side 風見 幽香
もう、だめかもしれない。
以前は強豪を自負していた戦闘力も、補助程度に持っていた能力でさえ、今の私には満足に使うことが出来ない。
それは昔から徐々に現れていた事だった、私だけでなく他の者達も私と同じ現象に会い、力を削られていく。
ほんの少しずつ、分からない程度に削られていくので、体感的にはそれ程力が衰えたことは感じられない。
だが、少しずつ、確実に私の力は無くなっていっているのだ。
人間でいう老化現象という奴だ、緩やかに身体能力の全てが衰えていき、最後に死に至るのだ。
私の場合は自信の身体すらも消えてしまうのかもしれない、誰も私の事を覚えてくれないのは辛い。
これは呪いではない、原因はもうわかっているし、それが分かった所で、私にどうすることも出来ないことなのは知っている。
あの「胡散臭い女」が防ごうとして、防げなかったものなのだ。
悔しいが私にあの女以上の事が出来るとは思えないし、出来たとしても、それを維持するだけの力がもう残っていない。
友人も、好敵手もぱらぱらと一人一人いなくなっていく、いつか私の番が来ると思っていた、それが少し早くなっただけだ。
でも、自分の立場になって初めて気が付いたけれど、消えるのは怖い。
人知れず、誰からも忘れ去られて存在が消えてしまうのは、何よりも恐ろしい。
いけない、力が無くなった所為で弱気になっている。
昔の私はもっと威圧的で、どんな奴にも立ち向かっていくような、むしろそんな強者と戦うことに喜びを覚えていたはずだ。
それが今では手間暇かけて育てたひまわりを見る事が、いつまで出来るのかとそれだけを考えてしまう。
最近、私のひまわり畑の近くに電車という物が通るようになった。
草原を切り開き線路が敷かれ、鉄の蛇が毎日往復し、耳障りな騒音が響くようになった。
今の私には、そんな騒音を甘んじて受け入れるしかない、抵抗出来る力など残されてはいないのだから。
毎日、昔の夢を見る、数多の強者を打ち破り、友と拳を交わし会ったあの頃に戻れるものなら戻りたい。
私と対等に渡り合う人間が、沢山いた退屈しない昔の記憶。
叶うことのない願だとは分かっていても、矢張りどうしょうもなく、思い出してしまうのだ。
今日も日課の水やりにひまわり畑に出掛けると、丁度電車が走っていくところだった。
何十人もの人間を収容して走る鉄の蛇は、敷かれた道の上に従って忠実にそって進んでいく。
自然が失われ、人間が我が物顔で支配していく世界は、昔なら腹が立っただろうが、今はただ悲しさしか感じない。
その光景を感傷的な気分で眺めていると、ふと妙な違和感がしたのだ。
誰かに見られた。
例え力が衰えようとも、昔から鍛え上げられた、戦いの中で身につけた第五感はまだ私の中に残っている。
その勘が言っていた、あの電車の中に私の姿を捉え、なおかつ私の存在に意識を移した者がいると。
人間は私達を概念から消した、だから私達は人間の中にいなくなり、この世界から消え始めた。
だから人間にはもう、私達の姿は見えこそすれ、興味も何も抱かないはずなのだ。
ただの人として捉えられ、何の興味も抱かれず、背景の一部として捨て置かれる。
存在感が無いと言い変えても良い、つまり今では私達を見てそれに疑問を抱けることが珍しい。
私は、人間にとってその辺に転がる石のような存在感しか持たないのだから。
「はあ、本当に最近はため息がよく出るわね」
こんな私を昔の私が見たらあざ笑うだろう、軟弱者と罵り、歪んだ性根ごと踏み壊してくれるだろう。
ひまわり畑から少し歩いた草原が広がっている土地に、私の家がある。
家と言っても、以前住んでいた家とは違い、外観も内装も小屋と言うべきボロさ加減だったが。
辛うじて残された腕力で木をへし折って、作った小屋は、私に残された時が残りわずかだという事を表していた。
昔は、昔なら…あれが出来た、これが出来たと頭に浮かび、どうしようもなく自分が弱くなったと実感させられるのだ。
小屋…家もそうだ、昔なら…昔なら私は能力も使って豪華な装飾を凝らした家を作った、作れた。
「う…ああ、いやだ、いやだ…まだ私は消えたくない…消えたくない」
家の冷たい床に突っ伏して、孤独から時折襲ってくる消滅への恐怖に必死に抵抗しながら、また次の日の朝を迎えるのだ。
そんな心でさえも壊れかけてしまいそうになった時だった、彼に出会ったのは。
「あら、こんな所に人間なんて珍しいわね」
焦げ臭い匂いが漂ってきたので、火事でも起こったのかと思い、急いで見に行ってみれば、そこには少年が一人倒れていたのだ。
それも全身を雷に打たれたように黒く焦がして、だ。
明らかに異常だった、空は雲一つ無い晴天だったし、雷がこの少年だけに落ちるというのは考えにくい。
私はとっさに臨戦態勢をとって、辺りに注意を走らせた。
能力、誰か能力を持つ奴がこの少年を焼き殺したと思ったからだ。
その場に居合わせた私を次に襲ってくると感じて、草原の向こうや背後に気を配ったが、まるで気配が感じられない。
久しぶりに骨のありそうな奴と戦えるかもしれないと若干期待していた私は、拍子抜けしてため息をついてしまった。
「はぁ…逃げたのね、でも姿だけは現して欲しかったわね」
出なければ、追撃が出来ない。
必死に逃げる者に、二度と私の目の前で粗相をしなくなるような絶望とトラウマを植え付けられない。
「それにしてもまあ、酷い有り様ねもう人間がどうかも分からないじゃない…
え、これって、うそでしょ」
少年を焼き殺した犯人は、逃げたわけではなかった。
いや、少年自身が自分を焼いてしまっていたのだ。
能力の暴走、私の友人にも経験のある者がいて、自身の能力が自分に牙をむいてくるとても恐ろしいものだったと聞く。
制御出来なければ、能力の多様性の有無で最悪死ぬ可能性まである暴走、それが此処で起こったのだろう。
「……ふふっ」
自然と口元があがっていくのが分かる、私は何十年ぶりに笑っている。
これは面白いものを見つけてしまった、消滅するまでの暇つぶし程度にはなるだろう、とても楽しそうな者を。
黒く焼けただれていた少年の身体が、まるで逆再生するかのように、肌色を取り戻し始めたのだ。
黒い死んだ皮膚は剥がれ落ち、中から新しい皮膚が少年を形作っていく。
能力が少年を生かそうとしている、暴走するほど危うい能力が、焼き切った身体をまた完全に再生させる。
何の能力なのかは理解できなかったが、この能力が人間には、まして小さな少年が持つ力ではないことは理解出来た。
似ている。
そう、あの紅白の衣装を身にまとった巫女のような、圧倒的な才能をこの少年から感じたのだ。
人間というもろく弱い存在でありながら、私達に負けない力を誇った彼らと同じ雰囲気をわずかながら、匂わせていた。