美しき五芒星を象る城郭内、夜の帳がすっかり下り、魔法の永続光を僅かに残して皆が寝静まる頃。
とある亜人が都市の中心に高々と立つ、塔のように細長い城の最上を指し示し、珍しくまだ明るいなと指摘した。仲間同士で、魔導王陛下が来訪されているのだろうか、あり得ないだろうなどと舌足らずに噂し合う。その酔った亜人達の中心、歓迎会の主賓が、昼間の馬車のことをふと思い出して仲間になんとなく話し出した。
風変わりで見たことのない種族の者だったが、ちゃんと城下町に辿り着いてると良いなと語る優しい彼に、同じく優しい友は、きっと大丈夫だろうと返した。
つい先程、その友が指し示した光の下にその相手が居るなんて、思いつく訳もない彼らは千鳥足で帰路を行く。
ゆっくりと息を吐き出し、たっち・みーはドアノブを握る。
悪魔が出て行った赤銅色の重厚な扉の、純金製のドアノブ。手入れが行き届いていると伝わるその見目から分かる通り、それは何の問題もなく動く。しかし、それを握り動かすたっちの方が未だ明瞭な答えを出せておらず、迷いが残っている有様だった。
「たっち・みー様、今宵はもう御休みになられませんか」
一旦ドアノブを握る手から力を抜き、声を掛けてきたセバス・チャンに、たっちは顔を向ける。彼は申し訳なさそうな表情で、造物主の顔色を伺っていた。
「私事ばかり話しただけですので、他にも何か御尋ねになられたいことが、あるのではないでしょうか?」
かつてセバスが愛した女性について色々と聞き出したのは、たっち自らが希望したことだ。それなのに、自分が余計なお喋りを長々として時間を浪費させてしまったと自責する様子の執事には、たっちは苦笑するしかない。
「ウルベルト様が仰せの通り、私もモモンガ様より、たっち・みー様が納得されるまで話をするようにと言付かっております。寝所の準備も御座いますので、無理に急いて進められなくとも、何も問題は御座いません」
「…そうか、」
やはり自分は気遣われているのかと、たっちは心中で言葉を続ける。
その痛く悲しい程の気遣いは、居心地の悪さを感じるほどだ。
装備一式をわざわざ準備し、NPCのセバスと話し合う時間まで与え、こちらの気が済むまで幾らでも待つというのは、彼らしいとも言えるかもしれないが。
今後、互いにとって相手の立ち位置がどのようになるのかも分からないうちから、あのギルド長は、たっちを案じてくれたのだ。
胸の中が温かくなる反面、しかしそれは優しさか、何かを目論んでのことでなはいだろうかと黒い疑念も起こる。長い時が齎したであろう変化はきっとあるはずだと、懸念してしまうのだ。
たっちの知る彼が、そこに居るのか分からない今は、どうしても警戒心が自然と現れてしまう。そんなものを友相手に抱くなど、たっちが望んでいなくてもだ。
「セバス、気遣ってくれてありがとう。だけど、もう会おうと思う。…これ以上、分からないままでいるのも、辛いだけだ」
一刻でも早く、互いのためにも会わなければいけないのだと、たっちは確信していた。そして再度、ドアを、その向こう側を見詰める。
そこに君臨する存在が、果たして嘗ての友なのか、それとも友の姿をした成れの果ての何かなのか。その答え合わせが間もなく行なわれようとしていた。
「…畏まりました」
背後からの了承の声を聞き、たっちが力を入れると、ドアノブは当然だが動き出した。扉は音も無く、滑らかに開く。
僅かに空いた隙間から、懐かしい声が聞こえ、たっちはいきなり立ち止まってしまう。
「それで、そこに図書館を作って、本を一旦集めるんです」
立ち聞きになってしまうが、そんなことに気遣える余裕など瞬時に掻き消えていた。
モモンガのその声に続き、ウルベルトの声も聞こえてくる。
「全部ナザリック送りにしてたらパンクするし、良い案ですね。いっそのこと学校とかも併設して与える知識の一括管理場所、としたいところですが…、うーん…」
「書籍の検閲だけでも一苦労ですからね。ユリも頑張って専門用語とかが無いならアイテム無しでも読解できるぐらいにはなったけど、図書館管理だけで精一杯じゃないかな…」
