たっくんがルイズに召喚されたようです   作:カレー9610

17 / 20
誓約の水精霊編
夢の続き/虚無の暗黒


 王都には浮かれた空気が漂っていた。王宮の窓の外からは、戴冠式から数日が経っているにもかかわらず、まだお祭り騒ぎを続ける群衆の声が聞こえてきている。

 

「トリステイン万歳!」

 

「アンリエッタ王女万歳!」

 

 ルイズはため息をついて、隣で同じようにつまらなさそうな顔をしている巧に文句をつけた。

 

「あんた、もうちょっと嬉しそうな顔しなさいよ。これから姫さまにお会いするんだから」

 

 巧は彼女を一瞥すると、口を尖らせる。

 

「お前こそ、嬉しくないのかよ。お前の掴んだ勝利だろうが」

 

「……」

 

「姫さまの結婚も流れたんだろう。万々歳じゃないのか」

 

 言葉とは裏腹に、巧には愉快そうな様子がない。ルイズはもう一度ため息をついて、応接テーブルに身を投げ出すように肘を着いた。

 

「戦時の王女様になるのと、政略結婚で嫁に出されるのと、どっちがマシなのか私にはわからないわ。今だって、ゲルマニアの使者が来てるって話じゃない。想像できる? お休みなんて一日も無いんだから」

 

 そりゃキツいな。巧はほとんど呟くように答えた。国賓のための待合室は広すぎて、彼には少し居心地が悪い。

 

 あの後……タルブ上空での戦いが終わった後、おっとり刀で駆けつけたトリステイン軍はアルビオン陣地への突撃を敢行した。支援砲撃と艦隊の喪失を受けて混乱し、士気の下がったアルビオン軍は総崩れとなり、トリステインは緒戦において大勝利を収めた。

 

 ……らしい。巧がそれを聞いたのは、魔法学院に戻ってしばらくしてからだった。

 

 もちろん、ルイズも巧も、自分たちのしたことについては固く口を閉ざしてきた。何しろ聞いたところではジェットスライガーは“フェニックス”として処理されているということだし、そもそもあの時何が起こったのかについては、互いに理解しかねるところがあったからだ。

 

「姫さまは、どうして私たちをお呼びになったのかしら」

 

「さあな」

 

「あんた、誰かに話したんじゃないの? その、“虚――」

 

 む、は発音できなかった。部屋の扉がノックされて、男が顔を出した。

 

「ラ・ヴァリエール嬢。陛下がお呼びですぞ」

 

「か――かしこまりました。マザリーニ枢機卿?」

 

「何か?」

 

「もしかして、今の……いえ、なんでもありませんわ。すぐ向かいます」

 

 少し動揺した声で「行くわよ、タクミ!」と言って、ルイズは出された紅茶を流し込んだ。結局冷めなかった紅茶を眺めて、巧は立ち上がる。大抵、彼が席を外すよう求められるのはこのタイミングだ。

 

「では、こちらへ」

 

 だが、いかにも「平民でござい」という様子の巧を、枢機卿だという男は一瞥しただけだった。巧はルイズと並んで、アンリエッタの居室に通された。

 

 

 

「ルイズ! ああ、ルイズ!」

 

 マザリーニ枢機卿が扉を閉めるやいなや、アンリエッタはルイズに駆け寄った。

 

「姫さま……いえ、姫殿下とお呼びしなければなりませんね。殿下もご機嫌麗しゅう」

 

「ルイズ、ルイズってば。そんな他人行儀はやめてちょうだい。私から最愛の友人まで取り上げてしまうつもりなの?」

 

 ルイズは顔を上げて、いたずらっぽく微笑んだ。

 

「では、いつものように姫さまとお呼びしますわ」

 

「そうしてちょうだいな。昔もつらいことばかりだと思っていたけれど、今では退屈は二倍、窮屈は三倍、そして気苦労は十倍よ。女王になんてなるものじゃないわね」

 

 巧は居心地悪く二人の少女が会話に花を咲かせるのを見守った。いつかも席を外したように、自分にはこういう、仲睦まじいだけの空間はそぐわないように感じられる。

 

「姫さま、此度の戦勝祝いを言上させてくださいまし」

 

 何気ない口調で、ルイズが言った。不意に時が止まったようになって、アンリエッタはルイズの目を、それから巧の目を覗き込んだ。

 

「あの勝利は、あなたのお陰だものね」

 

「な――」

 

「私に隠し事はしなくても結構よ、ルイズ。何より、あれだけの戦果を上げておいて、隠しきれるわけが無いじゃないの」

 

