魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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On Your Mark 05

 

 

 

 スレイン法国を支える残された柱達には、その恐ろしい釣り針が見えていた。それに釣り上げられたら最後、骨も残さず平らげられてしまうのだと。

 

 

 

 法国の領土を守らんとそびえ立つ城壁。魔導国属国領土と隣接するそれは、勤勉で真面目で、ケチであると評される領主に築かれたことを証明するかの如く、無駄を削ぎ落とされ、古いが改良を重ね続けた優秀な城壁だ。継ぎ接ぎの見た目が不格好だが、魔法にも攻城武器にも対応可能であり、迎撃面でも優れている。他の国境付近領主達が学びに訪れ、その城を真似する程であり、それは領主の自慢でもあった。

 

 そんな法国の盾として優れた壁近くに、とある日、夜明けと共に突如として大量のアンデッドの兵達が現れた。

まるで、おもちゃ屋の棚にずらりと飾られた兵隊人形のようなアンデッドの兵士達。それらは文字通り、果て無くギュウギュウ詰めの状態で、国境に合わせて魔導国属国側にてそれらは敷き詰められていた。

その様子を見て、まるで国境に合わせ延々と続いているかのようだと誰かが冗談を言った。

その冗談が、事実だと判明した時、その調査結果を聞き届けた法国の誰しもが自身の目と耳と頭を疑った。しかし残念なことに、夢でも、嘘でも、冗談でもない。法国の領土を文字通り、アンデッドの兵隊が取囲んでいるのが悲しい現実だった。

平野にも、川にも、森の奥にも、山林にも、荒野にも、アンデッドだからこそできる荒業で、完全に法国を取り囲む形で兵は配置されていたのだ。申し訳程度に道と呼ばれる所には配置されていないが、その間を通り抜けできる豪胆な者などそうそういる訳がない。それまであった行商人などの運行は激減したが、仕方が無いことだろう。

法国内の人々はすっかり怯えきり、国の奥深くへと移動を開始した。しかし、それができるのは極一部の者達だけだ。生活拠点を簡単に変えられない庶民や、それこそ兵士として働く者達は、国境から離れることなどできやしなかった。

 

 

 

 殺される、殺されるんだ、きっと。頭に浮かんだ後ろ向きな考えを、法国の兵士である男は必死に首を振って追い払う。それはもう、何度目かのことかも分からない行為だ。

 悍ましきバケモノを受け入れる醜い国、選ばれし血族を蔑ろにした愚かなアンデッドの魔導王。それらをいつの日か打ち倒す為に法国に亡命した誇り高き血が流れるのに、男の手は震え、すっかり冷え切っていた。

ちらと男は、受け持つ城壁上の見張り位置から魔導国側との国境を伺う。少し視界から外した間に魔法の様に消えてくれと願っていたアンデッドが大量にまだいることに、兵士はこっそり重い溜息を吐き出した。

 遠くに見えるアンデッドの兵士達は、魔導国側曰く、城壁である。

『法国に怪しい動き有りと、国境付近の魔導国領民が怯えているので領土の境に見張りを置かせてもらう。あくまで見張りであり、アンデッドは攻撃されなければ何もしない。新しいタイプの国境の壁だとでも思ってほしい』

要約するとそのような内容になる一方的な通告が、魔導国から法国に送られたことは国中の噂になっているので男も知っている。言いがかりと濡れ衣しか根拠にはなく、法国側の言い分は一切聞いていないそれは、あまりにも横暴だ。

神人とやらを出するなり神々の遺産とやらを使うなりして、あの邪悪なる魔導国をさっさと滅ぼせばいいのにと、男は国の上層部に対して不満を抱いていた。男が溜め込んでいるその不満や怒りは、法国内で元々燻っていたものだ。そのため今回の一件で国民達は怒り狂い、神都はなかなかの混乱具合だと、神都から遠く離れた国境の城壁務めの一兵にまで届いている有様だ。

