魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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まだ人なのか 02

 

 

 コツンコツン。血を吸い込んだ壁に反響する音は、少しの余韻を残して消えた。

 

 一歩踏み込んだだけでマトモな感性の持ち主なら発狂するであろう、様々な亜人や人間の“パーツ”で作られた“アート”が飾られた拷問部屋に響くには、少し間抜けでかわいい音。その正体は、指揮棒が軽く譜面台を叩いた音だ。

 指揮棒と譜面台はとても美しい白で出来ていて、暗い部屋の中では輝いているように見える。その原材料にさえ目を瞑れば、人々は口を揃えて立派な一品だと褒めそやすだろう。

「準備は良いかな?」

 見渡し、視界に入る拷問官達の頷きに、ウルベルト・アレイン・オードルは満足気にその眼を歪める。彼は指揮棒を振り上げ、そして、非常に優雅に振り下ろした。それを合図に、この世の地獄を音色とした悪魔の演奏会が始まる。

 ごり、絶叫、バキッ、絶叫、ぐしゃ、絶叫、ぶちゅ、悲鳴、すすり泣き、ぐちぐちぶちっ、絶叫、懇願、悲鳴、嗚咽。

 すっと綺麗な流線を空に描きながら指揮棒が女性を指さした。

 その指揮棒の先にあるのは悲痛と苦痛と絶望を一体どれほど味わえばそんな表情を作れるようになるのかと、好奇心すら湧く表情。

 指揮棒が鮮やかに跳ねる、女の顎から喉までの流線に細身の短剣が突きささり、鼻頭にその先端が現れた。上から鎖で腕を引き上げられ強制的に立たされていた女は、陸にあげられた魚のように跳ねている。

 指揮棒が止まり、ウルベルトも完全に停止する。拷問官達も動きを止め、場には静かなすすり泣きと滴る音のみが響く。

 パチパチパチ。

 余韻を噛み締めていたウルベルトは、拍手のした方を振り向く。

 そこにいた偉大なる御方と階層守護者を認識すると、拷問官達は一斉に片膝をつき頭を垂れた。

「やぁ、モモンガさん、デミウルゴス。ご清聴ありがとう」

 ウルベルトは、演奏を終えた指揮者に相応しく敬々しく胸に手を当て、紳士の鏡と言わんばかりのお辞儀を披露した。

「素晴らしい演奏でした、ウルベルト様」

 服が汚れるのも気にせず跪くデミウルゴスの肩に、ウルベルトは軽く手を乗せ再度礼を伝える。それだけで悪魔は歓喜に震え、拷問官達はその御手が触れた肩を羨望した。

「相変わらず、何をしても様になりますね」

「世辞でも嬉しいですよ、モモンガさん。自分でもなかなか良い指揮だったと思っているので。あの最後の締め、あれの恋人の短剣でやってあげてるんです。あぁそうそう、」

 忘れてたと、ウルベルトが振り向く。

 悪魔の瞳に見つめられ、女は面白いぐらいにまたびくりと跳ねた。

「アインズ・ウール・ゴウンに唾を吐いたお前のバカ男はまだ生き地獄にいる、暫くしたら、別の地獄で再会させてやるよ」

 にんまり笑う悪魔に、人としての限界を迎えた女は完全に発狂したらしい。小さな悲鳴をあげた後は、口から短剣と血を溢れさせながら意味のない言葉の羅列をぶつぶつと呟き始めてしまった。

