たっくんがルイズに召喚されたようです   作:カレー9610

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馬と親しむ/ご主人様の矜持

 馬。

 馬といえば、木場のことを思い出す。ホースオルフェノクの男。一度は袂を分かち……最後には、再び肩を並べて戦うことのできた仲間。

 だが、乗り物としての馬と巧とは、相性が良くないらしかった。

 

「腰が痛え」

「情けないわね。馬にも乗ったことないなんて……これだから平民は」

 

 ルイズは周囲の目を睨み返しながらぼやいた。

 

「帰りは、馬を借りて乗って行ってよね。平民の男と二人乗りなんて、おかしいったらないもの」

「仕方ないだろ。俺だって、あそこまで馬に拒否られるとは思ってなかったんだ」

 

 そういえば、草加にはじめてあった時に、あいつは馬に乗っていた。巧と馬との相性は、こちらを基準に考えたほうがいいのかも知れなかった。

 

「とにかく、財布はあんたが持ちなさい。落とさないのはもちろん、スリにも気をつけるのよ」

「こんな重いもん、掏られるのかよ」

 

 貨幣の詰まった皮袋を、巧は懐にしまった。

 

「没落メイジの中には、そういうことをする連中もいるわ。ちゃんと用心しときなさい」

「へいへい」

「まずは服。それから布団……は無理ね。かさばりすぎるわ」

「布団ならベッドがあんだろ。換えが要るのかよ」

「何言ってんのよ。服も布団も、あんたのよ」

「何?」

 

 巧は目を丸くしてルイズを見た。

 

「なによ。いいから行くわよ」

 

 ぷいっと顔をそらしてルイズはどんどん歩き出した。一体どういう心変わりがあったのか、ともかく巧はそれに続いた。

 

「平民の服って良く分からないわね。といって私の分かる服じゃ、高すぎるし……」

「いらねーよ。これ、お前がもらった金なんだろう」

「要るわよ! あんたの上着、ギーシュと決闘して以来、ボロボロじゃない!」

「別に平気だろ、このくらい」

「それに、これから暑くなるわよ。一枚くらい、薄いのを持っときなさい。洗濯するにも困るでしょ」

 

 巧は困惑しながら、ルイズの言うままに薄手のズボンを一枚と、シャツを二枚買った。

 

「布団は……そうね、学院のを借りましょう。あとは――」

 

 服を押し付けて、ルイズは巧を眺め回した。

 

「あんた、剣を持ちなさい」

「なんだって?」

「キュルケに目をつけられたとなると、命がいくつあっても足りないわよ」

「俺にはファイズのベルトがあるの、見ただろ」

「ファイズ? ああ、錬金するやつね。あれかさばるじゃない。今日も持ってきてないし」

 

 確かに、ファイズギアは持ち歩くには邪魔だ。肩からかけることも出来なければ、背負うことも出来ない。東京にいた頃は、バイクの荷台にくくりつけたり、車の助手席に乗せたりしていたのだが、当然ハルケギニアにはそんなものはない。ルイズの言うことは、もっともといえばもっともである。

 

「馬にも載らねえしなあ」

 

 そんなわけで、二人は武具店にやってきた。裏通りに居を構える、胡乱な店である。

 

「七十五エキュー? そりゃ話になりませんや。どんなに安くたって、剣は二百からが相場で」

 

 五十がらみの主人は顔の前で手を振った。

 

「うそおっしゃい。ここは傭兵連中も来るんでしょ。そんなんじゃ商売上がったりじゃない」

「それがそうでもございませんで。近頃は貴族の方々が下僕に剣を持たせるとかで、随分繁盛しております」

「盗賊?」

「ええ、土くれのフーケとかなんとか言いまして」

「それで、相場が高騰してるのね」

「へえ」

 

 あんたが喋るとややこしいことになる、と言われたので巧は黙っていた。なるほど、ルイズはなかなか隙がない。だが、金もないようだった。

 

「――棒! 相棒!」

 

 ふと、剣の山の中から声がかけられた。

 

「相棒! 相棒じゃねえか、おい!」

 

 聞き間違えではない。ルイズと店主が振り向いた。主人が舌打ちする。

 

「バジ公、黙れ! 今、貴族のお方と商談中なんだ!」

「うるせいやい! 俺は相棒を見つけたんだよ!」

「俺か?」

「ああ、そうだぜ! 相棒よ、この剣の山をどけてくれい!」

 

 ルイズが主人に向き直る。

 

「誰?」

「いや、誰といいますか、その、インテリジェンスウェポンの一種、だとは思うんですが、へい」

 

 二人の会話を尻目に、巧は剣の山をかきわけた。

 

「こいつは――」

 

 見慣れた銀色の輝き。黒い樹脂のハンドル。全体を埋めるようにして周りに積み上げられた剣をどけると、鋭角のシルエットがあらわになる。

 

「へへ、久しぶりだな、相棒!」

 

 確かに相棒だった。巧の相棒と言い切れる相手がいるとしたら、それは“これ”を除いてはありえない。

 

「バジ公……そうか。お前が」

 

 SB-555V。オートバジン。うれしそうに、そのディスプレイが光った。

 

「おい、俺を買えよ」

「ああ、買うぜ。店主! 幾らだ?」

「そいつなら50で結構でさ。大体、持ってこられたはいいが捨てられもしませんで。貴族の方にも溶かせませんでで、邪魔で邪魔で仕方がなかったもんでして、へえ」

 

