今はアインズ・ウール・ゴウンを名乗るモモンガは、自身の黒歴史、兼息子、兼宝物殿守護者であるパンドラズ・アクターと向き合っていた。
宝物殿の主であるパンドラズ・アクターに勧められるまま、断るのも面倒なのでアインズが腰掛けたのは、輝かしい財宝に囲まれた黒曜石の玉座だ。
その鋭利な雰囲気を漂わす黒い玉座は周り全ての財宝の輝きを奪わんばかりに存在感を放ち、嵌め込まれたルビーは漆黒の不気味さを増長させるために存在していた。本来なら財宝の中の一つであるはずのそれは、アインズが座るために周りから財宝を退かされ、更に一際目立つことになる。
だがしかし、それも真の王が腰掛けるまでの話。
全ての財宝が、アインズ・ウール・ゴウンの登場と共にその輝きを曇らせ脇役になる。
片ひざを床についたパンドラズ・アクターは、快楽にも似た喜びを秘めやかに抱きつつ、偉大なる父を見上げる。それと同時に、見惚れていた。宝物に囲まれた偉大なる造物主に。まさに護るべき、絶対の、唯一無二の宝である珠玉の存在に。
見惚れながらも宝物殿の主は、その口から零される偉大なる御言葉を一滴たりとも漏らさずに受け取った。そして受け取ったからこそ、その御言葉が終わるまで口を挟まず、そして、終わっても尚パンドラズ・アクターは何も応えなかった。
その為に、ただ沈黙がひた走る。
側仕えのメイドも八肢刀の暗殺蟲もアインズは下がらせており、今宝物殿にいるのはドッペルゲンガーとアンデッドのみ。子供の落書きのような黒く塗り潰された目と口、本来なら動くはずのない頭蓋骨が、黙したまま向かい合っているだけだ。
宝物殿の名に相応しい財宝がその空間内では一等煩く輝いている。まるで財宝を封じ込めた生者のいないような空間に、やっと声が響く。
だがしかし、それはアインズが望むような返答ではなかった。
「それでは、父上、このパンドラズ・アクターは、本日より反抗期に入らせて頂きたく思います!」
「…………………………は?」
あんまりにあんまりなその返答に、アインズも間抜けな声を出してしまう。
つい先程アインズがパンドラズ・アクターに伝え頼んだ内容は、決してその様な愉快な返答を促すものではなかったはずだ。
「……お前、私の話を聞いていたのか?」
「はい! 然とこの耳に拝聴させて頂きました! 父上の慈愛溢れる思慮深き御判断を!」
「そ、そうか。……本当か?」
アインズが、いや、モモンガが生み出したNPCの言葉なら皆納得してくれるはずと、信頼し頼んだことは伝わっていると答えられてしまった。しかしそれでも、先程の発言に不安しか感じられないモモンガは、しつこく再度問うた。
「本当の本当に、理解したのか?」
「はい! 私も危惧する事態、当然父上も考えておられるだろうとは思っていましたが、やはり、父上はとても慈悲深い御方です」
「……私が言ったことを分かっているなら、先程の発言は何だったのだ」
「反抗期ですよ! 父上!」
その人間では有り得ない長さの指を鉄砲の形にしてバキューンと、モモンガに対し撃つ真似をパンドラズ・アクターはしてくる。派手なオーバーリアクションに、最後に銃身に見立てた指で軍帽をくいっとした辺りで、モモンガは精神を強制的に沈静化された。
「お前なぁ……!! 本当に、そういうのは……」
「仮に、ナザリック地下大墳墓に留まらずウルベルト様が出て行くとして、」
絶対なる支配者の発言を遮るという、ナザリックの者達に聞かれようものなら八つ裂きにされることを、パンドラズ・アクターは平然と行った。それにはさすがにモモンガも驚き、そして“反抗期”の意味と、本当に開始したのだという事実を理解せざるを得なかった。
「ウルベルト様に着いて行くのを願った者達が出て行くとして、問題になるのは父上の仰せの通り今後の人材不足、それから外でウルベルト様方と敵対関係になる可能性でしょう。それに関しては、互いに有益となる形で誓約書を取り交わせば、ひとまず問題は無くなるかと思われます」
「う、うむ」
「最悪の事態は、父上の仰せの通りです。ウルベルト様が、このアインズ・ウール・ゴウンにおける絶対君主の座を望んだ時、ですね」
輝くガラクタの如く積まれた金銀財宝に、跪くのを勝手に止めた自称反抗期の領域守護者は足を向ける。そしてその中から、ひょいと黄金の冠を拾い上げると、軍帽の上からそれを被った。誇りある王冠を馬鹿にするように軍帽に無理矢理被せたパンドラズ・アクターは、言葉を続ける。
「ウルベルト様側と父上側に別れてしまったら、始まるのは果ての無い削り合い。せっかくここまで築き上げた魔導国という基盤も、おそらく崩壊するでしょう、父上の危惧される通りに」
無理矢理乗せていた王冠を片手で持ち上げ、パンドラズ・アクターはそれを誇らしげに輝く財宝の山へと放り投げた。硬質な財宝の悲鳴が響き、余韻を残して消える。
「パンドラズ・アクター……」
「ですから! 私は反抗期を迎える必要があるのですよ、父上!」
「いやなんでだよ」
思わず素が出てしまったが、仕方ないだろうとモモンガは自身に言い訳し、慰める。