 とうに興味を失っていた死の支配者と最上位悪魔は下等生物に背を向け、互いの用事と行き先を確認し始める。

「教育機関からの“タレント”含む才能ある子供達の報告書がまとまって、丁度良く皆が集まっていて時間もあるから、報告会をしようという話になったんです」

「《伝言》を送ってくれればすぐに向かったのに」

「デミウルゴスから“演奏中”のはずだから直接様子を見に行って欲しいと頼まれまして」

「私めの我侭を聞いて下さり、モモンガ様には感謝の念に堪えません」

「そうだったんですか。気を利かせてくれてありがとう、デミウルゴス」

「勿体無いお言葉……!!」

 もはや泣きそうになっているデミウルゴスと、目の前で至高の御方々が話している事実だけに歓喜し身を震わす拷問官達に、モモンガとウルベルトは目を合わせ苦笑する。

「それで、モモンガさん、“演奏”はどうだった?」

 肉塊から滴る血が、床に広がる血溜りに落ちる音が響いた。啜り泣きと狂人の声は、まだ続いている。

「……特に何も、感じませんね。オレは音楽にも興味がなかったですし」

「そうですか、ふふ、それは残念」

 微笑む悪魔と無感動なアンデッドは、お供の悪魔も連れてリングによる転移魔法で去って行った。

 

 

 

 玉座の間にて、モモンガはそこにある唯一の座に腰掛け、

 そしてモモンガから見て左手側、玉座より一段下にウルベルトは立っていた。

 主から許可を出された守護者統括アルベドと、第四、第八を除く各階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン、コキュートス、アウラ・ベラ・フィオーラ、マーレ・ベロ・フィオーレ、デミウルゴスと、プレアデス副リーダーのユリ・アルファは、立ち上がり、己の支配者を喜びと敬意を内包した瞳で見つめている。

 第十階層にて、発見された“タレント”及び“武技”を含む特異な才能を持つ子供達の報告会が、開始された。

 それぞれの才能の危険性と可能性が話し合われ、そしてスカウトしたい子供達を各員がピックアップしていく。その後ろにて書記を務めるエルダーリッチの羽ペンは、忙しなく動きっぱなしだ。

 現在、集まった階層守護者達はナザリックだけではなく魔導国内でもその土地や公共施設の管理を各々が任されており、ユリも魔導国孤児院の運営担当をしている。

 だが、やはり最重要なのは国よりもナザリック地下大墳墓そのものだ。それはナザリック地下大墳墓にて生まれた誰もが常識として理解し、当然のことと共通して認識している。そのため正確に言えば、魔導国内の管理は各階層守護者の部下達が行っていた。そして更に、その部下である魔導国の領民達が現場で雑務を処理していた。

 その雑務担当を“特異な才能持ち”からピックアップするのは、“有益な才能ある者達を目が届く所に置く”という意味合いが含まれている。そのため、たかが知れている才能だが、それぞれ真剣に吟味を行っていた。

 各々が納得ゆく結果に収まり、そろそろ解散という空気も流れ始めた時、デミウルゴスがアルベドに話し掛けた。

「アルベド、ここまでメンバーが揃っているなら丁度良いんじゃないか?」

「そうね、せっかくの機会だもの。この場で済ませましょう」

 アルベドは頷き、モモンガとウルベルトに顔を向けた。話の先を促し頷く支配者達にその美貌を嬉しそうに綻ばせ、アルベドは頭を下げ口を開いた。

「“法国終焉”に向け、準備を開始したいと思います」

 ざわりと、波のようにどよめきが広まり、静まった。それぞれの顔には嬉しそうな笑顔が隠しきれずに浮かんでいる。

「法国か、忌々しい彼の国も今は……」 

 モモンガの言葉と最後の吐き捨てるような失笑に、配下達からは同情も含む嘲りの小さな笑声が零れる。

 スレイン法国、かつてはモモンガとナザリックの者達をも悩ませた偉大なる宗教国家。

 所持する世界級アイテムと、徹底された情報と実力者の隠匿主義。人間主義の宗教国家であるため間者も送り込み辛く、また見知らぬアイテムで逆にナザリックの者が人質に取られる可能性もある、恐ろしい未知の国だった。

