舞台裏の話、またの名を蛇の足。
カランと、今宵はもう開かれるはずのなかった扉が開く。CLOSEの文字がぶら下がる扉を開いた悪魔は、先程まで彼の造物主が座っていた席に腰掛ける。
「それで、今回は貴方の総取りですか、パンドラズ・アクター」
せっかくの貸し切りバーでつまらなそうにする悪魔に酒を勧めながら、パンドラズ・アクターはすっとぼける。
「さてはて、何のことやら。此度の一件は皆にとって苦しく辛く、心に刺さる事件だったではないですか」
「ウルベルト様にとんだ賭け事をさせて、自分はどう転んでも旨味のある道を進ませたこと、これ以上誤魔化さないで頂きましょうか」
叡智溢れる彼らしくない真っ直ぐな物言いに、パンドラズ・アクターは驚く。そして、それが真っ直ぐな問い掛けであるからこそ、これ以上惚けるのは厳しいことにも気が付き直ぐ様答えもしなかった。
これは逃げるが勝ちというやつかと、席を立とうとしたパンドラズ・アクターだったが、その腕を酔い潰れているはずの右側から掴まれ立ち上がるのを阻まれた。その身は、力強くぐっと席に縫い付けられる。
「そうよ、パンドラズ・アクター。腹を割って話し合いましょう」
「おやおや…」
色々と酔っているだけかと思っていたアルベドが素面であると認識し、逃げるよりも折角の機会に腹を割って話す方が良いと判断した宝物殿の領域守護者は座り直す。大人しく、階層守護者と守護者統括に挟まれる形で。
「そうですね…、このような美女に誘われて断るのは無礼というもの」
「マスター、この店で一番頑丈なショットグラスを三つ用意して、ウイスキーを。氷は無しで」
頷き準備を始めるマスターは、黙したままだ。
この場のことに関わることも記憶に残すこともしないと、沈黙で彼は応えている。そもそも店は閉店中だ。誰も来店している訳が無いのだから、記憶にも記録にも残るわけがない。
「しかし今回の一件、アルベド殿にもデミウルゴス殿にも、旨味はありましたでしょう?」
パンドラズ・アクターの指摘したそれは、確かな事実だ。デミウルゴスもすんなり認める。
「まぁ、そうだね」
帰還したばかりのウルベルト・アレイン・オードルには明確な立ち位置も実績も、根拠ある信頼関係も何も無い。それどころか、一度はこのアインズ・ウール・ゴウンから去った存在として認識されている。
だがしかし、今回の一件は良くも悪くもウルベルトの今までを全て粉砕してくれた。
そして茶番だったとは言え罰を与えると言った支配者としてのアインズに、ウルベルト自ら『ナザリックからの永久追放も、死刑判決も受ける』と言ったことが決定打となり、確たる立ち位置が出来上がった。
ウルベルト・アレイン・オードルは、ナザリックの全員、そしてモモンガの絶対的な味方であるのだと。
ウルベルト自身が泥を被ってまで目を背けたくなる問題を突き付けてくれたことによって、根拠ある信頼も生まれた。可能性として残った避けられない問題の提示は、不愉快ではあるが嘘偽り無い味方だからこそ出来ることだ。
確かに、間違いなく、パンドラズ・アクターの指摘するそれは事実だ。だが、その裏側にいる役者の真意と彼が得たメリットを、より明確にしておきたかった悪魔は言葉を重ねる。
「素直に話してほしい。何を願っている?」
なみなみと液体が注がれたショットグラスが、器用に一滴も零されずマスターの手、正確には触手で、それぞれの前に置かれる。
「父上の幸せが未来永劫続くこと、それだけを」
その返答に対し舌打ちしそうな悪魔の様子に、内心ドッペルゲンガーはひっそり笑う。嘲りではなく、その絶対なる忠義に対する好意的な意味で。
「…しかしこれは、貴方様が望む答えではありませんね。それでは、素直に言いましょう」
パンドラズ・アクターにとって一番大事なことは生みの親であるモモンガが未来永劫の安寧を迎えること、ただそれだけだ。だから、そのためなら何だって殺せる。何だって壊せるし、奪える。
ただそれに実力と手が足りるかと問われれば、甚だ疑問だ。万が一大多数を相手取ることになった時を考えると、現実的には厳しいとも言える。
「もしも剣を交える時、相手と互角の場合、そして万が一相手の数が多い時、その者共が戦闘中に悩み戸惑い、手を僅かな時でも止めてくれれば、有難いと思いませんか?」
「…そうだね。こちらと違い、相手が覚悟を決めきれていないのなら、それは有り難いことだ」
