。それまでは、立ち止まらずに全力で走り続けますっ。だから、その時が来たらどうか私を、貴方の隣で歩かせてくださいねっ!

 

 

 

おわり

 

 

 

 

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