 アンリエッタは傍らの机から羊皮紙を掬い取ると、ルイズに手渡した。巧も、少女の肩越しに覗き込む。

 

「……おい、なんて書いてあるんだ?」

 

「全部よ」

 

「なに?」

 

 聞き返した巧には答えずに、ルイズは顔を上げた。

 

「ここまでお調べなんですか?」

 

「ええ。異国の飛行機械を操る騎士と、魔法学院の生徒。そして奇跡の光――。けれど、私は奇跡など信じませぬ。あの光はあなたなのでしょう? そして、騎士とは……」

 

 アンリエッタは巧に微笑みかけた。

 

「あなたね、タクミさん」

 

「……さあな」

 

 巧は否定も肯定もせず、そっぽを向いた。

 

「ちょっと、タクミ! ――その通りですわ、姫さま」

 

「おい、いいのかよ」

 

「いいのよ。……姫さまには、全てをお話しますわ」

 

 ルイズの瞳に、決意の光が燃えていた。“虚無”の系統。水のルビーを嵌めて、初めて“始祖の祈祷書”が読めたということ。最後に彼女は、アンリエッタの前に跪いた。

 

「恐れながら、姫さまに私の力を捧げたく存じます。本当に“虚無”なのか、確信はありませんが――」

 

「いいえ」

 

 アンリエッタは首を振った。

 

「その力のことは忘れなさい。王家の血筋を引く者に現れた力、そしてガンダールヴのルーン。間違いなくあなたは“虚無”の担い手よ。過ぎたる力は人を狂わせる。私がそうならない保証はないわ」

 

「でも!」

 

「あなたの力を知れば、私欲のために利用しようとする者が必ず現れるでしょう。敵は空の上にだけいるのではありません。権謀術数の世界に身を置くのは、私だけで十分よ」

 

「姫さま」

 

 ルイズは顔を上げた。

 

「私はずっと“ゼロ”でした。嘲りと侮蔑の中、ただ身を震わせているだけだった私に授かったこの力、最も信頼できる方のために使いたいと存じます」

 

「ああ、ルイズ……あなたは今でも、そう言ってくれるのね。思えば、あなたには助けられてばかり。ラグドリアンの湖畔で、身代わりになってくれた時も……」

 

「姫さま」

 

 二人の少女が、ひし、と抱き合うのを、巧は黙って見ていた。やはり、こういう空間には慣れない。

 

 

 

 アンリエッタの花押が入った証文に、お小遣いをしこたま持たされて、巧とルイズは王宮を出た。戦勝ムードの漂う街には、昼間だというのに酔っ払いがあちこちで乾杯していた。

 

「……やったわ。やった!」

 

 ルイズは今日一番の笑顔を浮かべて、巧を振り向いた。

 

「そんなに、嬉しいのかよ」

 

「だって、本当に系統に目覚めたのよ! それに、姫さまに恩返しできるチャンスが同時に来るなんて。急に運が向いてきたのかしら?」

 

「まあ、確かについてるな」

 

 巧はマザリーニから帰り際に聞いた話を思い出す。ルイズの“エクスプロージョン”は、アルビオン艦隊の船に搭載された風石を瞬時に消滅させ、ことごとくを墜落せしめたものの、それそのものは人体を何一つ傷つけなかったらしい。もちろん、怪我人が無かったわけではない。しかし、死者は無かった。

 

 トリステインは多数の捕虜とアルビオンの軍艦技術をほとんど無傷のまま手に入れることに成功したのだ、とマザリーニは得意げに語った。とにかく、巧にとって大切なのは、ルイズが誰の命も背負わずに済んでいるということだ。

 

「ほら、行くわよ!」

 

 ルイズは軽い足取りで、王宮前のブルドンネ街を駆けた。

 

「こけんなよ」

 

 巧は小さく息をついて、ふっと笑った。ルイズが露店にかがんで、彼を呼んでいるのが見えた。

 

「お前、そんなのがいいのかよ」

 

 金貨でいっぱいの皮袋をずしりと懐にしまって、巧はルイズに言った。彼女は露店の店主から、水晶の嵌ったペンダントを受け取ったところである。

 

 胡散臭い店主の言うことには“錬金を介さない本物”だというそれは、いかにも祭りの露店にありそうな安っぽい代物で、祭りの風に背を押されない限りは手に取ろうとすら思わない作りをしていた。

 

「これがいいの! 文句ある?」

 

「……いや、ないな」

 