パンドラズ・アクターの得たメリットを聞き、納得したといった風に悪魔はやっと追求を止めた。
「パンドラズ・アクター…、君は、アインズ様のためなら誰だろうと殺せるのか?」
「当然です。デミウルゴス殿は、出来ないのでしょうか?」
「…見くびらないでほしいな。此度の一件でとうに覚悟は出来たよ」
たとえそれが“至高の存在”と呼ばれる存在でも、“守護者”と呼ばれる存在でも、誰でも殺してみせるという覚悟。
それを静かにデミウルゴスとパンドラズ・アクターは確かめ合う。
守護者達の心に育まれた忠誠と親愛、それらを利用してでも殺してみせるという冷酷な決意は、深すぎる愛が齎したものだ。
「…デミウルゴス殿とは仲良くやっていけるかと。父上はウルベルト様と本当に楽しそうに遊んでいらっしゃる。あれは壊したくありません」
「……確かに、仲良く出来そうですね。私もウルベルト様とモモンガ様が仲良くなさっていて幸せそうにされていることは、何にも代えがたい喜びですから」
睨み合っていた悪魔とドッペルゲンガーはグラスを手に取り、そのグラスを壊さんばかりの勢いでぶつける。乾杯と言うにはあんまりなそれによって、キインと硬い音が響いた。
跳ねた液体は互いのグラスに注がれ、混ざり合う。そしてそれを一気に、彼らは飲み干した。
悪魔は獰猛に笑い、表情が変わらないドッペルゲンガーも歪に笑ったような雰囲気を漂わせる。
「ところで、アルベドは?」
悪魔の問いかけに、独りつまらなさそうにしていたサキュバスは拗ねたようにそっぽを向く。
「私は、モモンガ様以外どうでも良いわ。だからモモンガ様の味方のパンドラズ・アクターはともかく、デミウルゴス貴方とは…」
全部が全部、茶番だったとは言えモモンガの反逆者側に立った者としてデミウルゴスのことをアルベドは未だ許せない様子だ。一応、モモンガ仲裁のもとアルベドとデミウルゴスの和解は成されている。だが、それで気持ちまですっきりしたかと言われれば、当然それはNOだ。
ふむと悪魔は考え込み、提案する。
「…モモンガ様と御尊名を元に戻すことと、アルベドの恋愛支援を行うようにウルベルト様に提案させて頂きます。名に関しては確実に通る提案でしょう。ウルベルト様はモモンガ様と呼ぶのを改める気は無い御様子ですから」
「私達、とっても仲良くなれそうね!」
先程まで漂わせていた澱んだ雰囲気は吹き飛ばし、にこやかにアルベドはデミウルゴスへと顔を向けた。
「私は元より仲良しのつもりですよ」
「私もです!」
マスターに再度なみなみとウイスキーを注いでもらったデミウルゴスとパンドラズ・アクターはグラスを掲げる。アルベドも嬉々としてグラスを掲げ、そして、再度グラスは悲鳴のような音を響かせた。
酒は踊り狂うように跳ねて、互いのグラスに飛び込み、混ざり合う。
そのグラスの酒は、三杯共に一滴残らず飲み干された。
ここまで読み終えた猛者の皆様、ありがとうございます。
Pixivで投稿済みの部分は以上となります。ここまでお付き合いしてくださり、本当にありがとうございます。
評価や感想文、コメント、とても嬉しく有難かったです。おかげさまでランキングにも乗ることができました。嬉しかったです。
Pixivからの引っ越しは、さっさと済ませるつもりでしたが自身の文を見ると修正したくなり、時間が掛かってしまいました。Pixivとは若干違う文にはなってますが、大筋変更は御座いません。
また、他シブとの相違点をあげますと、以下2点があります。
・表紙絵があること(私れん月さくらが描いています)
【https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=68463654】
・まだ人なのか3、ラスト4P目のオリジナルキャラクタア視点話を削除したこと。
【https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9440458#4】
今作が終わった後はたっち・みー様のナザリック帰還とスレイン法国蹂躙事件(尚犯人のナザリックメンバーはゲームだったと自供している)を絡めた話を執筆中です。
Pixivでは今まで全体完成からの一気上げだったのですが、今作はまた長くなりそうなので小出し予定です。