とうとう冥界にまで来てしまいました。
予想と違って明るい場所です。
見事な桜まで咲いてます。
なのに死後の世界らしく人魂はうようよといる。
――神様、この場所は和んでいいのでしょうか、それとも死後の世界ということで恐怖を感じた方がいいのでしょうか?
異世界での暮らし方 第5話
「お嬢様、お迎えに上がりましたわ」
そう言ってさっちゃんはお嬢を連れてさっさと帰って行った。それはええんよ、うん。お嬢と2人でおるんは緊張するし。けどなさっちゃん、もしかして今回は報酬なしですかよ!? 本気でタダ働きかい。お嬢、結構な量の飯食べていったんやけど。運良く最近儲けが良かったから、まだ食料買うお金あるからええけどさ。しっかし良く食べたよなあ、あいつ。冷蔵庫の中が空っぽになってるやん。
そう思っていた時期が私にもありました。
「秋、何やってるのさっさと行くわよ」
「ああ、すまんすまん、すぐ行くわ」
なんと、さっちゃんとお嬢から昨日のお礼に花見に誘われたのだ。しかも場所が分からないだろうからってお迎えにも来てくれた。お嬢が見に行くぐらいやからさぞかし見事な桜に違いない。でも、ついこの前まで冬やったのにちゃんと桜の花は咲いとるんやろか? 桜ってそんな急激に花咲かしてたっけか。
「誘っといてなんだけど、あんた空飛べたかしら?」
「いんや、オレは飛ばれへんよ」
「ならどうするのよ。言っておくけど、飛べないとしんどいわよ」
「これを使う」
取りだすは全長2m程度の紙飛行機。これに『飛行機』と書けば実際に空を飛ぶという訳さ。問題は胴体着陸しか出来ないってことやけど。
黒白みたいに箒に乗って空を飛ぶってのも有りなんやけど、あれを男がやると痛いのよね、股間が。この前貰ったベッドに乗って行くのは勿体無いから却下。あれで外出するとどんどん痛む。
「その折り紙で?」
「そう、この紙飛行機で。『飛行機』と書けば本当に飛ぶんよ」
「飛行機?」
あ、そっか。幻想郷には飛行機なんて無いんやった! モデルになっとる飛行機が分からんかったら紙飛行機も分からんか。
そりゃそうやんな。幻想郷に飛行機使って行くほど距離離れた場所なんて無い筈やし、燃料もない。でもってここでは遠出するような人は大抵が空飛べるもんなぁ。そりゃ飛行機なんて発明されへんわ。だって必要ないんやもの。河童達も作ってなかったはずやし。
「飛行機ってのは、外の世界にある空飛ぶ乗り物のことでな。でもってこれは飛行機に似せて作った折り紙。こいつに『飛行機』と書けば本物のように空を飛ぶんよ。で、オレはこれに乗って行くと」
「へぇ、こんなのでねえ。まあ、大丈夫なら何でもいいわ。咲夜、秋の準備も出来たから行くわよ」
「はい、お嬢様。しかし……」
ん、なんでこっちを意味有り気に見るんかな。心配せんでもこれはちゃんと飛ぶし、2人についていける速さは出せるんよ? たぶん。
するとさっちゃんはとても悩ましげな顔をして口を開いた。
「妖精達に襲われた場合、秋はどうしましょう」
「え、守ってくれへんの!?」
「そうね、放置していいわ。良心は痛まないし」
「少しは痛もうよ良心、誘ったのはそっちやん!」
「私は異変を起こしたことのある吸血鬼よ? 良心が痛まなくても――おかしくはないわね?」
「た、たしかに。いやいや、納得したらあかんやんオレ」
そう、ここで納得したら自分自身の力で弾幕ごっこを切り抜けなあかんやん。慣れない紙飛行機に乗ってる状態でなんとかなるとは思えんからなぁ。紙飛行機自体には戦闘力なんてないし。
いや、弾幕ムリでもエス○バリスやブラック○レナみたいに障壁張って突撃したらなんとかなるかも。うーん、今回は保留にしとこ。紙飛行機の耐久力が分からんから下手したら自爆してまう。
というか、ほんとちょっとは痛めよ良心。さっちゃんも「さすがですお嬢様」ちゃうやろ。たしかに妖怪としてはそれでええんかもしれんけど、人誘っといてそれはあかんがな。
「いえ、お嬢様。たしかにそれが1番楽なのですが、秋がいなくなると良い玩具、じゃなくて遊び相手がいなくなりますわ」
「え、心配すんのはそこ?」
「そ、それは困るわね」
「ホンマにそういう認識なんかいっ!」
この野郎、本気で悩みだしたぞ。毎度毎度俺が無事に帰れなかったんは、やっぱりわざとやったねんな! せやから無事に帰れそうな時は、毎回呼び止められて血を吸われてたんやなオレ。
「あ、ちゃんと大切な客人兼それなりに有能な雑用係と認識しているわよ?」
「咲夜さん、有能でも雑用なんやねオレ」
「もっとおいしい血になったら評価を高くするわ。勿論おやつとしての」
「そんな評価はいらん!」
ええい、まともな認識がほとんどないな。1つも否定できんのが情けないんやけど。いや、でもさっちゃんにそれなりに有能と思われてるんは嬉しいんよね。たとえ雑用としての有能やとしても!