「…それにしても、壁かぁ。悪趣味だな、バケモノってのは」

「ハハ、言えてらぁ。おつかれさん」

「おーう、おつかれさん」

男の独り言が届いた巡回兵の一人が声を掛ける。それに適当に男が返事すると、特に伝達事項も緊急事態も無かったらしく、彼らはさっさと歩いて行ってしまった。

「まぁでも、本当に壁なんだよなぁ。…今の所」

魔導国側が堂々と言い放った、アンデッドの兵達は城壁であるという宣言。その言葉に一切の嘘は無く、アンデッドの兵士達は配置されてからというもの全くもって微動だにしていない。

だがしかし、だからといって国境付近の法国の者達、特に城壁勤めや国境管理の役人や兵士達が、馬鹿正直に壁だと信じて安心しきる訳にはいかないのだ。

そもそも、動く死者の骨がぐるりと国を取り囲んでいるのだ。それだけで充分すぎるほど、落ち着かない、嫌になる光景だった。

 

 

 

 「一体何を考えているのだね!上は!」

暫くの間アンデッドで構成された自称壁を見詰めていた男の耳に、怒鳴り声が飛び込んでくる。

その声は男が務める東城壁管理職の上官の声で、大変聞き覚えのある大声であった。近くから聞こえてきたため、気になってしまった男は数歩持ち場を離れ、城壁の下を覗きこみ様子を伺う。

 壁の下では、ガリガリの男が上官に怒鳴られ青褪めていた。その男が身に着けている衣服は多少汚れているが、それでも何の制服なのか分からない程ではない。

領主も含む上層部との作戦会議にも顔を出せる、参謀補佐員だ。補欠含め何人かいる頭脳担当の一人で、有事の際には壁の各拠点で直接全体戦況を見極め指示を飛ばすことにもなる、なかなか重要な役割の人だ。

しかし最近は神都が大変だということで、それを言い訳に何人か消えてしまっている。あの初めて見る者は、おそらく穴埋め要員として急遽雇われたのだろうと推測し、そして男は同情した。

「し、し、しかし、これはあの、」

「目の前にアンデッドの兵がずらりと並んでいるのに、防衛は最低限にまで減らし、兵士の休息時間を増やせだぁ!?なんでそんなことをしなきゃならねえんだよ!?ああ!?」

「ヒィッ」

枯れ木のような彼は何も言い返せず、踵を返すと馬に乗って去ってしまった。真っ直ぐに、城壁のさらに奥、領主の館がある方へと逃げ帰って行く。

別に隊長殿は怒っていない、ただ常に喧嘩腰なだけだと声を掛けてあげた方が良かったかなと、男は少し反省する。そして、逃げ帰った彼に対し心底不思議そうに首をかしげる隊長に、男は呆れ苦笑するしかなかった。

無自覚に乱暴な大男の上官殿と会ったばかりの頃は自分もビビりまくっていたなぁと、男は昔のことを思い出す。

なにせ、上官殿は筋骨隆々の大男で、見た目もまるで熊が急に人間に成長したかのような野性味がある。しかも、戦闘能力も突出して物凄いのだ。武技と才能が揃うどころか、更には『戦闘を連続して行えば行う程に戦闘力が一時的に向上する』というタレントまで持っている。あの細っこい枝のような男なんて、片手で鼻歌交じりに一瞬で殺せると言われても信じられる程だ。

そんな男にがなり立てられ、平然としていろという方が無茶な話と言えるだろう。

「しかし、休息は増やして欲しかったかなぁ…」

母国の領土を守る城壁にずっと居る法国の兵士達を見渡せば、皆が顔面蒼白の有様だ。

実際には何事もなく日々が過ぎても、毎日毎日あのアンデッドの壁を見詰め囲まれていることを意識したら、気が狂いそうになるのも仕方無いことだろう。この非常事態に陥ってからというもの、食事もあまり喉を通らず、夜も上手く眠れなくなっているのは何も男一人だけではない。

