魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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かき氷(イチゴシロップ)をおともにどうぞ。


主演:捧げる者達 5

 

 

 

 

 

 第六階層のジャングルでは、約束された晴天の下、木々がキラキラと輝いていた。

 

 まるで外にいると錯覚させる風景に、ウルベルトは改めて感服する。本物の大自然を見た後でも圧倒されるここには壁があるはずなのに、やはり何度見ても無限に続く世界に感じられるほど気持ちの良い空間だ。

「ウルベルト様、第六階層の果樹園はこちらで御座います。…おや、どうやら誰か遊びに来ている様ですね」

「あれは…、アウラとマーレ、…それから、ルプスレギナか?」

悪魔達が見遣る視界の先、遠くに黄色の実がなる整列された樹木が見える。その手前には、背の高い白を基調とした大きな円柱形のガゼボが建っていた。

綺麗な白塗りの柱や手すりの縁には金の立体的な蔦を象った装飾が施され、頭上はミントグリーンの複雑な美しい紋様が絡み合いドーム型の屋根になっている。その本来の屋根の役割を果たさない装飾には本物の蔦と色とりどりの生花が絡み、明るい彩りを添えている。

植物も天候も操る階層守護者がいるからこそ成立する美しいガゼボの中、三人の美しい少女達が談笑しているのが見えた。

 正確には、一人たりとも人ではなく、また内一人は少女でなく少年だ。しかもそれは性別の判断に困る中性的な容姿のズボンを履いたエルフではなく、誰もが可愛らしいと称するだろうスカートを履いたエルフのことだ。

 笑い合ってるのは、この階層の守護者たる第六階層守護者のアウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレ、そしてプレアデスのルプスレギナ・ベータだった。

 

 ガゼボの中に設置された巨大な正円の渋い木製机には、花模様の堀細工がされており、その上に厚いガラスがのっている。それを取り囲む椅子は、ナザリックの様々な種族に対応すべく様々な種類の物が設置されている。

何かの手違いで置かれたような長方形にくり抜かれた無骨な岩だったり、真っ赤なベルベットの猫脚ソファだったり、だ。主に多く用意されているのは、ガゼボの雰囲気に合わせた丸く座るものを包むような硝子の椅子だが、その椅子も大中小とサイズが取り揃えられている。

その中で、アウラは中ぐらいのガラス椅子に背を預け、マーレは青地のシンプルな木の椅子に座っていた。ルプスレギナは、天井からぶら下がる花と蔦の彩りが添えられたハンギングチェアにクッションを抱きながら腰掛けている。

机には地図と羊皮紙と羽根ペンとインクが散らかっていて、何かを決めるため話し合っている様子だ。

「あっ、ウルベルト様だ!ようこそ、私達の階層へ!」

「ウルベルト様…!え、えっと、どうしよう、お姉ちゃん…!?」

「わぁー、どうしたっすか?デミウルゴス様まで一緒っす。あれ?アルベド様はいないんすか?」

「今はだいぶ落ち着きましたからね。彼女も暇ではありませんから、通常業務に戻っていますよ」

数日前まで、ウルベルトの世話係にはデミウルゴスと共にアルベドも任命されていた。

ウルベルトが生みの親であるデミウルゴスが、集まった者達を追い払うと嫉妬と確執のもとになりかねないとアルベドがアインズに忠言し任命されたためだ。しかし、初日に比べてだいぶ落ち着いた今ではデミウルゴスの言う通り暇ではないアルベドのために、ウルベルトが御世話係に断りを入れたのだ。

断わった理由は正確にはそれだけではないが、わざわざ言わなくて良いためウルベルトは黙っている。

「ところで、そっちは何をしていたんだ?」

今は各自自由に行動するNPC達の交友関係にウルベルトは興味を抱き、尋ねる。詳細を聞いた所、遊んでいたのではなく仕事の打ち合わせ途中だった。

「果樹園を外でも作るんです。主にトレントと、雇った魔導国の者達に栽培実験をさせる予定です」

「なるべく僕の協力なしでって、じ、実験らしいです」

「でも泥棒とかスパイとかは湧くだろうし、頭の悪いモンスターが荒らすだろうからってことで、私とアウラ様で果樹園警備任務をするって話になったっす」

「へぇー、面白そうな実験するんだな、モモンガさんらしいや。色々試したがるタイプだもんなぁ」

「アインズ様はスゴイっす!常に何か実験してるんじゃないんすか?ねぇ、アウラ様、マーレ様」

話を振られたアウラがふむと考え込む。

「そうだね…、敵もあまり殺さないで使い道が無いか、よく検討なさってるし、アインズ様は私達と違って、きっと常に色んなことを考えているんでしょうね!」

「す、すごいです…!」

「アインズ様の叡智には、感服するしかありませんね」

唯一事実を知るウルベルトは心の中でモモンガに合掌した。周りからの期待や希望を無視することのできない不器用な彼が、こんなべた褒め期待値爆上げ状態にずっといることには同情と尊敬をしてしまう。

