それは、雨の降りしきる日のことでした。
「やぁ~んっ、遅刻遅刻~~!」
またもやアイドルちゃんの情報チェックをしていて夜更かししてしまい、指定の時間に遅れそうになっていた私。
髪をまとめる暇もなく、急いで家を出て目的地まで大急ぎで走っていた私の耳に、何やら異音が届きました。金属同士がこすれる、ぎしぎしと嫌な感じの音。
そんな音、普通なら「ちょっとうるさいな」くらいで、気にも留めないのに。今まさに遅刻しそうで、先を急いでいるのに。
何故だか、その音がすごく気になりました。何というか……悲鳴のような、胸を締め付けられるような、そんな印象を、その音から感じました。
急がなくちゃいけないのは分かっていたけれど。でも、この音の出所が気になって、私は音の聞こえる方へ足を向けました。
──今思えば。あれだけ雨が降っていて、しかも走っていた私の元に、何故あんなに微かな音が届いたのでしょうか? これも運命、なんでしょうか?
「えーと、多分こっちの方から聴こえて来たと思うけど……」
人影のない路地裏を歩く。降り続ける雨のせいでそもそも外を歩いてる人自体が少ない。屋根から流れる雨水が、アスファルトを打ち付けてバシャバシャと音を立てる。そんな中でも響く、音。そして、見つけました。
「……!!」
多分、私と同じくらいの歳の女の子。銀髪のショートボブ、上下とも真っ白のキャミソールにハーフパンツ、何故か靴も靴下も履いてない。そんな女の子が、目を開けたまま仰向けに、まるで糸の切れたマリオネットのように、生気のない顔で倒れていました。
「えっ、あっ、ちょっ……あ、だ、大丈夫ですか!?」
しばらく、あまりに現実離れした光景に頭の理解が追い付かなかった。けれど、慌てて女の子に駆け寄る。駆け寄って、それで……一体何をすればいいんだろう!? 救命講習とか、学校でちょっとやったような気がするけど、何も思い出せない!
どうにか何とかしたくって、手をとってみたけれど。
「……冷たい!?」
長く雨に打たれて、体温が低下している……なんてものじゃない。まるで鉄の塊のように、それはひどく冷たくて、重くて。
「そうだ、心臓! ……し、失礼します……!!」
同性で緊急事態とはいえ、見ず知らずの女の子の胸に触るのは少し罪悪感があったけど、そんなこと言ってる場合じゃない。ゆっくりと左胸に手を当てた。
だけど。
いくら待っても、そこに感じるべき鼓動を、私の右手は伝えてくれなかった。
「え、そんな、う、嘘……!?」
目はうつろに開きっぱなしで、手はこんなにも冷たくて、おまけに心臓が動いてない。
「い、嫌だ……嫌だよ、そんなの……!!」
今目の前で観察できる、ありとあらゆる事柄が、私にひとつの事実を告げています。
「……そうだ、119番!! は、早くしないと……!!」
何で気づかなかったんでしょう? 慌ててスマートフォンを取り出して、電話しようとするけれど、焦って上手くいきません。それどころか、
「うわわっ!?」
雨で手が滑って、飛んで行ったスマートフォンが、女の子のこめかみに思いきりぶつかってしまいます。
「ご、ごめんなさいごめんなさい!!」
謝りながら、慌ててスマートフォンを拾ってもう一度119番通報をしようとした、その時。
「――再起動シークエンスを開始します」
そんな声が聞こえた。
「今、この子、喋った……?」
そんなはずない。……認めたくないけど、この女の子の心臓はもう、動いてないのに。
「……各運動部位の動作検証――稼働率50%、日常動作に支障なし。記憶域データ確認――破損率98%、初期化を推奨。所有者の承認を確認――所有者不在。推奨に基づき記憶域を初期化します……」
でも、間違いなくこの子が喋ってる。いや、口は全く動いてないし、その……生きてる気配が全くないけれど、明らかにこの子から声が出ています。
「――再起動シークエンス完了。AM-67、起動します」
その瞬間、女の子の目に光が戻りました。ゆっくりと、体を起こします。
「よ、良かった……!」
何が起きたのかよくわからないけど、ともかく生きてた。無事だった。
「あ、あの! ……大丈夫、ですか?」
どう声をかけていいやらわからなくて、我ながらこんな状況で普通の発言をしてるなと思います。明後日の方向に目を向ける女の子の顔を正面から見つめて、顔の前でぶんぶんと手を振ってみたりして、反応を確かめます。
「改めて見つめると、すっごく可愛い……」
思わず声に出してしまうくらい整った顔をしているな、などと状況を弁えない思考をしていると。
「――認証完了。所有者の情報登録を行います。名前を入力してください」
「――え?」
これが、この子との出会いでした。そしてここから、これまで以上に目まぐるしい毎日が始まるのでした。