まるでバケモノに暗がりの袋小路に追い詰められている様な感覚に迫られながらの日々では、普段と同じ業務も倍以上に疲れるものであった。

例外として、城壁近くがあんな状態で食事や睡眠がまともにできているのは、アンデッドなど雑魚だと日頃から笑い飛ばす上官殿ぐらいだ。

「なっ、何をされているのですか!?上官殿!!?」

そのひっくり返った大声には、男も周りも何事かと驚く。今度は男だけでなく周りも集まって、その現場を覗き見た。そして、本当に一体何事なんだと驚いた。

 あの上官が、恐怖を刻みこんだ顔で戦闘準備をしていたのだ。籠手をガチャガチャと雑に取付け、慌ただしく装備を整えていく。まるで、熟睡中に奇襲にあったかの様な慌てぶりだ。

「出撃命令など出ていないでしょう!?何故急に、」

「喧しい!!!」

怒鳴り声と共に放たれた上官の拳が、諌めていた兵士の顔を凹ませ、吹っ飛ばした。壁に打つかって崩れ落ちた彼の顔は、見るも無残なことになっている。

それに対し何故だと、様子を覗っていた兵士皆が動揺する。男もそうだった。

 確かに、がさつで少し頭が悪くて頭を抱えることもあるが、上官は善良な人だ。

納得いかない命令に従わないことはあっても、それは自分達一兵を蔑ろにするような上の発言に対する抗議だったりで、理不尽なものは一切無い。今だって、部下のことを気遣い夜中の見回りを自分の時間を削ってまで行ってくれている程だ。

「なんで、そんなことを…!」

「分からないのか!?」

睨み付けられた兵士は怯え、息を呑む。

「このままじゃ、殺されるんだ!!俺達はあのアンデッドに殺される!!殺される前に殺さないといけないんだ!!!」

無茶苦茶だと言うことが出来た兵士は誰もいない。しんと静まりかえるが、一人の兵士が唐突にぽそりとつぶやく。

「そうだ、このままじゃ、殺されるだけなんだ」

何かが伝染したかのように、騒ぎに集まっていた兵士達が一斉に慌てて動き出す。それになぜだと言う前に、まるで後ろから怪物のギョロリとした目玉に睨み付けられたかのような恐怖が男を襲ってきた。

恐怖に襲われた男も何も考えず、切羽詰まった様子で戦闘準備を開始した。ただ恐ろしくて、ただひたすらに死にたくなくて、その手足を動かす。

そこに理性などなく、混乱と恐怖に支配された兵達は本能のままに突き動かされているだけだった。

 

 たいした間も空かずに、城門はたやすく開かれた。とは言っても、当然要の正門ではなく男の上官が担当する東城壁小門だけだ。そのため、細長く出来た小隊がそこから蛇のように飛び出ることになった。

本来ならば許されるはずの無いその行動に、しかし男は罪悪感も後悔もしていなかった。恐怖に尻を叩かれる仲間達と同じく、その心も頭も、純然たる恐怖に支配され理性など働く余裕も無い。

正門方面からけたたましく鐘が打ち鳴らされる音と数多の怒鳴り声が届くが、恐怖に目を血走らせる部隊の馬を止めることは、できやしなかった。

馬を全力で走らせた部隊は、統率や警戒に一切配慮をしていなかっただけあって、あっという間にアンデッドで出来た自称城壁に到達した。そして間髪入れずに、一方的な攻撃を始める。

まるで今までの恨みを全て晴らすかのように、法国の兵士達は喧しくアンデッドに凶器を振るっていった。

 攻撃が始まればアンデッドも抵抗するかと思われたが、そんなこともなく、僅かに動くだけで抵抗しない。まさに唯の脆い壁の如きアンデッドは、兵士達によって続々と打ち倒されていく。

アンデッドが減るに連れ、兵士達は散らばっていった。今まで苦しめられてきた原因を殺せて、兵士達の気持ちは興奮と歓喜に満ち溢れていたのだ。もっと、もっと殺させろと餌を望む家畜の如く法国の兵士達は兵としての統率など捨てて唯殺し、嬉々として馬上から槍を振るっていた。

最早何体目か分からないアンデッドを弾き飛ばし、男はふと首を傾げる。

「…なんだ?」

先程から蜘蛛の子を散らすようにアンデッドがガシャガシャと動き出していたのは、男も周りも気づいていた。しかし、反撃はせずに変わらず蠢くだけなので、特別気にはしていなかったのだ。だが、その蠢くアンデッドの群れ内に生物が紛れ込んでいるのに男は漸く気が付いた。

