たっくんがルイズに召喚されたようです   作:カレー9610

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 アンリエッタはワイングラスを煽った。正式に王位に就いて以来、彼女の深酒は進む一方である。お飾りの花に徹していれば良かった王女の頃とは、何もかもが違っていた。

 最初は寝酒のつもりだった酒に、近頃は溺れつつある。酩酊の中に浮かんでは消える、輝かしい過去の記憶。十四歳のわずかな一夏、どれだけ願っても聞けなかったあの一言。

 

「どうしてあなたは、あの時おっしゃってくれなかったの?」

 

 女官も侍従も下がらせた部屋には、アンリエッタ一人しかいない。虚しく響いた言葉が、彼女を現実に引き戻した。

アンリエッタは目を閉じ、強いて眠ろうとした。

 明日も早い。ゲルマニアの大使との折衝が控えている。戦争を終わらせるためには必要不可欠な折衝だ。

 

 その時だった。扉がノックされたのは。

 

「……ラ・ポルト?」

 

 アンリエッタは身を起こし、誰何した。返事はない。

 

「それとも枢機卿かしら? こんな夜更けにどうしたの?」

 

 やはり、返事はない。アンリエッタは杖を取って、語気を強めた。まさかこの王城に、侵入者とも思えないが――今は戦時である。

 

「名乗りなさい。夜更けに女王の部屋を訪ねるものが、名乗らないという法はありませんよ。さあ、おっしゃい。……さもなければ、人を呼びますよ」

「ぼくだよ、アンリエッタ」

 

 短い返事だった。

 

「……ウェールズ様? ああ、そんな……」

 アンリエッタは扉へ駆け寄りかけて、ふらりと頭を抱えた。

「嘘。あなたは裏切り者の手にかかったと聞きました。きっとこれは、お酒の見せた幻ね。そうでなければ、巧妙に作られた偽物だわ……」

 

 己に言い聞かせるようなアンリエッタの言葉に、扉の向こうの人物は微かな含み笑いを返した。幻というにはあまりに真に迫っていて、偽物というにはあまりに懐かしい笑いだった。

 

「そう思うのも無理はないね。何か、ぼくがぼくだという証拠を見せられればいいんだが。風のルビーは君に届けてしまったし。ああ、そうだ――」

 アンリエッタはウェールズの言葉を待った。そうであって欲しい、という願望が、既に彼女のほとんどを占めている。

 だが、次の言葉は、それを差し引いても、彼女を信じさせるには十分すぎるほどの確かさを持っていた。

 

「風吹く夜に」

 

 ラグドリアンの湖畔で、何度も聞いた合言葉。アンリエッタは扉の鍵を開けていた。

 

「ウェールズ様なのですね」

 

 何度も夢見たその微笑みが、アンリエッタに向けられていた。

 

    ◆

 

「ちょっとあんた、どうしちゃったのよ」

 

 魔法学院、ルイズの居室。床に敷いた布団に寝転がった巧を、部屋の主人が見下ろした。

 

「ラグドリアン湖から帰ってきてから、ずっとその調子じゃない。体調でも悪いの?」

 

 巧は眼球だけ動かして、ルイズを見上げる。珍しく物思いに沈んでいたせいで、彼女を心配させてしまったらしい。

 とはいえ、どこから説明すればいいのだろう。

 

「いや」

 面倒臭くなって、巧は短く答えた。

「なんでもねえよ」

「なんでもないことないでしょ! もしかして『アンドバリの指輪』のこと?」

 

 巧は目を丸くした。

 

「どうしてわかった?」

「わかるわよ。あんたがあんなに真剣に人の話を聞くところ、初めて見たもの……人じゃなくて、精霊だったけど。何か心当たりがあるのね」

「ああ」

 

 巧は身を起こした。

 

「“レキシントン”での戦い、覚えてるか」

「もちろん。虚無に目覚めた時のこと、忘れるわけないでしょ」

「あの時、ウェールズと会った」

 ルイズが眉を潜めた。

「ウェールズって……ウェールズ皇太子殿下? どこにいらしたの?」

「あの時、俺たちを追ってきた白いヤツがいたろ」

 

 オートバジンによれば、サイガ。巧の知らない、スマートブレインの刺客。

 

「あいつがそうだ。間違いない」

「まさか。だってあれは、共和国の味方だったじゃない。殿下が生きていたとしても、敵方に与するわけがないわ。誰かと間違えたんじゃないの?」

「……かもな」

 

 巧は再び、布団に身を投げ出した。確かに、仮面の向こう側に誰がいるのかを完璧に判別することは困難を極める。それを利用した者に、巧はしばしば迷惑をかけられてきた。

 だが、今回は自信があった。レキシントンの船上で、サイガは巧に声をかけた。あのウェールズが落ち延びることを選ぶとは思えない。何かの間違いだと思っていた。

 

 だが、アンドバリの指輪。その存在が明らかになったことで、話が変わってきた。

 あれはウェールズだ。サイガに変身しているところを見ると、彼は巧と同じ性質を獲得したに違いない。すると、アンドバリの指輪というのは――。

 