本当の本当に、彼らは為政者として国々を支配しているのだなと、その会話からたっちはやっと、モモンガとウルベルトが頂点に立つ存在なのだと実感できた。この国の舵が彼らの手の内にあるという事実に、たっちはまた緊張と、そして確かに熱を感じる。
導くにも救うにも、何を成すにも必要だった確かな力、権力。それが、手を伸ばせば掴める間近にある事実が、たっちを密かにざわつかせた。
「そうですねぇ…」
これ以上立ち聞きしている訳にもいかないと、我に返りたっちは手を動かす。ドアノブを更に押して、支配者達の居る部屋に一歩、彼は踏み込んだ。
「それに、図書館の中庭には超巨大なアインズ・ウール・ゴウン像も建てなきゃいけませんし」
「建てませんよ。日当たりが悪くなる」
「いや、そこですか」
ついツッコんでしまいながら、たっちはモモンガとウルベルトが腰掛ける肘掛けと背もたれのついた長椅子に向かい歩を進めた。長椅子はたっちに背を向けているが、その後ろで控える守護者達を見れば、そこに誰が腰掛けているかなど一目瞭然だった。
そうして歩みながら、まず最初にたっちが視線を交えたのは、こちらを横目で伺うデミウルゴスとパンドラズ・アクターだ。その警戒心が宿る視線と絡み合いながらも、たっちは、魔導王と自称その執事の正面側へと周り込んだ。
先程の部屋がお伽噺の世界のようだと評するなら、モモンガとウルベルト、そしてたっちが集まっている部屋は、正に貴族の来賓室のようだった。
部屋全体は天井から床まで真っ白で染み一つなく、床には毛の短い敷物が穴のように黒く広がっている。そこまではシンプルで寂しいぐらいなのだが、置かれた調度品達が揃いも揃って豪奢で大きく圧倒的な存在感を放っているので、結果的には少し煩いぐらいの部屋になっていた。
モモンガとウルベルトが腰掛けるのも、部品の切り出し段階で何か間違えたのではと思える程、人間の大人五人は余裕で腰掛けられる大きさだ。
長椅子の猫脚は、文字通り獣が後ろ足で立つ姿の彫像がその役割を担っている。派手で豪快だが、背もたれなど細部には透かし彫の細工が施され、また薄浅葱の布地には深藍で細かく紋様が描かれていた。
正に力ある者のため作られた、技術と財の結晶とも言える一品だ。
しかし、そこにゆったりと腰掛ける死の支配者と大災厄の悪魔、そして、それぞれの後ろに控える千変万化の顔無しと炎獄の造物主と共に見れば、それは極当たり前の、ありきたりでつまらない家具にしか見えない。
その豪勢さも、絶対の王に僅かでも華を添えるための健気な努力にしか思えなかった。
「…お待たせしました」
たっちの声掛けに、ウルベルトが手にしていた羊皮紙を机上に置き、顔を上に向ける。
「思ったより早かったですね、たっちさん。それじゃあ、…モモンガさん?」
ウルベルトと同じく、たっちもモモンガの反応に戸惑っていた。
骨の顔だが、それでも分かる程に、ぽかんという擬音が似合いそうな表情でモモンガはたっちのことを見詰めていた。まるで、その来訪を知らなかったように。
「えっと、モモンガさん…?」
思わずたっちは手を伸ばしたが、それよりも早くモモンガの後ろから、細長過ぎる人のそれではない指が、にゅっと現れた。
そのパンドラズ・アクターの手が、振り子のようにモモンガの眼前で揺れる。その行為はぼんやりしている王への呼び掛けの為でもあり、そして、玉体に触れようとしていた騎士の手を遮る為でもあった。
「父上」
「あっ、あぁ、すまない…。いや、その、ウルベルトさんから話も聞いていたし、頭では理解していたつもりだったんだが…」
言い淀み、視線を彷徨わせ、目前の憧れの騎士を見上げるとモモンガは、困ったような誤魔化すような笑声をその口からもらした。
「……えっと、…お久しぶりです、ね、たっちさん」
「はい…、お久しぶり、ですね」
ぎこちない挨拶が交わされ、ぎこちないままに話がテンポ悪く続こうとする。
「あっ、えっと、座ってください、たっちさん、どうぞ」
「あぁ、はい、ありがとうございます」
「…あー…、何か食べますか?」
「えっ、あぁ…、いえ、大丈夫です。…その、お気遣いなく」
分厚いクリスタルの机を間に挟んで、モモンガとウルベルトと向い合せに、たっちは促されるまま腰掛けた。