 巧は財布を取り出した。

 

 

 

「ちょっと! こんなの買っちゃって、どうするのよ!」

「こんなのじゃねえや、小せえ嬢ちゃん! 俺ぁオートバジン! 俺と相棒は一心同体なんでえ! 安心しな、全力で働いてやっからよォ!」

 

 ルイズはオートバジンが騒ぐのを無視して、巧が押す二輪車を指差した。

 

「どう考えても邪魔じゃない! どうやって持って帰るのよ! 馬で三時間かけて来たのよ!」

「馬より早く帰れるぜ!」

「うるさいわ! 今からでも返しに行くわよ」

 

 巧は黙って、燃料タンクに瓶から液体を注いだ。余った金で酒場から買ってきた、一番強い酒だ。

 

「本当に大丈夫なんだろうな」

「おうともよ! 効いてきたぜ。エンジンをかけな、相棒」

 

 イグニッションキーをひねる。銀色のバイクは機嫌よくエンジンを響かせた。荷台には買ったばかりの服をくくりつける。

 

「これ、すごくうるさいわ」

「エンジンだ。こいつに乗って帰る」

 

 ヘルメットは、昔使っていたのと同じものがついていた。いささか傷が目立つが、とりあえず使うのに支障はなさそうだ。

 

「私は?」

「相棒と一緒に乗んな! ばっちり送ってやるからよ!」

「いいの?」

「ああ。でも、馬はどうすんだよ」

「馬舎に置いてけばいいわ。どうせ借り物だし」

「そうか。じゃ、後ろに乗れ」

 

 巧は予備のヘルメットを出した。

 

「しっかり掴まってろよ。危ないからな」

 

 ルイズがうなずくのを見届けて、巧はアクセルをひねった。軽快な音を立てて、オートバジンは走り出した。

 

 

 

 初めて乗るバイクの速さと乗り心地に、ルイズは目を白黒させた。巧が精通しているらしいこの不思議な乗り物は、馬とはまるで違う。耳もとを切る風の鋭さ、冷たさ。幻獣で地を駆けるのとも、竜に乗って空を飛ぶのとも、別物だ。

 

「なあ――」

 

 彼女の前で、巧が何か言ったような気がした。

 

「なに?」

「今日はどうしたんだ」

「なにがよ!」

「俺に服を買ってくれたり、剣を買おうって言い出したり――お前、ちょっとおかしいぜ」

「あんたが言ったんでしょ!」

「なにを!」

「『使い魔ごっこは終わりだ』って!」

「……」

 

 巧は黙った。二人の耳元を、いく陣かの風が吹き去った。

 

「ツェルプストーにも言われたわ! 『私には人を使う才能がない』って! むかついたわ! でもそうよね! あんたはあんなだし、一度も私の言うことを聞いたことがなかったわ。気が向いたことだけやってたのよ!」

「……」

「ギーシュの時だってそう。一度は、私がゼロ呼ばわりされたことに怒ってるのかとも思ったわ。でも違うの。あんたは吹っかけられた喧嘩を買っただけなのね」

 

 巧は言い返しもせず、黙って聞いていた。それから、アクセルを緩めた。このほうが、互いの声がよく聞こえる。

 

 

「洗濯だけはちゃんとしてるわ。でも、それはあんたが洗濯好きってだけのことだったのよ。最初に私についてきたのはどうして? キバって人に似てるから?」

「どこで聞いたんだ、それ?」

「いつも寝言で言ってるわ。キバじゃなければ、クサカかミハラ? ケイタロウ……は違うわね、きっと。なら――」

 

 巧は引き取った。

 

「真理だ。園田、真理。お前は少し、真理に似てる」

 

 街道にはほとんど、オートバジンだけだ。巧は、ちらりとルイズを見た。

 

「でもお前は真理じゃない」

「そうよ。あんたがやってたのは、『マリの使い魔ごっこ』。私がやってたのも、『使い魔のご主人様ごっこ』だったわ」

 

 殊勝な台詞だった。それでいて、辛らつだった。巧はさらにアクセルを緩めて、彼女の声を聞いた。

 

「私もやめるわ。ご主人様ごっこはおしまい。あんたが使い魔ごっこをやめたようにね」

「ああ。いい考えだな」

 

 ルイズは巧の耳に、口を寄せた。ヘルメット越しに、彼の耳は彼女の声を拾った。

 

「私はルイズ! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ!」

「俺は――」

 

 空を行く大きな影と、小さな銀色の単車がすれ違う。向かい風が吹いて、二人の耳元でひときわ大きく、風鳴を響かせた。

 でも、ルイズには確かに聞こえた。

 

「乾巧だ。乾が苗字で、巧が名前」

 

 そこまで聞いて、彼女は自分が家名だと思っていた“タクミ”が、彼の名前だと知ったのだった。ルイズは少し笑った。

 

「何も知らなかったのね、私」

 

 それが聞こえていたのかいなかったのか、最後にもう一度、巧が口を開いた。

 

「悪かった。あの時、突き飛ばしたりして」

「――いいのよ。気にしてないから」

 

 怪我もしてないしね、と言ったのは口の中だった。遠くに、魔法学院の姿が見え始めていた。

 

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