「ヴァリエール殿! ヴァリエール殿はおられるか!」

 

 窓の外でがなり立てる声に、巧は思考を打ち切った。寮の前にグリフォンと馬のあいのこじみた獣で乗り付けた者がいる。

 

「ヒポグリフ隊の紋章だわ。……どうしたのかしら」

 ルイズはローブを羽織った。

「あんたも来て。何か起きたのかも知れないわ」

「みたいだな」

 

 声を枯らす男の様子は尋常ではない。巧はファイズギアの入ったアタッシュケースを掴んだ。

 

    ◆

 

「女王陛下がかどわかされました」

 ヒポグリフ隊の男は、青い顔で言った。

「今から二時間ほど前になります。夜間警護の兵を蹴散らし、馬で駆け去りました。現在はポグリフ隊が追跡の任に就いております。私だけは、女王陛下直属の女官であるヴァリエール殿に報告すべしとの命を受け……」

 

 使者は荒い息を吐いた。彼が手綱を握るヒポグリフは、唇の端に泡を吹いている。大急ぎで飛ばしてきたに違いなかった。

 

「姫さま――いいえ、女王様は。女王様は、どっちに向かったの!?」

 よろめく使者の肩を、ルイズが揺する。

 使者も軍人であった。疲労困憊し、ひとまわり以上も歳下の少女に詰め寄られながらも、直立の姿勢を維持しようと努めている。

 

「賊は街道を南下しております。ラ・ロシェールの方面へ。アルビオンの手の者と思われます。近隣の警戒、港湾の封鎖命令が出されましたが、先の戦で我が軍の竜騎士隊は全滅の憂き目に遭っており……ですが、我らがヒポグリフ隊は必ず任務を達成いたします。ヴァリエール殿におかれましては、心を沈め……」

 

 ルイズはもう聞いていなかった。

 

「タクミ! 行くわよ!」

 

 ほどなくして、世界にただ一台のオートバイが凄まじい勢いで魔法学院を出発した。解放されたヒポグリフ隊の男は、地面に倒れ込んで、疲労に喘いでいる。

 

    ◆

 

 オートバジンは飛ぶように駆け、一直線に街道を南下した。敵がアンリエッタを乗せたという馬の姿は、どこにも見えてこない。順番で言えば、追跡に当たっているというヒポグリフ隊の背が、先に見えてくるはずだったが……。

 

「止まれ、相棒!」

 オートバジンが叫ぶ。巧はとっさにブレーキをかけた。

「なん……」

 

 だよ、と言いかけて、すぐにわかる。オートバジンのランプに照らし出された街道上に凄惨な光景が広がっていた。

「見るなよ」

 ルイズにそう声をかけて、巧はヘルメットを取った。

「ひでえな」

 

 街道には複数の死体が転がっている。巧はざっとその傷を検分した。あちこちに火傷を負っている者、ひどい裂傷を負っている者。寒くもないのに氷漬けになっている者……魔法による攻撃を受けたのか。

 

「生きてる人がいるわ!」

 ルイズの声を聞いて、巧は舌打ちした。「見るな」と言ったのが聞こえていなかったのだろうか。だが、彼一人だったら、生存者に気づくこともなかったかも知れない。

「大丈夫か」

「ええ。腕の傷は深いけど……モンモランシーを連れてくれば良かった。このくらいなら、水の魔法でなんとかなるかも知れないのに」

 

「い、いや……それより、女王様を……」

「ええ、追うわ。そのためにここまで来たんだもの。賊の反撃を受けたのね?」

「あ、ああ……気を付けろ。奴ら、変身の魔法を……御伽噺の中から、あいつら……」

 

 生き残りの瞳が霞んだ。がくり、と首を傾げて、男は意識を失う。ギョッとする巧に、ルイズはかぶりを振って見せた。

 

「大丈夫。気を失っただけよ」

「!」

 

 その瞬間、ルイズの背後で何かが光った。「相棒危ねえ!」と叫んだオートバジンの声、背後に感じた微かな熱。街道脇の草むら、その四方八方から、魔法の攻撃が撃ち込まれたのだとわかった。

 

 倒れ込むようにしてルイズを庇った巧は、素早く身を起こす。草むらの影から立ち上がったのは皆、見覚えのあるアルビオンの貴族たちだった。

 

「やはり来たな。タクミくん」

 

 街道の奥に、金髪の男が姿を現す。

「ウェールズ……」

「“レキシントン”以来だな。息災そうで何よりだ」

「ああ、そっちも……てっきり死んだと思ってたんだがな」

「まあ……そうだな。運が良いのか悪いのか、私も彼らも、こうして生きている」

 

 ウェールズは手を広げた。ルイズがおずおずと口を出す。

「皇太子殿下」

「ヴァリエール嬢。君も来ていたのか」

「はい。……畏れながら、単刀直入に申し上げます。女王陛下をかどわかした賊というのは、皇太子殿下なのですか?」

「それは少し違うわ」

 