 シャルティア洗脳事件の犯人が法国人物であることが確定的になった後でも、モモンガ達が直ぐ様手を出せなかった程だ。それほどに実力ある国家だった。

 だがそれも昔の話であり、今は見る影もない。

 玉座の隣で、ウルベルトは山羊の顎髭を弄りながらにやりと笑う。

「良いですね。最後の仕上げ、というわけですか」

「あぁ、そうだな。しかし油断は禁物だ。最後の最後で間抜けな終幕を迎えるような無様な真似は、しかもあの法国相手になぞ、御免蒙る」

「それは同意です。優雅にやらないとなぁ、デミウルゴス?」

 突如声をかけられた第七階層守護者は、喜びに声を震わせながら応える。

「仰せの通りかと。もちろん、今すぐとは申し上げません。ただ、準備を始めても構わないかの確認を取りたかったのです」

「準備を開始せよ。しかし慎重に行う。まず足場を再度固める。問題、裏切り、間者を探れ。足場を盤石にした後、一気に心臓を握り潰すのだ。この件の詳細は、お前達が担当地区の足場固めを行っている間に、私とウルベルトさんでも話し合う」

「異論あるものは?」

 支配者の問いかけに、一つの声が上がった。

 第一、第ニ、第三階層守護者のシャルティア・ブラッドフォールンが、ドレスを少し摘み上げ舞踏会で行うようにお辞儀をする。

「畏れながら、異論ではありんせんが、希望がありんす」

「申してみよ」

「既に、私を洗脳した愚か者共に直接復讐する権利を頂いた身で、さらなる要求を重ねるのは我侭と重々承知でありんすが…、モモンガ様、ウルベルト様」

 持ち上げられた顔には、優雅な所作には似合わない怒りと憎しみの塗り込められた、シャルティアの本性のような顔があった。

「法国を、その土地を、血で染め上げる権利を頂けませんかえ?」

 ウルベルトは目を輝かせ、心底嬉しそうに応えた。

「可愛らしい……、いや嬉しい我侭じゃないか! モモンガさんに敵対したことがそれ程まで、未だに憎いなんて、シャルティアの忠誠心が強い証拠だな」

「そ、そんな……! 身に余る勿体無いお言葉でありんすえ……」

 急に少女の顔と声に戻り、シャルティアは白磁の頬を紅に染め上げる。

「シャルティア、私もお前の忠義を嬉しく思うぞ。連絡、サポート役とは離れない、血の狂乱発動はなるべく抑えるといった条件は付けるが、好きにすると良い」

 深々と頭を下げ感謝の言葉を紡ぐシャルティアの声には、隠しきれない喜びが滲んでいた。

「法国の残る主戦力との戦闘が終わったら、食事をしたい子供達を招いても良いかも知れないですね。せっかくのパーティーですし楽しくやりましょう」

 ウルベルトが鼻歌交じりに提案し守護者達が笑って賞賛したところで、モモンガがギルド武器を床に突いた。硬質な音が響く。

「まだ勝てると決まった訳じゃないのに勝ったような話をするのはいけませんよ、ウルベルトさん」

「おっと……、確かに失言でした」

 緩みかけていた空気に一気に緊張感が戻ってきた。

「それから、ユリ、記憶が残らない赤ん坊は今回は助命すると私から厳命しておく。その後の管理はお前に任せるぞ、良いな」

 自身が口を出す領分ではないと判断し気配を殺し控えていたユリは、目を瞬かせる。言われた言葉の理解ができると、慌てて、首が取れそうになるほどの勢いで頭を下げた。

「はっ、ありがとうございます、モモンガ様……!」

 なんと慈悲深い……、ぽつりと、思わずといった風に各階層守護者達の口から感嘆の声が漏れ出た。

「それでは、今回の報告会は以上で終了とする。各自休憩を挟んでから業務、もしくは休暇に戻ってくれ」

「後から何か、“法国終焉”について意見や希望が出たら気軽に相談するんだぞ」

 支配者達が立ち上がると、ナザリックの者は皆頭を下げ、忠誠を示した。

 そうして一国の終わりは、ついでの提案でとんとん拍子に済まされたのだった。

 

 

 

 

 

 


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