「あー…、ところで犯罪者って、やっぱりアインズ・ウール・ゴウン魔導国に逆らう奴らがいるのか?」

「大きな恐るべき組織は目立ってありません。しかし、どうにも理解できない愚か者というのは必ず湧く定めのようでして…。“犯罪がしたい”、“自分より上位に誰かいるのが気に食わない”、“徒党を組めば勝てるはず”、“隠れてやればバレないはず”、その他諸々…。こちらは身の丈に合った幸福をわざわざ用意しているのに、下等生物の思考は摩訶不思議です」

「ぼ、僕もあれはよく分からないけど、デミウルゴスさんにも分からないんですね」

「愚か者というのは本当に理解できない存在だからこそ、愚か者なのだろうね」

 

 元人間として、話を聞いていたウルベルトは勝手に、その摩訶不思議な思考回路を理解していた。

理解できないもので構成されていたあの不条理の中、あの中で奴隷として生きた人間も、死ぬと分かっていて分厚い壁に突撃し死んでいった人間もいたが、あれは理屈で出来た話ではなかった。

腐った世界に包まれ死んでしまった心を抱え、それでも生存し続ける肉体を引きずって内にある感情だけを支えに、それでも人々は生きていたのだ。

 人間を、理性と知性の生き物として捉える馬鹿もいるが、本当に間抜けな考えだとウルベルトは思う。

その自惚れが招いたのが、あの澱んだ世界だ。もっと早くに認めるべきだったのだ。

人間は、欲望と願望と感情のみで構成された醜く低能な、バケモノなのだと。

「……それでも、お前達が導いてやるんだ。この世界はきっと、これからもっと素晴らしくなる」

ウルベルトの言葉に、嬉しそうに悪魔とダークエルフと人狼が顔を綻ばせる。その笑顔が、世界を祝福する神の微笑みのようにウルベルトには思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広がる蒼白の雪景色にぽつんと立つプレアデスのメイドであるソリュシャン・イプシロンとエントマ・ヴァシリッサ・ゼータは、そのメイド服が黒衣なだけあって目立っていた。

「あれは何をしているんだ?」

場所は変わり、先程までウルベルトとデミウルゴスがいた果樹園とは正反対の雪と氷山が埋め尽くす第五階層に悪魔達は移動していた。

コストカットのため吹雪が消され今はただ綺麗な雪景色をウルベルトは眺め、そしてプレアデスの戦闘メイド達を見つけたのだ。

何か話し合っているソリュシャンとエントマの近くには、コキュートス配下の雪女郎がニ体もいる。そして、見窄らしい服装の人間がニ人。片方はソリュシャンの足元で蹲りガタガタと震え、片方は微動だにせず膝立ちしている。

「どうしたんだ、ソリュシャン、エントマ」

ウルベルトの声掛けに綺麗にお辞儀をしてからエントマが答えた。

「マーレ様が前にお読みになっていた本に出ていた、“かき氷”というモノを作ろうとしていたのですぅ」

そこでやっと、ウルベルトはエントマの前にある微動だにしない、いや、できない状態の凍りついた人間の意味を理解した。それが、食材としてそこにあることもだ。

「後は削るだけで完成ですわ。ただ…、それが少し手間ねと、エントマと話していたところです」

「ねぇ~」

「…そうか、それじゃあ俺が手伝うよ。デミウルゴスも手伝ってくれ」

「そんな!わざわざウルベルト様とデミウルゴス様の御手を借りるなど、恐れ多いこと…!」

「気にするな。それに、確かめたいことがあるから、俺にとっても調度良い」

ウルベルトは、凍りついた女の前に立つ。恐怖と絶望に見開かれた眼は濁り、その顔面は苦しみを表現したまま凍りついている。どこも見ていないようで、こちらを責めたてているような死者の視線を受けても、悪魔の心にざわめきは起こらない。

「デミウルゴス、俺が砕くからエントマの持っているボウルでキャッチ頼む」

了承した悪魔は、虫のメイドがその両腕で抱えていた大きなガラスボウルを受け取る。その声音はとても優しく、当たり前の如くお礼を述べた。

きっと今までに見たものと余りに掛け離れていたのだろう。まだ生きている哀れな人間は、驚愕の顔をしていた。この悪魔は、そんなこともできるのかと。

「放り投げろ」

「畏まりました。悪魔の諸相:豪魔の巨腕」

巨大化した悪魔の腕は簡単に人間一人を持ち上げ、まるで小石のように上空に放り投げた。それを見詰め、自分がこれから行うことをウルベルトは考え、そして躊躇なく実行した。

「《風神の舞踏》」

その魔法は、ユグドラシルにおいて敵よりも壊れそうな壁などを相手に、その粉砕目的によく使われている魔法だった。狙い通り、現れた全てを切り裂く風の渦はそこにあった凍死体を粉砕する。はらはらと落ちてくる人肉のシャーベットアイスを、デミウルゴスが器用にその手にあったボウルで受け止める。