人間がぽつんと立っているのだ。いや、よく見れば亜人もいることに男は気付く。兵士ではなく村人の様な格好を、その者達はしていた。

「あっ、」

なぜアンデッドみたいにろくに動きも逃げもせず、しかもこんな国境付近に居るのかと疑問に思う前に、狂戦士と化している同僚がその首をぽんと跳ねてしまう。

その光景を切っ掛けに、恐怖や興奮が冷めてきて男は冷静になる。何か得体の知れない不安に襲われた男は、寄る辺を、少し様子がおかしかったが、それでも強い上官を探し始めた。

そして見つけた上官の馬が向かう先にも、やはりアンデッドではない、蹲った子供達が2人いるのが見えた。

「いや、人じゃないな。…あれは、あの耳は、エルフか?」

魔導国領土の子供達は共に深く帽子を被っているが、おそらく兄妹のエルフだろうと、飛び出る尖った耳とその服装や抱きしめ合う姿から推測できた。

あれならきっと槍で刺し殺す前に馬に跳ねられて死んでしまうだろうなと、男はぼんやり思う。

子供だが、所詮はエルフだ。人間の奴隷としてあるべき種族が魔導国なんぞで調子に乗るからそんな目に合うのだと、冷めた眼差しで、数分後には儚く散るであろうその生命を男は眺めていた。

「なんだ、あれは」

間抜けな顔をした同僚の真似をして、男も上空を見る。

上官殿の上空に、蝙蝠の翼を生やした銀の尻尾を持つ蛙頭の気持ち悪いバケモノがいた。しかしあの細身、それに距離を思えば何もできなさそうな存在だ。

「悪魔の諸相:豪魔の巨腕」

驚いたのと、上官が吹っ飛び地面に叩きつけられるのを見たのは、男には同じ瞬間に思えた。

突如として腕が巨大化したそれは、スピードを上げ瞬く間に男が寄る辺としていた上官を弾き飛ばしていた。

男以外のまだはしゃいでいた者達の勢いが止まり、急に兵士全員に冷静さが帰ってくる。命令を無視して飛び出し、一体全体自分達は何をしているのかと。

 平然と腕を元の形状に戻した悪魔は、エルフ達を庇うように立つと、口を開いた。

「法国の宣戦布告ですか」

綺麗な声が、別段張り上げて出していないはずなのに、なぜか全兵士に響き渡るほど明朗に伝わる。

「せ、宣戦布告です…!!ぼ、僕達、法国の兵士に殺されるかと思いました…!」

「間違いありません!その男は法国の兵士、その兵士が魔導国の者達を一方的に襲っていました!宣戦布告以外の何だと言うのでしょう!」

続いた糾弾の声は、その刺々しさに見合わないほど幼さが残っている。それでも、その言葉が突きつける現状は変わらない。

「あぁ、なんということでしょう…。私めが、国境付近の地理に詳しいからと村の者達の言葉に甘え、こんな所まで連れ出さなければ、彼らは死ななかったのに…!私めが目を離した僅かな隙きに、法国の兵士共が、このような蛮行に出るとは…!」

その悪魔の如き見目から想定できないほどに嘆きと悲しみの滲んだ声で、その台詞のような痛恨の言葉は述べられた。

そのバケモノに抱きしめられたエルフの子供の肩は、憐れみを誘うように震えている。

そこでやっと恐ろしいことに気付き、男は辺りを見渡す。無数のアンデッドの残骸と人間や亜人の死体が積み重なる平野に、血を浴びた法国の兵士達がいる惨状が、周囲に広がっていた。

「なんたる…なんたることだ…」

声のした先にいたのは、この場で最上の飾りを施された馬に乗る老齢の男、あの城壁の防衛、管理における最上位に座す男だ。僅かな従者だけ引き連れ飛び出したようで、綺麗な衣服は見窄らしく思えるほどに乱れている。

その白髪と髭と同じく真っ白になった顔と絶望の呟きに、周りの法国人達は終末の来訪を悟らざるを得なかった。

「ま…、待ってほしい、違うのだ、これは…!!」

最早言葉に何の意味も力も無いと分かっていながら、老人は言葉を続けようとする。垂らされていた餌を、馬鹿正直に食った愚か者が自分達の配下に居たことを認めたくなかったのだ。