モモンガ達が座るそれと似たような長椅子を独りで使用し、隣の妙にぽっかり空いた空間に、たっちは落ち着かない気分になる。目前のクリスタル製の机は光を反射し煌めき、縁取りも綺麗なのだが、たっちにはただ冷たい存在に感じられた。まるで、左右の山を隔てる谷間に流れる川の様だと。
「…」
「…」
「…」
モモンガ、パンドラズ・アクター、ウルベルト、デミウルゴス、その面子と相対する自戦力は自身と人型のセバス、色々なことを加味して現状勝負は五分五分かとまで考えたところで、たっちは正気に戻った。
まだ敵対と戦闘を前提に考える段階ではないはずだと自身を叱咤し、そして、その原因となった相手を睨んだ。銀の尻尾を持つ嗤う悪魔と、軍服の良く似合うドッペルゲンガーを。
その生みの親であるモモンガとウルベルトはまだまだ様子見という印象だが、その守護者達からは露骨に敵意と警戒心が溢れていた。ついうっかり、たっちが思考を完全に戦闘モードにしてしまう程に。
「たっちさん、」
呼び掛けられ、たっちはそちらに顔を向ける。
「あの、また会えたこと、オレは嬉しく思ってますよ」
そのたどたどしい言葉に、彼の優しさをたっちは思い出す。気遣い屋な彼にとって、上手く歓迎の意も伝えきれないまま沈黙になってしまったことは、耐え難いことだったのだろう。
たっちは無意識に、その兜の下で目を細めた。
「俺も…、モモンガさんとまた会えて、良かったです」
これは本心だと噛み締めながら、たっちは応える。
「こんな風に、また、………」
夢の様な世界で、純粋に遊べるなんて、とまでは流石に言えず、たっちは口を噤む。
あの歪んだ世界で、たっちが最期の最期に想ったのは、結局捨てることが出来なかった未練に成り果てた正義への信仰。そして、かつてユグドラシルでそうだったように、また無垢に駆け回り笑って遊びたかったという単純な願い。それだけだ。
あの現実逃避の様なゲームをやめたのは、色々あったとはいえ、それでもたっち自身の意志だ。それなのに、結局最期にそこに帰ることを望んだなんて。
あまりに自分勝手で恥ずかしくて、特にモモンガには、言える訳がなかった。
「でも…、まさか、王様になったモモンガさんと再会できるとは思わなかったです。昔の俺に言っても、きっと信じませんよ」
冗談めかして、にこやかにたっちは声を掛ける。ぎこちなさを何とか消し、心からの親愛を込めて。
「オレだって、同じですよ。想像できなかったことばかり起き続けてますから」
「モモンガさんが城を建てるなんて、誰にも予言できなかったでしょうね」
それまでどこか一歩引いた場所にいたモモンガだったが、しかし、その話題には嬉しそうに食いついてきた。
「すごいお城でしょう!」
子供のようにはしゃいだ声に、たっちは戸惑う。自分の城自慢なんて、記憶にあるモモンガには似合わないからだ。しかし勘違いをしていたことに、続いた発言でたっちは直ぐに気付いた。
「ふふ、まさかたっちさんにこんな自慢ができる日が来るなんて思わなかったな、子供自慢なんて」
「こ、子供…?」
これまた別の勘違いをしたたっちだったが、またもや続く言葉で直ぐに勘違いに気付く。
「はい、子供自慢ですよ。この城はコキュートスが発案して、デミウルゴスやマーレ、絵が上手いメイドの子達も協力して作ったんです。ナザリックの子供達の、傑作なんです!」
第三者として聞いているウルベルトはモモンガから顔を反らし肩を震わせているので、たっちがいちいち勘違いしているのは気付いているのだろう。その様子に若干イラッとしながらも、たっちはモモンガの嬉しそうな声に応えた。
「ナザリックの者達を、大切にしているのですね」
「えぇ、何よりも尊く、大事なものです」
淀み無く返ってきたそれに、たっちはぴくりと微かに反応する。
それに気付いたのは、注意深く騎士を観察していた悪魔とドッペルゲンガーだ。彼らからの刺すような視線を感じながらも、たっちは思考を止めない。
