蟲使い。
エントマが有している
そして、今エントマの両腕へとやってきた二匹の蟲。
右腕に張り付いたブロードソードにも似た長い体躯を持つ蟲・剣刀蟲。
左腕に張り付いた八本以上の脚を持ち、傍から見れば盾としか見えないような身体の蟲・硬甲蟲。
文字通り、攻撃力と防御力を手にしエントマは、突如としてその両腕に現れた蟲の武装に思わず目を見開いているガガーランへと踏み込みその右腕の剣刀蟲を一閃。それに直前で驚愕より意識を引き戻しガガーランは勢いよく後方へと跳ね飛ぶ。
「ッ!?はえぇ!」
距離にして数メートルを開けたガガーランだが、どうやら回避がやや間に合わなかったようで、その巨体を包んでいる深紅の鎧に横一文字の刀傷が刻まれその内側で守られているはずの胸部に僅かな血が滲んだのを察したガガーランは思わず舌打ち、それを見ながらエントマは自分の中でのガガーランの評価を上げる。
殺す気はない。だから本気での一撃ではなかった、がそれでも血が吹き上がる程度には切り裂くつもりで振るったのだが、結果として鎧に刀傷を刻んだだけで血が吹き出るという事はなかった。
なるほど、アダマンタイト。この王国の最高位冒険者をやっているだけはあるだろう。
「だけどぉ、私の方が強いぃ」
だが、あくまでそれは王国の冒険者としてでしかない。彼女の姉であるユリ・アルファの様な純粋な戦闘系ではない、だとしてもエントマは戦闘メイド・プレアデスの一員で人間程度では相手にならない。
地面を蹴り、二撃目を振るう。
今度は元々距離があったために先と違い、ガガーランは走る直感のままに刺突戦鎚を振るい再度金属のぶつかる甲高い音を響かせる。ギチギチとぶつかり合う最中にガガーランは怒鳴り声を上げる。
「動きが変わったな!!本気ってわけかよ!」
「別に本気じゃないよぉ」
怒鳴り声にそう返すエントマは競り合う中、少しずつ力を加えていき体格としては優勢のはずのガガーランを徐々に押し込んでいき、ガガーランはその膝を僅かに曲げていってしまう。
このまま膝を屈し、エントマの剣刀蟲に切り裂かれるという最悪の未来が脳裏を過る中、ガガーランはあえて自分から膝を折った。
それにより、エントマは力を入れていた為にそのまま勢いよく剣刀蟲を振り下ろしてしまう。押し切られるよりも先に自ら引いたためにガガーランは先に折っていた膝を勢いよく伸ばしつい先ほどのように後方へと跳ね飛び僅かに体勢を崩したエントマへと間髪入れずに上段からの一撃を叩きつける。
上段からの大振り、回避するのは決して難しくない。しかし、回避するという選択をエントマがとることはなく硬甲蟲で弾く。その際に予想以上の衝撃がエントマの左腕より走るがしかし、ここで体勢を崩せばあちらが付け上がり攻め始めるだろう、と考えエントマは
脚に力を入れてその場より動かない。
一撃が弾かれた。その事実に対してガガーランは一切反応することはなく、むしろ元よりそうなることは予想していたとでも言いたげに胸中で笑い、武技を使用する。それも一つではなく、複数の武技を。
弾かれた勢いを殺すことなく、流れる様な動きで疾風怒濤という表現が相応しい勢いでの連撃。基本的にナザリックにいたエントマにとって、この世界特有の武技というものは未知でしかない。だが、決して対処できないものではない。
エントマは剣刀蟲と硬甲蟲を巧みに扱いながら、ガガーランの連撃を捌いていく。
「(こいつ……!?俺の切り札を…!)」
その事実にガガーランは驚愕するばかり。それも仕方のないことだろう、エントマは知る由もないがこのガガーランの放つ連撃、これは複数の武技を同時発動させて放つ超級連続攻撃。リ・エスティーゼ王国アダマンタイト級冒険者チーム・蒼の薔薇の戦士たるガガーランの持ちうる切り札。
一撃一撃がガガーランの全力の攻撃であり、並大抵の武技では防ぐことは出来ない……にも関わらず、それをエントマはレベルの差、そして種族の差をもって捌いていく。戦士としての自信の象徴とも言える己の切り札を無傷で捌いていくエントマにガガーランはその瞳に絶望の色が浮かび始め、武技が終わり敵の目前でガガーランは無呼吸での連撃その代償として大きく呼吸をしてしまう。
戦闘が始まってから最大の隙。
それを前にしてエントマは剣刀蟲を弓のように引き絞り、突きを放つ。この目の前の邪魔者を殺すための一撃をガガーランの胸へと放ち────放った瞬間にエントマの脳裏にデミウルゴスの言葉が過りエントマはその切っ先をずらし、ガガーランの肩口を狙う。
咄嗟に狙いを変えたために僅かに肩口より胸側に近い位置へと突き刺さることになるが、エントマはそれでも死ぬまではいかないだろうと判断し、一撃がガガーランを貫く
「え?」
事はなかった。
切っ先が鎧を捉えることはなく、空を穿つばかりかエントマの目の前からガガーランの巨体は影も形もありはしなかった。まったく予期せぬ事態に思わずエントマは呆けたような声を出したがすぐに種族として冴えている感覚がやや離れた場所に生じた気配を捉え、振り向く。
エントマより数メートル離れた場所。そこに二つの人影、片方は息を乱したガガーランの姿が、そしてもう一つは黒い衣装を身に着けた女。
どうやら気心の知れた仲間らしく戦闘中だというのにも関わらず何やら明るい掛け合いが聞こえてきて思わずエントマは剣刀蟲の腕を降ろし、増援が来てしまったことに今夜何度目になるかわからないため息をつく。
何より明らかに増援の女は斥候の類らしい格好をしている。この場から逃げようにも追いかけられる可能性がある以上、エントマは今回の選択が失敗であったことを後悔する。ガガーランを痛めつけるなどという選択をせずに早々にこの場を離脱すればこうはならなかったはずだが……やはり、それも後の祭り。
「(……あのオレンジ色のもしかして忍者?たしかぁ、六十レベルは必要だったはずぅ)」
増援に来たオレンジに近い金髪の女を遠目にエントマはその斥候よりも忍者という職業を思わせる衣装に疑問を抱く。忍者はエントマにはあまり関係のない職業なのだが、エントマの姉の一人であるナーベラル・ガンマ、彼女の創造主は【ザ・ニンジャ】の異名を持つ弐式炎雷。その関係でナーベラルからエントマは忍者という職業をそこそこではあるが知っていた。
故にユグドラシルにおいては忍者になるのにレベルが最低六十は必要であることを知っているエントマは増援の女への警戒を強くする。エントマのレベルは五十少しであり、身に着けている装備などで底上げしたとしても容易な勝利は難しい。
無論
「(わざわざ、勝つつもりはないけどぉ)」
増援が来た以上、長引かせるわけにはいかない。
早々に離脱する為の隙を作る為にも────いま、この瞬間の離脱を考えたが忍者の女のスタミナは恐らくほぼほぼ最大、充分に尾行される可能性が充分にある────エントマは三度目の特殊技術を使用し蟲を呼び出す。
そして、エントマは視界を動かしながら、新たな増援がいるかどうかを確認し始めて………
『エントマ、いまどういう状況か教えてもらえるかな?』
飛んできた《