風に乗って地面の落ち葉が舞い上がり、顔の前で一回転して遠くへと飛んでいく。
雲一つ無い空は、太陽の光をよく通し、薄ら寒い空気を暖めてくれる。
それでもまだセーターを着込む程には気温は変わってはいないので、鳥も虫も姿を見かけることはない。
動く生き物と言えば、落ち葉の下から時折顔を出すダンゴムシくらいのものだ。
僕と両親、そして幽香さんは町にある神社へと向かっていた。
町に佇む神社は、小高い丘の上に建てられているので、参るためには石段を一々登らなければならない。
祖母は足が弱く、外出は出来ても神社へ続く道のりは無理そうだったので、今は近くの茶店で涼んでいる頃だ。
古く年代を感じさせる苔むした石段を一歩一歩踏みしめて上へと登っていると、自分の体が本当に強くなっていることを実感する。
両親もそれは同じだったらしく、言葉には出さないが、僕が階段を一歩踏みしめる度にうれしそうに笑っていた。
だが、僕としてはほのぼのした空気を感じることは出来なかった。
何故ならこの神社への道のりも幽香さんのトレーニングに組み込まれてしまっていたからだ。
普段なら何の苦しさもなく駆け上がれるような距離でも、僕の服の内側に巻かれた植物の重りがそうさせてくれない。
足を一歩前に出すだけで身体が火照り、階段を上る毎に汗が額から流れ落ちる。
今日の分のトレーニングは神社へ行くことで潰れるのではと、少し期待していた僕は余計に辛くなった現状に悲しくなっていた。
僕の後ろにいる両親の後ろからゆっくりと優雅に登ってくる幽香さんは、何時もの白い長袖シャツに赤いチェックのベスト、同じく赤いチェックの模様のフリルのついたスカートを着ている。
いつも変わらない服装に一度だけ、服を変えないのかと訪ねたことがあったが、殺気のこもった笑みに返され何も聞けなかった。
日光がいつもよりきついので日除けなのか薄いピンク色にフリルのついた傘を広げている姿が妙に様になっている。
今回のノルマはいたって簡単で、幽香さんに追い越させられない事と、一回も止まってはいけないという事だった。
つまり僕は重りを持った状態で休憩なしで神社への石段を登らなければならないのだ。
それにドSの幽香さんの事だ、僕の動きを見計らって隙をついて一気に僕を追い越すという事も考えられる。
ノルマ失敗のペナルティーは、明日かのトレーニングがより厳しくなることなので、何としてでも避けなければならないのだ。
「…つ、ついたあぁ」
握った手に汗がたまり、秋だと言うのに顔を赤くしてやっとの事で僕は頂上にたどり着いた。
赤く大きな鳥居を潜り抜け、石の板で舗装された通路にしゃがみ込むと、火照った身体に、石の冷たさが染み込み気持ちよかった。
「おいおい、そんなに疲れたのか」
地面に横たわり荒い呼吸を繰り返す僕を見て、父は心配になったのだろう。
僕の頭に手を当てて熱がないことを確認すると、そっと背に手を回して上半身を引き起こしてくれた。
「あ、うん…大丈夫」
深く深呼吸を繰り返してから母の後に続いて鳥居をくぐった幽香を見ると、楽しそうに笑っていた。
全く何処までドSなら気が済むのだろう。
幽香さんの過激具合は今で相当抑えられていると本人が言っていたので、苦笑いしか浮かんでこなかった。
「直人…ほらあれ」
首に赤いマフラーを巻いて白いロングコートに身を包んだ母が、喋る度に白い息を吐いて神社の方を指さした。
つられて指さした方に振り向いてみると、小振りな神社の右端に、壊れかけた賽銭箱が転がっているのが見えた。
「前にすごい風が来たとき飛ばされたのか」
父が賽銭箱を持ち上げ、以外に軽いことに驚きつつ、神社の真ん中へともどす。
幽香さんはといえば、感慨深そうにひび割れて壊れそうな神社の柱を触っていた。
「幽香さん、此処が博麗神社で良いの?」
「ええ、そうよ、何世代も巫女が管理をしてこの地を守護していた神社…
今はもう見る影はないけれど、私にとっても思い入れはある場所よ」
「ほう、この神社、博麗って言うんですか、町の人に聞いても知らなかったんで…
良かったら詳しく教えてくれませんか?」
賽銭箱のあちこちに挟まった落ち葉を退けていた父がひょいと顔を上げて、幽香さんの方をみた。
「別にかまわないわ、といっても私が語れることは限られているけどね。
言ってしまえば信仰が集まらず廃れてしまった場所、といったところかしら。
誰も名前を知らないのは、この博麗神社が皆から忘れられてしまったからよ」
そっと柱を幽香さんがなぞると、本当に微々たる変化だが、柱のひびが小さくなった。
能力を知らない人間に能力の事を気付かれるのは面倒なことになるらしく、幽香さんは例え親であろうと、僕の力の事も隠しておくように言われていた。
今使った力も父には何も見えないよう、幽香さんは体の向きを変えている。
「名前…ですか」
見た目では幽香さんよりも父の方が年上に見えるのだが、まとう雰囲気がそうさせるのだろう。
父の敬語を聞くのは、仕事に着いていったとき以来だ。
「そうね、名前は全てのものにある、それが忘れられてしまうと、それは消えてしまったも同じなのよ」
まあと、幽香さんは、神社の中央に吊られた太い注連縄、雨風を受けて端の方から切れかかっているものを見て手を伸ばした。
切れかけた注連縄に手が当たると、幽香の指に挟まっていた種から蔓が伸び、とぎれた部分を補修していく。
そして一際深いため息を着いた後、僕だけをそばに呼んで、神社の裏へと歩いていった。
博麗神社の裏手は草花や木々が無秩序に生い茂り、秘密の話をするには打って付けの場所だった。
両親も両親でそれぞれ神社を見ているし、多少の時間なら彼らの前から離れても大丈夫だろう。
幽香さんは木々の間をしばらく進んで立ち止まると、ベストのポケットから紫色のセンスを取り出して広げた。
最近彼女はこのセンスを使うことが多くなった。
けして扇ぐわけではないらしく、センスは開いたり閉じたりと、手で弄ぶだけのものになっている。
そうだ、丁度彼女が落ち込んでいた時からあのセンスは、彼女の手の中にあった。
「ああ、これ?これは私の古い友人からの贈り物よ」
それ以上は聞くことが出来なかった。
紫色のセンスを手で撫でた彼女の瞳に光に反射する水滴が見えたからだ……