No.021「記憶」
SIDE ルーミア
「ん、ここは…どこだ?」
目が覚めると、私の目の前に広がっていた景色は、見慣れた黒ではなく、古臭い茶色の天井。
至る所に補強の後が見られ、今にも壊れてしまいそうな天井を見上げているという現状は、私をうっすらと不安にさせる。
どうやら此処は誰かの家のようだった、古いながらも生活感がある磨かれたタンスなどがそれを証明している。
埃も綺麗に掃除しているようで、目に見えて汚いと言うほどでもない。
「…ん、布団」
寝ぼけた頭を起こすように眼をこすり、腰に力を入れ上半身を起こすと、私にかけられていた布団が捲れた。
そのとたん薄ら寒い空気が肌を刺し、私は慌てて暖かい熱が籠もった布団を身体に巻き付ける。
そうだ、私はとある人物に聞いて発見した、異変の真実を幽香に伝えに来て…
人に見られると面倒だったので、隕石のようにも見える黒い玉の姿で空を飛んで移動したのだった。
そして幽香がいるひまわり畑をしらみつぶしに探し、やっとの事で博麗神社近くに彼女の気配を感じて降りたったのだが。
「幽香のやつ…私の姿を見るなり攻撃してきやがって」
着ていたお気に入りの黒いドレスは寝ている内に着替えさせられたのか、簡易な黒いTシャツを着せられていた。
全身のあちこちに巻かれた包帯は、それほど幽香の火力が凄まじかったと言うことと、私自身の回復力が落ちてきていることを表している。
恐らくこの小屋は幽香のものなのだろう、あいつはドSで人を痛めつけるのが大好きだが、悪い奴じゃない。
仮にも戦友…友達が意識を失ったのを見ておいて、素通り出来るほど冷血ではないことを私は知っている。
彼奴は随分と変わった、昔こそ戦闘狂というべきモノだったが、少しずつ愛情というものを分かっていった…
それもこれも、もう壊れてしまったあの世界のお陰なのだろう。
あの愛情溢れ、人も妖怪も笑い合う世界に触れ、荒んだ性格の彼女は彼らの気持ちを理解していった。
戦闘好きという一点に置いては変わっていないが、無闇に人を傷つけたりしないし、命の関わる戦いをあまりしなくなっていた。
…本人は否定するけれどな。
「あ、気がつきましたか?」
しばらく呆けて天井を見つめていると、ふいに小屋の扉が開いて少年が入ってきた。
私の闇のように真っ黒な髪を耳までで切りそろえた、整った顔の子供だ。
女のような華奢な身体に見えて、その実筋肉が身体を鎧のように取り巻いている。
どうみてもアレは幽香の見るだけで血反吐をはくという、禁忌とされた特訓法の成果だろう。
私の知る妖怪も一人、彼女の実験体に哀れにも捕まり、拷問のような特訓をされたと聞いた。
まさか、妖怪でも涙する幽香の特訓を人間がこなしているとは、思いもしなかった。
「待っててくださいね、幽香さんから起きたら飲んで貰うように言われてて…っと」
少年は私の顔を見ると嬉しそうに笑い、いそいそと小屋の奥、台所へと入っていった。
確か、直人…とかいう名前だったか、なるほど幽香が連れているだけあって、その気配は人間であっても異質だった。
あのスペルカードバトルを見ても、私に物怖じしない態度。
そして、どこか深い強さを感じさせる後ろ姿は、あの紅白の巫女を連想させ、懐かしい反面、寂しくもあった。
「なあ、お前は私を見ても何とも思わないのか?」
気がつけば聞いていた、直人が私…妖怪を見て何を思ったのか、興味を引かれたのだ。
妖怪と対等に話そうとする人間を、私は10も知らない。
直人は口調こそ丁寧だが、普通ならその内面に巣くう妖怪という異形の者に対する恐怖が感じられないのだ。
いくら鍛えていると言っても、妖怪と人間には越えられない…かもしれない壁が横たわっている。
「え、ルーミアさんを見てですか?
あう……、そのすいません…服を勝手に変えてしまって」
急に真っ赤に染まった直人の顔…彼の言った言葉は、初めよく分からなかった。
だが、彼が勘違いをしているのだと、そして私を着替えさせたのが幽香ではなく直人だと気がついてしまう。
「あ、い…いや、人間に肌を見られても別に…」
私の言葉は、直人に「私の着替えで肌を見てどう思った?」という誘惑にも取られかねない風に聞こえていたのだ…
今、私の顔は凄く赤くなっていることだろう、触れなくとも恥ずかしさで熱くなった頬でわかる。
たかが10代になったばかりの子供に肌を見られても特別意識する事はないと思っていたが、如何せん私も10代の時間が長すぎたらしい。
とある事情があって私は、年齢及び力を今の今まで封印されていたのだ。
もうその封印自体は解けたのだが、小さな時に感じた感情が、今こうして本来の姿を取り戻しても、残っている。
小さな私にしてみれば、直人とさほど年齢に差は無いので、同年代の異性に対する恥ずかしさも多いだろう。
どちらも私なのだから文句のつけようもなく、だからと言って年が違いすぎる子供におどおどしてしまうのもやるせない。
だから私は赤く火照った顔を隠すようにかけ布団を持ち上げて顔を隠した。
その動作がどうにも子供っぽく、次々と墓穴を掘っていく私は、自分で自分が嫌になった。
「えっと、綺麗でした…」
「
黙り込んでしまった私を見て、何かを言わなければと考えたのだろう。
お世話、社交辞令のようなありきたりなほめ言葉は、どうしてか心に響く。
胸が締め付けられるように熱くなり、もう直人の顔を直接見ることが出来ないでいた。
何故だろう、こんな気持ちを前にも体験したことがあるような…
いや、思い過ごしだ、私が…仮にも何百年と生きてきた妖怪が、子供如きに頬を赤らめた経験など、そう何度も合ってたまるか。
一瞬脳裏を掠めた奇妙なデジャヴを布団に顔を押し付けて振り払い、私はそっと顔を上げた。
直人が照れ臭そうに頭をかいている、矢張り間違いないのか、私は直人を知っている…?
「痛っ…あ、あああああああっ!?」
靄がかかった人影が、目の前の直人と重なりそうになった瞬間、脳が思い出すのを拒否するように激痛を訴えだしたのだ。
「ルーミアさんっ!? 」
頭を抱えて再び布団に倒れ込んだ私に慌てて声をかけるが、彼には幽香のような知識はない。
私でさえ分からないこの痛みの原因も、これを止めるすべも知らないだろう。
「ううっ…あがああああああ!!」
頭が割れる…
何だと言うんだ、どうして直人のことを考えて痛くなる…
考えれば考えるほど、激痛は私の脳を圧迫していき、ついに限界に達してしまったようで、パチンと視界が真っ暗になった…
薄れる意識、また深みに消えていく記憶の奔流の中、一つだけ見つけたモノがあった。
私は何かを忘れている…