東方歪天禄   作:スマート

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No.009「撃退」

恐ろしい鬼のような猛特訓は、あれから1ヶ月あまりも続いた。

 

9月になり、夏が終わって肌寒い季節に移り変わってなお、僕のトレーニング…最早肉体改造と呼べる地獄の特訓は続いていた。

 

毎日の腹筋回数、200回。腕立て伏せ、10キロ重りを乗せて50回。スクワット250回、4kmラン2本…

 

もう僕は身体が弱かった時とは比べ物にならないほど、鍛え上げられ、腕や足を曲げれば筋肉が浮き出るようになっていたのだった。

 

有り得ない特訓ノルマ、大人でさえ悲鳴をあげかねない特訓を楽にこなせるようになってしまった辺りから、僕の身体が、普通ではなく成り始めているという事にうっすらと気が付き始めていた。

 

細マッチョとでも言うのか、僕も身体は筋肉で引き締まり、家族や近隣の人間にももてはやされる肉体へと変わっていたし…

 

幽香さん程ではないが、僕も頑張れば細い木を蹴り倒せるようになったし、手のひらサイズの石なら片手で細かく砕くことが出来るようになったからだ。

 

身体を鍛えた結果なのか、それとも幽香さんのくれる薬湯茶のお陰なのか、もうすっかり身体の調子はよくなり、来年の学校の話は現実性を帯びてきている。

 

「電気を操る程度の能力」は使いこなせてはいないが、少なくとももう能力の暴走によって身体に負担がかかることはない。

 

と言うより、幽香さんとの特訓時にかかる負荷の方が強いので、暴走の負担など気にかけるまでも無くなっているのだ。

 

50回目の腕立て伏せを終えて、首に巻いたタオルで汗を拭い、立ち上がると大きく深呼吸を繰り返す。

 

次のトレーニングの為に柔軟体操をして身体をほぐしてから、僕は仰向けに寝転がり腹筋を始める。

 

しっかりと水分補給を取ることも忘れない、スポーツドリンクは両親に作って貰ったのを持ってきていた。

 

わずか1ヶ月で僕がここまでの変化を遂げたのが両親としても嬉しいらしい。

 

身体を鍛えるのだと言い出した次の日から、両親はこうして僕の手助けをしてくれている。

 

前からも思っていたが、本当に僕は幸せだ。

 

両親も祖母も、幽香さんもみんな僕を影で支えてくれてくれる、こんなに恵まれている人間は他にいないだろう。

 

「そう言えば、幽香さんはどうして僕にこんなに親切にしてくれるんだろう」

 

われてきた腹筋を見つめながら、僕は誰もいない小屋の中で、ふと思いついたことを口走っていた。

 

幸いにも幽香さんは、僕の話を聞いていなかったようで、タンスと睨めっこしていた。

 

父さんや母さん、お婆ちゃんは僕の家族だ、言ってしまえば血縁のある人間たちで他人ではない。

 

だが、幽香さんは違う。

 

あの人は僕とは何の関わりもない、ほんの一ヶ月前にたまたま知り合っただけの人だ。

 

見ず知らずの人間が、僕にいくら親切心であったとしてもここまでの事をしてくれるのかと考えると、どうにも疑問が残るのだ。

 

幽香さんは、今はいないある人物と僕を重ねていた。

 

その人の面影から、僕を鍛えたいと思ったのかもしれないが、聴く限りではその人と僕では性格がかけ離れている。

 

そもそも性別も違うらしく、職業は巫女で、脇を露出させている変わり者だという。

 

…僕をそんな変な人と一緒にしているのもおかしな話だし、幽香さんは乱暴でドSだが頭の切れは良い。

 

そんな彼女が僕という、能力を使いこなせない人間に何を思ったのか。

 

何を思って僕を鍛えようと思ったのかは、本人のみぞ知るという話だった。

 

結局、悩むだけ無駄な事で、簡単な話で僕と戦いたいから…だけなのかもしれないが。

 

「さてと、じゃあ直人、私はちょっと畑の様子を見てくるから、トレーニングはさぼらないようにね」

 

今までぼうっと椅子に腰掛けて僕のトレーニングを眺めていた幽香さんだったが、急に何かを思い出したかのように立ち上がると、タンスへ向かい準備をし始めた。

 

「え、あの」

 

いつも幽香さんは、畑の世話も僕のトレーニングが終わってから行っている。

 

僕の筋肉の増強に逐一目を光らせて、1日でも多くの無理のないトレーニングを見つけ出すと言うのが、幽香さんのスタイルだったので、この変化に少々面食らってしまう。

 

別に幽香さんに依存しているわけではないが、急に居なくなると言うのは寂しいものがある。

 

「大丈夫よ、少しだけ入り用が出来ただけだから、畑の掃除をしてくるわね」

 

そんな僕の気持ちを読まれたのか、幽香さんは、苦笑して僕の頭を指で弾いた。

 

「いっつ…」

 

「ほら、こんなもので痛がってちゃいつまで経っても私に勝てないわよ。

 

馬鹿みたいに寂しがってないで、私を興奮させるような実力を身につけてみなさい

 

そうすれば、直人に私も本気で挑んであげられるから…」

 

そう言って小屋を出た幽香さんの目は嬉々として輝いていて、まるで新しい玩具を見つけた子供のようだった。

 

掃除…と言っていたが、額面通りの意味ではないだろう。

 

畑に落ちた枯れ葉や、害虫、雑草の処理でもない…いや、ある意味雑草の処理なのか。

 

幽香さんの目が語っていた、あの心底うれしそうな、心躍るような顔は戦いたくて仕方がないと。

 

恐らく、畑に侵入者が現れて、それを幽香さんは動物的な直感もしくは能力で察知したのだ。

 

こんな田舎も田舎な、この小屋以外、家が一件も立っていない所に来る不幸な人間が居たのかと、僕は心の中でまだ会ってもいない可哀想な人に同情した。

 

いつの日か、ひょっとすると1年後には、僕も同じ運命を辿ることになるのかと思うと、背筋が凍る。

 

あの理不尽とも言える暴力で殴られたなら、僕や普通の人間がどうなってしまうのかなど、想像に難くない。

 

一瞬にして、骨が粉々に砕けたと思ったら、もう上半身と下半身が数m離れているのだ。

 

「ううっ」

 

自分で想像して、気分が悪くなってしまっては仕方がない。

 

身体は頑丈になったが、まだまだ心の方は修行不足だなと、最悪の想像に辿り着こうとしていた思考を素早く振り払った。

 

こんな事で時間をつぶしていたら、幽香さんが帰ってきたときまでに、ノルマが終わらない。

 

彼女の第二の犠牲者になることを避けるために、僕はトレーニングを再開するのだった。

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