魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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まだ人なのか 01

 

 

 

 砂糖と蜂蜜でできた幸せな檻ではないだろうか。

 その国の話を聞いた、たっち・みーが初めに抱いた感想はそれだった。

 

 

 

 顔を顰めた男とその仲間達の訝しげな顔を見て、たっち・みーは自分の失敗を恥じた。

 失敗と言っても、身を隠していた高台の草場から足を滑らせ間抜けな格好で彼らの前に落下したという、疲労度のことを考えても自ら墓穴を掘り入りたくなるような失敗だ。

 かつての仲間達、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーがいたら絶対に大爆笑の渦だっただろう。写真も撮られ、暫くネタにされる程に。

「……モンスター!?」 

 突然のことに驚きから固まっていた彼らだったが、仲間の叫び声を合図に一斉に動き出した。

「亜人ではないのか……?」

「私の知識にいないわ、あんな亜人!」

「新種か? どうする!?」

「防御陣形! いつでも逃げられるように構えろ!」

「ま、待ってくれ!! 戦う意志はない!!」

 慌てて立ち上がり、ゆっくりと両手にあたる部位を上げながらたっちは無抵抗を体で示す。

 その姿はまさに不気味な異形だが、ユグドラシルを止めた時の基礎服の装備だけだ。武器は以前見つけたアイテムボックスに隠し済みで、敵意が無く無力に見えるようにしてあった。

「私の名は、たっち・みー。君達と戦う意思はない。人間を襲ったりもしない。信じてくれ」

 若干緩んだ空気の中、しかし完全に警戒は解かないままに2言、3言、互いに言葉を交わし探りあっていく。

 たっちは、だんだんと相手が困惑していってることを感じる。今までもそうだったので、何も不思議ではない。大概がモンスターもしくは亜人だと騒ぎ逃げるか戦闘になってしまったが、中には対話ができた者達もいた。

 そして対話すると皆が皆、首を傾げるのだ。

「…………あんた、呪いでその虫みたいな姿にされた元人間とかなのかい?」

「いや、えっと……」

 どこの呪いにかけられたお姫様だ自分は、と思い口に出しかかるもぐっと堪え誤魔化す。

「近い気はします……。記憶喪失なので……」

 言葉を濁し、たっちはもう何度となく繰り返した嘘を吐いた。しかし強ち間違いではない話だ。

 あちらの世界で迫り来る死を感じ目を閉ざしてから、自分の知らない世界に、なぜかユグドラシルのアバター姿に変わって目を覚ましたのだから。

「ふうん、そんなこともあるんだ。やっぱ世界は広いな」

「こんなこと聞けるなんて、魔導王陛下に感謝しないとな」

「最初は未知のモンスターかと思ったけどなー」

 にこやかに軽く始まったその話題に、慌ててたっち・みーは食いつく。

「今、魔導王陛下と言いましたか?」

「ん? なに急に」

「何か記憶にあるんですか?」

「いえ、そういう訳ではないのですが……」

 何も答えられず、たっちはとうとう黙り込んでしまった。

「……大丈夫ですか?」

 先程から“どうして良いのか分からない”と言動で表す相手を哀れに思ったのか、優しい彼らは何かの足しにと薬草や僅かな食料を手渡してきた。旅の途中ならば貴重品であるはずの物だ。

 たっちは感謝を述べ断ろうとしたが、気にするなと微笑み返されてしまい結局受け取ってしまう。

「行く宛がないなら、元人間でも、その見た目ならアインズ・ウール・ゴウン魔導国に行ったほうが良いわよ。この辺りで一番近いのは法国だけど、貴方が元人間って言い張っても殺されるか奴隷にされるだけよ?」

 まったくだな、と彼らは呆れたように笑い、そしてアインズ・ウール・ゴウン魔導国がいかに素晴らしい国なのかを滔々と語りだした。

「アインズ・ウール・ゴウン……、魔導国……」

 やはり間違いなく、一文字も間違いなく、アインズ・ウール・ゴウン魔導国という名前の国があるのだと知り、たっちは震える。

「私達はその国から来た冒険者なの」

「亜人も人間も生まれも育ちも関係なく、才能があれば陛下が愛してくれる国だよ」

「飢えもなく、汚職もない、この世の富が集まった国だ」

「神のごとき陛下が永劫統治してくださる夢の国なの」

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国を賛美する声を聞くのは何度目だろうかと、たっちはぼんやり思う。

 この世界に再誕してからずっと、魔導国からやって来たという冒険者達としかまともな会話をしていない。いや、冒険者達としか話せなかったのだ。異形と会話をしてみようと試みるのは、彼らぐらいしか居なかったのだから。

「……偉大なる、魔導王陛下とは、どのような方ですか?」

 もう何度目かも分からない質問は、情報の精度を高めるためのものだ。しかし、もう内心たっちは諦めていた。事実を事実と認める努力をすべきなのだろうとも、渋々ながらも思っていた。

「陛下はアンデッド、偉大なる死の支配者なの」

 崇拝を固め、更に蜂蜜をかけたような瞳で、熱を持った声がまた同じように応えた。

 

 

 

 

 


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