あの綺麗なひまわりを見た後、直ぐに電車はその大きな車輪をけたたましい音を出して止めた。
蒸気が噴き出るような音と共に、車両の扉が開き、駅員の独特なアナウンスが入る。
「ほら着いたわよ、お父さん起こして?」
どうやらここが降りる駅だったらしく、母は膝上に乗せていたハンドバッグを肩に掛けて、椅子から降りた。
僕もそれにならい、父の肩を軽く揺すってついたこ着いたことを教えてあげた。
「う、寝ていたか」
「そんなに疲れてたのなら言ってよね、私達は家族なんだから」
子供がいるにも関わらず、目の前で腕を絡めたりといちゃいちゃしだす両親は、他にも類を見ないほど仲が良いのだろう。
同じく電車に乗っていた乗客が、微笑ましそうに両親を見ていたので、僕は少し恥ずかしくなった。
電車の扉から降りると、クーラーと外の熱気との境目の所為で、一気に汗が吹き出してきた。
大きな入道雲の隙間から、太陽が休むことなく照り続けている。
薄暗い雰囲気のあった都会に比べ、人間と共存していたカラスの姿はなりを潜め、代わりに綺麗な色の野鳥がさえずり合いながら飛んでいく。
此処は僕が住んでいた所とは、全く違うのだと実感できる光景だった。
降りた駅は無人駅のようで、駅名を指す看板と、無人のキップ置き場だけがある、とても簡素なものだ。
ポケットに入れっぱなしになっていたキップを、置かれた箱に放り込み、僕は足早に駅をでた。
「凄い」
田舎は僕を何度驚かせれば気が済むのだろう。
美しく輝いていたひまわりに続き、僕を驚愕させたのは、黒いアスファルトで舗装されていない土肌の道。
駅の周りには、都会のような病院やビル、アパートは無く、古い年代を感じさせる瓦屋根の家が建ち並んでいる。
そしてひときわ目を引いたのが、家々と反対側の草原の間にある、舗装されていない土肌が露わになった道路だった。
獣道を少し手入れしたかのような、雑な道は所々に小石がおいてあったり、子供の足跡が残っていたりと、沢山の痕跡がある。
無機質な面白味のない左右対称の道ではなく、歪な曲がりくねった道はどこか愛嬌があった。
「ああ、懐かしいな」
父が土の道路を踏みしめて、息を思い切り吸い込んで、清々しい顔をした。
きっと、昔ここに住んでいた頃のことを思い出しているのだろう。
父は此処で生まれて育ち、そして母に出会い、僕が生まれた。
僕はこの場所に来たことがなかったので、父の故郷というものに少しだけ興味がわいたのだった。
祖母は、足を悪くする前は僕のあの家に何度も遊びに来ていた事を覚えている。
どこに父の実家があるのかと、歩きながら左右に首を降っていると、母にはしたないと叱られてしまった。
「うん、空気がうまい」
「そうね、排気ガスが混ざった空気が汚れていたのがよくわかるわね、こんなに良いものを吸っちゃうと」
嬉しそうに土の道を歩きながら語り合う、父と母を視線に止めつつ、僕は草原に咲いている草花を眺めていた。
都会のようなアスファルトで道が舗装され、一面がアパートやビルで埋め尽くされた場所で見る花と言えば、花屋か街路樹の植え込みにしかない。
それがこうして自然に、多種多様な花を咲かせているのは、見ていて飽きなかったのだ。
道にも草花は咲いていて、そよ風に揺られ踊っているようだった。
「どう、ここがこれから私達が住むことになる地域だけど、気に入った?」
「うん、気に入った、物凄く綺麗だね」
いつの間にか僕の隣に立っていた母に笑いかけると、母も同じく笑い返してくれた。
道は進んでいくごとに色や形を変え、段々と細くなっていく。
風景もそれと同じ様に、建ち並んでいた家もあるところまで来ると、そこで途切れ草原が広がっていた。
左右どちらも草原という、本当に獣道のような所を、若干心配しながらさらに進むと、丘だった場所に大きな木で作られた家が見え始めたのだ。
「見えるか、あれが父さん達の家だ」
第一印象は大きいだった、田舎の土地は安いとは聞いていたが、流石にあの規模は有り得ないと思った。
父が自信たっぷりに指差した家は、僕の考える家の常識を遙かに越えていたのだ。
侵入者を拒むように立ちはだかる、瓦が付いた厳つい門、横へと伸びる白塗りの壁は家をぐるっと覆っている。
そして中心に建つ、横に長く大きい厳かな作りの家は、平安貴族の住居を想像させる、とても厳かなものだった。
「父さん、まさかあの家に住むなんて言わないよね」
父の家…祖母の住む家があんな大豪邸だったとは、またまた驚かされてしまった。
びっくりのし過ぎで、腕や首もとに流れる汗の量も、心なしか増えている気がする。
「ね、驚いたでしょう。私も初めて来たときはびっくりして腰が抜けそうになったわ」
「確かにな、なんでカアはこんな家に住んでたんだろうな。
子供時代も疑問に思っていたが、結局聞けずじまいだった」
「カア」とは母さんの略で、父が祖母の事を言うときに使う代名詞だ。
父もこの大豪邸の意味は知らないらしい、僕の祖母は一体何者だったのか、もしかすると昔のえらい人の子孫だったのだろうか。
だとすると、えらい人の血が僕にも流れているという事で、ほんの少しだが興奮してしまった。
「いっ……」
ピリッと腕に痛みが走って、僕はその場で立ち止まってしまう。
だが、父と母に悟られないように、とっさに僕は反対の手で口を塞ぎ、声が聞こえないようにした。
「ん、どうしたんだ」
「なんでもないよ」
振り向いた父に笑いかけ、僕は横目で痛みがなおも続いている腕を見た。
右手から腕の関節まで、一本のギザギザの線が新しく痣として出来ていた。
あの痛みは恐らく、この痣が出来たときに来た痛みなのだろう。
僕の高ぶった感情に反応して、できる痣はとうとう痛みまで感じるようになってしまった。
黄金のひまわり畑や土の道を見て、テンションが上がっていた所為なのかは分からないが、痣は今までで一番太く、そして熱をもっていた。
痣は幸いにも異常な速さで消えてなくなってしまったが、僕にはそれが何かの始まりに思えてならなかった。
大豪邸へ引っ越した僕達、田舎の自然に囲まれた世界がもたらすことに、僕はまだ気が付いていなかったのだ……
未だに東方要素が微々たるものですが、これから沢山だしていくので、応援よろしくお願いします。