たっくんがルイズに召喚されたようです   作:カレー9610

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全速力で港町/霧の中の婚約者

「ふーむ」

 

 息せき切って飛び込んできたコルベールの報告を聞いて、オールド・オスマンは髭をいじった。彼はアンリエッタと一緒に、学院長室の窓からルイズ達を見送ったところである。

 

「これはことですよ、オールド・オスマン。フーケが脱獄したとあっては! 魔法衛士隊が出払っている今を狙って、手引きをした者がいるということですぞ。それも城下に!」

「わかったわかった。その件は後で聞こう」

「ですが……」

「ミスタ・コルベール。姫殿下の御前ですぞ」

 

 オスマンは静かにそう言って、コルベールに退出を促した。

 コルベールが不満げに退出したのを見届けると、アンリエッタは机に手をついた。

 

「ああ! 城下に裏切り者が……アルビオン貴族の手の者でしょう。一体、これからどうすれば……」

「まあ、落ち着きなされ。すでに杖は振られたのですぞ。我々には待つことしか出来ますまい」

「それは、そうですが」

「何、一行には彼がいます。お会いになりましたかな、ミス・ヴァリエールの使い魔と」

「あの青年が、何だと言うのです? ただの平民ではありませんか」

 

 オスマンは微笑んだ。

 

「貴族だ、平民だ、と先入観で物事を見てしまうのは、我々メイジの悪い癖ですな。彼はガンダー――いや、おほん。彼は異世界から来たのです」

「異世界、ですか?」

「左様。ハルケギニアではない、どこかの世界。そこからやってきた彼ならば……と、まあこの老いぼれは考えております」

「ここではない、どこか……」

 

 アンリエッタは、巧の消えて行った街道の先を見つめた。彼の乗っていた奇怪な乗り物を思い出す。

 

「では、賭けてみましょう。わたくしの知らない世界の可能性に」

 

 

「ちょっと、ペースが速くない?」

 

 いつの間にか、ルイズは昔の口調でワルドに話しかけるようになっていた。ワルドは背後を一瞥する。すぐ後ろをギーシュがへばって、そのかなり後ろを、銀色の馬に乗った巧がついてきている。

 

「ギーシュも馬も、潰れちゃうわよ」

「急ぐ任務だ。出来れば、ラ・ロシェールの港町まで、休憩なしで行きたいんだが……」

「無理よ! 普通は、早馬でも二日かかる距離なのよ。仲間は置いていけないわ」

「やけに、彼の肩を持つんだな」

 

 ワルドは少し笑う。

 

「もしかして、彼は君の恋人かい?」

「違うわ」

「本当に違うみたいだな……分かった。次の駅で、もう一度馬を変えよう」

「ありがとう」

「婚約者の頼みだからね」

 

 ワルドはまた、笑顔を見せた。魅力的な笑みだ、と思う。しかし――。 

 

「ワルド、あなたもてるでしょう? いつまでも、私みたいな婚約者を相手にしなくても」

「いいや。君は魅力的な女の子だよ。十年前から、ずっとね。僕は、いつか立派な貴族になって、君を迎えに行くと決めていたんだ」

 

 ワルドはルイズを覗き込んだ。

 

「心配しなくてもいい。この旅で、きっと僕らの距離も縮められるよ」

 

 駅が近づいてきた。ワルドは手綱を引いて、グリフォンの速度を緩めた。

 

 

 

「どうした?」

 

 馬とグリフォンに気を使って距離を開けていた巧が、あっという間に追いついてきた。巧はぎしり、と銀の馬を停めると、“ヘルメット”のフタを開ける。

 

「今日はこのまま、走りっぱなしじゃなかったのかよ」

「もう一度、馬を変えるのよ。このままじゃもたないわ」

 

 巧は、ギーシュがワルドと窓口で手続きしているのを一瞥した。魔法衛士隊の証明があれば、優先して馬を借りられる。

 

「何度変えても同じじゃないのか。俺の後ろにあいつを乗せたほうがマシだ」

「ギーシュがうんと言わないわよ」

「あいつもプライド高いかんな。そっちに乗せるのはどうだ」

「グリフォンには、まだ余裕があるけど……」

 

