東方歪天禄   作:スマート

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No.002「ひまわり畑」

 

篠山 直人(ささやま なおと)それが僕の名前で、両親が頭をひねって考えてくれた誇りだった。

 

「なあ、直人よ。引っ越さないか」

 

誕生日の次の日、仕事から珍しく早く帰ってきた父は、寒さにかじかんだ手をさすりながらそう言ったのだ。

 

引っ越し、それは前々から両親と僕を交えて話し合っていたことだ。

 

僕が都会のビルに揉まれた、排気ガスをたっぷりと含んだ空気よりも、自然豊かな田舎の方が、身体に良いのではないか、という配慮だった。

 

「そうね、もう3月になるしそろそろ考えてちょうだい?」

 

リビングの机に父と僕のぶんの湯のみを置いた母が、とうとうこの日が来たかと苦肉の表情をしていた僕の隣に座った。

 

確かに田舎には興味があった、まだ生活がそれほど苦しくなかった頃、テレビを付けたときに見た大自然の光景は、目を見張るものがある。

 

それに、外にでることが出来ない僕に、学校の友達はおらず、思い出の遊び場も存在しない。

 

強いて言うなら、自分の家の庭先が、僕にとっての公園の様なものだった。

 

田舎といえども、住むことになる祖母の家の近くにはしっかりとした病院が建っているそうで、通院に困ることはないらしい。

 

別に引っ越した所でその土地に残る未練は無いのだが、僕が引っ越しを今まで渋ってきた理由はそれとは違うところにあったのだ。

 

それは、つい最近から僕の身体に現れたよくわからないもの…

 

昔から感情的になると、身体を壊してしまうことが多かったが、最近では何故か身体のどこかに痣が残るようになってきたのだ。

 

何か電流でも流れたような、腹から足に欠けて伸びる痣は、あの日、幸福を感じて泣いたときに出来たものだ。

 

痛みは無い、時間がたてばすぐに直ってしまう程度のものなのだが、いつか自分がとても制御しきれない感情を抱いてしまったときに、自分がどうなるのか不安で仕方なかった。

 

引っ越しした場所で、僕がもし感情が溢れ出るような事態に直面してしまうのが怖い。

 

この痣の事は父と母にも黙っている、お風呂には頑張って自分で入っているので、身体を見られることはない。

 

これ以上、両親に僕のことでストレスをかけたくなかった。

 

僕よりも精神的に披露している母の事だ、そんな訳の分からない痣の事を聞かされた日には、心臓発作を起こしかねない。

 

だから両親は、僕が引っ越しという言葉を嫌がっているのは、ただこの家と離れたくないだけだと思っている。

 

そのことも多少は含まれているが、矢張り未知なる所に向かうというのは、まるで異世界にでも飛び立つようで怖かったのだ。

 

怖がりと言われるかもしれないが、僕は他の人よりも精神的に弱かったのだと思う。

 

同世代の子たちが、互いに笑い合い、泣き、そして笑うという光景を窓の中からしか見ることが出来なかった僕は、経験が足りないのだ。

 

未知なることを体験することで得られるもの、それが何なのかを僕は経験不足で分かっていなかった。

 

「なあ、直人よこれはお前のためでもあるんだ。

小さい頃に遊んでもらったお婆ちゃんも一緒の家に住むんだ、悪くはない話だろう」

 

いつも無口な父が、お酒も飲んでいないのに必死になって言葉を探ししゃべる光景は新鮮だった。

 

そこまでして僕の身体の事を心配してくれているのだと思うと、もう嫌とは言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、引っ越しに納得した僕が田舎に行くことになったのは、色々な手続きをしなければならなかったので7月の中旬頃になってしまった。

 

御近所への挨拶、市役所への区民登録、医者のカルテの引き継ぎ、最後に荷物の配送。

 

それら全てをお金のない篠山家が行おうと言うのだから、約4ヶ月はかかってしまう。

 

やっとこさで僕は父の用意したキップを持ち、駅のホームへと並んで電車に乗った。

 

「電車なんて久しぶりね」

 

「ああ」

 

少し込んでいた電車の奥の方の席に腰掛けて、母は流れる景色を楽しそうに眺めていた。

 

父もそんな様子の母を慈しんだ目で見、僕を膝の上に乗せてくれた。

 

「重くなったな」

 

それだけ言って、父は大きく僕の肩を叩く。

 

「うん、いつか父さんみたいな筋肉をつけて、母さんを支えてあげるんだ」

 

「そうか、成長したな」

 

頭を撫でる父の手のひらと、心地よい揺れについ眠気を催してしまい、僕はいつの間にか父に背中を預けて寝てしまった。

 

ふと騒がしい声で目が覚めて顔を上げると、母が僕を揺すって仕切りに窓の外を指さしている。

 

「どうしたの?」

 

「直人、ほら見てみなさい、凄いよ!」

 

母に言われて後ろを向くと、そこには流れる景色の中に終わりがないほど奥深い黄金の畑が広がっていたのだ。

 

「うわああっ……」

 

思わず声を出してしまう、これは本当に凄い。

 

一面がひまわりで覆い尽くされた光景は、とても圧巻で感動的だった、まるで何百もの太陽に照らされているような明るき持ちになる。

 

晴天に輝く空と黄金の地面が合わさり、絵にも描けない美しさと言った感じだった。

 

「あれ」

 

ひまわり畑の奥の方、意識を集中してじっくりと見なければ分からない程遠くに、人影を見た気がしたのだ。

 

電車は僕の事に構わず走りつづけ、やがてひまわり畑は見えなくなってしまった。

 

「大丈夫よ、あのひまわり畑の近くだと思うから、お婆ちゃんの家は」

 

「え?」

 

「思い出したのよ、昔、私がここへ来たときにも見たことがあったのよ。

 

あの一面を覆う黄金の景色、その時はいくら探しても見つからなかったけれど、多分家の近くなのよね…」

 

ここで言うお婆ちゃんは、父にとっての母なので、僕の母は田舎には数えるほどしか来たことがないらしい。

 

ならば父にひまわり畑の事を聞こうと思い、乗っている膝の主の方を振り向くと、父はガラスに頭を当て熟睡していた。

 

「父さん……」

 

「疲れてたのね、引っ越しの準備力仕事は全部お父さんがやってくれたから」

 

引っ越しの荷物配送も、専門業者に頼めば、それだけお金がかかってしまう。

 

少しでも経費削減と、父は配送のみの荷物配送を選択し、荷物の梱包は全て自身の手で行っていたのだった。

 

父の手にはなれない荷物を持った所為で付いてしまった傷が所々についている。

 

「ありがとう、父さん」

 

僕は父の膝からそっと降りて、眠る父の手を握ったのだった。

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