東方歪天禄   作:スマート

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No.008「特訓」

コントロール方法を教えてくれる、そんな幽香さんの気遣いによって、僕のトレーニングが開始された。

 

なんでも、能力は身体と密接に結びついているらしく、能力を制御するには身体を鍛えることが一番だと言うことだった。

 

あの日は、両親に心配をかけてはいけないと思ったので、後日出直すという形になり、僕はひとまず家に帰ったのだった。

 

僕が出かけていってから、夜遅くになって帰ることになってしまったので、幽香さんは、僕を家まで送ってきてくれた。

 

両親や祖母にはこっぴどく叱られたが、自然のある田舎が気に入った事を話すと、夕ご飯までに帰ってくることを条件に長時間の外出を許してくれたのだった。

 

幽香さんが、両親に常に見守っていると言ったのも効いたのだろう。

 

祖母は暫く幽香さんの顔を訝しげに見ていたが、やがて納得したように両親に賛同してくれた。

 

 

 

 

 

「…まずは腹筋ね」

 

僕の来ていた夏だというのに厚着のセーターをめくり、ガリガリに痩せた肌を見た幽香さんは、僕にとって死刑宣告に近い言葉を言ったのだった。

 

小さいときから、禄な運動をしてこなかった僕は、運動音痴も尻尾を巻いて逃げ出すレベルの貧弱さだ。

 

そんな身体で腹筋なんてすれば、明日は立ち上がれない程の筋肉痛になるに決まっている。

 

もう少し抑えて、ゆっくりとトレーニングしていこうと幽香さんを諭そうとしたが…

 

「ああ?」

 

ドスの効いた声で聞き返されてしまっては、僕にはどうすることもできない。

 

幽香さんは、綺麗で暖かくて太陽のような人だ、だがタグをつけるならばもう一つあるのだ。

 

「好戦的」…喧嘩を売られれば必ず買う、強い奴には自ら挑みかかるというものだ。

 

だが、最近の幽香さんの近くには強い奴も、戦いを挑みにくる奴もいなくなってしまったらしい。

 

ここまで来たらわかると思うが、というか僕はそこで分かってしまい震えが止まらないのだが。

 

つまり、幽香さんの考えを要約すると、能力の凄そうな僕を鍛えて、僕と戦いたいらしい……

 

たかが女性の力などしれている、子供では勝てないが大人になれば男が負けることはないと思うかもしれない。

 

しかし、それは幽香さんが、普通の女性だったらの話だ。

 

彼女のパワーは計り知れない、今僕がいる小屋、実は全て幽香さんが作ったというのだ。

 

嘘のような話だが、丸太を拳一発でへし折った彼女を見てしまっているので笑えない。

 

最早、「花を操る能力」がただのオマケのようになっている彼女と戦うと言うのだ、いくら何でも無理があり過ぎる。

 

組み手でもした日には、全身複雑骨折になって、二度と日の出を拝め巻くなってしまった自分が目に浮かぶ。

 

健康的な汗と、冷や汗を二重にかきながら、布団の上で腹筋をすること30秒、そろそろ僕の筋肉が悲鳴を上げ始める頃合いだ。

 

「あ、あの幽香さん…」

 

無言で僕のトレーニングを椅子に腰掛けて、ジムのコーチのような雰囲気を出している彼女は、僕の声を無視して「まだ」とだけ言った。

 

筋肉痛になって、それを休息によって治し、筋肉の増加をはかるのが普通の筋トレなら、幽香さんが行うそれは、ひと味違う。

 

彼女は休ませてくれない、毎日毎日、昨日の倍のトレーニングスケジュールを僕に課してくるのだ。

 

初めては1回も出来なかった腹筋も、5日たった今では、10回はかろうじて出来るレベルに成長している。

 

休ませてくれないのに何故、筋肉トレーニングが続くのかと言えば、彼女が毎日飲ませてくれる薬湯茶に秘密があるらしい。

 

毎日、筋肉痛になるトレーニングをしても次の日には何事もなく、普通の状態に身体が調えられているのだ。

 

 

気のせいか最近は、この小屋まで歩いて来ることがそれほど苦に感じることもなくこなせるようになってきている。

 

青白かった肌も、毎日小屋に通ううちに日光に焼かれ、小麦色とは言わないまでも、健康的な色に変わっていた。

両親はこの変化を喜び、来年までこの調子が続くのであれば、近く学校へ復学する事も考えているらしい。

 

ついに僕にも学校へ行き、友達や先生が出来る日が来るのだと思うと心が躍る。

 

今は、それまで死なないように、トレーニングで潰れて仕舞わないように努力しているという感じだ。

 

「よし、それまで」

 

昨日より1回多い腹筋のノルマを終えると、次に待ち受けているのは腕立て伏せ。

 

僕は幽香さんの言葉に従い、体制を変えて両手を地面についた腕立て伏せ独特の体制にシフトする。

 

「今日のおもりは、4キロね」

 

絶対に僕の表情を見て楽しんでいる…

 

意地悪そうな笑みを浮かべた幽香さんは、僕の背中に大きな植物の種を置いた。

 

彼女の能力で作り出された、4キロの重さがある異常な種を…

 

ずっしりとした感触が背中を圧迫し、種から出でた蔓が胴に巻き付いて身体を揺すっても、余計な体力を消費するだけで、まるで落ちる気配がない。

 

「はい、20回よ頑張りなさい?」

 

場面で区切ったら千人中、千人が振り返る良い笑顔も、時と場合によっては死に神のようにも写ると言うことを知った。

 

「うがああああ」

 

腹筋をして痺れた腹が、腕立て伏せを一回する度に酷く痛む。

 

額から流れ落ちる汗が床に落ち、黒いシミを作っていくのを、ぼうっとした頭で見つめながら、僕はただ事務的に腕立て伏せを続けたのだった。 

 

昔読んだ、熱血スポ根野球漫画の猛特訓よりも今の僕は凄まじい特訓をしていると、胸を張っていえる。

 

何故なら、毎日気絶するまでやらされるので、気が付いたら自分の家の布団で眠っているのだから……

 

 

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