 答えたのはウェールズではなかった。ガウン姿のアンリエッタが、男の影から姿を現す。

 

「私がここにいるのは、外でもない私自身の意思です。ルイズ。そしてイヌイさん。駒を引いて。私たちを行かせてちょうだい」

「姫さま、なりません」

「ルイズ、ルイズ……水の精霊の前で、私は誓ったのよ。この方だけに変わらぬ愛を捧げることを。世界のすべてに嘘をついても、自分の気持ちにだけは嘘をつけない。ルイズ・フランソワーズ。何も見なかったことにして、ここを立ち去ってちょうだい」

「姫さま」

「命令することも、できるのよ」

 

 ルイズがきゅっと唇を結んだ。彼女が握った杖は、しかしだらりと地に垂れたままだ。

 

「イヌイさん。あなたも」

 巧はアンリエッタを一瞥する。

「ひとつ聞かせてくれ、ウェールズ。本当にこれが、お前のやりたいことなのか」

「城で話したろう? 何事もままならぬものさ」

「ああ、そうかよ」

 巧はファイズフォンを開いた。ウェールズが微笑む。

「君の姿を見た時から、こうなるような気がしていたよ。望んでいたのかも知れないな。できれば、速やかに私たちを止めてくれ」

 

 ウェールズが手を動かし、何かの合図を送る。たちまちアルビオン貴族たちの表情に、影の筋が浮かんだ。貴族たちの輪郭が歪む。迸る灰色の光。詩人と天使の名を併せ持つ、一つ先の生命体。

 

「あれが、さっきの……」

 ルイズの声が遠くに聞こえる。

「お前は隠れてろ。あいつらは俺がやる。――行くぞバジン!」

 巧は変身コードを入れた。555。

 

「変身!」

【COMPLETE】

 

 赤い光。ファイズが飛び出していく。その道行を援護するように、オートバジンは射撃を開始した。

 

「ね、ねえ」

 ルイズはかたわらのオートバジンを見上げる。

「あれって……何? 人間が変身したの?」

「ああ。オルフェノクだ」

 

 銀色の機械は、珍しくシリアスな声を出した。

 

【READY】

【EXCEED CHARGE】

 

 ファイズがオルフェノクを殴りつける。グランインパクト。真っ赤な「Φ」の字が空中に浮かび上がった。

 その時にはもう、巧は次のオルフェノクに照準を移している。

 

「人間の持つ可能性の一つ。古い命の終わりという種子から芽吹く、新たな命の形だ」

「なによ、それ……それが、アンドバリの指輪の力だっていうの?」

「それは俺にも分からねえ。だが、ナントカの指輪には、オルフェノクを芽吹かせる力があるらしいな」

 

 BRATATATATATATA! オートバジンはさらに射撃する。その背中に括り付けられたままのアタッシュケースから、微かな光が漏れた気がした。

「バジン――」

「どうした、嬢ちゃん?」

「ちょっと、ごめん!」

 ルイズはオートバジンの背後に回り込むと、アタッシュケースを引き剥がした。蓋を開けると、皮表紙の古書が現れる。出発する前に巧が巻いたファイズギアの代わりにルイズが押し込んだ、始祖の祈祷書であった。

 そのページの一つが、奇妙な輝きを放っている。

 

【READY】

【EXCEED CHARGE】

 

 地面すれすれから放たれた真っ赤な槍が、オルフェノクの一体を捉えた。斜めに飛び上がるような角度で、ファイズの飛び蹴りがオルフェノクを突き抜ける。クリムゾンスマッシュ。再び「Φ」の字が夜を赤く照らした。

 

 巧は奇妙に思った。オルフェノクたちはひるむことなく襲いかかってくる。その動きはどこかちぐはぐで、散発的だ。全員がファイズを捕らえることに必死で、オートバジンの射撃をなんとかしようという者はいないらしい。

 大振りの一撃を交わす。カウンターパンチを受けたオルフェノクの一体がたたらを踏む。

 

 このオルフェノクたちは、人形めいているのだ。誰かに操られているように。

 

「駄目だな、あれでは」

 街道で観戦するウェールズは、微かに笑う。

「やはりぼくが出る他ないか。強いな、タクミくんは」

「ウェールズ様、私も」

 アンリエッタが杖を抜く。

「ええ、私もお手伝いしますわ」

 

「いや」

 ウェールズは頭を振る。

「アンリエッタ、君はここに。手を汚すのは、ぼくたちだけでいい」

 ウェールズが上着の前を開ける。彼の腰には、白いベルトが巻き付けられていた。

 サイガギア。

「どの道、今のぼくにはメイジとの連携は難しいからね」

 

 白い携帯電話型デバイスを開く。ウェールズの指が変身コードを入力した。

 315。ENTER。

 

「変身」

 

 青い光がウェールズを覆った。アンリエッタが息を呑む。

 純白のルナメタル。紫のスカイハイ・ファインダー。楽園を追放された、天を司る戦士。

 仮面ライダーサイガ。

 

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