たっくんがルイズに召喚されたようです   作:カレー9610

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風のアルビオン編
アルビオンからの呼び声/王女の憂鬱


 居並ぶ生徒たちから歓声が上がる。白い馬車の中から、白いドレスに身を包んだ少女が、赤いじゅうたんの上に降り立った。にっこり微笑むと、優雅に手を振って見せる。トリステインの王女、アンリエッタだった。

 

「あれがトリステインの王女? ふん、あたしのほうが美人じゃないの」

 

 多くの生徒が整列して王女を迎える中で、それを遠巻きに見ている者たちがいる。留学生であるキュルケにタバサと、平民でルイズの使い魔の乾巧だ。

 

「ねえ、ダーリンはどっちが綺麗だと思う?」

 

 キュルケに水を向けられた巧は、つまらなそうに答えた。

 

「さあな」

「もーぅ、いけずなんだから!」

 

 巧は、王に良い思い出がない。日本には皇族がいたが、もちろん巧なんかとは縁がなかったし、巧と縁の深い“王”のことを思ってみれば、やっぱり良い思い出はない。

 

「あら」

 

 キュルケが声を上げた。その視線の先には、獅子の体に鷲の頭を持った、奇妙な獣がたたずんでいる。馬ばかりの王女一行の中では、とりわけ目立った。

 

「なんだ、ありゃ」

 

 キュルケは答えない。仕方ないので、巧はタバサに視線を向けた。タバサはそれに気づいて、広げていた本から顔を上げる。そして、短く言った。

 

「グリフォン」

 

 次いで、乗り手を指差す。羽帽子を被ってマントを羽織った、凛々しい男である。

 

「いい男」

 

 巧は小さくため息をついた。奇しくも、それは今日一日の王女が何度も見せた振る舞いと似ていた。

 

 

「どうしたんだ、お前」

 

 夜になった。巧は床に敷いた布団の上に座って、ルイズに尋ねた。昼間、王女の行列を迎えてから、彼女は落ち着きがない。今も、ベッドに立ったり座ったり、教科書を開いてみたり閉じてみたり、どうにも体を持って行きあぐねている様子だった。

 

「なんでもないわ。なんでもないのよ」

「……そうかよ。明日も早いんだから、もう寝たほうがいいぞ」

「そうね。そうなのよ」

 

 ルイズはベッドに腰掛けて、しかしランプは消そうとしない。

 

「……」

 

 本格的におかしい、と巧が感じたとき、部屋の扉が叩かれた。最初に二回、それから三回。それを聞くと、ルイズははじかれたように立ち上がった。ドアを開ける。

 廊下に立っていたのは、黒頭巾を被った人物だ。

 

「……あなたは?」

 

 黒頭巾はさっと部屋に入ると、ドアを閉める。手にした杖を振って、短くルーンを呟く。光の粉が宙を待った。

 何も起こらない。

 

「ごめんなさい。でも、どこに目や耳が光っているか、わかりませんからね」

 

 黒頭巾は頭巾を取った。巧にも見覚えのある顔である。ルイズがさっとひざを突いた。

 

「姫殿下!」

「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」

 

 アンリエッタ王女だった。

 

 

 

 それから、巧は二人の少女が思い出話に花を咲かせるのを見ていた。どうやら、ルイズと王女は旧知の仲らしい。

 巧はルイズに目で合図すると、黙って席を外した。

 

「……」

 

 後ろ手に扉を閉めると、見知った顔と目があった。

 

「あっ」

「なにしてんだ、お前」

 

 この世界に来てから二日目、初めてファイズに変身した相手である。金髪をカールさせて、フリルつきのブラウスを着た、鼻持ちならない貴族である。

 

「ギーシュだったか? 立ち聞きかよ」

「ち、ちちち違うよ、きみ! ぼくは女子寮に入る不審な人影を発見してだね、それが姫殿下かな? でも違うかもしれないなー、と思ってね」

「立ち聞きだろうが」

 

 巧は扉に寄りかかって、ギーシュを見た。決闘したときとは、随分雰囲気が違って見える。ゴーレムを巧にけしかけた時よりも、年相応だ。

 

「お前、今のほうがいいぜ」

「それはどういう意味だね、きみ」

「そのまんまだよ。あの後、あの女とは仲直りできたのか?」

 

 ギーシュは答えなかった。どうやら、完全に振られたらしい。巧は黙って、目を閉じた。

 その時、扉が内から開いた。顔を出したのは、ルイズである。

 

「タクミ、ちょっといい? ……ギーシュ、あんたはなんでここにいるのよ」

 

 

 

「ルイズと一緒に土くれのフーケを捕まえたのは、あなただそうですね」

 

