黒玉という防御を失った状態でのレーザー光線は、女性に多大なダメージを与えていた。
腕は焼け焦げ、服のあちこちには、元々の色が黒いので分かりにくいが焦げ跡がついていた。
「アナタもまだ力はあるみたいね、安心したわ、簡単に勝ってもつまらないからね」
生きていた、それだけでさえ奇跡だと言うのに、妖怪にとってはこれでさえ予定調和に過ぎないのだろうか。
傷を負った女性でさえ、まだ戦線離脱の意志は無いようで、何か作戦を考えているのか、じりじりと幽香さんに近づいていく。
「…これじゃジリ貧ね、一気に勝負をつけましょう」
「のった」
女性の背中から黒いオーラが吹き出し、それが地面、空へと広がり巨大な黒い手を何本も出現させる。
それぞれが意志を持っているかのように動く黒い手は、折り重なって一つの巨大すぎる手に変化した。
幽香さんも女性に向かって、今までで一番光り輝く光源を傘の先端部に作り出し放つ。
「食らえ!」
「耐えられるかしら?」
空中に浮かぶ黒い巨大な手を指差した女性は、指をそのまま幽香さんへとずらす。
それに合わせて黒い手も動き出し、蠅たたきのように、幽香さんのいた地面を容赦なく叩き潰したのだ。
傘から猛烈な勢いで発射された極太のレーザー光線は、勢いを衰えさせることなく女性に命中する。
一方は黒に、もう一方は白に飲み込まれ、勝負はますます分からなくなってきた。
潰されたかに見えた幽香さんは、黒い手を押しつぶされる寸前で受け止めていた。
足がその反動で地面にめり込んでいたが、地震にも近い衝撃を生み出す重い手をよく止められたと感動さえ覚える。
逆に女性は2度目のレーザー光線の直撃を食らってしまい、地面に仰向けに倒れて、まともに動けない状態だった。
服や金色の髪には砂埃がつき、茶色に変色している。
「私の勝ちね」
額に流れた汗をハンカチで拭ってから、幽香さんはゆっくりと女性に近付いていき、手を差し出した。
「ほら、起きなさい、久し振りに戦いができて私は満足よ」
「は、ハハハ、死ぬかと思った…」
冷や汗をかく女性からのばされた腕をとって幽香さんは手前に引いて、起きあがらせる。
2人の顔はさっきまで決死の戦いをしていたとは思えないほど、穏やかなものだった。
さっと身体についた砂埃を払った幽香さんは、女性の方へ手のひらを向けて優く笑った。
「直人、紹介するわ…この子はルーミア、闇から生まれた人喰い妖怪よ」
「えっと…」
どういう感想を言えばいいのか返答に困る。
という以前に、お前ら知り合いかよと突っ込みたかったが、言ったところでどうしようもない。
真顔でうんと返されるのがオチだ。
ルーミアと紹介された女性は、僕の事に今気がついたといった風で、僕と幽香さんを交互に見比べながら首を傾げた。
「なんだ幽香、お前こどもっ……むぐっ!?」
子供が出来たのか、と聞いたのだろう。
ルーミアさん、貴女は幽香の友人であるならば、言って良い冗談と、駄目な冗談の区別くらいついてほしい。
彼女は、彼女の自信の身の上に関する冗談は特に気にするのだ。
「……ふふふ、ルーミア、それ以上言うとアナタ、どうなるか分かるわよね?」
金髪の女性の白い頬に無造作に押し付けられた幽香さんの手は、万力のように軋みながら肉を引き裂かんとする。
幽香さんは、素手だけで人を死の恐怖に叩き落として脅すことが出来る…
発せられた度し難い殺気は、周囲にまで撒き散らされ、木に乗っていたカラスや他の鳥が一斉に飛び立った。
「……ゆ、幽香さんもう止めてあげたら」
女性はまだ余裕そうな笑みを浮かべていたが、顔は青白く染まり、額には冷や汗が流れている。
