「ん……ふぁあ」
朝。とある木造建築の一室で、修也はそのような声をあげていた。
起き上がり、昨夜の慧音という女性に用意された布団から抜け出す。
以前まで自分が使っていた布団に比べれば質も悪く、寝心地はそこまで良くない。
そのせいか体のあちこちが若干痛むものの、文句を言える状況ではないのでそこはぐっと堪える修也。
抜け出た布団を軽く整頓し、部屋の中を見渡す。
そこには、もう一つ布団が敷いてあり、そこにヲリヴィアが寝ていた。
「あぁ、そうか……ヲリヴィアさんも一緒にしてくれたんだったか」
傍らで寝るヲリヴィアを見下ろしながら、これからのことを考える。
おそらく、もう少ししたらあの慧音とかいう女性が来て、いろいろと質問されることだろう。
昨日彼女達が言っていた内容から考えるに、彼女達はこの町──人里と言っていたが──の治安維持的な役職に就いている可能性が高い。
まあチラッと垣間見たこの周囲の様子から判断するに、殺されることはないだろうが。
危険人物として判断された場合、追放や監視つきの生活になる可能性もある。
そんなのはまったくごめんである、と修也は一人憤慨する。
そんなわけで平穏に暮らすために、準備をしよう。
そう決意をし、ヲリヴィアを起こしにいくのであった。
◆
「おーい二人とも、起きてるかー」
フスマ越しに慧音の声が響く。
朝になったので、二人を起こしに来たのだろう。
「あ、はい。大丈夫です」
返事を返す修也。
数秒後、フスマがスッと開けられ、慧音の姿が見える。
姿は昨夜みたものと変わらない。教師とか言っていたから制服のようなものであろうか。
修也がとりとめのないことを思っている間に、慧音が話を切り出した。
「ふむ、よく二人とも寝れたかい?」
笑顔で話しかけてくる慧音。
修也からすればあまり良い眠りだったとは言えないが、それはおくびにも出さず、笑顔で返す。
「ええ、まあ」
「そうか。なら良かった。
朝早くからすまないが、ちょっといくつか確認したいことがるので、二人とも来てくれ」
その言葉に従い、部屋を出る二人。
慧音の後ろについて移動していくと、客間らしき部屋に辿り着いた。
「ああ、そこに座ってくれ」
ちゃぶ台の付近を指しながら、二人分の座布団を出してくる慧音。
「ありがとうございます」
それを受け取り、ヲリヴィアと隣り合って座る。
それを見た慧音は自分の分の座布団を手に取り、その反対側に座った。
「さて、早速用件を済ませようか」
そう言って慧音は話し出す。
「まあ、といっても大したことじゃないから安心してくれ。
まず一つ、君たちは妖怪かい?」
妖怪……? 妖怪って、あの妖怪だよな。
なぜそんな質問をされたのか、理解が追いつかない修也。
だがしかし、と。
とりあえず聞かれたことに素直に応える。
「いえ……私は普通の人間ですね。
彼女は……」
そこまで言ってから、彼女のことをほとんど知らないことに気づき言葉に詰まる。
目で尋ねるが、彼女はただ一言「ヲ」と言ったのみ。
ここは素直に応えるしかないか……。
「彼女はわからないです。自分も会ってからそこまで日が経ってないもので……」
素直にそう応えると、慧音は「ふむ……」と唸りながら二人の顔を眺める。
「まあいいだろう。次だ。
君たちは、この人里に危害を加える気はあるかい?」
そう問いかける彼女の目は真剣そのもので。
修也はそれに茶化して応えることはできなかった。
「いえ……そのつもりはありません。
ヲリヴィアもそうだよね……?」
「ヲ」
彼女も、こくんと頷いて応える。
慧音にもそれが伝わったのか、彼女は「そうか……」と神妙そうな顔で頷き、そしてそのまま数秒間考え込む。
考えがまとまったのだろう。顔を上げた彼女が喋ったのは、次のような言葉だった。
「──では、ここまでだ。君たちは危険人物ではないと判断した。
君たちに特別どうこう言うことはないよ。色々とすまなかったな」
そう笑顔で告げる慧音の笑顔はとても柔らかく。
「さ、お腹がすいたろう。朝ごはんを用意したあげるからちょっと待っててくれ」
今度こそ修也は心から安心できたのだった。
すべてを受け入れる。
それは底抜けに優しい世界であり。
しかして生命はどうすべきか。
世界は守ってくれない。
ならば自分達の手で守ろう。
私が世界を抱きしめよう。
そう誓った。