東方歪天禄   作:スマート

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現代編 第一幕「花」
No.001「幸せな家族」


 

僕は、大変な過ちを犯してしまった。

 

それは、どう足掻いても決して取り戻すことが出来ないもの。

 

二度とやり直すことが出来ない、とても重大な問題。

 

大切なあの人の全てを歪めてしまった僕にとって今更出来ることは限られているけれど、それでもやることがあるのなら、僕は、それをしようと思う。

 

罪滅ぼしなんておこがましい、でもそれで僕の心が楽になるのなら、少しでもあの人が報われるのなら。

 

その為だけに、僕は口を開こう。

 

憧れ、恋し、そして消えた愛しきあの人の為にだけ、僕はこの世にずっと生きていたのだから。

 

「稗田」は筆をとり、僕の言葉を一字一句間違わず白い紙に文字として書いていく。

 

経験が言葉に変わり、文字になって伝記へと変わって古事記へと昇華し、最後は伝説へと置き換わっていくのだろう。

 

僕の失敗を後生に伝説として残すことで、まだ見ぬ人々が同じ失敗を犯さぬように歯止めをかけ、「ことわざ」のように成ってくれること祈って。

 

僕の過ちは、もう二度と繰り返してはいけない、悲しみ苦労する人間が世界に存在する限り、これは犯してはならない禁忌とも言える。

 

本当に、僕は恵まれていたのだろう、何億年も生きた今となっても、同い年の人が居なくなっても、常にそれは感じてしまう。

 

僕は誰かに支えられて、今日まで生きてこられたのだ。

 

恩をあだで返してしまったな、助けられた感謝を相手の不幸によって返してしまった。

 

月へ行った人間、神が戦った伝説、死を放つ邪悪な木、紅き館に眠る悪魔、地下に住まう心読む眼、白黒つける説教、僕は出会って歪めてしまう。

 

彼女たちはそれで良いという、僕の過ちをただ黙って笑顔で許してくれたのだ。

 

それでは僕の気が済まない、それほどのことをしたのだから、自己満足であろうとも、気が済むまで語ろうと思う。

 

僕は語ろう。 歪んだ、曲げてしまった僕の物語を。

 

 

 

 

 

 

2月28日、まだ春になりきっていない、冬がまだ残っている肌寒い日、僕は10歳の誕生日を迎えていた。

 

今日は特別な日だからと、昨日から料理準備していてくれた母は、僕にとって優しく時に厳しい人だった。

 

寡黙で家の大黒柱として働いている父は、今日ばかりは頬をゆるめ、笑顔で僕が年を取ったことを嬉しがってくれた。

 

天井にある電球は、窓ガラスから入る風で左右に揺れ、薄暗くなってきた世界をより幻想的な空間にしていた。

 

布団を持ち上げてベッドから起きあがると、自分でも細く心もとない身体を持ち上げて転んでしまわないように注意して立ち上がる。

 

壁に立てかけられているプラスチック製の杖を手にとって、第三の足として床を踏みしめた。

 

産まれたときから身体が弱く、病弱だった僕は、ろくに学校へ通うことも出来ず、逆に病院へ通う日数の方が多いくらいだった。

 

入院や手術を何度も繰り返し、辛うじて奇跡の上に僕の身体は生きることが出来ている。

 

だが、そんな僕の治療費や入院費は馬鹿にならず、とても月々の保険で事足りる額ではなかった。

 

父は自分の受け持つ仕事以外に数件のアルバイトを兼用して、僕のためにお金を稼いでくれている。

 

母もそんな余り自分の苦労を知られたがらない父の負担を減らすために、毎日の家事や僕の世話に加えて最近デパートへ通いパートをするようになった。

 

風が吹けば軋む小屋のような小さな家に住み、電球は幾度も明滅し、ろくにご飯が食べられたない状態になっているのは、全て僕の所為だった。

 

一度、言ってみたことがあった。

 

僕がいなくなれば、そもそも僕が産まれてこなければ、こんな苦痛に耐えるだけの生活をしなくて済んだのだろうと。

 

僕はそのとき、人生で初めて母に叩かれた。

 

無口で話を聞いているのかも分からない父が、この時ばかりは顔を真っ赤にして怒鳴ったのだ。

 

「お前は、私達の宝物だよ。

だからいくら世話がかかっても苦痛じゃない、むしろ育て甲斐のある息子だ。

だから、そんな寂しい事は言わないでくれ」

 

気づいたら、頬を伝って涙が一筋流れ落ちていた。

 

母に叩かれたからでもなく、父に怒鳴られたからでもない、父と母に大切に宝物のように思われていたことが嬉しかったのだ。

 

邪魔者のように思われていると、いなくなれば良いと思われていると感じていた。

 

僕は一番身近な人が僕が嫌いなのではないかと、とても怖かったのだ。

 

だからこそ、その言葉をかけられたとき、胸が暖かいもので一杯になった、母は何も言わず僕を抱きしめてくれた。

 

父は、そっと僕の嗚咽をなだめるように背中をさすってくれたのだった。

 

「僕は幸せだ」

 

そんな嬉しかったの日の事を思い出すと、自然と笑顔になる。

 

香ばしい匂いの漏れ出すリビングの戸を開けると、母が僕の方を見て驚いたように口を開けた。

 

「あら、どうしたのまた急に、幸せだなんて」

 

照れ臭そうに顔を逸らす母は、またフライパンに姿勢を戻し、少ない家計費を絞って出してくれたご馳走の調理に戻る。

 

「そうだな、確かに父さんは幸せだよ。

お前がいて、母さんがいる、こんなに幸せな家族は他にいないんじゃないか?」

 

リビングに置かれた丸テーブルのそばに、一足先に座り込んだ父は、もうお酒を飲んで出来上がっているのか上機嫌で弁舌する。

 

「……うん、僕も父さんと母さんのこと大好き」

 

丸テーブルのそばまで行き、ゆっくりと座り込むと、父は僕の頭をまた撫でてくれる。

 

雑にわしゃわしゃと撫でる手が、この時の僕にはとても気持ちよく感じられた。

 

幸せ、それを実感できている人間がこの世になんにいるのだろう、僕は父の言うように自分たち以上の幸せはないと思った。

 

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