「わぁー、すごいですぅ!」

嬉しそうなエントマの声が響き渡り、拍手するソリュシャンは柔らかい笑みを浮かべている。エントマは肉体の事情で変わらず無表情だが、ぴょんぴょんとその場で跳ねているので喜んでいるのはよく伝わった。

「素晴らしいですわ、ありがとう御座います、ウルベルト様、デミウルゴス様」

「これぐらい気にするな」

「礼には及びませんよ」

デミウルゴスからエントマに返されたボウルには、粉々になったシャーベット状の人間の肉が積もっている。彼女が欲しがっていた、“カキ氷”だ。正確には全くの別物だが、そんな無粋なことをウルベルトはわざわざ言う気は無かった。

「これで完成ね、エントマ」

「わぁーい」

「いや、最後に仕上げをしないとな」

“不足しているモノ”に気付いたウルベルトは、アイテムボックスからレイピアを取り出す。以前ゲーム内のイベント関係で取得した全体が真っ黒なだけの目立つ特徴も特性も無い、ただのレイピアだ。敢えて言うなら、どんな職業や種族でも装備可能という特徴があるが、それ以外の+αは皆無の、完全にイベントのためだけに作成されたイベントアイテムの装備品だ。

それを、まだ生きている震える人間の腕の付け根を目掛けウルベルトは振り下ろした。

「あぁああぁああっ!!」

「おー、切れ味とか心配だったが、問題なさそうだな」

抵抗なく肉に突き刺さったレイピアを、ウルベルトはさらにめり込ませ、その腕と胴体の切り離し作業に掛かる。本来なら刺突武器として使われるはずの細長い剣が、無理やり動かされ、皮膚を、筋肉を、血管を、骨を、ゴリゴリと無理に千切っていく。鮮血と千切れた破片の皮と肉が、雪の中に飛び散り目出度い紅白となり、歓声のような絶叫が響き渡る。

「騒々しいな。―――『静粛にしたまえ』」

そのデミウルゴスの気遣いにがっかりした自身に戸惑いつつ、しかし口元が笑っているのもしっかりとウルベルトは自認する。悲痛を訴える悲鳴は、今まで聞いたどんな音よりも麻薬のように魂に染み渡っていた。聞き足りないと、思える程にだ。

悲鳴をあげる権利すら奪われ、悶えるだけの人間から右腕が落ちる。どばどばと肩から先に行き場を失った大量の血液が落ち、雪から僅かに湯気が上がった。

ウルベルトは雪原に落ちた腕を拾い上げると、エントマの持つボウルの中に、その腕から鮮血を注いだ。

やはり、“赤いシロップ”があってこその“カキ氷”だろう。

「ほら、完成だ」

「本当ですわ。感謝いたします、ウルベルト様!挿絵で見たのと同じになったわね、エントマ」

「有難う御座いますぅ、ウルベルト様!」

エントマの頭をウルベルトは撫で、欲しそうにしていたので腕もついでにエントマにあげた。さらに嬉しそうにするエントマと、その妹の様子に微笑みを零す姉のソリュシャンにウルベルトは満足感を覚える。

「それじゃあ、お礼にそっちの余りをくれないか?」

「どうぞお好きになさってください。良ければ、倉庫からご希望のものを持ってきますが?」

「いや、それでいいよ。それからデミウルゴス、支配の呪言の解除を」

「畏まりました、ウルベルト様。―――『自由にして良い』」

しかし言葉を話すことを今更許されても、その人間にはもう何かをしようとする気力が無かった。大きすぎる絶望を前に、ただへたり込むだけだ。いずれ訪れる死刑の時を待ち、処刑台を見詰める死刑囚の眼がそこにはあった。

「お、お許しを…」

やっと出たその声はあまりに上滑りしている。その発言に何の意味も力もないことを、発言者自身があまりに理解しすぎていた。生存本能が搾り出させたのだろうか、あまりにも哀れな無駄な抵抗と努力だった。

その震える胸に、浅くレイピアが突き刺さる。鈍い呻き声が漏れ、そしてレイピアがそのまま魚の腹を捌くように下へ滑り出し、絶叫が響く。

聡い雪女郎達が痛みに暴れようとしたその身体を捕らえ、押さえ込む。

レイピアは滑らかに滑ってゆき、その中にある真っ赤な肉と内臓を外に曝け出してゆく。ぼろぼろとはしたなく、その中身全てを溢れ出させてゆく女の悲鳴は、突然ぶつんと絶えた。

「あぁ、いい音色だった…」

まるで演奏を終えた指揮者のごとく、ウルベルトは純黒のレイピアから滴る血を雪原にはらう。

そこに優雅に立っているのは、悲鳴の祝福と死者の血潮にて再誕した紛うことなき悪魔、ウルベルト・アレイン・オードルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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