迫り来る死の刃を前に目を瞑ってしまった私に響いたのは肉の切れる音……ではなく甲高い金属同士がぶつかり合う音だった。
恐る恐る覗いてみるとそこには目の前まで迫る刀と、それを寸前で食い止めているナイフがあった。
その持ち主は紅魔館の瀟洒なメイドこと咲夜さん。
「さ、咲夜さん!」
「先に行きなさい。ここは私が相手するわ」
か、かっこいい!
「で、でもいいの?弾幕ごっこの途中だけど……」
「あら、ここは冥界。幻想郷のルールを無理に通す必要はないんじゃないかしら」
そうかここ幻想郷じゃないのか…………あー、あれ?でも相手は弾幕ごっこで応じてきたような?
「ここから先には行かせな……ッ!」
「ほら、さっさといくの」
行かせまいと喋っていた敵を目にも止まらぬ早さで蹴り飛ばした後なんでもないように手を振ってこちらを急かす。
「……わ、わかった。ありがとう咲夜さん」
せっかく道を開けてくれたのだ、私は黒幕へと挨拶に参ろう。
「負けないでね!」
「まさか、お嬢様に誓って負けなどありえません」
ナイフをいくつも取り出し、戦闘体勢を整える咲夜さん。
私はそれを尻目に、春を集めている大きな木に向け飛翔を始めた。
◇
「げほっ、げほ……やってくれましたね」
咲夜は吹き飛び転んだ剣士を立ち上がるまで何をするでもなく見ていた。
「貴方、やり過ぎよ。あれでは弾幕ごっことは呼べないわ」
「確かに……幽々子様に聞かされていたものとは少々違うかもしれません。しかし、ここはあくまで冥界。向こうの決まりに従う理由はない!」
はぁ……とため息を一つ。
「それが仮にも剣を持つ者の言葉とは思えないわね」
「貴様に指図される筋合いはない、邪魔をするなら斬る!」
再び刀を構え斬りかかる寸前の所で世界が静止した。
色の無い世界、白と黒だけが支配する咲夜の世界だ。
「お嬢様からは多少の功績を獲ればよいとだけ伝えられていますし、"これ"でも十分でしょう」
ジャラ……とナイフの束を取り出し投げつける。
『時を操る程度の能力』
この能力が発動している間は、咲夜以外の動く者はいない。
それは目の前の剣士とて例外ではなく、刀を構えたまま停止していた。
投げたナイフは剣士に当たる前にその速度を失い、周囲と同じく停止する。この状態は、人や物に対して直接的な攻撃を加えられない。
故に手前で停止させ、解除と共に迫るアイアン・メイデンを作るのだ。
「貴方の時間も私の物、ワルツを踊れるとは思えませんけど…期待しましょう」
指を鳴らせば解除の合図。一斉に幾多ものナイフが剣士に迫る。
「なッ!?」
向こうにしてみれば突如大量のナイフが現れたように見えるだろう。
しかし伊達に剣を学んでないのか一瞬驚いただけで事態を瞬時に理解し対象してみせた。
とはいえ、この距離では致命傷を避けるのが精一杯らしくあちらこちらに切り傷を作っている。
「腕は確かなようね」
「ハァ…ハァ……奇妙な術を使うようですね」
無理に反応したからだろう、肩を上下させながら咲夜を睨み付ける。
「あら、マジックはお気に召さなかったかしら」
「私は庭師兼剣士です……手品などに興味はありません」
剣士は咲夜の能力を見極めようとはしているが、それ以上の物を見出だそうとはしていない。
武骨な…それでいて頭の固そうな剣士だと咲夜は思った。
「そう、けど相手の言葉には少しでも耳を傾けるものよ。それは命を繋ぐ大事な情報なのだから」
時を止め、再度ナイフの包囲網を展開する。
指を鳴らせば即席牢獄の完成だ。
「ッ!……二度も同じ手は喰らいません!」
宣言するや否や今度は殆どのナイフを落としてみせた。
