幽香さんの小屋の中、暖かい薬湯茶の湯のみを持ちながら、僕は毛布にくるまっていた。
小屋の中には暖房器具が無いので、身体を冷やしてしまわないための緊急の処置だったのだが、僕としてはどうにも居心地が悪かった。
何故かというと、この毛布、幽香さんの愛用のものらしく、被さっていると分かるのだが、とても彼女の甘い匂いが染み着いているのだ。
あまり女の人と母以外に接点のない僕は、こういう状況になれておらず、必要以上に緊張してしまう。
ドキドキと心臓の鼓動が身体を熱く焦がし、結果的に身体が暖まるという奇妙な状況がそこにはあった。
僕が壊してしまい、彼女の手によって元通りに修繕された壁側、椅子に座って意味深な顔で俯く幽香さんはそっと口を開く。
「直人は、私が人間じゃないと言うことはもう知っているわよね」
知っている、それはもう彼女の行動で明確に示されている。
石を拳で軽く破壊出来る存在のどこを見れば人間だと思うのだろうと言う話しだ。
だから僕は声に出さず静かに頷くことで、肯定を示す。
「そう…でも、私が人間以外の何なのかと言う話になれば、直人は答えられるかしら」
幽香さんは楽しそうに、どこからか取り出した紫色の綺麗な扇子を手で弄びながら僕の表情を観察している。
人間以外をそのまま言葉にするのなら、人外という単語が相応しいが、彼女が求めているモノとは違うだろう。
もっと細かい区分、人でなく人外のカテゴリーに踏み行った、その一歩先にある答えを求められているはずだ。
頭を捻ること10分間、幽香さんは僕の悩む顔を人の悪い笑みで見つめるだけで何のヒントも出してこない。
此処で彼女の機嫌を損ねてしまうと、明日からのトレーニングがより一層辛いものになってしまう。
人生経験のまだ浅い脳みそをフル回転させて真っ先に思い付いたのは、以前祖母が言っていた「幽霊」と言う言葉だった。
馬鹿馬鹿しいと一笑に伏してしまえる言葉でも、人ではない存在が居たというだけで、「幽霊」も信憑性が出てくるから不思議なものだ。
奇跡と並列で語られていた「幽霊」これはもしかすると幽香さんの事を指していたのではないか。
いや幽香さんでなくとも、彼女ような存在を祖母は知っていたと取ることも出来る。
これで幽香さんが幽霊なのではないかと言う仮説が出来た。
普通の問題ならここで答えを掲示して、その審議をはかるのだが、失敗が許されない以上そういう手段にも出れない。
まだ制限時間が設けられていないことが幸いとも言える。
まずは幽香さん幽霊説を詳しく検証していくことにする。
回答の基本条件は3つ、「人間ではない」「人と同じ姿をしている」「人外な力を持つ」
この条件を「幽霊」に当てはめていこうと思う。
「人間ではない」、これは「幽霊」が元々人間だったなどの不確定要素があるが、概ねクリアでいいだろう。
次に「人と同じ姿をしている」、もうこれこそ「幽霊」の基本条件と言ってもいい事だ、クリアだ。
最後に「人外な力を持つ」、これだけがどうにも怪しい要素だった。
僕は「幽霊」と言うものを、これが「幽霊」だと分かるものを今まで見たことがない。
テレビや本での創作物でしか、「幽霊」の知識は持っていなかった。
だが、そういう空想上の「幽霊」が「人外な力を持つ」に当てはまるのかといえば、そうではない。
家や建物を破壊する「幽霊」など、創作物の中でさえお目にかかったことがないのだ。
むしろ、外国のパニックホラーの定番である「怪人」の方がしっくりくるだろう。
実質的な怪力よりも、呪いなどの陰鬱としたおどろおどろしい雰囲気の中でこそ「幽霊」は、しっかりとした個を証明できるのだ。
その点を踏まえて考えると、幽香さんは確かに恐ろしいが、ニュアンスとしてはパニックホラーに近いものだと言うことが分かる。
「幽霊」という線は消え、パニックホラー「怪人」という新たな説が浮上した。
「怪人」は西洋のホラー映画の定番といえる存在で、日本の「幽霊」とは違い人間の惨殺を主としている。
俗に言う「スプラッタ」と言うものだ。
そのシーンの多くにはタフな「怪人」がいくら攻撃してもまた立ち上がり、人を襲うという力強さを象徴させるものがあるのだ。
「怪人」と幽香さんの力強さには、似通った点がもう一つある。
それが雰囲気の明るさなのだ、「幽霊」に比べて「怪人」は個性が強く種類もバラバラで軽快な性格をしているものが多い。
幽香さんの持つ能力も、その「怪人」の種類としての力だと考えたのだ。
もうこの際、現実的だの非現実的だのは触れないことにする。
僕は頭に思い浮かんだ回答を声に出そうと口を開いて、ふと口を手で押さえた。
検証はまだ終わっていない、僕はただ「幽霊」が幽香さんではないという真実を導き出しただけに過ぎない。
僕の思い浮かぶだけ全ての人外と一つ一つ照らし合わせていかなければならないと思い至ったからだ。
「直人、思い付かないかしら?」
「えっと、もう少し待ってください、後少しで何か思い付きそうなんです…」
「幽霊」「怪人」まだ、人に似通っていてかつ、人間ではない存在は多数存在する。
例を挙げるなら「悪魔」「天使」「神」だ…
「あ…そうか」
此処まで考えが及んだとき、僕の頭に雷に打たれたような衝撃がおそったのだ。
あ…これは比喩なので安心してほしい。
今まで何故これを思い付かなかったのか、少しだけ恥ずかしくなる。
考えが堅すぎたのだ、祖母が言った「幽霊」という言葉に固執し過ぎてしまったのだろう。
此処は日本、そして「怪人」は西洋だ、例え「怪人」が存在したとしても、目の前の幽香さんがそうかというと不安が残るのも頷ける。
しかし、僕の頭に神聖のごとく浮かんだ単語は、余計な不安を押し流してくれた。
幽香さんの正体は、これしかない。
僕は再び口を開く、自分の考えを彼女に伝えるために。
「幽香さん…は、妖怪ですね」