 ギーシュごと部屋に招き入れられた巧は、アンリエッタにそう言われて、所在無さげにルイズを見た。

 

「姫殿下は、私たちの力を借りたいそうなの。アルビオンの皇太子様から、手紙を取り戻して欲しい、って」

「手紙?」

「わたくしがウェールズ皇太子に送った手紙です。それがアルビオンの貴族に渡れば、彼らはすぐにもゲルマニアの皇帝に届けるでしょう」

「それの何がいけないんだよ」

 

 ルイズとギーシュが巧をにらんだ。

 

「姫殿下の御前よ!」

「そうだ。言葉を慎みたまえ」

 

 アンリエッタは二人を手で制した。

 

「申し訳ありません。少し急なお話でしたね」

 

 アンリエッタは、手短に国際情勢を話した。

 アルビオン王国の現王権は、貴族の反乱によって危機にさらされている。反乱軍が勝利を収めれば、次はトリステインに侵攻してくるであろう。これに対抗するため、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶことを決め、アンリエッタはゲルマニアに嫁ぐことになった……。

 

「政略結婚ってやつか」

 

 アンリエッタはうなずいた。

 

「分かった? トリステインのためにも、結婚を反故にさせるわけにはいかないの!」

「……なるほどな」

 

 そんな大事を招きかねない手紙の内容を聞かないだけの分別は、巧にもあった。

 

「それで、お前は行くって決めたのか」

「ええ。お国の一大事ですもの。あんたも来るのよ」

「アルビオンは戦争してんだろ。危なくねえのかよ」

 

 アンリエッタの表情がかげる。

 

「そうよね、やっぱり……ルイズ、ごめんなさい。わたくし、どうかしていたわ。友人を戦場に送ろうだなんて……」

「姫さま! いいんです、私だって姫さまの力になりたいのですから! ちょっと、タクミ!」

「それに、姫さまだって――」

「タクミ!」

 

 ルイズが首を振る。

 

「……悪い」

「いいえ、ありがとう。わたくしの周りに、わたくしの気持ちを考えてくださる人は、多くありませんから。お気持ちだけでも嬉しいわ」

 

 やや、気まずい沈黙が流れる。

 

「……姫殿下!」

 

 それまで黙って跪いていたギーシュが声を上げた。

 

「その困難な任務、このギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けください」

「あなたは……」

「グラモン元帥の息子にございます」

「まあ、あの……ありがとう。あなたも、あの勇敢なお父様の血を受け継いでいるようね。ではお願いしますわ。この不幸な姫をお助けください、ギーシュさん」

 

 ギーシュの表情がパッと明るくなる。

 

「姫殿下……! このギーシュ、そこな使い魔よりも殿下のお役に立つことを誓いまする」

 

 そうして、ちらりと巧を見た。ルイズも巧を見た。アンリエッタも、巧を見た。

 巧は顔をしかめた。この世界に来てから、こういう“使命感にあふれた”雰囲気に飲まれがちだ。

 

「ああっ、たく、分かったよ! 行けばいいんだろ!」

 

 でも、それも悪くなかった。巧も、アンリエッタの手助けがしたいと思ったのだ。何か大きなもののために自分を犠牲にしなくてはならない彼女が、せめて役割を完遂できるよう、力を尽くしたいと感じたのである。

 

「ありがとう。ギーシュさん、使い魔さん。わたくしの大事なお友達を、これからもよろしくお願いしますね」

 

 ギーシュは感激に顔を輝かせた。この時ばかりは、巧も彼に倣って跪く。

 ルイズは、いつぞやフーケを捕らえに行くことを決めた時と同じ顔で、アンリエッタを見た。

 

「では、明日朝にもアルビオンに出発したいと存じます」

 

 

 朝もやの中、ルイズとギーシュは馬に鞍をつけていた。巧は厨房の裏からオートバジンを引っ張ってきて、イグニッションキーを挿した。アイドリングしておくには、この時間は少し静か過ぎる。

 

「また馬かよ」

「あんた、馬とは相性悪いわよね。馬もそいつとは相性悪いみたいだし……」

「馬は遅すぎんだい! 相棒、嬢ちゃんを後ろに乗せるわけにはいかねえのかよ!」

 

 オートバジンのランプがピカピカ光る。ルイズは首を振った。

 

「どの道、一人は馬に乗らないと。あんた、どう見ても三人以上乗れるようには見えないわよ」

「だってよ」

「馬に合わせて走ると燃費悪ぃんだよなあ!」

「我慢しろ」

 

 巧はオートバジンを黙らせる。鞍をつけ終えたギーシュが、今度は口を開いた。

 