「これは、貴国が突如設置したアンデッドに怯えた哀れな兵士達が、勝手に動いただけだ!」

一部の法国要人達は今、必死に国内のバランスを調節をしている。人員配置の調整から魔導国に対しアンデッドの撤去を依頼する為の使者の準備に、残された有能な者達は駆けずり回っているのだ。老人はそれを分かっており、だからこそ必死に食い下がっていた。

自身の失態を償うためにも。

法国を生き延びさせるためにも。

「何はどうあれ、アインズ・ウール・ゴウンの国民を殺した時点で、それは宣戦布告と同義です。我らが偉大なりし王は、狭量なるそちらと違い、如何なる種族の民も等しく扱っていらっしゃる。大変慈悲深い御方なのですから」

小バカにしたように嘲笑う蛙頭に、男は恐怖を越えて怒りを覚える。

「あぁ、まったく。魔導国の民を殺すとは…、なんと罪深いのか」

まるで舞台上にいる役者の様に、明朗な声を場に響かせながら美しく、妙に耳障りの良い声でバケモノは朗々と語る。そして、先程吹っ飛ばされた隊長の男へと近寄った。蛙頭が何事か呟くと、その黒い指先が嘘のように伸び、尖った。

地面に横たわる気絶した隊長の首に、そっと、その尖った爪先と思われる何かが、添えられる。そして、その行為の意味を見詰める者達が理解するより手早く、そして容易く、その太い首は切り落とされた。

それはほんの一瞬の出来事であり、手首どころか細く尖った指一本を動かしただけの行為だ。しかしそれでも、たったそれだけで、隊長が死んだのは事実であった。

怒りが爆発した男は、雄叫びを上げる。理性を失った彼の眼には、焦る老人も、その可愛らしい見目に似合わない歪な笑みを浮かべながら寄り添う双子のエルフも映らない。

「おぞましい魔導国のバケモノ共め!!好き勝手しやがって!!本来なら人間に殺される側のお前らが、何を偉そうに振る舞っている!!」

その勇ましい声は、思わぬものを揺り起こした。それは溜まりに溜まった鬱憤だ。兵士達は嬉しそうに、怒りを爆ぜさせた男の後に続く。

それとは真逆に、老人は馬上でその瞳から光を失い、項垂れ力も抜けて手綱から手を離していた。

「バケモノ共め!我らがスレイン法国の、人間の力を知れ!!」

「そうだそうだ!!」

その声に、それはそれは嬉しそうに魔導国の悪魔は応える。まさに舞台役者がここぞというクライマックスに、より一層声を張り上げるかの如く。

「さあ!法国兵士の皆々様、神都の方々に伝令を!我々魔導国は、貴国からの宣戦布告を、確かに受け取ったと!!」

ぽんと、軽やかに投げられた首が空に弧を描きながら飛ぶ。そして絶望する馬上の老人へとぶつかりかけ、撥ねられ、地上へ落下した。

「七日後の夜明けと共に、アインズ・ウール・ゴウン魔導国は侵攻を開始します!!」

 

 

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国からスレイン法国への宣戦布告は、神都にて人類最後の砦としての矜持を抱く者達の耳に雷の如き速さで届き、そして轟いた。

「ふざけるな!!!ちくしょう!!」

吐き捨て、神官長の一人が手を痛めるほどに机を叩きつけた。その何の意味も成さない罵詈雑言と行為に対して誰も何も言わないことこそ、彼らの心情を如実に現していた。

「もう、後悔しても遅い」

苦虫を噛み潰した様な顔で、搾り出されたその声に追従する声が続く。しかし何人かは、焦りと怒りを抑えられずに罵詈雑言を続けるばかりだ。

「止めないか!今更腹を立てても何の意味も無いだろう!確かに、どう考えても何か仕組まれたのは明白だ。だが、それをどうやって証明し、そして仮に証明できたとして、誰が責められる?この辺りで属国となっていない国など、ほとんど居ないと言うのに」