 ルイズは言い淀んだ。その表情を読んだらしい、巧は窓口に向かって声を上げた。

 

「おいギーシュ! 馬はやめだ。お前、俺の後ろに乗れ」

「あ、え?」

 

 巧は予備のヘルメットを投げた。ルイズが言って、明るい水色に白のラインが通るよう塗り替えさせた、半ヘルである。

 

「被れ」

「き、きみね。ぼくはこれでも貴族なんだ。平民の操る馬の後ろになんか、乗れるものかね」

「へろへろで言っても、説得力ねえよ。いいから甘えとけ」

「しかし……」

 

 はああ、とルイズはため息をついた。

 

「もういいわよ。私がそっちに乗るわ。ワルド、ギーシュを乗せてあげて」

「何?」

「今のギーシュじゃ、巧の後ろに乗っても転がり落ちちゃいそうだもの。あなたが見ててくれれば、安心できるわ」

「それは……」

「駄目?」

 

 今度はワルドがため息をついた。

 

「本当なら、脱落者は置いていくところなんだが……君の頼みなら仕方がない。ギーシュくん、乗りたまえ」

「は、はひっ!」

 

 ルイズはヘルメットを被ると、慣れた様子でオートバジンにまたがった。

 

「じゃあ、お願いね」

「お前なあ……」

「何よ。いいから出しなさいよ、置いてかれちゃうわよ!」

「分かった、分かったよ。しっかり掴まってろ」

 

 ルイズは巧の背中に手を回した。今度は巧がため息をついた。オートバジンは愉快そうにランプを明滅させると、轟音を立てて走り出した。

 むき出しになった耳の横を、風が吹き去っていく。

 

「ねえ!」

 

 ルイズは声を張った。グリフォンのペースについていくオートバジンのスピードは、かなり緩やかだ。すぐに、巧が答えた。

 

「なんだ」

「ワルドのこと、どう思う?」

「お前の婚約者だろ」

 

 当たり前の答えが返ってきた。そういうことを聞きたかったわけじゃない、と思っていると、巧はちらりとルイズを見た。

 

「なんかあったのか、お前」

「え?」

「バレバレなんだよ。ワルドと喧嘩でもしたのか?」

「別にそういうわけじゃ、ないんだけど」

 

 ルイズは巧の肩越しに、先を行くワルドを見た。ルイズはすっかり忘れていたけれど、彼は十年間、彼女との婚約を忘れていなかったのだ。

 

「実感がないのよ」

「結婚がか」

「うん。私たち、十年も会ってなかったのよ。急に結婚なんて言われても……」

「そういうのは本人に言ってやれ」

 

 巧はため息をついた。オートバジンの上に、短い沈黙が流れる。

 

「ねえ!」

「今度は何だよ」

「私が結婚したら、あんたはどうするの?」

「さあな」

 

 思ったとおりの答えだった。

 ルイズは、ワルドと結婚した後のことを想像してみた。そこに、巧がいるイメージはわいてこない。

 ややあって、巧が言った。

 

「その時は、また旅にでも出るさ」

 

 そうよね、と呟いたのは、たぶん巧には聞こえていないだろう。ワルドと一緒になった未来には、巧の居場所はない。少なくとも、自分も巧もそう感じている。

 ルイズは、目の前に座った巧の姿を確かめた。ヘルメットを被った巧の顔は、全く見えない。

 でも、巧の背中は広かった。

 

 

 全速力で走ったお陰で、一行はその日のうちにラ・ロシェールに到着した。宿の戸を開いた四人を、ワルド以外の三人が見慣れた顔が迎えた。

 

「あーら、ダーリン! ついでにヴァリエールも。こんなところで、奇遇ね!」

「ツェルプストー!」

 

 キュルケだ。いつも通り、厚物の本を抱えたタバサの姿も見える。声を上げたルイズの方を、ワルドが叩いた。

 

「知り合いかい?」

「クラスメイトよ。あんたたち、こんな所で何してるのよ!」

「タバサがちょっとね。まあ、あたしたちにも色々あるのよ。それより、そちらの殿方を紹介してくれないかしら? あなた、おひげがとっても素敵よ。情熱はご存知?」

 

