巧とワルドは宿の中庭で向かい合った。
「なかなか雰囲気があるだろう。この宿は、かつてはアルビオンの侵攻に備える前線基地だったのだ」
歴史と兵に興味があるというのは嘘ではないらしい。ワルドは得意げにそう言った。
「古き良き時代、貴族がまだ貴族らしかったころ……名誉と誇りをかけて貴族達はぶつかり合ったものさ。ま、実際は下らないことで戦うことも多かったんだが……例えば、そう、女を取り合ったりね」
巧は内心、ため息をついた。この男は、十近くも年の離れた少女に本気で懸想し、彼女に近づく“悪い虫”を本気で排除する気らしい。
巧にはルイズに対してそんな気はない。ワルドに付き合ってやることにしたが、もちろんおとなしく排除される気もなかった。
「興味ねえな。さっさと始めようぜ」
「まあ、待ちたまえ。貴族の立会いには、それなりの作法というものがあるものだ。介添え人がいなくてはね」
「介添え人だ?」
「ああ。呼び出したのはこちらだからね。介添え人も用意させてもらったよ。もう、顔を見せるはずだ」
ワルドの言葉通り、程なくして足音が聞こえてきた。ややあって、ルイズが物陰から顔を出す。
「タクミ……? 何してるのよ」
「お前こそ。朝っぱらから、暇してるのかよ」
ルイズは頬を膨らませかけて、はっとした表情になった。
「ワルド、一体何するつもりなの? 来いって言うから来たけれど」
「彼の実力を少し試してみたくなってね」
「もう、バカなことやめて。今はそんなことしている場合じゃないでしょう?」
「それは重々承知しているがね。軍人というのは厄介で、強いか弱いか気になってくると、夜も眠れない生き物なのさ」
ルイズは、今度は巧を見た。
「タクミ、やめなさい。うっかり怪我でもしたらどうするの? ギーシュと戦った時に言ったこと、忘れたとは言わせないわよ!」
「さあ、忘れちまったな」
巧はベルトを嵌めた。例え殺しは無しの喧嘩とはいえ、メイジ相手に生身で挑むのは悪手でしかないことは、それこそギーシュとやりあった時に嫌というほど理解していた。
「もう! どういうつもりなのよ!」
ルイズが地団駄を踏むのを見て、ワルドは微笑んだ。
「大丈夫だよ、ルイズ。君の使い魔を傷つけたりはしない。……さ、介添え人も来たことだし、始めるとしようか」
ワルドは腰から杖を抜いた。フェンシングさながらに突き出して構える。
「待ちくたびれたぜ。――変身!」
【COMPLETE】
かつての練兵場が真っ赤に照らされ、巧はファイズに変身した。
「全力で来い」
「ああ。遠慮なく行かせてもらう」
巧は準備運動とばかりに手首をスナップさせると、ワルドに踊りかかった。
驚いたことに、ワルドは巧の初撃を杖で受け止めた。細い杖は良くしなって、巧の拳を受け止める。そのまま飛び退って、距離を開けた。
「魔法は使わないのかよ」
「もちろん使うとも。でも、僕は魔法衛士隊だからね。ただ魔法を唱えるだけじゃないんだ」
ワルドは一歩踏み込むと、風切り音を立てながら連続して突きを見舞った。巧は一つずつ丁寧にいなしていく。なるほど、ズレた自信ではないらしい。ワルドの動きは、巧みが戦ってきた中でも上澄みのオルフェノクに相当する。
突きながら、ワルドが口を開く。
「詠唱すら、戦いに特化されている。杖を構え、剣のように扱い、詠唱を完成させる。軍人の基礎さ」
ワルドは巧の拳を再び杖で受けた。
「君は――」
まだ何か言っていたが、巧はワルドを無視した。確かにワルドはギーシュと比べれば格の違うメイジのようだったが、巧から見れば隙はある。おそらく、彼の技術は誰かと組んで戦うためのものなのだ。あるいは、巧をまだ舐めているのか。
巧は一歩踏み込むと、ガードに回ったワルドの杖をかち上げた。ワルドは正面からの打ち合いを避けて、飛び退った。生身の人間とやりあうには、いくら加減してもファイズの出力は高すぎる。
「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ――」
低い声で詠唱を続けながら、ワルドは巧の攻撃を避け続けた。ご自慢の魔法で、カタをつけるつもりらしい。
巧は苛立ちながら、さらに踏み込んだ。観察は終わった。ワルドを詰むのはたやすい。
(けどな――)
ワルドはルイズの婚約者だ。ルイズの目の前で叩きのめすのは、気が引ける。といって、ワルドのためにぶちのめされるのも気に食わない。
(めんどうくせえな!)