「お願いがあるんだが……ぼくの使い魔を連れて行ってもいいかな?」

「お前、使い魔なんていたのかよ」

「当然さ! 出ておいで、ヴェルダンテ!」

 

 ギーシュはそう言うと、鞍から飛び降りた。地面が盛り上がって、小さな熊ほどもある、巨大なモグラが顔を出す。

 

「あんたの使い魔、ジャイアントモールだったの!?」

「そうだよ! 可愛いだろう、困ってしまうだろう! ヴェルダンテはいつも、貴重な宝石や鉱物を見つけてきてくれるんだ。土系統のぼくにとって、この上もない協力者だよ」

 

 巧はルイズの手に視線をやった。昨晩、アンリエッタが彼女に託した、“水のルビー”が光っている。

 

「おい、その指輪、隠しといたほうがいいんじゃないか?」

「失礼な! ぼくのヴェルダンテは人に襲い掛かったりはしないよ! 何しろぼくに似て、紳士だからね!」

 

 紳士だというモグラはしかし、ルイズの指輪を見るなり飛びかかった。

 

「きゃ!」

「ああっ、駄目だよ、ヴェルダンテ!」

「確かにお前によく似てるな!」

 

 巧はオートバジンを降りると、ルイズに駆け寄って……沸き起こった一陣の風に思わず目を細めた。風は見事にヴェルダンテを吹き上げ、オートバジンの真上で解き放った。

 

「ぐえ!」

「ああ、ヴェルダンテ!」

 

 オートバジンとヴェルダンテはひっくり返って、土にまみれた。後者はともかく、オートバジンは不満の声を上げた。

 

「チクショウ! 相棒、早く引き起こしてくれえ!」

「ヴェルダンテ、大丈夫だったかい! ……誰だ! 人の使い魔を!」

 

 朝もやの中から、長身の男が現れた。また、見覚えがある男だ。確か、王女に同行していた、羽帽子の男……。

 

「すまない。だが、婚約者がモグラに襲われているところを、黙ってみているわけにはいかないからね」

「貴様、ぼくのヴェルダンテに!」

 

 ギーシュが引き抜きかけた薔薇の杖は、一瞬で男の起こした風にさらわれた。

 

「やめろ。僕は敵じゃない。君たちが姫殿下に密命を受けたのと同様に、僕も密命を受けたんだ。君たちに同行するように、とね。学生だけでは、心もとないのだろう」

 

 巧は男を見た。この見下ろされる感じ……巧は草加雅人を思い出す。

 

「誰だ、お前」

「ああ、申し遅れた。女王陛下近衛衛士隊、グリフォン隊隊長の、ワルド子爵だ」

 

 ワルドはにっこりと笑った。気に食わない。

 相手が悪いとみたギーシュが、やや力の抜けた声で尋ねる。

 

「『僕の婚約者』とは?」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだよ。……本当に久しぶりだね、ルイズ」

「ワルドさま……」

 

 立ち上がったルイズが震える声で言うと、再びワルドはにっこり笑って、ルイズに駆け寄るなり、抱え上げた。

 

「ああ、ルイズ! 僕のルイズ! 相変わらず軽いな君は! 羽のようだよ!」

「……お恥ずかしいですわ」

「照れ屋なのも変わっていないね。では、彼らを紹介してくれたまえ」

 

 ワルドはルイズを降ろして、言った。ルイズはすっかりペースを乱されて、順にギーシュと、巧を指した。

 

「あ、あの……ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のタクミです」

「君がルイズの使い魔か。まさか人とはね……婚約者がお世話になってるよ」

「ああ。世話してる」

「ちょっと!」

 

 ルイズはとがめたが、ワルドは声を上げて笑った。

 

「あっはっは! こいつはふてぶてしいな。流石はあのフーケを捕まえたというだけのことはある。アルビオンでも頼りにしてるよ」

「そうかよ」

 

 巧はワルドに背を向けて、オートバジンにまたがった。ヘルメットのシールドを下ろして、イグニッションキーをひねる。

 ワルドは気を悪くした風もなく、口笛を吹いてグリフォンを呼び出した。よどみない動きで騎乗すると、ルイズを抱きかかえるようにして乗せる。

 

「では、行こうか。諸君、出撃だ!」

 

 グリフォンが駆け出す。ギーシュは誇りと、それからちょっぴりの劣等感をにじませて馬に鞭を入れた。

 巧の見たところ、ワルドはかなり草加雅人に似ていた。その奥にどんなものを隠しているのか知れないが、何重にも仮面を被っている……。

巧はしばらくその背中を見送ってから、アクセルをふかした。

 朝もやの中にエンジン音を響かせて、オートバジンは街道に消えた。

 

 

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