それと、おいしくないなら貧血寸前まで吸うな吸血鬼。でもっておいしくなったらこれ以上吸う気かお前さん。死ぬぞ、血液不足して死ぬぞオレが。
するとお嬢がいつまでたっても出発しないのにいらついてきたのかさっちゃんをせっつきだした。
「ま、秋の評価なんてどうでもいいわ。咲夜、さっさと花見に行くわよ」
「はい、では行きましょうか。邪魔する妖精は適当に追い払えばいいでしょう」
さんざん貶しておいてそれはないやろお嬢。まあしかし、さっちゃんが蹴散らしてくれるなら安全やね。流れ弾にだけ気をつければええやろ。その流れ弾も、さっちゃんの後ろにお嬢がおるから、流れ弾の1つも許さんやろうけど。
「ほな、この前手に入れたお酒を持って行きますかね」
「それ、おいしいんでしょうね?」
「天狗のお墨付き」
「咲夜、秋に流れ弾が行かないようにしなさい」
切り替え早っ!? でもってお酒1つで待遇が変わるオレってどうよ。
しかし、これで身の安全は完全に確保された。持ってて良かったおいしいお酒。でも、まさか知り合いの天狗がおいしいと言ってた銘柄が人里にあるとは思わんかったわ。随分昔に飲んだみたいなことを言ってたのにバザーで売っとったやん。
「だってお酒は流れ弾1つで瓶が割れるけど、あんたなら頑丈だから平気でしょう」
「ええ、最近では美鈴並に頑丈になってきていますし」
「や、さすがに門番さんと同じにされるんはちょっと無理があるんとちゃうかな」
たしかにこっちの世界に来て1年、体力とかが増えてもやしっ子からは卒業出来たんよね。でもって服に防御関連の文字を書きまくっとるから頑丈ではあるんよ。ただ、それでも流石に門番さんと同レベルはないわ。オレはさっちゃんにお仕置きされてすぐに復活なんて出来へんもの。黒白のマスタースパーク直撃しても笑って起き上がるあの人の真似なんてオレは出来へんぞ。
こんな会話をしつつ、オレ達は花見に向かうのであった。
あれ、そういえば目的地ってどこなん?