ゴチャゴチャ考えながら戦うのは得意じゃない。巧はなんらかのリズムを持って突き出されたワルドの杖を払った。男の目が見開かれるのがわかる。がら空きになったボディに、巧は拳を――。
「いい加減にして!」
叩き込みかけて、やめた。拳はワルドにほんの少しぶつかって、止まった。堪えかねたルイズが大声を上げたのだ、と気づくまで、ちょっぴりの時間がかかった。
ワルドは、やめなかった。
ぼん、と鈍い音を立てて空気が弾け、巧は横殴りに殴られて宙を待った。派手な音を立て、巧は隅に積み上げられた樽に突っ込んだ。ビープ音を立てて変身が解ける。
「タクミ! ……ちょっと、ワルド!」
「いや、すまない。怪我はないかな」
巧はワルドの手を振り払った。
「あちこち痛えがな。大丈夫だ」
「結構。ともあれ、勝負ありだな」
「何が勝負あり、よ! あなたは魔法衛士隊の隊長なのよ! タクミと戦ったら、あなたが勝つに決まってるじゃない!」
「では、君はアルビオンでも敵を選ぶつもりかな? 貴族に囲まれたときも、弱いので見逃してください、と?」
「それは……」
聞くに堪えない。巧は樽から身を起こした。
「これで分かったろう。彼では君を守れないよ」
「ああ。かもな」
「ちょっとタクミ! どこいくのよ!」
「朝飯はまだだろ。部屋に戻って、寝る」
「血が出てるじゃないの! 先に手当てしないと!」
樽のささくれで切ったのか、額から血が流れてきていた。巧は額をちょっと触って、ルイズの出したハンカチを押しとどめた。
「いらねえよ。こんなの、怪我のうちにはいるか」
それからワルドに顔を上げて、ささやかな敵意を向ける。
「この借りは必ず返す。次はないぜ」
巧はきびすを返す。ワルドは冷ややかに笑った。
「“次”があることに感謝するんだな。戦地で死ねば、そんな口も叩けないよ」
◆
夜になった。階下の食堂からは、目を覚ましたギーシュとキュルケたちが飲んでいる声が聞こえてくる。出発前夜の前祝ということらしい。
巧は一人で、部屋のベランダに出ていた。大騒ぎは好きじゃない。それに、ワルドがいるというのが気に食わなかった。
(まあ、向こうもそう思ってるだろうけどな――)
ともあれ、顔を合わせてギスギスするだけ損だ。巧は小さくため息をつくと、ベランダの柵に寄りかかった。と、部屋の中の人影と、目が合った。
「お前……」
ルイズだった。
「タクミも下へ来たら? 皆、残念がってるわよ」
「皆?」
「……キュルケとか」
「苦手なんだよ、ああいうの。それに、俺を殴ったやつが二人もいる宴会なんて、ごめんだね」
「ワルドに負けたことを気にしてるの? あの人はスクウェアクラスで、衛士隊の隊長なのよ。負けたって恥でもなんでもないわ」
巧は顔をしかめる。
「気にしてねえよ。っていうか、あんまり俺に構うな」
「別に誰に構おうが私の勝手じゃない! 私が構いたいときはあんたに構うし、構いたくないときは構わないわよ」
巧は黙った。そう言われてしまっては、巧にできる事はあまりない。ルイズは巧の隣に来ると、自分もベランダの柵に寄りかかった。
「タクミ、ワルドのこと嫌いでしょ」
「別に」
「いいわよ、とぼけなくっても。それより、どうして?」
「なんとなくな」
「……もしかして、私に気を使ってるの? あんた、気に入らない相手に遠慮したりしないでしょ」
巧はすっとぼけた。
「別に」
「うそ。私のときはそうだったじゃない!」
巧は黙って、そっぽを向いた。ルイズは大きなため息をついた。
「もう……いつも通りにしなさいよ。ワルドもあんたも、互いに変な気を使ってて、かえってこっちがやりにくいわ。一度、きちんと話してよ。長い付き合いになるんだし」
「長い付き合いだ? お前が結婚したら、俺はついていかないって言っただろ」
「そんなすぐに結婚したりしないわよ! これからはワルドと休みを合わせて、ちょくちょく会ったり、ご飯を食べたり……その時は、あんたも私に付き合ってもらうからね」
巧は黙って聞いていた。これも、『時々すっごい熱くなる』というやつなのだろうか?