 だったらいいでしょ、と言ってルイズはペンダントを嵌めた。興味なさげにそれを眺めて、巧は拳を握った。身体の芯に鉛を流し込まれたように、疲れがまだ居座っている。白いライダー……サイガといったか……と戦って以来、ずっと調子が戻らない。

 

「ああ」

 

 息が漏れた。寮に戻ると、巧は倒れこむようにして、束の間の眠りについた。

 

 夢を見た。森の中の開けた窪地。すり鉢みたいな地面の一番底で、巧は真理と一緒だった。辺りには耳鳴りのようなエンジン音が響き渡り、やがてそこら中に、つるりとした無表情なライダーが顔を出す。

 

 ライオトルーパー……海堂が連れているのを、何度か見たことがある。しかし、この数は。

 

 昔の夢じゃない。俺は、こんな世界を知らない。

 

 無数のライダーが稜線を越えて殺到する。巧は自らも変身して、押し寄せる敵の波と激突した。一人、二人、三人……十を超えてからは、数えるのをやめる。

 

「退くんだ! 戦いは数だぜ、相棒!」

 

 突然、オートバジンが叫んだ。嘘だ。この時こいつは、喋ったりなんかしなかった。巧は戦って、そして――。

 

 変身が解けた。巧は泥の中に倒れ伏す。ライオトルーパーの一体が、彼の足を自らのバイクに繋いだ。

 

「巧!」

 

 二人は一瞬、手を繋いだ。直後、ライオトルーパーはバイクをスタートさせる。

 

「真理!」

 

 巧はなす術なく、地面を引きずられた。真理が遠ざかる。最後の一瞬、彼女の表情は歪んで――いや、これも嘘だ。巧はこんな風景を知らない。知らないのに、どうして。

 

「タクミ! タクミってば!」

 

 呼びかけに応えて、巧は目を覚ました。まぶたが緩んで、涙がこぼれた。心配そうな顔で、ルイズが彼を覗き込んでいる。

 

「ちょっと、どうしちゃったのよ」

 

「……どうもしねえよ」

 

「嘘。ずっとうなされてたじゃないの」

 

「悪い夢でも見たのかもな」

 

 他人事みたいにそう言って、巧はベッド脇の椅子に座りなおした。口に出したせいか、今まで見ていた夢の記憶は、急速に薄れていた。

 

「また、こいつを読んでたのか」

 

 ベッドに広げられた“始祖の祈祷書”を手に取る。何度見ても、巧には白紙にしか見えなかった。

 

「虚無、か」

 

 ルイズの嵌めた水のルビー、始祖ブリミルとやらが用いた伝説の系統。

 

「で、なんかわかったのかよ。あの時の爆発のこととか」

 

「少しはね」

 

 ルイズの表情は浮かない。

 

「……虚無ってのは最強の系統なんだろ。もうちょっと喜んでもいいんじゃないのか」

 

「――いかないの」

 

「なに?」

 

「うまくいかないの。途中までは呪文を唱えられるし、爆発も起こるんだけど。船を沈めるなんて、とても無理。きっと、呪文が強力すぎて、私の精神力じゃ扱いきれないんだわ」

 

「そういうもんか」

 

 そうよ、と答えて、ルイズは魔法の講義をしてくれた。メイジは精神力をエネルギーに魔法を行使する。精神力の回復には、時間がかかる。

 

「私、ずーっと魔法が使えなかったでしょ。十年以上溜めてたエネルギーを、あの時“レキシントン”の上で使いきっちゃったのよ、きっと。次にちゃんと呪文が唱えられるようになるのは、いつになるのかわからない」

 

 そこまで言って、ルイズはため息をついた。

 

「“虚無”についてはわからないことばっかりよ。なんせ、詠唱がとちゅうでも、効果を発揮するんだから。そんな呪文、聞いたことないわ……」

 

 後半は独り言になって、ルイズはまた“始祖の祈祷書”とにらめっこを始めた。

 

 巧はと言えば、このまま呪文が使えないなら、それはそれでも構わない気がした。“レキシントン”の甲板で見せた“虚無”の威力。直接人を傷つけるものでないとはいえ、あれは堂考えても、ルイズのような少女が背負うには荷の勝つ力だった。

 

 いざとなれば――。巧はファイズギアの納まったアタッシュケースを見つめる。何とかできるのは、彼しかいないのかも知れなかった。

 

 ガンダールヴのルーンは、巧の手の甲で、抗うように明滅を続けている。

 

(続く)

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。