「お見事、貴方曲芸師の才能があるわ」
「戯れ言を!」
一閃の如き一撃を振るう、しかしどれだけ早かろうと咲夜には文字通り止まって見える。
「貴方に時が切れるなら、届き得るかもしれないわね」
クスクスと剣士を嘲笑うかのように、その矜持を折るかのように咲夜は笑う。
「なめるなぁ!」
愚直にただただ型の通りの、まるで誰とも戦闘をこなしたことのないような教範通りの斬撃を放つ剣士。
柔軟性の無い型にはまりきった動き。しかしそれも極めれば一種の芸術とも呼べる技を繰り出せる。
しかし彼女には経験が浅すぎた。
また彼女は修練を積みすぎた。
故に、咲夜には届かない。
「何故だ!何故当たらない!」
「貴方が未熟者だからよ」
そう、つまりはそういうことだった。
十、二十、百と刀を交える度に思い知らされる。世界には祖父以外にも自分より強い存在がいたのだと。
剣士こと魂魄妖夢は、決して弱くなかった。
祖父の刀さばきを見て、それを我が物にしようと一心不乱に刀を振り続けた。
庭師としての仕事も、主人の世話もこなしながら空いた時間を全て費やした。
斬れば解ると教えられ、それを実践してきたつもりでいる。相手は冥界に漂う悪霊か紛れ込んだ妖怪だけしかいなかったが、大した問題でもないと考えていた。
今回だって人間ごときに遅れをとる筈もないと決めつけていた。
一人目はよかった。相手の狼狽具合が自分への自信になった。
しかし二人目、突如割って入ったこのメイドに一太刀も浴びせられないのはどういうことだ?
斬れば解るが斬ることができない。
妖夢は、戦闘において初めて恐怖を感じていた。
「動きが鈍ってるわよ」
またナイフの檻だ、自分の眼をもってしても捉えられない速度で展開される銀世界。
「ふっ!」
毎度微妙に違うパターンで配置されるナイフの殆どを落としきるも、浅い傷は増えていく。
このままではじり貧だ。
おそらく相手の能力は時間に干渉する物だろう。先程の口振りからしてそこは間違いない。
しかし、言われた通りに未熟者な妖夢にはこれまで時を斬れた試しがない。
雨を斬るには30年、空気を斬るには50年、時を斬るには200年と言われている。
妖夢は、まだ雨すら満足に斬れていなかった。
しかし、だからといって諦める理由にはならない。
腰を落とし、刀を構える。祖父が時を斬って見せた際の構えだ。
何かが来ると思ったかメイドは表情を険しくした。
それでいい。
自分が今出せる最大の技だ、先程は邪魔が入ってくれたがうっかり死なせてしまってはあの方に怒られてしまう。
せめての思いで妖夢はどうか死なないでくださいと願い。
最速の一撃を放った。
「…………」
手応えは……
「……今のは…危なかったわね」
なかった。
しかし、向こうが何をしたのかはわからないが息を切らし顔は憔悴しきっている。
「私は……まだ届かないんですね」
この一撃を防がれたなら、もう私に打つ手はない。
「私の……負けです」
戦闘の構えを解き刀を鞘に納める。
「私の勝ちでいいの?正直これ以上は御免被るから都合はいいのだけど」
「ええ、私には今以上の技を出せませんから」
また一から鍛え直そう、次は時が切れるようになろう。
200年は長すぎる。あと数年にでも体得しなければ彼女に挑めなくなるかもしれない。
「そ……なら私は少し休ませてもら…………!!」
悪寒が走る。
主人の能力と似て非なる死の香りと洗練されてない莫大な妖力。
その方角は先程取り逃がした人間が向かった方向であり、私達の御屋敷と……
西行妖のある場所だ。
※ここの妖夢は普通に強いです