再会できる訳が無いと諦めていた友と出会えたことは嬉しく、しかも昔の様にまた遊べるなんて、それは確かに何事にも代え難い喜びだ。それを簡単に諦め手放すことなど、当然できやしない。せっかくまた楽しそうなゲームと、しかも一緒に遊べる友達が目前に居るのに、手放したくなど無かった。
だがしかし、それでも、どうしても曖昧にはできないことがあった。
変わり果てても捨てられない正義を、たっちは確かに抱えていたのだ。
「…アインズ・ウール・ゴウンを愛していたように、この魔導国も大切にしていますか?」
真剣なその声音に宿る意志を汲み取り、モモンガも堅い口調で答えた。
「アインズ・ウール・ゴウンを名乗る以上は、汚すつもりはありません」
「なら、汚す者達には?」
「絶望に塗れた苦痛を与えます」
「それ以外の者達には?」
「苦痛や死を与える理由が無い魔導国の民なら、幸福な一生を約束しますよ。アインズ・ウール・ゴウンのモノが傷付くことは、決して許されませんから」
単純明快な返答だった。迷い無きそれに、たっちはほっとしてしまう。
「…氷結牢獄や、人を食べるNPCもいましたが、その辺りはどうなっていますか?」
「罪人や反逆者、敵、殺すべき相手しか許してません。子供を食べたがるナザリックの者達もいるけど、許可は出してません」
モモンガの言葉を全面的に信頼するならば、現状たっちには糾弾するべき点など何も見つけられなかった。そして、モモンガの言葉は全面的に信頼できるものだ。
それはなにも、モモンガが友だからという甘い判断理由ではない。
仮に全てが嘘だった場合、アインズ・ウール・ゴウンが、どうしようもない小悪党に成り果てるからだ。それは、あのギルドに思い入れのあるモモンガと、美しい悪に思い入れのあるウルベルトが行うとは、到底思えないことだった。
美しく、優雅なままに、目を逸らしたくなる程の悪虐と非道を極める。それこそが彼らの愛し誇る、アインズ・ウール・ゴウンなのだから。
「罪人は、記憶確認をして冤罪が無いように気を付けています」
「あの世界と違って確実に冤罪は無いですよ。でっち上げも、理不尽もありません」
今まで黙っていたのに嫌味を言うためだけに口を挟んだウルベルトには、さすがにモモンガも窘める。しかしたっちはそこまで、特段その発言を気にはしていなかった。
それは確かに、胸に刺さり、嫌なことを思い出させる発言だった。だが、皮肉られたそれは、紛れも無い真実だ。
たっちだって、その汚らしい現実を憎んでいた。だからこそ、冤罪が無いという素晴らしい世界があることに強い喜びをも感じていた。
「…犯罪者の扱いについては、セバスからも話を聞いてます」
その扱いは、たっちにとっても非常に納得ゆくものだった。
軽犯罪者はまず各地方にある刑務所に収監され、懲役と社会奉仕が義務付けられる。
ナザリック地下大墳墓に集められるのは、重犯罪者や、軽犯罪者でも何度も繰り返し改心が認められない者達だ。
たっちはそれを聞いて、ウルベルトの悪趣味に譲歩を決めた。
元々助けるべきかすら悩んでいた相手が救いようもない存在だと分かれば、葛藤はすっきり消えてしまったのだ。
「しかし犯罪者以外は、苦しみを与えるに足る理由がありますか?」
その問いには、つまらなさそうに悪魔が答えた。
「救いようもない奴も、魔導国に支配された方が幸せになると理解できない奴も、どうしたって現れる。それを摘んで、大多数が幸福になれるなら何の問題も無いでしょう」
「殺せば良いのに、苦しめる必要がどこにあるんですか」
「必要なんてありませんよ。楽しいから拷問している、ただそれだけです。ただの趣味です。何の価値も無い存在が死ぬ迄にどんな目に合おうが、何も問題は無いでしょう?」
「悪趣味ですよ。せめて、安らかな死を与えてあげたら、」
「はっ、悪趣味ねぇ。確かに、あの世界は悪趣味でしたね」
「ウルベルトさん、今はこの世界の話をしているんですよ」
「分かってますよ。すごくつまらない話だったから、冗談の一つや二つぐらい、混ぜた方が良いかと思っただけです」
互いに譲らず、嫌悪感も隠さずに、ウルベルトもたっちも吐き捨てるように会話した。
「あぁ、それで何でしたっけ。アインズ・ウール・ゴウンに逆らった連中に安らかな死?はっ、それこそ嗤えない冗談は止してくださいよ、たっちさん」
