あの日、畑へと掃除をしに出かけていった日から幽香さんは、目に見えて気落ちしていた。
僕のトレーニングの時も、どこか別のことを考えているように、天井や窓の外を見つめていることが多くなった。
あの日、一体何があったのだろう。
とても、強い敵と戦ってきたという勝利の高揚や、敗北の消沈の雰囲気ではない。
どこか寂しそうな、大切なものを失ってしまったかのような、辛い顔をしていた。
気になったが、僕と幽香さんの間には相容れないほどの時間の差が存在している。
それに彼女は僕とは、親しいだけの他人だ、突っ込んだ質問は彼女に不快感を与えてしまうかもしれない。
下手に詮索しようものなら、幽香さんを更に落ち込ませてしまうかもしれない。
第一に彼女に「関係ない」と言われ拒絶されることが怖かったのだ。
「時は、時の流れは残酷ね、そして悠久の時を生きる者ほど、心は傷ついて行く。
ねえ、直人…あなたは、私の最期を見届けてくれる?」
「幽香さん?」
腕立て伏せを終えて、スポーツドリンクを飲んでいると、何を思ったのか当然僕の頭を撫でてくれた。
くすぐったいやら、恥ずかしいやらの感情に戸惑いつつ、僕は幽香さんが言った言葉の意味を考える。
風見幽香、花と共に生きている人間ではない彼女は、人間とは違う時の流れを生きてきている。
何年、何十年と時を重ねる内に何十人もの「死」を経験したのだろう。
僕を含めた人間でさえ、「死」は最低4回は身近に訪れるものだ。
だがそれは、家族、両親の死であり自分よりも若い者達の「死」を経験することは少ない。
しかし、幽香さんは違う、彼女はきっと人間との付き合いの中で何人もの人間の、親しい者の「死」を見てきた。
だからこそ、弱気になっているのだと僕は思う。
彼女は、度重なる悲しい出来事の所為で、自分の死期でさえも近しいものにしてしまっているのではないか。
あの日、畑で起きた出来事は推測の域を出ないが、彼女の友人の旅立ちを告げるものだったのだろう。
「そんな事言わないでください、僕は…」
あなたに恩がありますから、あなたの願いを僕が果たすまで、僕は絶対にあなたの前から居なくなったりはしません。
恥ずかしくて、途中で言葉を止めてしまったが、彼女は僕が言わんとしていたことが分かったのだろう。
勘の良さは、彼女の強さにも起因するようそだと要素だと言ってもいい。
「ありがとう、そうね直人が私をそう思っていてくれるのなら、覚えていてくれるのなら、私は死なないわ」
「はい」
「ふふ、お礼に今日のトレーニングは少し多めにするわよ」
幽香さんは頬を赤く染めて、目尻にあふれる涙をそっと指でぬぐい去った。
一転して口調が元の上から目線に戻った彼女は、心の迷いが吹っ切れたように、いつもの笑顔で笑うのだ。
僕は太陽のような彼女の笑顔に、自分の体の中が熱くなる感覚を覚えて、気がつくと手の先から火花が飛び散っていた。
「うわっ…これ」
激しい感情によって起こされる能力の暴走、最近は収まっていたように見えたが、また出てきてしまったらしい。
身体を鍛えていたおかげで、身体を走る電気による痛みで気絶はしないまでも、手が電気の熱で黒く焼けていくのは不快な感覚であることは間違いない。
「丁度良いわね、この際だから能力の制御のトレーニングをするのも悪くないわ。
直人集中して漏れ出る電気を拳に収束させてみなさい。
大丈夫よ、落ち着いてゆっくり冷静にやれば、必ず出来るから」
幽香さんは、僕の今にも弾け飛びそうなほど電気が暴走している腕に手を触れ僕に耳元で囁いてくれる。
「は、はい…」
線香花火のように腕から飛び散る電気の火花は、制御しようとする僕に逆らうようにその勢いを増していく。
幽香さんに言われた通りに、深呼吸を繰り返しながら、慌てずゆっくりと電気を抑えようと腕に力を込めていくが、電気は弱まる気配を見せなかった。
黒く焼け焦げて、そして新しい皮膚に再生するというサイクルを繰り返す僕の腕は、油断すると消し飛びそうなほど、過剰に発光し始めていた。
「肉体が能力の負荷に耐えられるようになった分、電気の循環が良くなったのかしら…
光るなんて面白いわね」
幽香さんは、発熱して煙が立ち上る程の高熱に成っているというのに、そんな僕の腕を触っても顔色一つ変えない。
「あうっ…そんな、ことっ…より、もう限界…で」
痛みがそろそろ意識を刈り取るレベルまで強くなってきている。
気絶してしまいそうになる身体を、必死に持ち直して無理やり意識を保っているが、それももう限界が近い。
幽香さんに良いところを見せようとして頑張ったが、せっかく身体を鍛えても、こんな結果に終わってしまうことに申し訳なさを感じていた。
せめて、少しだけでも電気の能力の制御出来れば…
そう思い、気絶する寸前に力を最後の一滴まで振り絞った僕は、電気が渦巻き白く発行する右腕を壁へと向けた。
「直人…何をするつもり?」
自分の身体の中に力がくすぶっているから、こんな風に暴走しているのなら、この力を外に出してしまえばいい。
とっさに思いついた思考をそのまま実行するべく僕は、一気に拳を振りかぶって壁を殴りつけた。
自分の中に集まっていた痛みが一瞬消え、溜まっていた電気が一斉に壁へと流れ出ていく感覚が広がる。
静電気のように、体内に溜まった電気を地面と繋がったものに触れることで逃がそうとしたのだ。
同じ電気ならば、木で作られた小屋の壁なら拡散してくれると思って考えついた作戦だったが、僕は次の瞬間それが駄作だったことに気がつく。
時間がなかった為、勢いよく壁を叩いたことがアダになった。
そして、今まで体の中に溜まっていた電気の量が多すぎたのだろう。
発散する機会を感情による暴走でしか設けられなかった僕の電気は、木という逃げ道が出来たことで一斉に溢れ出し…
ドンッという強い衝撃音が小屋に響きわたると共に、小屋の壁が吹き飛んだ。
それも電気の熱で焼き壊したわけだ、吹き飛んだ壁の破片は、発散される電気の残りに完全に灰になって消滅してしまう。
壁の中央に丸い、人一人が楽に通れる穴が開いてしまったのだ。
暴走が収まり楽になった僕は、緊張がなくなり安心したショックで背中から床へと倒れ込んでしまう。
「まったく…世話が焼けるんだから」
意識が遠くなっていく僕は、幽香さんに抱き留められ、優しく声をかけられた所まで覚えていた…
9月末の鈴虫が鳴く、とても切なく儚い日の出来事だった。
余談だが、その日僕は久し振りに筋肉痛になり、次の日トレーニングが出来なくなってしまった。
幽香さん曰わく、少し強めのトレーニングだったそうで、重りの量を知らず知らず倍に増やされていたらしい。
家を壊された所為か、彼女の態度は少し当たりが強くなり、しばらくの間毒舌を聞かされることになった。
もう二度と幽香さんを怒らせてはいけないと心に誓う…