口を動かせない状況で、参ったとも伝えることが出来ず、僕の言葉を見て取って仕切りに首を上下に動かした。
「ふんっ、直人に免じて許してあげるわ、私もこんな所で血みどろの調教は避けたいからね」
「そ、そうなのか」
痛そうに手が外された頬を撫でながら、ルーミアと呼ばれた女性は、ほっと息を吐いた。
誰でもアレほどの殺気を正面から受ければ、蛇に睨まれた蛙のようになってしまう。
というか、死んだ方がましだと思えるかもしれない。
「で、私に何の用かしら見た所、封印も解けているようだし、私に戦いでも挑みにきたの?」
流し目で興味なさげに言う幽香さんに、ルーミアは若干苦笑いを浮かべて、真剣な顔になる。
空気が変わった、此処からはふざけることは許されないというように、幽香さんも傘をたたみ、腕を組む。
ルーミアはボロボロになった黒いドレスをはためかせ、、言いにくそうに僕を見た。
「心配しなくて良いわ、この子も妖怪を知っている…その力の源もね」
幽香さんが僕の頭に手を乗せて、優しく撫でてくれる。
「幽香、お前が人間を育てるなんてな、時代は変わったもんだな」
「良いから話しなさい、アナタの感傷なんて聞きたくないわ」
……何故だろう、ルーミアさんがとても不憫に見える。
言葉を言う度に幽香に毒を吐かれて、毒を吐けば実力行使にでられる一方的ないじめ。
あの黒玉の正体がこのルーミアさんだというのなら、この人もまた妖怪というカテゴリーに分類される。
にも関わらず、幽香さんの圧倒的な威圧に逆らう気配がないのは、そこに天と地ほどの差が存在しているからなのだろうか。
即座にその考えは却下される。
考えてみれば、ルーミアという女性がもし激弱の弱小妖怪だったら、今この場所にいないからだ。
レーザー光線を何らかの力で回避して僕の近くに回り込み、なおかつ直撃を食らっても焦げるだけで済んでいた彼女はとても弱いとは言えない。
むしろ、幽香さんとまともにやり合えるぐらいなのだから、強い部類に入るだろう。
不思議そうに二人の様子を見ていたのが伝わったのか、ふとルーミアが僕の方を向き、黒光りする赤い目を向けてきた。
「私と幽香にはちょっとあってさ、それでこういうふざけ合いが出来るんだ」
ふざけ合いか、それで納得できた。
要するに実力の高い2人だからこそ出来る、じゃれ合いのようなものなのだろう。
親友同士がおどけて、からかい合うように、幽香さんとルーミアもそういう絆で結ばれているのだ。
「まあいいや、えっと直人とか言ったな、一応お前も聞いておいた方が良いな、妖怪と一緒にいる時点で巻き込まれかねない。
直人と言ったっけ、私はルーミアだよろしく。
この幽香との付き合いはまた後日話すとして、本題に入ると……」
ルーミアさんは語った。
要約するとこうだ、最近妖怪という存在及び神聖な存在までも消え始めている現象が起きている。
これは人間の妖怪や神に対する恐れや敬意が薄れてきているという、文明の発達と共に起こる自然現象だと思われていた。
それはある「胡散臭い」なる人物が研究して分析した末に出した苦渋の結論だったらしい。
全ての不思議な存在達はこれを受け止め、迫り来る消滅の時を受け入れていた…
幽香さんもその一人だった…
しかし、この妖怪の消滅現象は誰かが意図的に起こしたものだったというのだ。
「でも、気がつくのが遅かった、正体が分かった時にはもう妖怪は私とお前だけになっていたんだ。
なあ、私はどうしたらいい?
このまま、消滅を待つしかないのか?」
闇を宿した赤い瞳から次々と涙がこぼれ落ち、地面に無数の水滴を作った。
幽香さんはそんなしゃっくりをあげて泣くルーミアさんを一笑に伏せると、僕に向き直ったのだ。
そして言った。
最後の異変だと。