ウルベルトが顔を上げ後ろに控えるデミウルゴスと目を合わせると、悪魔達は呆れたと言わんばかりの腹立たしくなる嘲笑を零した。
僅かに動いたセバスを片手を上げることで止め、このままでは堂々巡りだと諦め、たっちはモモンガに視線を向ける。しかし視線を遣った先の彼の様子に、思わず予定とは全く違う問いかけをしてしまう。
「…モモンガさん、緊張していますか?」
「えっ!?」
突如として話を振られたせいか吃驚するモモンガに、たっちは吹き出す。これには周りもぽかんとしてしまうが、たっちは気にせず肩を揺らしていた。
「た、たっちさん…?」
「いや、だって、見るからに大魔王面なのに面白いぐらい肩が跳ねたから…、くく」
昔のことを思い出し、たっちはますます笑いのツボに入る。
かつてユグドラシルで出会ったばかりの頃、モモンガは、ただの雑魚モンスターと見間違えそうな襤褸布を身に纏っていただけだった。
しかし、当初の弱かった頃から成長し装備もスキルも充実させていくうちに、その見目と選択する職業から、魔王と呼ぶに相応しい様相にどんどん変わっていったのだ。
それなのに、変わらず物腰は丁寧なうえ、優しく、気遣い屋な彼には、その見た目が全く似合っていなかった。だから最初の頃はそのギャップに、たっちは実はこっそり笑っていたのだ。
表情が動かないゲームだった時と違い今はこっそり笑うことが出来ずに、たっちは落ち着くまで開き直ってひとしきり笑った。
「はあー、変わらないですね、モモンガさん。どっかの山羊も、厨二が磨かれただけで何も変わってないみたいだ」
「たっちさん、ちょっと表で殺し合いしませんか?瞬殺してあげますよ」
「ははは、瞬殺されてあげますよ、の間違いでは?」
たっちの発言に、殺気立つのはNPCだけだ。モモンガはどこか嬉しそうにしつつ顔を少しだけ俯かせ、ウルベルトは不愉快そうな顔をしつつ体勢を崩し、たっちも深く腰掛けていた。
暫しの沈黙が流れた後、焦れたようにウルベルトが立ち上がった。
「デミウルゴス、パンドラ、セバス、お前達は此処で待機していろ。地下には俺達だけで行く」
アイテムボックスから本を取り出したウルベルトは、数歩先にあった本棚に向かう。
「お待ちください、ウルベルト様!」
「ウルベルト様の御命令とはいえ、私は父上の御側から離れるわけにはいきません!」
「駄目だ。こっからは、俺達だけで、話し合いの時間だ」
そう言ってウルベルトは、取り出した本を、棚に置かれてあった天秤の一方の皿に置いた。一方にある羽根とその本はなぜか釣り合いがとれ、天秤の平行は保たれたままである。そして、光る魔法陣が現れ、その光の消失と共に本棚は自動扉のように横にスライドして開かれた。
本棚の後ろにはぽっかりと穴が空き、その穴の中には、地下に続く螺旋階段が続いている。
「この下は、盗聴も武器使用も阻害される。問題は無いだろ?」
それでもなお食い下がろうとした守護者達だったが、モモンガが自ら立ち上がりウルベルトの方へと足を向けたので口を噤むしかなくなった。
自分達とは違う、至高の存在のみでの対話をモモンガ自身が望み、難癖に近い止める理由しか思い浮かばない以上、守護者達には最早見送るしかない。また、下手について行ったせいで話合いが上手くいかず、よりによってあのワールドチャンピオンが敵対することになることも、彼らにとっては避けたい事態だった。
「心配するな、パンドラズ・アクター。デミウルゴスも、少し友達と話してくるだけだ。なあ、そうだろ、たっちさん」
「えぇ、その通りですよ」
たっちも立ち上がり、セバスに待機を伝える。執事は恭しく頭を垂れるだけで、無言を貫いた。
「セバスに自分の剣は預けている。そんなに睨むな」
たっちにそう声を掛けられたパンドラズ・アクターもデミウルゴスも、それでも渋い顔をしていた。それに対し支配者達は慣れた様子で、大丈夫だと適当に声掛けをする。その声には若干諦めの色も現れていて、そして少しぞんざいであった。
不安と不満を隠さない守護者と寡黙で控えめな執事に見送られながら、モモンガとウルベルト、そしてたっちは地下へと続く螺旋階段を下りて行く。