その冷静な指摘に、やっと場がにわかに落ち着き始めた。しかしそれでも、現実を認められない神官長の一人がねちねちと過去を責め立てる。

「やはりもっと早くに攻めるべきだったのだ…!周りの奴らが腑抜ける前に、せめて足場で火事でも起きれば…、」

「だから、今更それを言うて何になるよ。だいたい、当時はそれどころでは無かったわ。…ああ、いや今もか…」

その実り無き会話を聞き、そう言えばと一人の男が、魔導国に忍び込ませているスパイを管理する女の神官長に顔を向けた。

「内乱はどうだ?起こせないのか?」

「無理です」

にべも無いその返答に、落胆の声が自然と周りから漏れ出す。しかしその返答は各々薄っすらと予想はしていた様子で、誰も食い下がりはしなかった。

「法国が魔導国の民を一方的に蹂躙し、魔導国の王に仕える参謀が自ら体を張り国民を守った。驚愕の美談が既にあちこちで流れています。内乱の火付け役になる予定だった者達は皆、自分達が袋叩きにされるだけだと協力を拒否する有様です。…そもそも、火付け役が頑張ってくれたとして、小火も起こせるか怪しいですけどね」

最後には自嘲まで混ざったその言葉が終わると、溜息が重なり、そして威厳ある老いた男の声が響いた。

「この王都を砦として戦おう」

その毅然とした態度に、俯き気味だった全員がハッとして、姿勢を正した。そして、実りの無いただの後悔と悪態を垂れ流すことを止め、現状の最善策を考え始める。

「…貴重な戦力を集結させるのは賛成だ。下手にバラけさせるよりは良い手だろう。土地が荒らされるのも避けたいしな」

「法国の復興に備え国土を汚さないためか、だとすると…、この王都の決戦場で我々は見世物になるのだな」

何人かが首を傾げ、それを見咎めた者が仕方なしに解説する。

「魔導国のバケモノ共に我らに残された力、貴重な品々、それらを全部見せつける。そうして我らの価値を分からせるのだ」

「暫く戦った後に属国になると敗北を受け入れれば、一部の国宝は奪われるかもしれんが法国は残る」

「なるほど」

それが生き残る為の上策だと纏まりかけたが、露骨に嫌そうにしている声が横から出てきた。

「敗北、しかないのか」

「もちろん勝機があれば攻撃に転じる」

「勝機があれば、ねぇ」

嫌味なその言葉を窘める者はいない。不愉快そうにしつつも、その神官長が面白くないと思うように、法国に残った人間を愛する者達にとっても、この事態は面白くはないことだった。

「国民には、七日以内に王都に向かうか、法国から脱出するように指示を出す。もちろん、王都を戦場とすることも合わせて通達を出すつもりだ」

既に混乱の坩堝と化している神都内の管理を任せられている神官長の男が鈍く呻く。胃がある辺りを青ざめた顔で擦る彼には、さすがに誰も声を掛けられなかった。縋るように視線を向けられた隣の女など、露骨に目を逸らしたほどだ。

「それにしても、民に酷い選択をさせることになってしまったな」

「あぁ…、まったくだ」

王都にて戦争に参加し勝つ方に賭けるか、法国を脱出し生き残る方に賭けるのか。

それとも法国領土内に隠れ、魔導国の兵士にも見つからず法国も魔導国から勝利、もしくは属国提案を受け入れてもらえると祈るのか。

国が民に選ばせるにはあまりに残酷な、命懸けの選択肢だ。

「さて、忙しくなるぞ。残された時間で人類が生き残る為のありとあらゆる手を打つのだ」

そう言った最高神官長が、窓の向こうの斜陽に目を遣る。

残された時間の少なさを語るような夕暮れはしかし、空の裂け目から炎の灯りが漏れでるようで、美しかった。これから訪れる闇に対して、せめて最後にと添えられたかのような光る赤。同情でもあるようで、無情にも思えるような、憂いを抱かせる天空。

 

 国の終わりが近付かんとしているような時でも、それでも、やはり太陽はいつもの通りに美しく沈み、ただ、夜を迎えた。

 


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