SIDE 風見 幽香
矢張り、私の勘は間違ってはいなかった。
今思い返せば、あの時電車で私を見ていた気配は、この少年のものだったのだろう。
ダイヤの原石を見つけた気分だ、磨けば必ずとんでもないモノに成長する逸材が目の前にいる。
もしも、この少年が自身の能力をモノにしたならば、私と対等と言わないまでも戦えるかもしれない。
取りあえず今は、もう完全に人間として再構成された少年の手当てでもするとしよう。
私のテリトリーで死なれては、目覚めが悪い。
私は、弱者を必要以上にいたぶったりはしないし、才能ある人間を野垂れ死ににさせるような勿体無い事もしない。
まあ、大切な花を汚されたら、死ぬことが幸福に感じるような苦痛を味合わせるけど。
動かない少年の胴に手を入れ、お姫様だっこ風に持ち上げると、少年の体重が異様に少ないことに気がついた。
「これは、身体が能力を受け入れてないの?」
暴走する能力が少年の体力をエネルギーを使うかのように、奪い取っていくようだ。
ますます面白くなってきた、いや、鍛え甲斐があるというのか。
「この坊やと戦うその日まで、私は絶対に消えない…」
初めての経験ではあったが、筋肉トレーニングは思いの外うまくいった。
少年改め、直人は隠されていた才能を開花させるように、私の言うことを全て実行していってくれたのだ。
本当は1日ずつトレーニングの回数を増やしていくというのは、彼には悪いが冗談だった。
いつもの癖で、直人を少しいじめてみたくなったのだ。
値を上げて床に突っ伏し、私の顔色を伺おうとする時の顔を見ると、忘れていた、戦いで勝利した愉悦が呼び起こされる。
ああ、時間が惜しい。
そして、私自身に時間が無いことが、とても悔しかった。
直人は初めの一回を除いて、毎日トレーニングの回数を増やしていっている。
才能があると分かってはいたが、まさか此処までとは思いも寄らなかった。
このペースで身体を鍛えていけば、私と戦う日も遠くない気がしていた。
最近では、私は畑で摘んできたきたハーブをお茶に混ぜ込んだ薬湯で、彼の心のケアをしている程度だ。
もう直人は毎日、死ぬほどのトレーニングをしようとも、筋肉痛に悩むことがなくなったらしい。
始めてそれを聴いたとき、私は直人の人間の部分にとうとう限界が来てしまったのかと落胆したが、すぐにその判断が早計だったと気付かされた。
「電気を操る程度の能力」
直人が今まで苦しめられていた力であり、暴走して死にかけた命をつなぎ止める最後の砦とも言える力。
これが遂に、無意識にだが直人の身体を治そうとしていると言うことに気がついたからだ。
電気をどう使って治すのか原理や理論は、あの「胡散臭い女」ではないのでわからない。
でも、直人の能力が作用して筋肉痛を治癒させている事だけは確実なのだ……
ちなみに、直人は私の薬湯茶が筋肉痛を治したと誤解しているようだったが、わざわざ直人を調子に乗らせたくはなかったので黙っていた。
「あら、これは…」
今日も直人のこなすトレーニングの様子をなんとなく見ていると、不意に何かの気配が畑の方からしたのだ。
理性がない動物の気配ではない、と言うか動物なら私の気配の所為で、此処へ近付くことも出来ないはずだ。
それに、とても懐かしい嫌な気配、そうか…彼奴はまだ生きていたのか。
この畑にやってきたという事は、私に会いに来たという事なのだろう。
そして、家を訪ねてこないのは、私だけに話したい事がある…
「さてと、じゃあ直人、私はちょっと畑の様子を見
てくるから、トレーニングはさぼらないようにね」
さっと椅子から立ち上がり、寂しがり屋な直人をからかってから、私は小屋を後にした。
9月の風は寒いとは言わないまでも、どことなく儚さを感じさせる、気落ちする冷たさだった。
落ち葉を踏みしめて草原を歩いていくと、数分で私の育てる草花が咲く畑へと辿り着く。
薬草や季節の花がよりどりみどりで咲き乱れる花の中心に、薄紫色の人影が立っているのが見えた。
私が畑に入ると人影も私に気がついたようで、こちらに振り向いた。
金色の長い髪を風になびかせながら、ウエディングドレスを彷彿とさせる紫色の衣装を来た女は微笑んだ。
頭に軽く被った白く丸い帽子には、所々汚れが着いた赤いリボンが巻かれている。
八雲紫、この消滅現象にいち早く気がつき、食い止めようと世界までも作り上げてしまった「胡散臭い女」。
そして誰よりもその世界を愛し、守り抜いてきた彼女とは、しばらくぶりの再会だった。
過去に誇った実力は何処へやら、今の紫には生気と言うものが全く感じられない。
辛うじて、いつもの胡散臭い笑みは健在だったが、それも彼女の姿を見てしまうと無理をしているようにしか見えないのだ。
その時代々々に合った服装を着ている彼女にしてみれば、今の格好は少し時代錯誤なもので、普段の彼女の性格からは考えられないものだったからだ。
「あら、誰かと思えばスキマじゃない。アナタまだ死んでいなかったのね」
スキマ……彼女の事をそう呼ぶものは多い。
賢者とも呼ばれる実力を持っていた彼女も能力を持っている。
その能力が彼女のあだ名の由来にもなった、能力ありで戦っていたら、悔しいが私に勝ち目は無い。
その皮肉を込めて私は彼女をスキマと呼んでいる。
「ええ、久しぶりね風見幽香…私が此処に来た理由はもう分かっているわよ」
紫は傘をそっと地面におろし、瞳に涙をためて私の方へと近づいてきた。
その足取りはおぼつかなく、とても過去に賢者と言われていた者には思えない。
「先日、幽々子が消滅したわ、私の大切な友人たちは、皆私の前からいなくなってしまった」
帽子に巻かれたリボンに手を触れ、紫は辛そうに顔を潜めた。
友人か、私も彼女の友人に入っていたのか、それは嬉しいが、この状況でそれを言われても悲しいだけだ。
かすれる声で、今にも壊れてしまいそうな儚い足取りで歩く紫を、私はそっと抱きとめる。
軽い、紫の身体は普通なら考えられないほど軽かった。
しっかりと感触はあるのだが、質量がない、まるで風船を触っているかのような虚しい感覚。
認めなく無いがそろそろなのか、このスキマ妖怪が、この世界から消滅してしまうのは。
「私は力が強いから今まで生きていられただけ。一人一種族の私は人間に一度忘れられれば、もう二度と思い出しては貰えない」
私の胸に顔を埋め、紫は身体を振るわせて泣き始めた。
「胡散臭いわね、そんな嘘泣きバレバレなのよ…だから…消えるなんて言わないで」
紫とは本当に色々あった、敵対したことも、一緒にお茶を飲み交わしたことも。
だからこそ、そんな彼女が消えてしまうのは、半身をもがれたように辛く胸が痛く締め付けられた。
頬から涙がこぼれ落ち、服を濡らす。
「ねえ幽香」
ふと涙に顔をぬらした紫が顔を上げ、私の手を握って、精一杯の笑みを浮かべたのだ。
紫がこの次になにを言おうとしているのかが、嫌と言うほど分かる。
だからこそ、私はその言葉を聞きたくはなかった。
口に出してしまえば、それが事実になってしまうような、何の脈略もない恐怖がせり上がってくる。
「言うな…」
嫌だ聞きたくない、だから寂しそうな顔で私を見ないで…
「私の最期…見送ってね」
「言うなああああああああ!」
SIDE OUT