そもそも反抗期というものは自らの意思で始めたり終わらせたりするものではない。更に言うなら、反抗期を迎えた息子はきっと、親を父上などと呼んだり敬語を使ったりはしないだろう。
「このパンドラズ・アクターめは、父上のためなら如何なる敵とも戦い、勝利を収めてご覧に入れましょう!」
マントの如く肩に引っ掛けるコートを、パンドラズ・アクターは格好良くばさりと翻す。まるで舞台のクライマックスの様に。
「如何なる問題も、華麗に解決して御覧にいれましょう! しかし、しかーし!」
スポットライトでも浴びているのだろうかと錯覚してしまいそうなほど、パンドラズ・アクターは大きくその手を天に掲げた。モモンガは再度、精神を強制的に沈静化されていた。
「たとえ父上の御命令でも、父上のことは見捨てません。決して、このパンドラズ・アクターは、御側を離れません」
頭を抱えていたモモンガが、その温度差に驚きハッとして顔をあげると、その真剣な様子に水を差すような子供の落書きそのものの顔がそこにはあった。しかし、嘘偽りもオーバーリアクションもそこにはなく、ただ只管に真剣なのだと、漂わせる空気が真に訴えている。
先程までのピエロではない、軍服から醸し出される唯の雰囲気でもない、パンドラズ・アクターの忠誠心が、そこには具現化されていた。
静かな足音が、ゆっくりとモモンガに近付く。そして、創造された存在は、自身の造物主の足元に跪いた。
「だからこそ反抗期を迎えるのです。決してモモンガ様に逆らうことはないという忠誠と誓いを、破り捨てるために」
玉座の肘掛けにあるその骨の手に、色だけは人間のそれである異形の手が這わされる。そっと、抵抗なくその生きていない手は持ち上げられた。
その両手で、壊れ物の如く、可能な限り力を入れないようにしながらパンドラズ・アクターはモモンガの手を動かした。そして、その手の甲に人間で言うなら口と思われる部分を僅かな間押し当てる。
「恥ずかしい奴だな、お前は……。しかし、……私が悪かったな、今回は」
ナザリックの皆を守るための基盤が崩壊する。しかも、内戦で。それはモモンガが想定する1番最悪の地獄絵図だ。
その最悪の事態を防ぐためならば、正式にウルベルトに王位もギルドマスターの立ち位置も譲渡して、ナザリック地下大墳墓をモモンガは出ていくつもりだった。
しかし、出て行った後にモモンガの意志に疑いを持たれても困る。ウルベルトが無理に言わせたのでは、などと余計な不和が起きてしまったらモモンガが出て行った意味がなくなってしまう。
だからこそ、モモンガが生み出したNPCの言葉なら皆納得してくれるはずと、信頼し頼んだのだ。
“モモンガは自らの意思でウルベルト・アレイン・オードルに全てを譲渡し、出て行った。後のことは全て、ウルベルトの指示に従うように”、と、パンドラズ・アクターからナザリックの者達皆に伝言するように。
ニ度と会えまいと覚悟を決めていた存在と出会い泣き崩れた悪魔を見た時に、その愛の深さを改めて思い知ったはずだった。それなのに自身の息子に残酷な願い事をするとは、その浅はかな己の行動にモモンガは呆れ、自嘲するしかなかった。
「すまなかった、パンドラズ・アクター」
「……謝るのは私の方です、父上」
頭を上げない普段とは全く違う大人しい声音に、モモンガは苦笑する。やはりこれは反抗期ではないのだが、こんな苦しい言い訳を出すしかなかったのかと思うと微笑ましく思えた。また、そこまで自身を想ってくれていることに、恥ずかしくもあるが、やはり嬉しくもあった。
「ウルベルトさんが突然帰ってきたから、私も妙にナーバスになってしまったのかもしれんな。全部、今の所は私の妄想だ。馬鹿馬鹿しいことに付き合わせたな、パンドラズ・アクター」
「私に対し信頼を寄せて頂けることが分かりました。この上ない至福で御座います、父上」
アインズは立ち上がり、まだ手を離さない息子の手を握り返した。そうして引張り、立ち上がらせると、息子の衣服で少し皺になっていた部分をその骨の指先で整えてあげた。
「父上……!」
「無駄に不安にさせた詫びだとでも思え。気にするな」
跪こうとするパンドラズ・アクターを止めて、アインズは笑いかけた。
「邪魔したな、パンドラズ・アクター。……お前の忠義に感謝する」
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンによる転移魔法で宝物殿から去って行った偉大なる父にパンドラズ・アクターは深々と頭を下げる。既に居なくなった後も、暫く頭を下げ続けてから漸く、その巫山戯た顔面を持ち上げた。
そして、その身を震わせ、金銀財宝を足蹴にしその小山を一気に上り詰める。
「反抗期を終わらせるとは伝えなかった! ……あぁ! 偉大なる父上を謀るこの身のなんと浅ましいこと……! しかし、しかし……!!」
まるで、その睨む天空にスポットライトの白光があるようだ。何かを掴もうとするかの様な、その異様に長い指先は空に絡む。
「全ては、全て、我が父のために……!」
その指が落とした影が、ドッペルゲンガーの口元に堕ちる。その黒く塗りつぶされた影は、まるで歪に笑っているような弧を描いていた。