 言うが早いか、キュルケはしなを作ってワルドににじり寄る。ワルドは表情一つ動かさずに、キュルケを押しやった。

 

「失礼、それ以上近づかないでくれたまえ。婚約者が誤解するといけないのでね」

 

 大っぴらな台詞に、ルイズの頬が染まる。キュルケの目から熱が冷めた。

 

「なあんだ、あんたの婚約者だったの?」

「そうだ。ルイズのご学友だそうだね。これからも仲良くしてあげて欲しい」

 

 キュルケは露骨に顔をしかめた。痺れを切らして、巧は口を挟んだ。へろへろになったギーシュを支え続けているのが、いい加減めんどうになったのである。

 

「挨拶はその辺でいいだろ。早く部屋を取ってくれ」

 

 

 

 翌朝、ほとんど日の出と同時に巧は起きた。いつもなら、ルイズを起こしてあれこれ準備させ始める時間だ。しかし、今彼の隣で眠っているのはギーシュである。

 昨夜、部屋を取ったワルドは、自分はルイズと相部屋をとって、ギーシュと巧をこの部屋に押し込んだ。疲れ果てたギーシュは、ベッドに倒れこむようにして眠りに落ちて、まだ当分、起きる気配がない。

 

 二度寝しようとした巧の意識を、ノックの音が引きとめた。

 

「朝っぱらから、誰だよったく……」

 

 扉を開ける。魔法衛士隊の男と、目が合った。ワルドだ。

 

「おはよう、使い魔くん」

「俺は乾巧だ。出発か?」

「いや。昨晩、言わなかったかな。明日まで、船は出ないんだ」

 

 巧はギーシュのベッドに目をやった。

 

「そんなら、昨日あんなにとばさなくてもよかったんじゃないか?」

「街道で一泊するのは危険が大きい。何、婚約者に無用の危険を冒させたくなくてね」

「そうかよ。で、なんの用だ」

 

 ワルドは唇の端を吊り上げた。

 

「話が早い。君は、ガンダールヴだそうだね。一度、手合わせ願いたい」

「何?」

「フーケを尋問したのは、僕なんだ。その時、少しばかり気になってね。彼女を倒した君を、調べさせてもらったよ。実に興味深い。確かにこのルーンはガンダールヴだ。今も少し、光っているな」

 

 巧はワルドの手を振り払う。

 

「離せ。朝っぱらから、わざわざ俺の手を拝みに来たのかよ」

「もちろん、違う。僕は歴史と兵に興味があってね。君があのガンダールヴだというのなら、ぜひ一度手合わせ願いたい」

「俺はどっちにも興味がない。他を当たれ」

 

 巧は大きくあくびをして、回れ右をした。

 

「どうしても駄目かな。こうして早起きをしてきたんだ」

「嫌だね。だいたい気に食わないんだよ、お前。前の世界で俺に冤罪を着せてきた奴に似てる」

 

 ワルドは怪訝な表情になったが、巧は気にせず、ベッドに戻りかけた。

 

「仕方がないな」

 

 そう聞こえた時、ワルドが猛烈な気配を放った。巧が振り返ったのと、ワルドが杖を抜いたのが同時だった。お陰で巧は身をかわすのが間に合う。

 

「ぐわ!」

 

 巧に当たらなかった風の魔法は、ギーシュの布団に命中した。かけ布団が破れて、白い羽根が部屋中を舞う。

 巧は顔をしかめた。

 

「どういうつもりだ、お前」

「アルビオンでは、貴族派の攻撃が予想される。襲撃を受けた時も、『他を当たれ』と言えるかな」

「話が違ってきたぜ。お前、そんなに俺と戦いたいのかよ」

 

 ワルドはあの笑顔を浮かべて、うなずいた。

 

「ああ、どうしても君と戦いたいんだよ」

 




今日の更新はここまで。話数は一巻のときよりかさみそうですが、文字数はそんなに変わらないかな、という感じです。

思ったより早く、たくさんのフィードバックをいただき、驚いています。

読者の皆様、ありがとうございます。

個別に返信するほどのコミュ力はありませんが、更新で応えていければと思っております。

今後ともよろしくお願いします。
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