「なあ、直人明日は神社へ参りに行かないか」
11月、冬に入り一生肌寒くなり雪もちらほらと振る事が多くなった。
こんな日になると、僕はこの田舎へ来ることになった切欠になった日のことを思い出す。
あれからもう一年が経とうとしているのかと思うと、早いような長いような奇妙な気分になる。
田舎の寒さは都会に比べ都会の空気の暑苦しさが無い所為でより寒く感じたが、身体を動かすトレーニングをしていたので風邪を引くことはなかった。
一年も前にはまだ僕はベッドの上で寝込んでいたのかと考え、田舎に来て本当に良かったと思った。
葉が全て地面へと落ち、かき集め焼き芋を作った事は記憶に新しい。
冷たく霜焼けになりそうな手で、暖かい芋を持ったときに感じた、何とも言えない幸福感は忘れられない。
祖母や幽香さんもそれぞれの畑から芋を持ってきてくれ、両親を含めた5人で焚き火を囲んだ。
随分と幽香さんは、僕たち家族の行事に参加するようになってきていた。
初めて誘ったときは、どうにも遠慮等があり断られていたが、一回そう言うことに参加してからは、家族も彼女を受け入れてくれたのだ。
今日も幽香さんのトレーニングから帰ってきた僕に、玄関で待っていた父が唐突にそう切り出したのだ。
神社、この辺にそんな建物と言えば、町の方へ行ったところにある小さな神社しか思い付かない。
先月に父と町を探索していた時にたまたま見つけた、本当に小さな神社なのだがどことなく威厳が感じられるものだったのだ。
石段を連ねた先に大きめの鳥居があるだけの、一軒家にも見えなくもない神社だったが、父と僕はお参りをした。
名前はかすれていて読むことが出来なかったのだが、地域住民の僅かな信仰からか、今まで廃れずに建物が保たれているようだった。
昔は巫女もいたそうだが、少子高齢化になり町に若い娘が居なくなってしまい先代でもう巫女は無くなってしまったらしい。
そこへ父は参りにいこうというのだろう、普段仕事以外に興味を示さない父にしては珍しいことだ。
「え、どうして?」
「いや、お前も学校へ行けるように改めてお参りした方がいいと思ってな。
カアや、母さん、幽香さんも一緒に行こうと思うんだが」
また父は僕のために、神社にまでも頼みごとをしようとしてくれている。
田舎に引っ越してから、しばらくの間、仕事先を見つけるまで慌ただしくしていた父も、此処最近仕事が見つかって落ち着いてきたのだろう。
余裕の出来た父が考えた事が、自分の事ではなく僕の事だというのが、どうしようもなく申し訳なく、そして嬉しかった。
「父さん、ありがとう」
「ああ、じゃあもう一回幽香さんの所へ行ってこの事を伝えて来てくれるか?」
「うん、わかった」
僕は幽香さんも一緒に神社へ行けるという事に、余計に嬉しくなって、テンションが上がったまま駆けだしていった。
「お、おい…そんなに走ると危ないぞ」
後ろから父が心配した声が聞こえてくるが、その心配は全く無用なものだった。
「大丈夫だよ、父さん!」
僕の身体はもう自分の家と幽香さんの家を往復したくらいでは疲れることはない。
興奮した心の所為で、能力が漏れ出して暴走することもなくなった。
あの壁を焼き壊してしまった日から、身体に溜まった電気を適度に、その辺の木に流して発散しているからだ。
電気をアースのように流すことを思い付いたのは、家にあった図鑑で調べたからなのだが。
能力によって身体の中に蓄積されていく電気を消すことまでは制御出来なかったので、苦肉の策として使ったのだ。
だが、感情を高ぶらせずとも、電気を体外に逃がすことが出来るようになり、着実に能力の制御が進んでいる証拠と言えた。
あの威力を作り出した一撃は、幽香さんも認めてくれ、僕には大変不本意ながら、戦う日が近づいたとのことだった…
帰ってきた道を巻き返すようなスピードで僕は草原を走り、小さな川を越えると、幽香さんの小屋へと舞い戻り、小屋の扉を軽くノックする。
「直人? どうしたの、何か忘れ物でも…」
小屋から出てきて、僕の顔を見るなり不思議そうに首を傾げた幽香さんの手を取って僕は、父の言葉を伝えた。
命の恩人であり、僕の人生を180度変えてくれる転機となってくれた人物に少なからず好意を抱いていたのだ。
恋愛的な意味合いではなく、もっと大きな存在を見るような、憧れや敬意にも似た感情を持って、僕は幽香さんを慕っていた。
第二の母親が出来た気分だったのだ、ドSで怒ると怖いが、それでも親切で優しい一面があることを僕は知っている。
今日もう一度そんな幽香さんの暖かい顔を見れた所為で自然と笑みがこぼれ、僕はもう一度父に言われたことを繰り返したのだった。
「はいはい、一度言えば分かるわ明日博麗神社へ行くのね、別に私も用事は無いから行けるわよ」
「はくれい神社?」
聞き慣れない言葉に僕は思わず聞き返していた。
幽香さんは、あの文字がかすんで見えなくなった神社の名前を知っているのか…
何故、町の人に聞いても誰も知らなかった神社の知っているのか、それが無性に気になってしまった。
「ふふ、そうね直人があの神社の名前を知らないのは無理はないわ。
それどころか、町の人間があの神社の事を知らないのか、それは深い…とても深い事情があるのよ」
その時、一際大きな風が吹いて僕たちの間を駆け抜けていった。
夜が近くなり、気温が下がり始めた所為で風が出てきたようだった。
幽香さんは僕の頭にそっと手を乗せて寒くないように抱き締めてくれた、甘い花のような彼女の匂いが心地良い。
だが、彼女の目は僕を見ていない。
あの日…畑へ行った帰りのような、寂しそうで儚げな、失ったものを見る目をしていたのだ。
赤く大きな目に何が写っているのか、僕には分からなかったが、何か力になりたかった。
恩人へ借りた恩を返したかったのだ。
「幽香さん、大丈夫?」
「…心配ないわ、それより寒くなってきたわね、少しあがって身体を暖めてから帰りなさい」
気がつけば僕の身体は、空気の冷え込みの所為で、走ってきた時の温もりは消え、手足は冷たくなろうとしていた。
幽香さんの提案に頷いて僕は小屋の中へ入りつつ、心の中に残っていた疑問をぶつけてみたのだった。
幽香さんを悲しませる、博麗神社という場所に一体どういう理由が隠されているのか、彼女の心を僕は埋めてあげたかった…
その選択がこれからどの様に僕の運命をねじ曲げ、歪めていってしまうのか、この時はまだ、誰も気がついていなかった。
「知りたいのなら教えてあげる、何故博麗神社が忘れられているか、その意味を…」