結局、お嬢に喧嘩を売るような妖精はおらんかったのか、一度も弾幕ごっこに巻き込まれず順調に進めた。なんや心配しすぎたわ。
そして、さっちゃんがあれを登れば目的地だと言って、長い、長い長い階段を指差した。
「ああ、なるほど。たしかにこれは空飛ばんときっついわ」
いったい何段あるんやこれ。こんなん歩いて登ったらどんだけ時間掛かるか分からんし、転げ落ちたら最悪死にかねへん。おまけに翌日になったら筋肉痛で動かれへんようになりそうやね。外の世界にある金刀比羅宮の石段と比べると、どっちの方が長いんやろ。あれも奥の院まで登るとしんどかったなあ。
「ええ、だから秋が空を飛べて助かったわ。もし無理だったら……」
「無理だったら?」
「ロープで縛って、私かお嬢様がぶら下げて運ぶつもりでしたわ」
「それはなんともまぁ、過激やね」
ほら、と言ってさっちゃんはロープを取りだして見せた。うっわぁ、本気ですよこの人達。紙飛行機が飛んで良かった、ほんと良かった。ロープ1本が命綱なんて怖すぎるわ。しかもこいつらの事やから、ロープを足首に結んでオレは逆さになって運ばれたに違いない。で、途中で木の枝にぶつかるように飛ばれたり、揺すられたり、ロープの紐をわざと緩めたりするんだろうなあ。
でも、お嬢はともかくさっちゃんはオレをぶら下げて運ぶなんて出来るんやろか? さっちゃんって人間やから、この距離運んでたらめっさ疲れる思うんやけど。
「ま、無事飛べたんやからそのロープしまおうや咲夜さん。現在進行形で飛んでるんやからいらんよねロープ」
「じゃあ飛べなくなったらいいのね?」
「お嬢、そんな期待を込めた目で見るんは止めてえな。そんな期待に応える甲斐性なんて持っとらんよ」
だから目を爛々と輝かせて紙飛行機を見つめんといてください、空から落ちたら死にます。オレ単体では飛ばれへんねん。いくら何でもこの高さから落ちたら即死やから。いや、ホントに無理だからそこまで頑丈ちゃうから紙飛行機揺するんやめてえ!
紙飛行機を落とそうとするお嬢を宥めつつ、階段を無視して上って行った。さっちゃんは微笑みながら見てるだけでお嬢を止めてくれへんし。ちなみに階段は数えてられへんかった。数えつつ飛んでたら酔ってまうわ。
「ここが目的地ですわ」
さっちゃんに連れられて着いた場所には満開の桜と、ものすごく見覚えのある紅白と黒白が。
「おお、これは見事な桜やね。うちの近くには桜咲いとらんから誘ってくれておおきに咲夜さん」
「喜んでもらえてなによりですわ」
「で、なんでおるん紅白に黒白」
さっちゃんは隠れた名所って言ってたのにおかしいやん。オレと親交ある人の大半がここにおるやん。もしかして、弾幕ごっこが強いやつしかこれないとかいう場所か?
「なんでって、ここの主人に招かれたからよ」
「そうそう。むしろなんで秋がいるんだ?」
「オレは咲夜さんに招待されたんよ。あまり人の知らない綺麗な桜を見に行きませんか、と」
すると、2人はなんか納得した顔をして頷いた。
「運が良いわよ秋さん。ここの桜を知っている人はほんとに少ないのよ」
「ああ、なんせついこの前までは立ち入り禁止だったからな」
「なのに今は入れるんかい。ま、楽しめれば理由なんてどうでもええんやけどな」
「まったくだぜ」
そう言って笑い、黒白と紅白は再び酒を飲み始める。いやあ、良い呑みっぷりで。こいつらの肝臓どうなってんねん。料理ないのに飲み続けるとか、お兄さんは厳しいですよ。
しかし、2人とも招待された言うてたけど誰に招待されたんやろ? ここの地主さんやったら後で挨拶に行かんと。オレ、顔も名前も知らんけどな。
「楽しんでる秋に、もう1つ良い情報を教えてあげるわ」
「なんなんかな、お嬢? あんまり聞きたくないんやけど」
だって、お嬢の目が愉しげに笑ってるんやもん。お嬢がこの表情をする時は大抵碌なことが無いんよね。で、お嬢はオレの反応見て大笑いする、と。
以前、強引に弾幕ごっこふっかけられて、被弾して動けなくなったところにのんびりと、実にゆっくりと歩いてきて血を吸いおった時もこんな目しとったなあ。
「ここがどこか知ってる?」
「いや、知らされずに来たから分からへんよ。誰かの私有地ということは分かったけど」
「そう。咲夜が教えてくれたんだけどね、ここは」
「ここは?」
「冥界って言うのよ」
……はい?
「冥界?」
「そう、冥界」
「死後の世界の?」
「そうよ。良かったわね、死ぬ前に来れるなんて、人間が普通に生活してたら体験出来ないわよ?」
いや、吸血鬼も来られへんのちゃうかな。じゃなくて。
「な、なんですとーーー!?」
「おお、良い反応だぜ」
「そうね。でも知らせずにここまで連れてくるなんて、あんたたちも人が悪いわね」
「お褒めに預かり恐悦至極ですわ」
「反応楽しい秋が悪いのよ。これだからからかうのを止めやれないわ」
ああ、幻想郷の女性陣は今日も強いです。