「そうかよ」
ルイズも彼女なりに、十年のブランクを埋めようとしているのだろう。巧は息をついた。
「まあ、好きにしろよ。気が向くうちは、付き合ってやるから」
巧は首をめぐらせて、ルイズのほうを見た。月明かりが翳った。今夜は雲ひとつない、快晴である。
二人は同時に、月を見た。
月は見えなかった。代わりに見えたのは、石でできたゴーレムである。その肩に、黒いローブが翻る。着ているのは、二人のよく知る女で――。
「フーケ!」
「感激だわ。覚えててくれたのね」
「忘れるわけねえだろ。お前、脱獄したのか」
「察しがいいね。私みたいな美人は、もっと活躍しなきゃいけないって、義人が出してくれたのさ」
フーケの隣に、白い仮面をかぶった男が顔を出す。ルイズは叫んだ。
「何が義人よ! こんなところに、何しにきたってわけ!?」
「御礼に来たのさ! 素敵なバカンスをありがとう、ってね!」
石のゴーレムがベランダを粉砕する。一瞬早く、巧はルイズを抱えて飛び退っていた。階段を転がり落ちるようにして下る。
階下も修羅場だった。ゴーレムだけでなく、完全武装した傭兵の一団が宿の襲撃に投入されたらしい。一杯やっていたメイジたちは、テーブルをひっくり返した陣地から、傭兵たちに火線を伸ばしていた。
巧とルイズはファイズギアのアタッシュケースを盾にしながら、テーブルの裏に駆け込んだ。
「おい、どうなってる!?」
キュルケが振り向いた。
「それはこっちの台詞よ! あんた達、何の用事でここまで来たわけ? あたし達に襲撃される謂れはないわよ」
「色々あってな。それより、上にはフーケが来てるぜ」
ワルドが羽帽子を押さえながら、口を開いた。
「おそらくアルビオン貴族の手引きだろう。傭兵団も、おそらくは貴族派の手のものだ」
「何をしてるのかしらないけど、このままじゃジリ貧よ。魔力が切れたところを突撃されるのは時間の問題だわ」
「その時は、ぼくのゴーレムで防いでやる」
「ギーシュ、あんたのワルキューレじゃ、せいぜい一個小隊が関の山でしょ。あたしはあんたより、ちょっとばかし戦については詳しいのよ」
「……いいか、諸君。聞きたまえ」
ワルドが低い声で言った。メイジ達は彼の言葉を傾聴する。
「このような任務は、半数が目的地にたどり着けば成功とされる。……僕とルイズはこのまま港へ向かう。ギーシュ君たちはここに残れ」
「わ、わかりました!」
「使い魔君も、いいね」
「ああ」
「ミス・ツェルプストーとタバサ嬢には、申し訳ないが……」
「迷惑よ! 人の事情も知らないで!」
キュルケは文句を垂れたが、タバサはうなずいた。
「囮。了解」
「ちょっとタバサ!」
「早く行って」
ワルドはうなずくと、ルイズの手を引いた。巧はベルトを取り出してはめると、ルイズに言った。
「心配すんな。すぐに追いつく」
「でも……」
「いいから早く行きなさい。貸し一つよ、ヴァリエール!」
キュルケはしっしっと手を振って、ワルドとルイズを送り出した。タバサが風の防御へ気を張る。
巧は変身しかけて――ギーシュの肩を叩いた。
「おい、大丈夫か」
「だだ、大丈夫さ。ぼくはグラモン元帥の息子だよ、きみ。卑しき傭兵ごときに遅れをとってなるものか」
「全く、トリステインの貴族は勇ましいわね。口だけじゃないと、もっといいんだけど」
キュルケは手鏡を取り出して、手早く化粧した。
「ダーリン、外のゴーレムは任せて良いかしら? 傭兵たちはこっちで相手をするから」
「ああ。けど、三人だけで大丈夫なのかよ」
「もちろん。戦はゲルマニア貴族のたしなみですわ」
巧の表情を見て取ったのか、タバサが付け加えた。
「敵の目的は戦力の分散。追いつくなら、急いだほうが良い」
◆
「なんだ?」
フーケは眉をひそめた。傭兵の一角がどよめいたかと思うと、銀色の塊が飛び出してきた。同時に、傭兵たちの隊列が炎にまかれて、崩れる。
「ったく、使えない連中ね! どいてなさ――!」
ゴーレムの目の前に、赤い円錐が出現した。かつてゴーレムを粉砕してくれた、例の槍だ。
待ってましたとばかりにゴーレムは守りを固める。
土のない代わりに石で作ったゴーレムは、耐久性も破壊力も、以前のものを凌駕している。
「来な! 今度は負けやしないよ!」
フーケは声を張り上げた。誤算があったとすれば、相手は乾巧だったということと、彼がとても“急いでいた”ということだ。
同じ相手と戦う時、巧はモタモタしてはいない。さっさと切り札を切って、倒しに行く。今回切ったのは、急いでいるときのアレだ。
ガードを固めたゴーレムに、紅蓮の円錐が複数狙いをつけた。
「何!」
フーケは咄嗟に飛び降りる。それが彼女の命を救った。
「やッ!」「たァ!」「ハァ!」「てりゃーッ!」「とりゃァァーッ!」
複数の方向から同時に声がして、ゴーレムに紅い槍が突き刺さった。ゴーレムは内側から大爆発を起こし、崩れ落ちる。
【REFORMATION】
白いガスを噴出して、にっくき銀色の戦士が着地したのが見えた。戦士に銀色のマシンが寄り添う。
「おいバジン! 行くぞ!」
「待ちくたびれたぜ相棒!」
フーケは再び土にまみれ、戦士が遠ざかるのを見送った。
「ちくしょう……」
女はつぶやいた。誰にも聞こえないように。彼女だけに聞こえるように。
戦士はどこまでも、彼女を置いて遠ざかっていく。炎の中から、学生たちの影が近づいてくるのが見えた。
今日はここまで。
戦闘描写の濃淡はなかなか自信を持ちにくいところです。